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第3337号 2019年9月9日


【取材】

フィードバックで促す研修医のインシデント報告


 1999年は,横浜市立大学附属病院や都立広尾病院での医療事故を契機に医療安全対策の機運が高まったことから「医療安全元年」とも言われる。それから20年。それぞれの施設が医療安全対策に乗り出し,診療マニュアルの整備,医療安全部門専従職員の配置,インシデント報告の電子化など,さまざまな手を打っている。

 自治医科大学附属さいたま医療センター(628床)は「インシデント報告」「研修医教育」をキーワードに医療安全対策を進めてきた。その成果は,年間約3万件(うち,医師からは約1千件)にも達するインシデント報告数に表れる。医療安全におけるPDCAサイクルの起点となる重要な取り組みのインシデント報告を研修医に促す意図は何か。なぜ,研修医からの報告が重要なのか。毎月1回開催される1年目初期研修医対象の医療安全講習会を取材した。


 自治医科大学附属さいたま医療センターでの初期研修医対象の医療安全講習会では,一風変わった光景が見られる。プロジェクターで映し出されるのは,講習会に集まった1年目初期研修医が報告したインシデントの概要や各研修医の報告件数だ(図1)。「アルコール綿禁止の患者にアルコール綿を使ってしまった」「別の患者に検査をオーダーした」「使用後の針が指に当たった」「移送中にカテーテルが抜けそうになった」「患者同士のけんかを仲裁した別の患者がけがをした」「処方量を間違えて,薬剤師から疑義照会があった」……。ささいな事故から,大事に至る可能性があったものまで多様な報告が紹介された。

図1 2019年度に入職した初期研修医全28人それぞれのインシデント報告件数
2019年4月1日~7月17日までに報告されたインシデント報告数。実際のスライドでは,誰が何件報告したかわかるよう,氏名も公開される。年間報告目標は10件であるが,既に達成した研修医が2人いた。

 「今年は,研修開始からの3か月間で報告数ゼロ件の1年目研修医がいませんでした。それに過去最高の報告数です。ただ,繰り返しの指導にもかかわらず,1件しか報告していない人もいます」。同センター医療安全部門の遠山信幸氏は,インシデント報告件数が多い研修医をたたえ,逆に少ない研修医に対しては報告を促した。「同期の報告と同じインシデントを,あなたは起こさなかった?」。氏は研修医に問い掛けた。

インシデント報告数は医療安全に対する意識の高さ

 年間2万9223件。これは同センターの2018年度のインシデント報告数の総計だ。病床数の5倍がインシデント報告数の目標と言われることを踏まえれば,同センターでのインシデント報告数は病床数の50倍にも上り,いかに驚異的な報告数であるかがわかる。

 医療安全管理のポイントは,個々の職員,組織全体で医療安全への意識を高めることだと言われる。安全文化は,①報告文化,②正義・公正の文化,③柔軟な文化,④学習する文化から成り立つ。中でも①報告文化は,インシデントの情報を組織全体で共有し,再発予防に活用するために極めて重要である。インシデント報告数を増やすことは,医療安全を推進するためには欠かせない手なのだ。

インシデント報告数上位者は「優秀レジデント」

 発生したインシデントが速やかに,かつ全例報告されることが望ましいとは言え,報告をためらう職員は多いだろう。「インシデント報告=医療従事者に過失があった医療過誤」ととらえ,報告によって自身が非難の対象となると考えたり,報告が手間だと考えたりするためだ。この負のイメージを乗り越え,インシデントレベルの大小によらず全てのインシデントの報告を促すには何が大切なのか。遠山氏は,「インシデント報告は診療行為の一部であり当然の責務との意識を持たせることが重要」と話す。氏らは啓発に力を入れるため,次のような取り組みを行った。

・全職員対象に定期的な講習会の開催
・インシデント報告情報のフィードバック
・中途採用医師へのマンツーマンでのインシデント報告に関するレクチャー
・システムや医療機器・材料の不具合の発見につながったインシデント報告を表彰する「ベストインシデントレポート賞」の創設
・多科合同でのM&Mカンファレンスの開催
・医療安全推進月間の制定

 こうした取り組みが奏功し,同センターにおけるインシデント報告数は10年前のおよそ1.5倍に上昇した(図2)。

図2 全職員からのインシデント報告数の年度推移
2008年までの病床数は408床。2009年に600床規模となる。現在は628床。インシデント報告数は増加し,現在はおよそ3万件と,病床数の50倍もの報告数となった。

 これらの報告内容を分析すると,医療安全対策の課題が浮かび上がった。それは,医師からの報告数を増やすことである。インシデント報告数において医師が占める割合は,インシデントアクシデント分類のレベル(以下,インシデントレベル,MEMO)が高いインシデントでは大きくなる(図3)。医療の質向上のためには,医師が関与したインシデントを把握し,システム改善の一手を打つことが期待される。ただ,ベテラン医師に一度根付いたインシデント報告に対するマイナスイメージを払拭し,報告を促すことは難しい。遠山氏は「鉄は熱いうちに打て。研修医の教育には特に力を入れるべきだ」と強調する。

図3 インシデントレベル別報告者の割合
インシデントレベルが低い(=患者に与えた危害が比較的小さかった)インシデントは看護師が,インシデントレベルが高い(=患者に与えた危害が大きかった)インシデントでは医師が行為主体となる場合が多い。患者安全を高めるためには,医師のインシデントを分析して再発防止に努めることが求められる。

 研修医には,入職直後のオリエンテーションで延べ5時間かけてインシデント報告の意義や医療安全管理室の取り組みについて講義を行う。その際,1年間で10件のインシデント報告を目標にするよう伝えるという。1年目初期研修医とは,その後も毎月1回の医療安全講習会で定期的に交流を図り,インシデント報告数や報告内容について逐一フィードバックをする。年度末には報告数上位3人が「優秀レジデント賞」として表彰され,インシデント報告はためらうべきものでないと位置付けられる。2018年度の医師からのインシデント報告数の38.2%は初期研修医からの報告となり,成果が表れ始めている。

フィードバックでインシデント報告の意義を強調

 研修医が抵抗感少なくインシデントを報告できるのはなぜか。その鍵は研修医に対するフィードバックにある。冒頭で紹介したとおり,同センターでは医療安全講習会の時間を利用して年3回(7月,12月,3月)にわたり,それまでに出されたインシデントの概要や報告件数を1年目初期研修医と安全管理部門で全て共有する。

 取材当日は,2019年度入職の初期研修医28人にとって初めてのフィードバックの機会だった。1年目初期研修医が入職してから3か月間に報告した全110件の報告の概要がパワーポイント上に示された。「疑義照会を受けた」「針刺し」などは複数の研修医から報告があり,研修医が起こしやすいインシデントのようだ。

 インシデント報告数が最多10件の研修医の一人に講習会後話を聞くと,「紹介されていたのと同じインシデントを起こしたが,報告しなかった。まだまだ報告が足りなかった」と振り返った。フィードバックは,研修医に自身の報告態度を振り返る機会をもたらしている。

 講習会でのフィードバックだけでなく,研修医が報告したインシデントは遠山氏が全てを確認し,報告者に随時連絡を入れる。これに対して研修医は,「インシデントにかかわった他者からの報告と擦り合わせた上で,公正な視点で当日中にフィードバックをもらえる。自分の過失でなかったと明らかになる場合やシステムの改善につながる場合もあり,勉強になる」とインシデント報告の意義を語った。

 同センターでは週に1度,医療安全管理室のメンバー全員で,センター内のほぼ全域を巡回する。このときの声掛けも有効だ。巡視によって無意識の行動変容が誘引されるホーソン効果は,医療安全においても有効性が指摘される。現場を見て,報告者から直接話を聞くことで,インシデント報告ではわからなかった問題点が見えるようになるだけでなく,定期的に顔を合わせて話すことで安全管理部門と現場の認識を同じにし,良好な関係を築くことにもつながる。巡回の際には研修医にも声を掛け,インシデント報告をしたことへの感謝や労いの言葉を伝え,時には報告を促す。

 巡視が終了したらそれで終わりではなく,巡視後は安全管理部門から,巡視中のチェック項目やインシデント報告に基づいたPDCAサイクル実施状況の確認をもとにフィードバックする。これらの取り組みによって,インシデント報告に双方向性が確保される。

 同センターで,年間およそ3万件ものインシデント報告が集まるようになりわかってきたことがある。労働災害における経験則の一つであるハインリッヒの法則が医療事故にも当てはまる可能性が見えてきたことだ。ハインリッヒの法則では,重大事故1件の背後に29の軽微な事故があり,その背後には事故には至らなかった300のヒヤリハット例が見られるとされる。同センターの2018年度のインシデントレベル別報告数は図4のように,ハインリッヒの法則におおむね従う。

図4 自治医科大学附属さいたま医療センターでのインシデント報告件数は,労働災害の経験則ハインリッヒの法則におおむね従う

 資料を手に遠山氏は,「高度急性期病院で全件報告をめざす場合,インシデントレベル0~2を含めてどのくらいの報告数が見込まれるかを示せるのでは」と今後の分析に意欲を示した。

 膨大な数のインシデント報告にフィードバックを行い,研修医をはじめとした医師への徹底した安全教育体制を構築するには,医療安全部門専従医の配置が必要である。専従医がいる施設はまだ限られており,それゆえ各施設・大学における医療安全教育には大きな差があるのが現状だ。医師のプロフェッショナリズムとして,生涯にわたり医療安全に対する高い意識を持つためにも,初期研修医のうちから医療安全教育の充実が求められる。

MEMO インシデントアクシデント分類のレベル
 各施設で定める医療事故の分類基準。レベルが高くなるほど,患者への影響度が大きくなる。一例として,自治医科大学附属さいたま医療センターにおける分類基準を示す。

レベル0:エラーは患者に実施されなかった
レベル1:実施されたが,実害はなかった
レベル2:軽度の傷害が出たが,検査や処置は不要だった
レベル3a:中等度の傷害が出て,検査・処置や治療を要した
レベル3b:高度の傷害が出て,濃厚な処置や治療を要した
レベル4a:軽度の障害や後遺症が残った
レベル4b:中等度~高度の障害や後遺症が残った
レベル5:死亡した(原疾患の自然経過は除く)