医学界新聞

寄稿

2018.10.29



【寄稿特集】

My Favorite Papers
出会った論文の先に進むべき道が拓ける


 患者のため,症例検討のため,論文執筆のため,純粋な知識欲を満たすため……。論文を読む理由はいくつもあります。その中で偶然出会った論文が価値観やキャリアを変えることもあれば,励まし,悩みを払拭してくれることもあるかもしれません。

 そこで今回は,医師・研究者として道を歩む中で出会った「印象深い論文」のストーリーを執筆していただきました。先生方を今の道へと導いたのは,どんな論文だったのでしょうか。読者の皆さんも,自身のキャリアを語るに当たって外すことのできない論文をぜひ探してみてください。

名郷 直樹
稲田 英一
猪又 孝元
吉村 紳一
近藤 尚己


名郷 直樹(武蔵国分寺公園クリニック院長)


❶Prevention of stroke by antihypertensive drug treatment in older persons with isolated systolic hypertension. Final results of the Systolic Hypertension in the Elderly Program(SHEP). SHEP Cooperative Research Group.JAMA. 1991;265(24):3255-64.[PMID:2046107]

❷Meinert CL, et al. A study of the effects of hypoglycemic agents on vascular complications in patients with adult-onset diabetes. II. Mortality results. Diabetes. 1970;19:Suppl:789-830.[PMID:4926376]

❸Smith GD, et al. Cholesterol lowering and mortality:the importance of considering initial level of risk. BMJ. 1993;306(6889):1367-73.[PMID:8518602]

 私がEBMに引き込まれるきっかけとなった歴史的な論文を紹介する。

SHEP

 私は大学卒業後3年目の1988年に山間へき地の診療所に赴任した。そこでの最大の疑問のひとつが,高齢者の孤立性収縮期高血圧を治療すべきかどうかであった。それまで病態生理のみの教育で高血圧についての臨床試験のことなど全く知らず,高齢で動脈硬化が進めば拡張期血圧が下がるのは当然で,その硬い血管に十分な血液を送るためには収縮期血圧が上がるのが理にかなっている。無理やり下げたら,血流を悪化させてしまうのではないか,などと考えていた。

 今から思えば臨床試験の結果などに思いもよらず,とんちんかんなことを考えていた私であるが,4年間の診療所勤務をいったん終え,92年に母校の後期研修を開始して間もなくして出会ったのがこのSHEPである。

 60歳以上の孤立性収縮期高血圧患者を,クロルタリドン,アテノロールのステップケアで治療する群と,プラセボ群で比べて,脳卒中の予防効果を検討した最初のランダム化比較試験(RCT)である。相対危険度0.64,95%信頼区間0.50~0.82と脳卒中の抑制が報告された。論文の発表は91年である。私がこの論文のことを知ったわずか半年前のことに過ぎない。この論文が私のEBMに対する興味を決定的にした。私の医師人生を変えた論文である。

UGDP(University Group Diabetes Program)

 EBMを学ぶ中で,2型糖尿病の真のアウトカムを評価した最初のRCTとしてこの論文を知った。2型糖尿病を対象に,トルブタミド群,一定量のインスリン群,血糖値によってインスリン値を調整する群,プラセボ群の4群で,心血管疾患死亡の予防効果を検討した論文である。

 結果は驚くべきもので,心血管疾患死亡が一番少なかったのはプラセボ群で,トルブタミド群に至っては相対危険度2.93,p値0.005と,3倍近く心血管疾患死亡が多いという結果であった。

 この研究結果は,研究方法に対する科学的とはあまり言えない批判により臨床ではほとんど顧みられなかった。しかし,トルブタミドが属するスルホニル尿素薬がカリウムチャネルブロッカーであることを考えれば,トルブタミドが冠動脈を収縮させる方向に働き,病態生理学的にも心筋梗塞を増やす可能性があり,妥当な結果であったとも考えられる。

 その後の臨床試験の結果を考えると,この結果はバイアスや偶然でなく真実であったというのが最終的な結論だと思われるが,この研究を真正面から取り上げた糖尿病専門医にいまだ出会ったことがない。何とか出会いたいものだ。

 さらにもうひとつ驚いたことは,この論文を知った92年の時点で,真のアウトカムを評価した2型糖尿病のRCTは,このUGDP研究以外にはないということである。このことも私のEBMへの関心をさらに加速させた。

Smithのメタ分析

 私がEBMにかかわるきっかけになったSackettの『Clinical Epidemiology』に,コレステロール低下治療は心筋梗塞を予防するが,寿命を縮めるというRCTが引用されている。そこで当時CD-ROMでの検索が可能になりつつあったMEDLINEで自分自身で検索したのがこの論文である。

 薬物によるコレステロール低下治療の効果を真のアウトカムである総死亡で評価したメタ分析に絞り込むと,数件の論文に絞り込める。そのうちの一つがこの論文である。35のRCTを統合したメタ分析であるが,現在の治療の主流であるスタチンの試験はそのうち1試験のみである。

 結果は対象者の心筋梗塞発症の高リスク群では,相対危険度0.74(0.60~0.92)と総死亡に減少が見られた。一方,低リスク群では1.22(1.06~1.42)と,コレステロール低下治療により統計学的に有意に死亡が多くなるという結果である。当時低コレステロールの人には脳出血が多い,がんが多い,うつ病が多いといった観察研究が多く発表されており,心筋梗塞リスクが低い人のコレステロール低下治療は殺人ではないかという疑いを持つに至った。私のEBMへの関心はここで決定的なものとなった。

 この結果自体も衝撃的だったが,さらにびっくりしたことがある。脂質の専門家が,この論文のことを全く取り上げないことであった。この状況は今も案外変わっていない。今ではそういうことにあまり驚かない自分に,本当はもっと驚かないといけないかもしれない。


猪又 孝元(北里大学北里研究所病院循環器内科教授)


❶Packer M, et al. Effect of oral milrinone on mortality in severe chronic heart failure. The PROMISE Study Research Group. N Engl J Med.1991;325(21):1468-75.[PMID:1944425]

❷Volpe M, et al. Intrarenal determinants of sodium retention in mild heart failure:effects of angiotensin-converting enzyme inhibition. Hypertension.1997;30(2 Pt 1):168-76.[PMID:9260976]

❸McCarthy RE 3rd, et al. Long-term outcome of fulminant myocarditis as compared with acute(nonfulminant)myocarditis. N Engl J Med.2000;342(10):690-5.[PMID:10706898]

 ❶は,私の医師人生を変えた論文である。

 医師として現場に出て,心不全管理とは心機能を構成する3因子を是正することだと教わった。中でも重要視されていたのが心収縮能だった。「患者に苦しみをもたらす心不全は,心ポンプの働きが低下するために起こる。だから,ポンプの働きを良くする治療こそが施すべき最善策」とされていた。しかし,急性期に大活躍した強心薬,言うなれば命の恩人であっても,延々と使い続けるとむしろ早死にさせてしまう――。PDE III阻害薬ミルリノンを用いたPROMISE試験が発表され,現場は混乱に陥った。医師は命の恩人たるこの類薬を,何の疑いも持たずそれまで使い続け,患者や家族もありがたいことと感謝していたからである。

 現場では実感し得ない,経験ではものが言えない「予後」という新たな治療標的が生まれた。「正しい医療行為とは何か」と判断するには広い知識と新たな視野が必要であり,医師になりたての私に「しっかり勉強しよう」と肝に銘じさせた論文であった。

 ❷は,私の診療姿勢を作った論文である。

 心不全例では,たとえ軽症であってもナトリウムが経時的に体内に蓄積される。ACE阻害薬を用いてもこの蓄積に十分な歯止めがかからないとする基礎研究である。コントロールが不安定になると,心不全患者の身体は水と塩を持ちたがる。強力なフロセミドをどんなに使っても,水と塩を身体から離そうとしない患者がいる。そんなときに神経体液性因子の遮断薬を上手に用いると容易に利尿が図れ,リンゴの皮がピーッとむけるように病態の悪性サイクルの鎖がほどける感覚に陥ることがある。

 心不全再入院の理由として,水と塩の取りすぎだと患者を非難することが少なくない。しかし,心不全では水と塩を余計に取らなくても,病態悪化そのものが結果として水と塩をため込む。心不全の身体が言わんとする声に耳を傾け,適正な方向に導くことこそが心不全管理の基本と思っている。現場では,理屈と臨床感覚の両者をバランスよく研ぎ澄ますことが大切だと思わせるきっかけを作った論文であった。

 ❸は,私の「論文の読み方」を変えた論文である。

 劇症型心筋炎は通常の急性心筋炎に比して,予後が良好とする報告である。当時わが国では予後調査が行われ,補助循環を用いても劇症型心筋炎の4割近い症例が救命できなかった。本邦の調査とこの論文には大きな乖離があり,欧米との病態や管理の相違,はたまた,偽データなどとの極論も飛び交い,業界は一時騒然となった。しかし熟読すると,心筋炎の定義の違いが予後の違いを生む要因と気付かされた。

 欧米の急性心筋炎はなぜ累積的に死亡へ至るのか。本論文で定義された急性心筋炎の多くは,拡張型心筋症様の臨床病型で,急性心不全発症後に行った心筋生検で半ば偶然見つかった慢性心筋炎であった。徐々に心機能が低下し,心臓死もしくは補助循環・移植といった転帰をたどる。劇症型心筋炎との鑑別は,急性期において時に困難である。Methodsの読み込みと自身の臨床感覚との対比の大切さを痛感した論文であった。

 医師になりたての1年目に...

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