医学界新聞

地域連携クリニカルパスを併用して

寄稿 山﨑 優介

2020.01.27



【寄稿】

地域連携クリニカルパスを併用して
認知症のある糖尿病患者に一歩進んだケアを

山﨑 優介(広島市立安佐市民病院/糖尿病看護認定看護師)


 わが国の糖尿病患者数は年々増加しており,厚労省の調査で「糖尿病が強く疑われる者」は約1000万人と推計されています1)。また,高齢化により認知症患者数も増加傾向です。認知症と糖尿病は互いに関連しており,糖尿病により認知症の発症頻度が高まることや,認知症により血糖管理が難しくなり,低血糖などの有害事象も起こりやすくなるといわれています。

 こうした現状を踏まえ,糖尿病と認知症を併せ持つ患者のケアに関する研究や事例報告が,近年多くなってきました。しかし,実際の臨床場面において,具体的な患者支援方法や,支援システムの構築など,検討すべき課題は多いと思われます。そこで当院では,糖尿病と認知症を併せ持つ患者に対する一歩進んだケアとして,糖尿病と認知症の2つの地域連携クリニカルパスを併用する取り組みを2016年に開始しました2)。開始後1年間の実績では7人の方が対象となっています。本稿では,当院の取り組みの詳細や今後の展望などについて,私見を交えながら紹介します。

糖尿病と認知症の経過を併せかかりつけ医に情報提供する

 初めに当院の取り組みの概要について,とともに説明します。糖尿病地域連携クリニカルパスを用いてかかりつけ医から当院に紹介された患者のうち,患者自身がもの忘れを自覚している場合や,家族・医療スタッフが患者の認知症を疑わせる症状を感じた際に,患者に同意を得た上で「井門式簡易認知機能スクリーニング検査」(以下,ICIS)3)を行います。検査は12点満点であり,9点以下は軽度認知機能障害(MCI)を疑い,7点以下は認知症の疑いがあると判断します。ICISの点数が7点以下の場合,当院のもの忘れ外来に紹介します。ICISは基本的に看護師が初診時に実施し,その結果は速やかに多職種で共有されます。治療途中で認知症が疑われる場合にはその時点でもICISを行っています。さらに,もの忘れ外来で改訂長谷川式簡易知能評価スケールやMRIによって認知症の精密検査を行い,認知症の診断ならびに治療方針を決定します。

 糖尿病と認知症の2つの地域連携クリニカルパスを併用する安佐市民病院の取り組み(クリックで拡大)
ICISは12点満点。9点以下は軽度認知機能障害(MCI)を疑う。7点以下の患者には精密検査を行い,診断・治療方針を決定する。「ひろしまオレンジパスポート」は医療・介護機関と認知症患者の家族とが,治療経過や日常生活の変化などの情報共有を目的に作成されたA5サイズの手帳。

 当院の取り組みの特徴は,糖尿病地域連携クリニカルパスに沿ってかかりつけ医に逆紹介する際,糖尿病と認知症の経過を併せて情報提供するという点です。ICISが8点以上であった場合も,1年後の再診時にあらためてICISを施行することにしています。

 次に,本取り組みの中で認知機能スクリーニングに使用しているICISについて紹介します。この検査法は,広島県の井門ゆかり氏(井門ゆかり脳神経内科クリニック)が開発した認知機能スクリーニング検査で,見当識障害,記銘力低下,構成失行,前頭葉機能低下など認知機能の低下を3分程度で簡便に評価できる検査法です3)

 現在広く用いられている認知症スクリーニング検査には,改訂長谷川式簡易知能評価スケールやMini-Mental State Examination(MMSE)がありますが,これらの検査は平均10分程度要し,忙しい日常診療の中で行うには時間がかかり過ぎてしまいます。それに比べてICISは3分程度の短時間で行えることから,診療時の時間短縮だけでなく,何より患者にとって負担の少ない検査と言えます。そのため,本取り組みにおいて初期認知機能をスクリーニングする手法として適していると考え導入しました。

 当院では以前から,糖尿病と認知症の2つの地域連携クリニカルパスが存在していましたが,それらは独立して運用されており,両者の連携が実際に取れていない状況でした。両診療科の医師同士の話し合いがきっかけで始まった本取り組みによって,診療科を横断した,医師・看護師・薬剤師など多職種による連携が強化される貴重な機会となりました。

残存機能を生かすケアを検討するために

 本取り組みによるメリットは大きく2つあります。1つは,医療スタッフの,認知症に関する共通理解が広がることです。私たちは臨床の場面で,もの忘れがありそうだが認知症とは診断されていない患者に対し,かかわり方に悩むことがしばしばあります。糖尿病患者のケアで具体的な例を挙げると,患者に認知症が疑われる状況であるにもかかわらず,糖尿病教育やインスリン注射手技指導を無理に進めてしまった結果,患者が知識や手技獲得ができず,本人が混乱を来してしまうことがあります。あるいは,認知症と診断されていないものの,糖尿病教育やインスリン手技獲得ができないと医療者が諦めてしまうことで,患者の自尊心を傷つけてしまうこともあります。

 本取り組みを実施し,認知症の専門的検査ならびに診断が適切になされることで,認知症に関する医療スタッフの共通認識が徐々に広がり,血糖コントロールの目標値の設定や,注射薬など治療法の選択,指導方法の検討がしやすくなるのではないかと期待を寄せています。

 当院には認知症看護認定看護師が所属しています。多くのスタッフが,患者の認知症の程度を正しく認識することで,認知症看護認定看護師との連携が取りやすくなり,認知症患者の残存機能を生かしたより良いケアを検討しやすくなると考えます。糖尿病看護認定看護師である私も,本取り組みにより,認知症看護認定看護師と密に連携を取り,在宅生活を見据えた細かい調整を行うことができています。具体的には,認知症の状態に応じた在宅でのインスリン注射や内服薬の管理,調理能力などを考慮した食事管理などです。これらの工夫は糖尿病領域だけで考えるには限界があり,認知症領域と協働することで一歩進んだ患者ケアにつながると考えています。

糖尿病での紹介から認知症の早期診断・早期対応へ

 そして,本取り組みのもう1つの大きなメリットは,認知症早期診断・早期対応の実現です。認知症治療の基本は早期診断・早期対応と言われており,これは厚労省の「新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)」の中でも掲げられています。糖尿病地域連携クリニカルパスによる紹介を契機に,早期に認知症の診断がなされることで,認知症治療薬の適切な使用や介護保険のサービス導入が可能となり,的確な介入の実現が認知機能低下予防に寄与すると期待しています。

 多職種で構成されるチーム医療は,患者支援を多角的に検討することができ,現代の医療にとって極めて重要な要素です。しかし,多疾患を有する患者が増えている現在,自分たちの領域のチーム医療だけでできることには限界があります。そのため,本取り組みのようにチームの垣根を越えた多職種の協働が今後,ますます重要になると考えます。

参考文献
1)厚労省.平成28年国民健康・栄養調査報告.2017.
2)山﨑優介,他.認知症のある糖尿病患者への糖尿病地域連携クリニカルパスと認知症地域連携クリニカルパス併用の取り組み.日糖尿教看会誌.2019;23(1):1-6.
3)井門ゆかり.井門式簡易認知機能スクリーニング検査(Imon Cognitive Impairment Screening Test:ICIS)の開発・信頼性と妥当性の検討.日老医誌.2014;51(4):356-63.


やまざき・ゆうすけ氏
2004年広島大医学部保健学科看護学専攻卒。小児ICUや小児循環器,訪問看護の経験を経て,11年より現職。16年に糖尿病看護認定看護師資格を取得し,18年に特定行為研修修了。現在,内分泌・糖尿病内科の糖尿病チームの一員として,地域住民の特性を踏まえた療養指導に注力。糖尿病という病気だけでなく,患者さんのパートナーとして人生を共に考えるケアをめざしている。

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