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第3353号 2020年1月6日


【寄稿】

地域に根差した施策実行に向けて

脳卒中・循環器病対策は都道府県ごとの計画策定が求められる。基本法の施行によって,診療に携わる医療者や患者の暮らしはどう変わるのか。地域の医療資源の有効利用,地域包括ケアを見据えた病院・在宅の垂直連携,データに基づく2次医療圏ごとの施設配置についてそれぞれ,3氏が展望を紹介する。


基本法をよりどころに社会システムの整備を

磯部 光章(榊原記念病院 院長)


 わが国は少子,高齢,多死という深刻な社会問題を抱えている。高齢化で増加するのは心血管疾患であり,今後患者のケア・介護のニーズが増え,死亡者の増加が病院の機能を圧迫する。何より求められるのは心血管疾患の0次予防,1次予防と適切な急性期治療の普及・均てん化であり,疾患発症後の2次予防,さらにフレイル,介護を未然に防ぐことによる健康寿命の延伸である。個人がより幸福な老後を送ることは健全な社会の構築につながる。疾病予防による医療費の抑制も重要な課題である。その意味で2019年12月に施行された脳卒中・循環器病対策基本法に期待するところは大きい。この法律は,今後ますます増加すると考えられる循環器疾患の診療提供体制を大きく変える力を持つからだ。

 対策で最も重要となるのが予防である。循環器疾患の予防が日常生活に浸透するよう学校教育の充実や市民啓発が求められる。医師や医療機関にはこれまで手の届かなかった重要な活動と言える。現在行われている特定健診は必ずしも心血管疾患の早期発見につながるものではない。例えばBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)の測定などを健診に組み込んでいけば,心不全や心房細動の早期発見につながるであろう。

 救急診療体制についても診療の内容がより高度化し,また地域の交通事情,人口分布,医療資源が大きく変化しつつある現在,より効率のよいシステムに柔軟に対応することが求められる。循環器疾患は超急性期の早期治療が極めて有効であることから,がん診療のような診療施設集約化はなじまないと思われるが,限られた医療資源を有効活用するために,地域の実情に合った拠点化と高度診療施設の重点化が必要ではないだろうか。

 多死社会を迎え,高度急性期治療を要する大動脈解離などの急性期症例と,積極的侵襲的治療になじまない超高齢者の急性心不全症例が秩序なく高度急性期病院に収容されている現況について,医療資源をより適切に有効利用する方向で改善する必要があろう。心血管疾患に罹患した患者が社会生活を取り戻し,再入院を予防して健康な生活を維持することに最も有効なのは,心臓リハビリテーションなどの運動療法と多職種による総合的な介入である。現在進められている地域包括ケアにこのようなケアが組み込まれるよう社会システムの整備を行う必要がある。

 さらに心血管疾患の実態調査や登録事業は疾病対策に不可欠であり,また研究の発展による新薬や新規治療の開発にも期待は大きい。これらの対策は国民が一丸となって進めるべき課題であり,法律はそれを支えるよりどころになると期待される。この法律が,明るく健全な社会構築に寄与する一助となることを祈念するものである。


いそべ・みつあき
1978年東大医学部卒。2001年東京医歯大大学院循環制御内科学/循環器内科教授,17年より現職。日本心不全学会前理事長。東京医歯大名誉教授。厚労省の臓器移植委員会委員長,同省厚生科学審議会委員などを務める。脳卒中・循環器病対策基本法の立法化に向け活動。


在宅支援を実現,広島県心臓いきいき推進事業

木原 康樹(広島大学大学院医系科学研究科循環器内科学 教授)


 医療計画の5疾病・5事業などの基盤整備と対策の推進により,循環器疾患の治療成績は格段に向上し,急性心筋梗塞を代表とする循環器疾患への拠点施設整備は完了したかに思われる。一方,急性期患者の心血行動態安定や生命危機の回避に伴って,それ以降のプロセスは回復期施設・病棟あるいは地域包括ケア施設・病棟に移行せざるを得ない。それらの受け皿となる非急性期施設・病棟の地域展開は現在のところ不十分であり,心臓リハビリテーションの実践も限定的である。また,回復施設を介さず在宅・通院診療に直接移行した患者の多くは,その後必要な慢性期対応を欠いている。その結果,原疾患の2次予防に失敗して心不全や不整脈を合併し,予後不良の経過をたどる患者が少なくない。

 病院・病棟機能評価の在り方や心臓リハビリテーションの施設要件・人的要件などを見直したり,多職種による疾病管理の推進や患者教育の充実に対しての評価を加えたりすることで,これらの役割を患者が暮らす地域で実践できる施設を充足しないと,結局は急性期施設の機能を引き出すことができない悪循環に陥ることになりかねない。言うまでもなく循環器疾患の大半は患者の生活習慣とリンクした高血圧,肥満,脂質異常,糖尿病などと密接に関係しており,疾病管理の強化はQOLのその後の維持・向上につながることを意識しておく必要がある。

 広島大学病院心不全センターは2012年から広島県健康福祉局との協働により,広島県心臓いきいき推進事業を展開し,県内7つの2次医療圏域それぞれに心臓いきいきセンターを設立してきた。各心臓いきいきセンターには,心不全の慢性期疾病管理と心臓リハビリテーションを進めるため,循環器専門医,心臓リハビリテーション指導士,慢性心不全看護認定看護師,管理栄養士,薬剤師等からなる多職種専門チームを配し,患者の円滑な退院と在宅慢性期支援の体制の構築を進めた。2017年からはさらに,地域医療を実践している非専門医療者との連携強化と啓発を事業として展開し,2年間で331件の心臓いきいき在宅支援施設(地域診療所,保険薬局,居宅介護支援事業所,地域包括支援センター,訪問看護ステーション等を含む)の認定を行ってきた。これにより,心臓いきいきセンターと在宅患者との間で通院・在宅医療を担当する施設の組織化と垂直連携を格段に強化することができた。

 心不全というありふれた慢性疾患を基盤に位置付け形成された地域包括ケアのプロトタイプは,患者の再発と再入院を減らして医療費を削減し,患者の慢性期QOLを改善に導いていることが疫学的に示されている。これら事業は社会の高齢化とともに増加する疾患に対する具体策を提示しており,行政と医療者が一体となった企画として今後さらに注目されると考える。


きはら・やすき
1979年京大医学部卒。神戸市立医療センター中央市民病院循環器内科部長などを経て,2008年より現職。12年に広島大病院心不全センター長に就任。14~16年同大医学部長。16年からは副学長(研究開発担当)を兼任する。


登録事業で脳卒中診療を可視化する

宮本 享(京都大学大学院医学研究科脳神経外科 教授/同大学医学部附属病院 病院長)


 急性期脳卒中の医療体制充実には登録事業を基盤とした「可視化」が重要である。これまで,日本で脳卒中がどの程度発生しているかを知る網羅的なデータはなく,悉皆性の担保が課題であった。

 日本脳卒中学会(以下,本学会)では,DPCデータを用いたJ-ASPECT Studyと,全国に812ある本学会認定の研修教育施設を対象とした3年に1度の調査から,データを集めてきた。しかし,悉皆性が低く,リアルワールドデータとの乖離もあった。そこで,2018年から研修教育施設に対し,疾患別入院患者数,疾患別症例数,rt-PAの治療件数など毎年の報告を義務化した。その結果,悉皆率は99%と,急性期脳卒中を扱う施設のデータをほぼ網羅するまでに向上した。

 本学会とも連動して進められている,脳卒中の急性期医療連携に関する厚労科研(研究者代表=神戸市立医療センター中央市民病院・坂井信幸氏)では,2つの成果が出始めている。1点目は,rt-PAの点滴治療を行いながら血栓回収可能な施設に転送するdrip and ship法の安全性の立証である。転送しない方式に比べ治療成績も良好との結果を踏まえ,drip and ship法の診療報酬算定が検討される見通しとなっている。

 2点目は,2次医療圏別の脳卒中発生件数が把握可能になることだ。脳卒中患者を受け入れる国内全ての救急施設を対象に実施したrt-PA治療の悉皆調査では,rt-PAによる治療総数は年間約1万5000件であった。この数字は前述の年次調査の結果とほぼ一致する。2つの異なる調査結果から同様の結果を得られたことで,2次医療圏別の脳卒中発生件数を経年で正確に把握できるようになり,整備が必要な施設数の提案が可能となる。

 本学会は,rt-PA治療を24時間365日実施可能な施設として1次脳卒中センターの認定を進めている。2019年に申請のあった全国924施設が今後稼働することで,日本の人口の98.4%が1時間以内に1次脳卒中センターへ搬送できる体制が実現する。離島などいくつか残る空白2次医療圏も,遠隔医療の活用や複数施設のネットワーク認定,近接医療圏との連携によって,24時間365日の診療体制を確立できるよう整備を進めていく。

 脳卒中・循環器病対策基本法に基づき2020年に策定される循環器病対策推進基本計画の第1期は,2021年に運用が始まる。その後,第8次医療計画がスタートする2024年に向け,基本計画も3年で見直される見通しだ。2024年は医師の働き方改革による時間外労働の上限規制が始まる年でもある。本学会は医療経済学的な検証も進めながら,各地の人口動態に基づく適正かつ効率的な医療提供体制を構築したいと考えている。近接医療圏との連携やドクターヘリによる搬送体制など,医療側だけで解決できない課題も多い。基本法の成立を契機に,行政をはじめ関係機関の理解と協力を得て対策を推進していきたい。(談)


みやもと・すすむ
1982年京大医学部卒。2003年国立循環器病センター(当時)脳神経外科部長,09年京大大学院医学研究科脳神経外科教授。19年に同大病院長に就任。日本脳卒中学会理事長として「脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画」実行の指揮を執る。