医学界新聞

寄稿

2019.10.14



【寄稿】

医療者が知っておくべきLGBTQsの知識

吉田 絵理子(川崎協同病院総合診療科)


 皆さんは,LGBTQsの人に会ったことはありますか? 日本でこれまでに行われた複数の調査結果から,LGBTQsの人たちの割合は3~9%程度と報告されています。結果をそのまま日本全体や,皆さんの住む地域に当てはめることはできませんが,LGBTQsの人は身近にいて,患者さんの中にもいます。私はLGBTQs当事者の一人であり,医師でもあります。ここでは,医療者や医学生向けにLGBTQsに関する基本的な知識を紹介します。

セクシュアリティは全ての人にかかわる

 LGBTQsを理解するには,性的指向と性自認という2つの概念を理解する必要があります()。性自認とはどのような性別にアイデンティティを持っているかの自己認識を指し,性的指向は恋愛感情や性的な関心がどのような性別に向くかを表す言葉です。

 性には多様性がある
性自認,性的指向,表現する性がそれぞれどこに位置付けられるかは人それぞれ異なり,セクシュアリティは多様である。

 LGBTQsのL(lesbian)は女性として女性に,G(gay)は男性として男性に,B(bisexual)は男性・女性のどちらに対しても性愛の感情を抱く人を指し,いずれも性的指向についてのカテゴリーです。

 一方で,T(transgender)は,出生時に割り当てられた性(生物学的な性,戸籍上の性)と性自認が一致せず,生まれたときに割り当てられた性別で扱われることに対し居心地の悪さを感じる人を指します。トランスジェンダーの人の中にも,ゲイやレズビアンの人はおり,性的指向と性自認は分けて考える必要があります。

 LGBTの4つのカテゴリー以外にも,恋愛や性愛の感情を抱かない無性愛者の「asexual」,自分のセクシュアリティを決めたくない人・探索中の人の「questioning」などさまざまなセクシュアリティの人がおり,ここでは多様性を強調するため,その他のセクシュアル・マイノリティを指す「s」をつけたLGBTQsという言葉を用います。

 性的指向や性自認とは別に服装や話し方などによる性表現もあります。例えば,出生時に割り当てられた性別が男性の人が,女性向けの服装を身に着けることを好むからといって性自認が女性とは限らず,女性装が好きな男性ということもあります。

 セクシュアリティはLGBTQsだけではなく全ての人にかかわることであり,sexual orientation(性的指向),gender identity(性自認)の頭文字を取ったSOGIという言葉も最近使われるようになってきました。

医療者がLGBTQsを学ぶ理由

 LGBTQsの人は,そうでない人と比べさまざまな身体的・精神的疾患の高いリスクを有します。背景には社会的偏見・差別があることがわかっています。医療者の中にも偏見があることが報告されており,適切なケアを提供するには学習が必要です。日本で2018~19年にかけて行われたトランスジェンダー当事者の方を対象としたウェブ調査1)で,42%の人が体調不良の際に医療機関への受診をためらった,46%の人が受診・入院の際に不快な経験をしたと答えています。

 欧米では医療者向けにLGBTQsの患者さんのケアに関するガイドラインや教科書などがありますが,日本では学べる機会はまだ十分ではありません。

 2016年に改訂された医学教育モデル・コア・カリキュラムに「ジェンダーの形成並びに性的指向及び性自認への配慮方法を説明できる」という項目が初めて追加されました。LGBTQsの人々に適切なケアを提供するためには知識や技術を身につける必要があると認識され始めたと言えます。

まず個人ができることは何か

 次に,LGBTQsの人々が安心して医療を受けるために医療者や医療施設ができることをいくつか紹介します。

①アライ(Ally)であることを表明する

 アライとは「支援者」という意味で,LGBTQsの人々を理解し支援する人を表す言葉です。セクシュアリティは奥が深く,多様であり,全てを理解することはなかなか難しいですが,アライになろうという気持ちを持つことが理解の最初の一歩となります。筆者の写真にあるようなLGBTQsを象徴する6色のレインボーのグッズを身につけることは,患者さんにアライであることを伝える一つの手段となります。

②勝手に推測しない

 相手の性的指向,性自認を外見などから勝手に推測しないことが大原則です。性行動や家族関係についても勝手に推測することはやめましょう。性感染症を疑い性交渉について問診する際は,異性間だけでなく同性間の性交渉についても聞く必要があります。診断のために情報が必要なことを伝えてから性的な接触を持ったかを尋ね,持ったと答えた方には「皆さんに伺っているのですが,相手の方は男性ですか,女性ですか,それとも両方ですか」と聞くとよいでしょう。

③中立的な言葉遣い

 「結婚されていますか?」「(女性の友達に対して)彼氏はいるの?」といった質問は,相手が異性愛者であることを無意識のうちに前提としています。同性のパートナーがいる場合も想定し,「一緒に住んでいる人はいますか?」「付き合っている人はいるの?」といった中立な言葉を使うと,より正確な情報を得ることができるでしょう。

④守秘義務を守る

 患者さんからカミングアウト(自らがセクシュアル・マイノリティであること告げること)された場合,了承を得ずに人に伝えることは絶対に避けなければなりません。診療上,他の人(患者さんの家族も含む)と情報を共有する必要がある場合は,事前にその旨を患者さんに伝え,必ず了承を得てください。この患者さんはもしかしてLGBTQsかもしれないと思っても,患者さんはカミングアウトしたくないかもしれません。必要があるときにいつでも話し出せる雰囲気を作ることが重要です。

⑤クリニカル・バイアスを意識する

 社会的マイノリティの人々に対する医療者の偏見によって,臨床的判断や態度に歪みが生じることをクリニカル・バイアスといいます。クリニカル・バイアスに自覚的になり,個人の信条にかかわらず,医療を提供するプロとして患者さんに適切な医療を提供することが大切です。

進めたい,施設単位の取り組み

①受診しやすい環境づくり

 院内にLGBTQsの関連のポスターを貼ったり,書籍やパンフレットを置いたり,診察室にレインボーフラッグを掲げることで理解があることを示せます。

②問診票などの書類における配慮

 トランスジェンダーの中には,ホルモン療法を必要としない方,ホルモン療法のみ行い戸籍は変更していない方,性別適合手術を受け戸籍の性別・名前を変更した方などさまざまな方がいます。保険証の性別・名前と自認する性別・通称名が異なると,受診の際に名前を呼ばれることや,性別欄に丸を付けることに苦痛を感じ,医療機関を受診できないこともあります。問診票の性別欄の男性・女性の横に自由記載欄を設ける他,希望する方には通称名を使用できると周知する工夫が必要です。

③トランスジェンダーへの配慮(トイレ,入浴,院内着など)

 トランスジェンダーの方が利用しやすいように,性別で分かれていないトイレ,入浴施設,院内着を用意しましょう。入院が必要になった場合に,どのような部屋を利用するのが最善かはケースバイケースのため,患者さんと個別によく話し合うことが大切です。

④同性パートナーをキーパーソンにできるようにする

 本人の希望がある場合,同性パートナーとの間に法的な婚姻関係がなくても,病状説明の同席や,手術などの同意書にサインできるという施設基準を設け,ウェブサイトなどで周知すると当事者は安心して受診できるでしょう。

 なお,当事者団体や支援団体とつながりを持っておくと,何か困ったときに情報を得られ対応できる範囲が広がるかもしれません。各地域の団体とつながりを持つこともご検討ください。

 皆さんがこれまで診てきた患者さんの中にLGBTQsの人がいなかった場合,それは「いなかった」のではなく,「見えていなかった」と考えられます。また,私のように,医療スタッフの中にも当事者はいます。セクシュアリティは単なる趣味嗜好ではなく,暮らしにかかわる重要な要素です。LGBTQsの患者さんが,全国の医療機関を安心して受診でき,必要があればセクシュアリティについても率直に話せるよう,医療者や学生の方々がLGBTQsと医療について学べる場を増やしていくことが必要だと切実に感じています。患者さんの中にLGBTQsの人がいることを意識し,明日からの診療に生かしてみてください。

参考文献
1)浅沼智也,他.GID/トランスジェンダーの医療機関に関するアンケート調査結果.GID学会第21回研究大会・総会プログラム・抄録集;2019:43.


よしだ・えりこ氏
2003年京大理学部卒後,阪大医学部に学士編入し07年に卒業。川崎協同病院で初期研修,聖隷三方原病院で後期研修を受け,11年より現職。「ALLY」と書かれた筆者の胸の6色バッジは,LGBTQsの人々の支援を表明する。「LGBTQsの人々に限らず,全ての人に公正に医療を届けることが目標です」。

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