医学界新聞

インタビュー

2019.09.30



【interview】

適切な診断・治療で子どもに笑顔を
起立性調節障害を診る

田中 英高氏(OD低血圧クリニック田中院長)に聞く


 軽症例も含めれば中学生の約1割にみられると言われる起立性調節障害(Orthostatic Dysregulation;OD)。頭痛や立ちくらみ,朝起きられないといった症状により日常生活に支障を来し不登校につながるケースや,身体疾患だと理解されず周囲から十分なサポートを受けられないケースも多い。長年OD診療の第一人者として研究に取り組んできた田中英高氏は,日本小児心身医学会の「小児起立性調節障害診断・治療ガイドライン」作成にも委員長として携わった。ODの診断・治療方法や,ODを抱える子どもやその保護者と医療者はどうかかわっていくべきなのか,話を聞いた。


――先生がODの診療に取り組むようになったきっかけをお聞かせください。

田中 今から30年以上前に大阪医大で小児科医として勤務していた頃,当時ひとくくりに「心身症」と診断されていたODの子どもにたくさん出会ったことがきっかけです。その頃からODという病名はあったものの,診断基準は明確ではありませんでした。血液検査や脳のCTなどでは異常が見つからないODは,心理的なストレスが関与する心身症や,「ただの怠け」「不登校」と扱われていたのです。しかし私は子どもたちの様子から怠けと片付けるには違和感があり,彼らの役に立ちたいとODの研究・治療に取り組むようになりました。

全国どこでも診断できるように

――ODの病態について現在の医学でわかっていることを教えてください。

田中 ODは,起立に伴う循環動態の変動に対して働くべき,自律神経による代償機構が破綻している状態です。人は起立すると動脈系末梢血管抵抗の低下などにより血液が下半身へ急激に移動します。通常はこれを代償するため動脈系末梢血管抵抗の上昇や心拍数の増加,ノルアドレナリン放出などが行われ,血圧が維持されます。ODではこの一連の代償機構に障害があるため,起立時に血圧の低下や不安定を起こし,脳血流を確保できなくなってしまうのです。

――具体的にはどのような症状が現れるのでしょう。

田中 脳血流の低下により立ちくらみや頭痛,倦怠感などが生じます。この症状は午前中に強く現れるため,朝起きられないというODの典型的な症状につながります。

――ODを正確に診断する方法はあるのですか。

田中 非侵襲的連続血圧測定装置(Finometer)や近赤外分光計などの検査機器を用いて脳代謝循環を測定する検査があります。これは起立時の血圧変化と同時に,脳の動静脈における血流量の変化を測定することで,より正確な状態を把握することができます。しかしこの試験が実施できる医療機関は,当院を含めて全国に数カ所ほどしかないのが現状です。

――では,そのような機器のない病院ではどう診断すれば良いのでしょう。

田中 日本小児心身医学会が作成した「小児起立性調節障害診断・治療ガイドライン」では,特殊な医療機器等を使用しない簡易な検査方法である新起立試験法の実施を推奨しています。これは全国どこでもODの診断ができるよう,同学会が確立した検査方法です。

 新起立試験法とは臥位を保った状態と起立時および起立後の血圧・脈拍をそれぞれ測定し,その変化を明らかにする検査です。検査の必要性が認知されるようになり,現在は多くの施設で行われています。詳細は本ガイドラインをご参照ください。

――ガイドラインを作成したことで,OD診療を取り巻く環境に何か変化はありましたか。

田中 患者側からガイドラインを踏まえて診療してほしいという要望が上がり,それに応える形で全国の医療機関で診療が行われるようになりました。OD診療は患者側の発信で広まってきた面があります。

 また,ガイドラインができたことで医療者の間に疾患の概念や検査・治療方法が認知され始めました。医師国家試験の出題範囲にも含められ,現在は比較的若い医師は学生時代から病名を知っていることが多いです。しかし,残念なことに今でも適切に診察してくれる医師にたどり着けず,怠けに起因する不登校だと扱われる子どももいます。ODの適切な診療がもっと広がり,そのような子どもがいなくなることを望んでいます。

身体疾患と理解し治療に取り組む

――ODの代表的な治療法について教えてください。

田中 ODの治療には大きく薬物療法と非薬物療法があります。薬物療法では昇圧薬であるミドドリン塩酸塩などを用いますが,これは治療効果に占める割合としては一部にすぎません。ODの症状を改善するには,生活習慣改善などの非薬物療法が重要な役割を持ちます。例えば散歩などの軽度の運動,水分や塩分の摂取,起立時には頭位を前屈させてゆっくりと起き上がるなどの行動を徹底することが大切です。

――ODと疑わしき子どもが来院した際,医療者はどのように対応すべきでしょうか。

田中 OD以外の基礎疾患の可能性を除外した上で,まずは新起立試験法を実施してほしいです。これは初診の場合,診察時間も含めれば30~60分ほどかかる検査ですので,診るべき患者を大量に抱える多忙な医師にとってはハードルが高いかもしれません。しかし検査でODと確定し,その検査結果を子どもや保護者が知ることは,OD診療の第一歩となります。

――なぜ当事者が検査結果を知ることが必要なのですか。

田中 まず,ODは身体疾患であると保護者が真に理解するためです。保護者がODを身体疾患だと理解していない場合,どこかで怠けだと思ってつい「早く起きなさい」「学校に行かないと」などと子どもに口うるさく言ってしまうことがあります。このような誤った対応は親子関係の悪化を招きかねませんし,問題の根本的な解決にはつながりません。

 また幼少期からの習慣で,薬を飲ませるなどの行動を保護者が子どもに指示することで,子どもが自主的に治療に取り組めなくなる場合もあります。

――保護者には子どもの疾患を理解し見守る姿勢が必要なのですね。

田中 はい。また検査結果を知ることは,子ども自身が治療に当事者意識を持つためにも重要な意味を持ちます。

全国の子どもの日常生活をサポートする

田中 検査結果を伝える際,私は子どもに「この病気を治せるのは他でもないあなただよ」と話しています。先に述べたように,OD治療においては薬物療法以上に生活習慣改善が重要ですから,子どもが自主的に治療に取り組むことが最重要です。診察に来るたび検査結果を子どもと共有し,生活の中でできたことやできなかったことを一緒に確認しながら治療に取り組んでいます。

――子どもが日中過ごす場である学校の理解は,現在どのくらい進んでいるのですか。

田中 今は患者の親の会があるため,学校へ説明に行くなど保護者による働き掛けもあり,理解しサポートしてくれる学校は随分増えてきました。教員にはガイドラインの内容を説明し,その子どもが怠けているのではなく病気なのだと理解して適切な支援をするよう求めています。具体的には長時間の静止状態での起立や暑気を避ける,遅刻での登校を認める,さらにはクラスメートの理解を得る,などです。教員は多忙なため対応が難しい部分もありますが,子どもの生活を支えるための多機関連携に努めています。

――今後田中先生はODの子どもたちをどうサポートしていきますか。

田中 私が診察する患者さんは遠方から来院する方も多くいるため,治療方針を決定した後は地元のかかりつけ医の先生方に治療を依頼しています。診療情報提供書に現状や必要な治療・処方,サポートを示すことで,綿密な連携を図っています。いつも多くの先生方が子どもの日常生活の支援に尽力してくださり,大変感謝しています。全国で治療を求める子どもと保護者のために,これからも全国の医療者や関係機関と協力しできる限りの支援を続けていきたいです。

(了)


たなか・ひでたか氏
1980年大阪医大卒。86年同大大学院博士課程修了。博士(医学)。同大小児科講師,助教授,准教授,同大病院発達小児科科長などを経て,2014年OD低血圧クリニック田中を開院。大阪医大小児科での診療経験をもとにODの診断方法を確立。「私がODの診療を始めてからガイドラインが完成するまで20年以上かかりました。それでもOD診療に取り組み続けたのは,症状が改善し,喜ぶ子どもたちの姿を見ることにやりがいを感じるからです」

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook