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第3293号 2018年10月15日


【対談】

医療ブロックチェーンが宿す可能性

水島 洋氏(国立保健医療科学院研究情報支援研究センター長)
笹原 英司氏(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会理事)


 仮想通貨ビットコインの基盤技術として脚光を浴びるブロックチェーン(MEMO)の応用が広がりを見せてきた。2018年7月に経産省が公表した報告書1)は,物流や権利処理,そして医療・ヘルスケア分野への応用に言及している。これまでの情報管理システムとは一線を画すブロックチェーンは医療にどんな可能性をもたらすか。

 医療分野へのブロックチェーン活用を研究する水島氏,笹原氏による対談では,医療分野の情報活用の現状と,新技術がデータ活用にもたらす革新への期待が話された。


水島 笹原先生は医療ITやフィンテック(FinTech)を扱う企業のアドバイザーを長年お務めと聞いています。

笹原 普段は企業のコンサルティング業務が中心です。

水島 ブロックチェーンの研究を始めたきっかけは,金融分野でしたか。

笹原 はい。2015年ごろに,あるイノベーションコンテストで仮想通貨の演題を聞いたのが最初でした。

水島 そのころ日本ではブロックチェーンへの関心が高まりつつも,仮想通貨取引所のハッキング事件などを受け,新技術の安全性を不安視する声が多かったです。一方,海外では金融分野にとどまらず,ブロックチェーンを他分野へ応用する動きがどんどん始まった時期に当たります。

笹原 米国HHS(Health and Human Services)がブロックチェーンのイノベーションコンテストを行ったのも2015年です。医療行政が先陣を切って取り扱ったのは衝撃でした。

水島 それから3年,世界最大のヘルスケアIT会議HIMSS 2018年集会では,ブロックチェーンは人工知能,ビッグデータ,IoTといった注目分野と並ぶほどの演題数となっています。

 私は希少疾患対策を研究していて,患者情報のよりよい収集・活用方法を模索する中でブロックチェーンに関心を持ちました。ブロックチェーンの応用は医療情報の管理方法をはじめ,医療分野に革命的変化をもたらす可能性があります。今日はブロックチェーンの特徴を整理した上で,現状と課題を踏まえつつ,医療ブロックチェーンの持つ可能性を話し合います。

ブロックチェーンの特徴と記録するデータの種類は

水島 ブロックチェーンの技術的特徴は高いセキュリティです。それは,①多数のコンピュータが相互にデータを共有する分散型台帳技術と,②情報の耐改ざん性に裏付けられています(仕組みはMEMOを参照)。

笹原 ①は従来の中央管理システムとは一線を画します。多数のコンピュータが相互に情報を承認・監視することで情報の正しさを保証します。

水島 相互バックアップで安全性も担保しますね。システムには誰でもデータを閲覧可能なパブリック型と,限られたコンピュータのみが台帳を持つプライベート型があります。パブリック型は記録の透明性が魅力ですが,医療情報はプライバシーの塊ですから,関係者以外は情報が閲覧できないプライベート型での構築が基本でしょう。

笹原 はい。電子カルテやPHR(Personal Health Record)を誰でも閲覧できるのは困ります。似た事情を持つ金融分野では,プライベート型のシステムの実装が広がっています。

水島 ②データの改変を許さない仕組みと,ブロックの生成時刻が記録され,履歴を担保できるのも特徴です。ブロックチェーンが仮想通貨の基盤技術になっているのも,信頼できる履歴を残せるとの理由からです。

笹原 経産省の検討会でも履歴の保証には注目が集まりました。現状では電子署名の有効性など法律上の課題はあるものの,活用に向けて議論が進んでいる段階です。

 しかし,書き換え不可能なデータベースにはメリットの反面,情報を削除できないデメリットも伴います。欧州では,個人情報の「忘れられる権利」が一般データ保護規則(GDPR)で保障されているように,情報が消去不可能なのは問題です。

水島 そうですね。そのため,医療情報そのものをブロックチェーンに記録するのは難しいでしょう。そもそもブロックチェーンは画像など比較的大きいデータの保管には不向きなデータベースです。医療情報そのものはブロックチェーンではなく,これまでのようにサーバーに保管し,サーバーへのアクセス権をブロックチェーンで管理する方法が有力と考えています。

笹原 「患者が医療機関に対して診療情報の参照,登録のアクセス権を与える」という仕組みですね。診療情報が一つの医療機関の電子カルテ内にとどまり,医療機関の垣根を越えた利用が限られる現在の構造が大きく変わる可能性を秘めています。

点在する診療情報を集約する

水島 笹原先生の指摘に同感です。ブロックチェーンはこれまで以上に広範囲でのデータ共有に役立ちそうだと私は思っています。

笹原 世界最先端のIT国家,北欧のエストニアのような仕組みですね。

水島 エストニアの健康情報システムでは,安全なネットワーク環境(X-Road)を基盤に政府が一括管理しています。電子カルテシステム,電子処方箋システム等は国に一つで,医療機関はこのシステムに接続して患者さんの既往歴や服用薬の情報を共有します。

笹原 エストニアでは医療に限らず,会社登記,自動車運転免許の登録・更新などの業務プロセスが全て電子化された「電子政府」を構築しています。こういったサービスの共通連携基盤にブロックチェーンを組み込んだ例もあるようです。他国も国家レベルでのデータ共有を重視する流れにあります。インドではエストニアの仕組みを参考に,国民の医療データを共有するとの目標を2018年8月に掲げました。

水島 医療機関ごとに電子カルテシステムが違い,データ共有になかなか至らない日本とは違いますね。

 また,日本では診療情報の電子管理は一般化したものの,患者自身は情報利用に関与できない状況です。エストニアで個人情報の電子的共有に同意が得られているのは,国民ポータルサイトによる情報利用の透明性が大きいです。自分の個人情報の管理,活用状況がポータルサイトでいつでも確認でき,誰が,いつ,どんな理由でアクセスしたかを確認できます。

笹原 水島先生の構想の全体像がわかってきました。あらゆる医療機関の電子カルテをクラウド上に一本化し,患者さんにはPHRの形で提供する。そして,患者さんは受診する医療機関に診療情報へのアクセス権を提供するということですね。

水島 はい。情報の管理,利用を患者が主体的に行うのです()。この電子カルテシステムの目的は,服薬歴の一元管理というお薬手帳の本来の姿と類似します。複数の医療機関を受診する患者はもちろん,他院への紹介や緊急搬送,さらには遠隔診療にも利用機会があります。初めて受診する医師から適切な医療を受けるには,健診データも含めこれまでの医療記録を統合的に提供できる仕組みが必要です。

 患者が主体的に診療情報を管理するシステムの例
診療に関する情報はサーバーに一括管理し,患者からアクセス権を得た医療機関がデータを登録,参照する。医療機関の他,研究機関等にデータを提供することも可能。

笹原 患者だけでなく,診療する医師のメリットも大きいです。

水島 正しい診断・治療のためにも,点在する情報をつなぎ,一か所に集める。ブロックチェーンを基盤に,診療情報へのアクセス権を患者が管理し,医師に情報提供するような仕組みができれば,日本の医療の形を大きく変える可能性があります。

研究と患者をつなぐ手立てにも

水島 患者自身が情報のアクセス権を管理する構想は診療だけでなく,研究にも大きなインパクトを与えます。

笹原 水島先生がブロックチェーンを研究するきっかけになった希少疾患では特に重要ですね。症例数が少ない故に,医療機関ごとの断片的なデータでは研究を進めるのが難しいそうです。

水島 しかも,多くの場合は医療機関が情報所有者のため,たとえ患者さんが自身の情報を提供したくても,提供手段が限られていたのです。それがブロックチェーンを使った仕組みで変わる可能性があります。

 希少疾患に限らず,医学研究は情報収集が重要です。2018年5月に国は医療分野の研究開発に資する情報利用の枠組みとして,次世代医療基盤法を制定しました。しかしこれでは不十分で,匿名化した上で,個人が自身の情報利用を管理できる仕組みを作る必要があると思います。いかがでしょうか。

笹原 同感です。法律という枠組みも大事ですが,研究を続けるには参加者の研究参加意識が重要です。例えば米国で何十年も続くFramingham Heart Studyでは,地域と研究者に信頼関係ができていて,人々の研究参加意識が高いです。日本では人々の研究参加意識がやや低いように感じます。

水島 提供したデータが研究結果として実を結び,どう役立ったか見える化されれば,もっと多くの人が医学研究に参加するのではないでしょうか。

笹原 おっしゃる通りです。

水島 ブロックチェーンの強みをさらに生かすなら,情報提供への対価を提示して研究参加を促すこともできそうです。現在,医学研究では医療機関などに情報提供料を支払っていますが,本来は参加者にも還元できるのが良いですよね。ブロックチェーンは研究参加を後押しし,患者さんと研究を結びつける手立てにもなるのではないかと考えています。

モノ・お金の流れと,プロセスの見える化に

水島 履歴が残り,改ざん不可能なブロックチェーンの特徴は医療の信頼性そのものの向上にも役立つと思われます。近年は臨床試験のデータ改ざん事件もありました。

笹原 経産省の検討会では,医療・ヘルスケア分野へのブロックチェーン応用例として治験データ管理プラットフォームが取り上げられました。規制当局,製薬会社,医療機関など関係者がブロックチェーン台帳を共有し,記録の改ざんを防ぐモデルです。

 米国FDAは,EHR(Electronic Health Record)のリアルワールド・データからリアルワールド・エビデンスを作る際の取り扱いに関するガイドラインを発行しています5)。IBM Watson Healthと連携し,ブロックチェーン技術を利用して安全にリアルワールド・データを共有する実証研究を進めています6)

水島 改ざん不可能な特徴は医学研究と相性が良いでしょう。日本でも,日本医師会かかりつけ医糖尿病データベース研究事業(J-DOME)にブロックチェーンが活用されています。

笹原 また,米国では医薬品サプライチェーン安全保障法(DSCSA)に基づく医療用医薬品サプライチェーンの追跡管理に,現在の二次元バーコードから,ブロックチェーンに置き換える構想があります。製薬企業や物流企業がすでに概念実証(PoC)を終え,FDAに提案している段階です。2020年ごろにはブロックチェーンでの管理は現実的になるでしょう。偽造医薬品の防止の他,輸送時や保管時の温度管理まで追跡できるようです。

水島 海外ではかなりの量の偽薬が流通しているそうです。局所的ではなく,流通を上流から下流まで一気通貫に管理する場合にも,ブロックチェーンが適していますね。

笹原 改ざん不可能性と関係者間での情報の透明性を両立するブロックチェーンは,医薬品開発や流通におけるモノの流れやお金の流れ,人がかかわるプロセスの信頼性を高める枠組みにかなった技術だと考えています。

「こんなことができる!」提案を医療者から

水島 しかし,ここまでの議論を覆すようですが,現時点で思いつく活用法には「ブロックチェーンでなければできないもの」は,あまりない気がします。既存の技術でも認証の仕組み,トレーサビリティの仕組み,透明性確保の仕組みは存在するわけですから。

笹原 はい。新技術はどうしても技術ありきで応用例を考えてしまいますが,そのまま実現化できるわけではありません。ブロックチェーンの普及には,既存の技術と比べて,より早く,便利で確実に課題を解決できるアプリケーションの開発にかかっています。開発の延長線上に,ブロックチェーンの普及があると思うのです。

水島 今の状況は1990年代のインターネットの黎明期に似ています。当時,国立がんセンターの開設間もないサイトに気象衛星から送られた画像を掲載し,「インターネットはこんなことができる!」と活用法を模索していてワクワク感がありました。ブロックチェーンも何ができるか,全貌はまだわからないけれども,革命を起こしそうだという実感があります。いずれは社会のOS(Operating System)として定着するでしょう。

笹原 そのためには,医療現場を知る人の開発への参画が重要です。現場発のアイデアとブロックチェーンの組み合わせがあって初めて現場で役立つツールになります。医師,看護師,薬剤師などの提案が必須です。自分でプログラムを書かなくても,できたら良いことをどんどん発信することが大切です。

水島 現場の方々の知恵と患者さんの思いを実現する上で,医療ブロックチェーンは大いに期待できる効果的なツールとなるでしょう。

MEMO ブロックチェーン

 一定時間を目安にデータを格納するブロックを生成し,鎖(チェーン)のように連結したデータベース。複数のコンピュータが記録内容を共有し相互監視する分散型台帳が特徴で,最初の実用例は2009年に誕生したビットコイン。日本経済再生本部「未来投資戦略2018」2)では金融分野の効率的な本人確認手続き等,規制・監督にかかる対応を行う取り組み(RegTech)の推進などへ活用が提唱された。医療分野では製造者から患者までの医薬品サプライチェーン管理3)や施設間での電子カルテ共有4)に実装されつつある。契約条件・内容を組み込めるブロックチェーンでは,スマートコントラクト(契約の自動化)が可能という特徴もある。


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各ブロックはデータのほか,前ブロックのハッシュ値(要約値),タイムスタンプ(ブロック生成時刻)等を含む。ハッシュ関数は出力データから元データを計算困難な一方向関数で,元データをわずかでも変えると全く違う値を返す特徴を持つ。各ブロックが取り得るハッシュ値に制限を設けることで,記録されたデータの変更は事実上不可能となる。

(了)

参考文献
1)日本総合研究所.平成29年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(分散型システムに対応した技術・制度等に係る調査)報告書(概要版).2018.
2)日本経済再生本部.未来投資戦略2018―――「Society 5.0」「データ駆動型社会」への変革.2018.
3)Int J Environ Res Public Health. 2018[PMID:29882861]
4)AMIA Annu Symp Proc. 2018[PMID:29854130]
5)FDA. Use of Electronic Health Record Data in Clinical Investigations――Guidance for Industry. 2018.
6)IBM.IBM Watson Health Announces Collaboration to Study the Use of Blockchain Technology for Secure Exchange of Healthcare Data.2017.


みずしま・ひろし氏
1983年東大薬学部卒。88年同大大学院薬学系研究科生命薬学専攻修了(薬学博士)。国立がんセンター研究所(当時)がん情報研究部室長,東医歯大疾患生命科学研究部オミックス医療情報学講座教授などを経て2017年より現職。ITヘルスケア学会代表理事,医療ブロックチェーン研究会会長。専門は情報通信技術,希少疾患研究など。インターネット黎明期には国立がんセンターウェブサイトに気象衛星画像を掲載するなど,新技術の利用可能性を追求し続ける。

ささはら・えいじ氏
1985年慶大文学部卒。96年米ボストン大経営管理研究科経営学修了(経営学修士)。千葉大大学院医学薬学府修了(医薬学博士)。2011年に設立されたNPO法人ヘルスケアクラウド研究会理事を務める。デロイトトーマツサイバーセキュリティ先端研究所主任研究員としてデジタルマーケティングおよび医療・ヘルスケア分野などのコンサルティング実績を持つ。経産省ブロックチェーン法制度検討会医療・ヘルスケア分野,横断テーマ構成員。