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第3326号 2019年6月17日


【座談会】

ベッドとベンチの相互協力でめざす
精神医学研究の発展

加藤 忠史氏(理化学研究所脳神経科学研究センター精神疾患動態研究チームチームリーダー)=司会
高橋 英彦氏(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学分野主任教授)
林 朗子氏(群馬大学生体調節研究所脳病態制御分野教授)
北中 淳子氏(慶應義塾大学文学部人間科学専攻教授)


 医学の進展は,基礎となる生物学研究での疾患の機序解明や治療法開発によって支えられ,その成果が日々の診療へと還元されてきた。精神医学領域においては,バイオマーカーはいまだ確立されておらず,バイオマーカーが特定された場合には他科で診療することも増えるため,精神科日常診療と基礎研究のベンチの間には大きなギャップが存在する。このギャップを埋めていくには,一体どうすればよいのだろうか。基礎研究に取り組む精神科医の加藤氏,高橋氏,林氏の三氏と,精神科の在り方を研究する北中氏との座談会によって,今後の精神医学研究の在り方を検討する。


加藤 精神医学という領域は,不思議な領域です。精神疾患患者の一群に器質的な原因が見つかると,その一群は「精神疾患ではなかった」ことになる可能性があるのです。典型例は抗NMDA受容体抗体脳炎。機序解明前は緊張病型の統合失調症とカテゴライズされ精神科で診ていたわけですが,現在は脳神経内科の守備範囲になっています。他にも,自閉症様行動が観察されることからDSM-IVでは自閉症の類縁疾患とされていたレット症候群は,DSM-5には掲載されていません。原因が特定されたためです。こうした事例を見ると,精神科医や精神医学関連研究者(以下,研究者)が“精神疾患の原因を解明することは名目上はできない”ということになってしまうのか,と疑問に思うことがあります。

 この疑問を議論すべく,本日は臨床に立ちながら脳画像を用いた研究をされている高橋先生,精神科医を経て分子神経科学研究者になった林先生,そして人類学の視点から精神医学そのものを研究されている北中先生をお招きしました。本日は三人の先生方と共に,精神医学とその基礎研究が今後進むべき道を考えたいと思います。

高まる精神医学への期待

加藤 初めに,精神医学が進んできた道を振り返ってみます。まず林先生,精神医学基礎研究について教えてください。

 1980年代以降の遺伝学の興隆によって,医学・生命科学の基礎研究が大いに発展しました。その結果,遺伝学的手法を用いて精神疾患が起こるメカニズムの解明とその治療法開発がin vivo,in vitroで進みました。例えば,統合失調症の関連遺伝子DISC 1Disrupted in schizophrenia 1)の変異がなぜ統合失調症を引き起こすのか。DISC 1以外にも疾患関連遺伝子はないのか。どうすればその病態を抑えることができるのか。それらを調べるために研究者は,遺伝子を組み換え,モデル動物を作って研究を進め,膨大な量の知見を得ました。

加藤 遺伝子で全てを解明できるのではないかと熱狂した時代でしたね。しかし分子という階層だけで全てを語ることはできないと気付かされました。

 そこで研究者は,遺伝子の機能を分子,シナプス,神経回路レベルなどマルチスケールで探索するようになりました。モデル動物を用いれば,生きたまま活動電位を測定したり任意の神経細胞を特異的に活性化したりでき,遺伝子と病態の因果関係や責任回路の同定もできます。精神科医として勤務していたころは,患者さんの病態は目に見えるのに,それを引き起こす生体の異常が見られないことがフラストレーションでした。ヒトでは決してできない研究を進めることで病態と生体異常の二者を架橋できると期待しています。

加藤 メカニズムがわかれば,治療法の開発にもつながりますね。NIMH(米国立精神衛生研究所)のJoshua A. Gordon所長は,精神疾患の責任神経回路の同定がアデノ随伴ウイルスを用いた神経回路治療につながるのではないかと期待を寄せています。

 一方で,動物実験だけでは不十分だとの行き詰まりも感じます。モデル動物はヒトの病態をどれほど模倣するのか。モデル動物での研究成果が果たしてヒトにどれほど外挿できるのか。誰にも答えはわからず,かといってiPS細胞や死後脳を用いた実験系では行動異常を見られません。ヒトと動物,脳領域のレベルと遺伝子のレベル。マルチスケールでの研究による疾患メカニズムの解明が必要だと感じています。

加藤 メカニズムを解き明かすと言っても,動物レベルの基礎研究からヒト脳を調べる研究までマルチスケールに行わなければならないのですね。それではヒトを対象とした精神医学研究の進展を振り返ってみましょう。

高橋 神経心理学の分野では,症状と脳の外傷や神経細胞死を照らし合わせることにより脳機能の理解を進めました。症例報告としては興味深いのですが,症例数は決して多くないため,疾患の大枠をとらえることは困難でした。

 より多くの患者・医師へ研究成果を還元できたのは,PETの脳画像を用いた投薬量最適化の研究です。抗精神病薬や抗うつ薬の成分がどれほど血液脳関門を通過し脳まで行き届くのかをPETで測定することで,薬物動態の観点から最適な投与量を調べることができるようになりました。

加藤 薬の開発でPETは必須になりましたね。臨床試験だけに頼らず,薬の適切な用量設定がやっとできるようになりました。

高橋 さらにその後fMRIが登場してからは,医学領域だけでなく多くの学問領域でヒト脳を対象とした研究が盛んになりました。以前は,脳活動を見るためには造影剤を投与したり放射線被曝に配慮したりする必要があったため,医師以外の研究者には参入しにくい状況でした。fMRIを用いれば非侵襲的に脳活動を見られるため,多領域で脳やこころにアプローチできるようになり,ヒト脳のはたらきの解明が進みました。まだ臨床に還元されていないとはいえ,精神疾患の脳活動パターンなども見いだされています。

北中 精神や脳が科学的に語られるようになったことで,精神疾患や精神科のイメージはずいぶん変化しました。30年ほど前は,精神科は一般には近寄りがたく,患者も医師も精神疾患治療の難しさに圧倒されていたと記憶しています。それが今ではこころの在りかとしての社会脳や可塑性の強調により脳科学の知が一般にも広がり,精神疾患も「治せる可能性がある病」との認識へ変化しました。同時に,児童期の発達障害,青年・中年期のうつ病,老年期の認知症と,生涯にわたって日常の生きづらさを精神医学的にとらえる「ライフサイクルの精神医療化」が進行している状況もあるかと思います。

加藤 最近では発達障害やうつ病の増加,統合失調症の軽症化が指摘されていますね。精神科医と社会の両方で疾患の認知度が高まり,重症でなくても受診するようになった結果でしょう。

北中 精神医学や脳神経科学の研究成果にインターネット等を通じて容易にアクセスできるようになったことで精神科受診の敷居が下がり,生きづらさを救ってくれる場として精神医学が期待されるようになったとも言えます。併せて,社会的な問題を医療的に解決したいとの機運が高まっています。以前なら社会でなんとか対応してきた集団行動が苦手な生徒や物忘れが始まったお年寄りを「発達障害」や「認知症」ととらえることで,医療的介入が望まれるようになっています。

精神疾患は生物学だけでは語れない

北中 精神医学への期待は,時に過剰なものにも見えます。精神科が生きづらさを救ってくれる場として認識されたことで,自身を疾患のラベルで語りたがる人が増えました。セルフチェックをして精神科へ来院し,誰しも経験するような人生の葛藤を,脳神経科学的な特性に由来する事象として,バイオロジカルに,早急に解決することを求めるような風潮もあるかと思います。

加藤 確かにそのような場合が多く見受けられます。「同僚にひどいことを言われ,具合が悪くなった」と言う患者さんがいます。それは具合が悪いのではなくて,ひどいことを言われて嫌な気分になった当たり前の心の働きで,疾患の症状ではないのですが。

 将来的には脳を見ることで,疾患に由来する症状かそうでないのかを峻別できると期待していますし,それをめざして研究をしています。残念ながら区別できないのが現状です。

 精神疾患にはさまざまなサブタイプがあるから,どんな脳の異常に由来するのかわからない。原因がわからないから,同じ診断名でも現れる症状は異なってしまう。この堂々巡りです。

加藤 それゆえ現状,研究者として疾患関連遺伝子や脳病態の知識をいくら持っていても,臨床医として患者さんに向き合うときにその知識を使うことは,私の場合はほとんどありません。

高橋 確かに私も,臨床では患者さんの病態と脳を結び付けて考えることはほとんどありません。研究にも取り組んでいる分,ヒトを対象とした研究成果でも臨床応用にはほど遠いと感じますからね。

加藤 剖検時に得られた脳組織を凍結保存し,研究試料の整備をめざす日本ブレインバンクネットの構築が進む中で,そもそも検体の診断が議論となったことを思い出しました。神経病理学者は,死後脳で見つけた病変を診断と考えます。一方,精神科医にとっては患者さんが亡くなってから診断できても意味がない。目の前の患者さんを診療するために面接診断をするわけです。

高橋 つまるところ私たち精神科医は,脳や遺伝子の異常を見て精神疾患と診断するわけではないのです。これでは神経病理学者の診断と一致しなくても致し方ありません。

北中 しかし社会の側は,インターネットのチェックシートや面接診断による器質的な異常のスクリーニングを期待しています。この認識の差異が,当事者の苦しみや精神医学への失望にもつながる可能性があるのではないでしょうか。

加藤 他科では臨床と基礎研究のギャップが精神科ほど大きくないので,私たち精神医学関係者から十分な説明をしなければわかりにくいかもしれませんね。

 治療についても,期待され過ぎているような気がします。ドーパミンニューロンの変性だと,分子,細胞,神経回路レベルでの原因の理解が進んだパーキンソン病でも,不十分な治療効果しか得られていません。原因がはっきりしない精神疾患ではなおさら治療が難しいでしょう。

北中 原因が解明されても,果たして生物学的異常だけで精神疾患を十分に理解できるでしょうか。精神疾患は,バイオマーカーに基づいて客観的に診断される「自然種」としてのみとらえられるわけではありません。生物学的な疾患であると同時に,周囲の環境や社会的関係性で症状自体が変わり得る「相互作用種」です。精神疾患とラベル化されることで,患者さんはより精神障害者らしく振る舞い始めてしまう弊害すらありますし,それによって疾病の現象や概念が変化するともわかっています。

 また,精神疾患の予後も文化・社会によって異なります。WHOが舵を取ったIPSS(International Pilot Study of Schizophrenia)などの統合失調症患者の疫学研究では,先進国よりも発展途上国の患者の予後がいいと報告され,精神医学界に衝撃を与えました。人類学では,食・生活環境等のみならず,スティグマの有無や経済的格差といった社会的要因が生物学的要因とも関連する「ローカル・バイオロジー」が問われ始めています。

 おっしゃるとおり,社会的要因が重要だとの報告は多数されています。そのことがなおさら,原因解明や正確な診断を困難にしてしまうのです。

加藤 精神医学は生物学だけで語り尽くせない現状があります。私たち専門家の精神疾患への認識を,もっと丁寧に説明しなければならないようです。

脳病態に根差した治療法開発へ

加藤 現状の精神医学では,メカニズムを解明するための基礎科学と実臨床のためのプラグマティックな科学の間には乖離があります。基礎の研究者が疾患メカニズムを研究する傍らで,臨床研究では疾患の原因はブラックボックスのまま,診断・治療の研究が行われます。そのため,生物学的な原因によらない診断基準や治療法の研究が進められたわけです。今後は,脳病態に根差した治療法開発はあり得るのでしょうか。

高橋 認知行動療法などの精神療法と呼ばれるものを相補する治療法として,ニューロフィードバックに可能性を感じています。精神療法は患者本人に気付きを促すことが大事なので,可視化することが効果的です。fMRIを活用できると考え,研究を進めています。

加藤 脳を直接電極で刺激するDBS(脳深部刺激療法)はどうでしょうか。海外ではうつ病に対する臨床試験を行ったものの,効果は証明できませんでした。先述のアデノ随伴ウイルスを用いた神経回路治療も,どの神経回路が原因なのかはっきりしない状態で適応するのは乱暴に思えます。

 そこで活躍できるのが基礎研究者です。研究者ができるのは疾患メカニズムの解明だけではありません。モデル動物を使えば,DBSでは何Hzで刺激すると何が起こるのかをマルチスケールで検証できます。その結果,治療法としての有効性を徹底的に調べることができます。

加藤 基礎研究の進展によって神経回路レベルでの治療の可能性が見えてくることに期待したいですね。

患者が生きやすい世を医師・研究者・患者でつくる

北中 精神疾患患者さんの苦しみは,症状そのものだけではありません。社会からスティグマを負わされることにも苦しんでいます。こちらにも精神科医,研究者としてアプローチすることはできないでしょうか。

高橋 治療可能性を研究的に示すことは有効だと思います。HIV/エイズやがんも昔は不治の病と恐れられていましたが,治療可能性が見いだされ,過度には恐れられなくなりました。

加藤 精神疾患も体の病気だと示すことができれば,スティグマも減ると思います。パーキンソン病へのスティグマはそれほどありませんよね。たとえ完治が難しくても,原因についての理解が進むことだけで,スティグマを減らすことにつながるのではないでしょうか。

 原因を解明し治療法開発につなげるには,より同一性の高い一群を取り出して詳細に調べることが必要だと思います。こうした研究は,ヒトでのデータからスタートするのが有効でしょう。レビー小体病は,臨床医の診立てによる分類と,脳の病変の発見でパーキンソン病やアルツハイマー型認知症から分離しましたよね。同一集団の特定によって,抗NMDA受容体抗体脳炎に対する腫瘍切除治療のように,クリティカルな治療を提供できるようになるでしょう。器質的異常が見いだされた一群を精神科医が診なくなるというパラドックスについては冒頭で加藤先生が言及していましたが。

高橋 最近の動向を踏まえると,同一性の高い集団をあぶり出すにはAIを用いたビッグデータ解析にも期待がかかります。希少疾患と呼ばれるような少人数の同一集団から,より広範な症状に対する同一集団まで見つけられるかもしれません。

加藤 とは言え,ビッグデータの中から本質を見いだせるかには懸念もあります。ゲノムワイド関連研究は,対象者数が増えるほど関連遺伝子が多く見つかります。何百万人を調べたら,結局,脳に発現する遺伝子のほとんどが精神疾患と関連することになってしまうかもしれません。そして,どの精神疾患も同じような遺伝子と関連しているとなったら,「精神疾患は単一である」という乱暴な議論になってしまうかもしれない。これでは疾患の本質に近づいたとはとうてい言えません。

北中 そうしたときに,方法論としてのケーススタディが有効のように思います。疫学的論理とケーススタディの臨床的洞察をつなぐ研究が増えることで,加藤先生がおっしゃったメカニズムの科学とプラグマティックな科学の間にある壁も低くなるのではないでしょうか。

 臨床医からのそうしたフィードバックは非常に重要ですね。研究者は時に臨床の視点を忘れがちです。基礎研究に臨床医からのフィードバックが入ることで,生物学だけでなく,臨床的にも意義深いデータが生まれるのだと思います。

加藤 結局,診断法・治療法開発のためにも,スティグマを和らげるためにも重要なのは,基礎研究と臨床の両輪を相互に協力しながら回すことと言えそうです。疾患のメカニズムや原因を解き明かす研究と,臨床的な治療法を検証する研究がばらばらに行われるのではなく,メカニズムに基づいた診断・治療法を開発しなければなりません。

北中 臨床と研究が共同して科学知を生産する場に,当事者の視点が入るとさらによいと思います。高橋先生が先ほど言及されたエイズの研究は,当事者たちが科学研究の最新の知を手に入れることで必要な研究を次々と提案し,ユーザー主導で進め,科学知の在り方を大きく変えました。

 医師や科学者にとってどれほど優れた治療法が確立できたとしても,それが当事者のアイデンティティーを歪めるものの場合,果たしてそれを促進すべきかという問題もあります。従来の治験で測られる治療効果に加え,患者や家族の主観的な満足度という評価軸も必要だと考えます。

加藤 これもまた,今後の精神医学研究に必要な視点ですね。精神科医,研究者,当事者の三者で精神疾患の克服をめざすことで,精神疾患の症状も偏見もせめて高血圧くらいには押えられて,患者さんが生きやすい世の中を作っていきたいと決意を新たにしました。本日はどうもありがとうございました。

(了)


かとう・ただふみ氏
1988年東大医学部卒。同大病院で研修後,滋賀医大助手。95年同大にて博士(医学)取得。東大助手,講師を経て,2001年より理研チームリーダー。『双極性障害――病態の理解から治療戦略まで(第3版)』(医学書院)など著書多数。双極性障害の原因解明をめざし,ゲノム,死後脳,動物モデルなど幅広い観点から研究を行う。現役のうちに「神経病理学のレベルで双極性障害を再定義し,診断法,治療法開発につなげたい」。

たかはし・ひでひこ氏
1997年東京医歯大医学部卒。2005年同大にて博士(医学)取得。放医研主任研究員,米カリフォルニア工科大客員研究員,京大大学院精神医学教室講師,准教授などを経て,19年より現職。09年には第46回ベルツ賞1等賞を共同受賞した。著書に『なぜ他人の不幸は蜜の味なのか』(幻冬舎ルネッサンス)。「脳画像に携わる研究者・治療者として,診断だけでなく治療にも脳画像を利用できるようにしたい」。

はやし・あきこ氏
1999年群馬大医学部卒。同大病院にて初期研修の後,2005年に同大大学院医学系研究科博士課程修了。東大大学院助教,特任講師などを経て,16年から現職。新学術「マルチスケール精神病態の構成的理解」領域代表として,シナプス・神経回路などマイクロレベルでの精神疾患解明をめざす。基礎研究者としての目標は「基礎研究だからできることに注力しつつ,臨床家を熱中させる研究をすること」。

きたなか・じゅんこ氏
1993年上智大文学部卒。95年に米シカゴ大修士課程を,2006年に加マギル大人類学部医療社会研究学部博士課程を修了。慶大文学部准教授などを経て16年から現職。著書に,米国人類学会Francis Hsu賞を受賞した『Depression in Japan』(Princeton UP)や,『うつの医療人類学』(日本評論社)などがある。精神病に対してより共感的な社会をめざし,うつ病と認知症の精神科臨床をフィールドとして医療人類学研究を行っている。