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第3321号 2019年5月13日


【interview】

ベッドサイドで学ぶ集中治療
思考過程と判断の根拠を言語化するために

則末 泰博氏(東京ベイ・浦安市川医療センター救急・集中治療科/集中治療部門部長・呼吸器内科部長/センター長補佐)に聞く


 急性期の重症患者を対象とする集中治療の現場では,患者を救命すべく最善の治療が日々行われている。しかし,懸命に治療を行っても命を救えない患者がいることも現実である。生死の現場に立ち会うことの多い集中治療医には,どのような能力や心構えが必要か。

 米国の集中治療の現場で研さんを積み,医師としてあるべき姿“Second nature”を実践すべく努力を続ける則末泰博氏。帰国後から自施設で工夫を凝らして行う研修医教育の内容や,集中治療医として身につけたい倫理観について聞いた。


――患者さんの生死を左右する集中治療の現場では,多職種による迅速な連携と判断が求められます。現在,どのような治療体制をとっていますか。

則末 当科は,ICUに常駐している集中治療医が,ICUに入院する全ての重症患者の治療管理を行うクローズドICUを採用しています。心臓血管外科の術後患者,脳神経外科の患者,内科患者など,全てのICU患者に集中治療チームがかかわり,患者への責任を主科と共有します。

 さらに,欧米のクローズドICUと同様,集中治療チームの医師のみがオーダーを出せるよう限定しています。このシステムでは,各専門科が患者に何らかの介入をしたいと考えたとき,集中治療チームとコミュニケーションを必ず取る必要が生じるため,チームワークがより強固になり安全性も向上するメリットがあります。日本で一般的に考えられているクローズドICUとは少し異なるかもしれません。

――具体的にどのような違いがあるのでしょうか。

則末 日本で言うところのクローズドICUは,救命センター型の集中治療室を指すことが多く,世界的に見れば実は特殊です。この場合,救命センターの中にさまざまな診療科の専門家をそろえ,他科の医師を介さずに単独の科で治療を行うことが一般的です。

ベッドサイド回診は研修医の最も学び多き場所

――的確なアセスメントとプランには患者さんの情報収集が必要です。意識的に取り組んでいることはありますか。

則末 当科では毎朝,各科の医師たちと合同でベッドサイド回診を行っています。実際に患者さんを目の前にすると,カルテに記載された検査値や画像所見だけで治療方針を決めるカンファレンスの情報と比べ,患者さんの印象が全く違って見えることが多々あります。カンファレンスだけでの判断は,まるで目隠しをしながら横断歩道を渡るような,大変危険なものだと私は思っています。

――実際に患者さんをそばで診るベッドサイド回診の特に有用な点は何でしょうか。

則末 患者さんの外見,表情,動き,呼吸パターン,人工呼吸器グラフィックなど,リアルタイムの情報をベッドサイドで見ながらプレゼンテーションし,プランを多職種で共有できる点です(写真)。必要に応じてその場で患者さんから話を聞くこともできます。

写真 ベッドサイド回診の様子
患者の外見,表情,動きなどを見ながら,多職種による情報共有を進める。

 研修医には,コミュニケーションの方法から回診中の身体所見の取り方まで含めて教えていますね。

――人工呼吸管理中で話せない患者さんから情報を収集するときはどう対応しますか。

則末 気管挿管されている患者さんとコミュニケーションが取れないと思い込んでいる方は多いかもしれません。ですが,そのようなことはありません。鎮静を中断し,yes-noクエスチョンで尋ねることで,患者さんのうなずきと首振りによってコミュニケーションを取ることができます。文字盤を使う方法もあります。

――多職種がアセスメントにかかわる場合,限られた時間内で端的に情報を伝える工夫が必要ではないでしょうか。

則末 当科ではベッドサイド回診時に,効率的で漏れのないアセスメントが行えるよう,米国で標準化されたプレゼンテーションのフォーマットを用いています。米国では施設間で診療のバラツキが少ないこと,つまり標準化と“uniformity”が重要視されますので,どの施設の集中治療室でもほぼ同じフォーマットによるカルテ記載とプレゼンテーションが行われます。

簡単な言葉で情報を伝えることの重要性

――則末先生が研修医教育で重視している点は何ですか。

則末 私が意識して教えていることは大きく2つあります。1つは生理学の知識,もう1つは自分の思考過程や判断の根拠を言語化することです。

――なぜ生理学の知識を重視するのでしょう。

則末 ICUの現場では,ガイドラインで推奨されていたとしても,一部の患者さんには有害な治療となる場合があります。患者さんにとって本当にその治療が適切かを見極めるには,生理学の深い知識が不可欠です。

――2つ目の思考過程や判断の根拠を言語化するための教育で心掛けていることはありますか。

則末 回診中はできるだけ簡単な言葉で話すようにしています。研修医が「なぜ指導医はこの判断をしたのか?」と疑問を残さないよう平易な言葉で思考過程を示すことで,研修医たちも次から指導医と同じ論理で判断ができるようになります。

 また,思考過程を言語化することで皆がたどり着く判断を標準化する試みの最たるものが診療ガイドラインですので,当然ガイドラインの内容にも精通している必要があります。もし,ガイドラインから外れる治療をするのであれば,その根拠を言語化して説明できなければなりません。

――これまでの経験から言語化を強く意識するきっかけが何かあったのですか。

則末 米国研修中に英語で苦労した影響が大きいですね。海外で医師として機能するには,その国の言語で正確なコミュニケーションを取れなければなりません。さもなければ,患者さんに被害が及んでしまいます。言葉でごまかしが効かない分,物事の本当に重要なところだけを抽出し,理解した上で人に伝える努力をした結果,難しい内容でも簡単な言葉で伝える力が身につきました。

――そのような経験があったのですね。研修医の先生方が則末先生と同じような言語化のスキルを磨くにはどうすれば良いでしょうか。

則末 自分が学んだことを繰り返し他人に教える訓練が重要だと思います。また,他の医師と同じ判断材料を共有する手段として,ガイドラインや論文の抄読会を行い,議論することも大切です。当院の設立に携わった藤谷茂樹先生(聖マリアンナ医大)を中心に立ち上げたウェブ上で行う多施設ジャーナルクラブもその取り組みの一つです。同じ思考回路から判断できる集中治療医が増えることを期待しています。

集中治療医に求められる倫理的な能力とは

――集中治療の現場では,九死に一生を得る患者さんがいる一方で,残念ながら救命できない患者さんもいます。日米の集中治療を経験した則末先生の目に,現在の日本の現場はどう映りますか。

則末 救命できないことが医療の「敗北」と考える施設がいまだに少なくないと感じています。しかし,どれだけ最善の医療を施しても人の命は永遠ではありません。

 かつては,「畳の上で家族に見守られて静かに死にたい」と考える日本人が多く,死の質(Quality of Death)を尊重する文化があったはずなのですが,集中治療室では亡くなる直前まで人工呼吸器を装着し,管を自分で抜かないよう身体を拘束することが容認されている現実があります。

――米国はそうではないと。

則末 はい。実際に私も渡米前は「死=敗北」と思っていましたが,米国で多くの死にゆく患者やその家族と接してきた経験から,死の質を尊重することの大切さに気付きました。

 何を施しても助けられない,または,さらなる治療による負担を許容できない患者さんに対峙したとき,どうすれば尊厳を保った死の過程を提供できるのか。1分,1秒でも心臓を動かすことだけを目的とした不毛な治療を行うための四肢の拘束や投薬,家族との面会制限などによって患者と家族に残された最後の時間を台無しにすることが,集中治療医にとって本当の敗北だと考えています。

 救命だけではなく,患者さんや家族の意思を尊重し,残された最後の時間を少しでも良くすることも集中治療医の大きな役割です。

――「日米では治療に対する意思決定の文化が違う」という話も聞きます。米国で受けた倫理教育を日本にそのまま適用できるのでしょうか。

則末 医療における倫理観は,「文化の違い」で片付けることはできないと確信しています。医療倫理に限れば,日本には文化の違い以上に「未開拓」な部分がとても多いのです。

 もちろん多少の文化の違いこそあれど,日本と同様の問題に直面しながらこれまで発展してきた欧米の臨床倫理の考え方には,日本の医療現場で適用すべき点が多くあると考えています。

――なぜ医師の倫理教育の面で欧米と差が生まれてしまったのですか。

則末 臨床倫理を教えられる指導医が少ないことが問題だと感じます。

 加えて,患者さん目線の医療ではなく,医療者側が後で責められないことを最優先する医療を行いがちなために,患者の価値観から離れた医療となることが多いのではないでしょうか。集中治療医の中には患者や家族と十分なコミュニケーションを取らないまま診療を行う医師もいます。ひたすら医学的な救命だけを考え,患者の価値観や意思が全く反映されない治療方針にならないよう気を付けるべきです。

――現在,日本集中治療医学会の臨床倫理委員も務める則末先生が,終末期医療に目を向け,医師の倫理教育に注力しているのはどのような経緯からですか。

則末 ハワイ大時代の指導医から“Second nature”という考え方を教えてもらったことが大きいですね。直訳すると「後天的に獲得された天性」という意味です。その指導医はこの言葉を使って,「医師として必要な自己犠牲の精神,患者さんや家族に共感する姿勢,患者さんのことを第一に考える姿勢などは,もともとその人の人格に備わっていなかったとしても,教育体制と本人の努力次第で後天的に身につけられる」と説明してくれました。

 指導医が私にわざわざこの考え方を教えたのは,私がその資質に欠けていたからなのかなと,今でも思い返すのですが(笑)。

――患者さんの価値観を尊重するために,集中治療医に必要な素養は,努力して身につくと考えてよいのですね。

則末 そうです。誤解を恐れず率直に言ってしまえば,集中治療の分野は患者さんや家族とのコミュニケーションを避けようと思えばいくらでも避けて仕事ができてしまう分野です。「救命のために全力を尽くしています」と言っておけば良いのですから。しかし,それは集中治療医としての本質を見失っているのではないかと私は考えています。この面倒とも思えるコミュニケーションのひと手間こそがSecond natureなのです。

 私自身,顔を出しそうになる怠惰な自分を叱責しながら,同僚や研修医たちと日々頑張っています。これからも医師として,常に謙虚でありながら「患者さんに本当にふさわしい治療は何か」を追い求め続けていきたいと思います。

(了)


のりすえ・やすひろ氏
1996年慶大文学部心理学専攻卒。認定心理士資格を取得。患者に対してより直接的な介入をしたいと考え医師を志す。2004年東邦大医学部卒。同年沖縄県立中部病院にて初期研修,06年より米ハワイ大内科レジデント,09年米セントルイス大にて呼吸器内科・集中治療科フェロー。12年に帰国し現職。ARDS診療ガイドライン作成委員,日本集中治療医学会臨床倫理委員。近著に『人工呼吸管理レジデントマニュアル』(医学書院)がある。「当科は患者さん中心の集中治療をめざしています。仲間になっていただければ全力で教えます」。