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第3287号 2018年9月3日


【寄稿】

日本と異なる研究発表の場が知的刺激に
英国SAPC年次集会2018参加報告

髙橋 徳幸(名古屋大学大学院医学系研究科地域医療教育学寄附講座)


 第47回SAPC(Society for Academic Primary Care)年次集会が,7月10~12日に英国で開催された。「Society for Academic Primary Care」という組織名の妥当な邦訳を探すのは案外難しいが,簡単に言えばプライマリ・ケア研究に関する(英国中心の)学術団体となるだろう。

 大会の主催は英国の大学の持ち回りのようで,今年の主催はロンドン大クイーン・メアリー・カレッジであった。開催場所はロンドン市内中心部のBarbican Centreで,この会場はロンドン交響楽団やBBC交響楽団の本拠地ともなっている芸術センター兼国際会議場であり,楽器を持って移動する人と日常的にすれ違う場であった。

プライマリ・ケアに関心がある全ての人のための学会

 大会のメインテーマは「Learning from Europe and Populations on the Move」で,「移民の健康問題を明らかにし,それに対処していくのがプライマリ・ケアの役割である」という学会の矜持(いや覚悟かもしれない)が感じられた。日本にも確かに潜在するものの必ずしも脚光を浴びていない問題に着目しているあたりに,これは欧州と東アジアの地理的,社会的,そして文化的違いととらえるべきか否かと,いきなり不意打ちを食らったような感覚になった。

 英国のプライマリ・ケアに関する学術団体はRCGP(Royal College of General Practitioners)がよく知られている。RCGPとSAPCの違いは,RCGPの参加者は医師に限定されるのに対し,SAPCはプライマリ・ケア領域の研究や教育に興味を持つ全ての人,すなわち医師以外の医療専門職や,専門職資格を持たないプライマリ・ケア領域の研究者も参加できることが挙げられる1, 2)

 SAPC 年次集会の正確な参加者数は不明だが,250演題程度であることから参加者は数百人程度と考えられる。かなり小規模の学会と言える。

 予想通り,日本人の参加者はわれわれ名大の関係者のみであった(写真)。参加者の出身国や所属機関はほぼ英国で占められていたが,プレリミナリーセッションで紹介された参加者の出身国には,カナダやオランダという英国以外の西洋諸国,インド,オーストラリア,シンガポール,ニュージーランド,バングラデシュ,香港といった歴史的に英国の影響を強く受けた国,地域の名前も並んでいた。

 SAPC年次集会2018初日の会場であるSt. Bartholomew’s Hospital中庭にて
前列右より学生の當山萌香さん,地域医療教育学寄附講座の末松三奈先生,後列右より総合診療科の松久貴晴先生,学生の石田航大さん,山森惇士さん,筆者

研究デザインの日英比較から感じた課題

 今回の学会は,規模では日本の主要な学会の地方会程度かもしれない。しかしその規模にもかかわらず,むしろその規模だからこそかもしれないが,発表演題はいずれも大変興味深いものばかりであった。研究テーマは多岐にわたっており,口演カテゴリーの移民,教育,癌,加齢とフレイル,病の経験,医療政策,メンタルヘルス,ウィメンズヘルス,患者中心的ケア,研究方法,マルチモビディティ,ポリファーマシー等を見ただけでも今回の学会の射程の広さを感じた。ただしこれらは日本のプライマリ・ケアにも共通するものがほとんどである。

 そのためか,研究方法の違いが一層目についた。記述研究であっても症例報告やアンケートによる現状調査は皆無で,多くの研究が質的研究,ミクストメソッド,そしてシステマティックレビューといった研究方法を採用していた。量的研究は,治療や予後因子の同定を目的としたコホート研究やランダム化比較試験などの介入研究で採用されていた。質的研究は,何らかの要素・要因を探索的に記述していく構成主義的な認識論を前提とした研究にも用いられていた。それだけでなく,治療などの介入効果を検証しようとする実証主義的な認識論を前提とした研究にも質的研究が採用されていたことに驚いた。

 私は質的研究を介入研究の効果測定に用いることは認識論的に相いれないと考えていた。しかし「Qualitative evaluation」を演題名に含んだ発表でそのような研究を複数回見掛けたため,既に知られた方法のようであった。私には,彼らが認識論的な齟齬(そご)を恐れず,さまざまな研究環境に質的研究を“使っている”ように感じられた(彼らに倣う前に,質的研究を採用する妥当性を検討する必要がもちろんあると思う)。

 質的研究のデータ収集方法が研究参加者への対面でのインタビューだけでなく電話インタビューも多用されていたこと,そもそもデータ自体が過去に聴取したインタビューや論文のような二次資料であることも真新しく感じた。

 概して研究方法は,研究テーマに合わせて選ばれている印象であった。それは,学会主催の懇親会で同席したプライマリ・ケア領域の若手女性研究者の「研究方法は量・質にこだわらず,リサーチクエスチョンに応じて選択する」という言葉に裏付けられた。当然のことかもしれないが,「日本でもそうだ」と自信を持って言えないところに,日本のプライマリ・ケア研究の今後の課題を見た気がした。

研究発表にも「魅せる」工夫

 小規模ならではの工夫は,スケジュール進行にも反映されていた。口演はカテゴリー別に1セッション当たり最大6演題からなっており,1演題15分(発表10分,質疑応答5分)の合計90分構成であった。口演は最大5セッションが同時進行で行われ,さらにワークショップやシンポジウムが並行していた。口演セッションの90分が終了すると,ポスタービューイングを兼ねた90分程度のコーヒーブレイクがあった。そのため参加者は口演会場とポスター会場(もしくはコーヒーブレイク会場)を行き来することになり,それによって人の流れがコントロールされていた。

 ポスター会場ではプレゼンテーションの機会は設けられておらず,質疑応答のみであった(それでもかなり活発な議論が行われていた)。その代わりか,ポスター発表者の中で事前に学会から選ばれた演者には,口演のセッションの合間に3分間の発表機会(Poster pitch)が設けられていた。3分間でも相応の情報量であり,ポスターをアピールする絶好の機会になっていた。

 ポスター発表で特に目を引いたのは,ホームレスの女性が妊娠した際に周産期ケアを受けるためにどのような社会的な障害や苦悩を抱えるのかを,インタビューによって質的に探索したAnna Seddon 氏(英シェフィールド大)の研究であった(演題名:How do homeless women conceptualise access to and experience of antenatal and postnatal care in Sheffield?)。この発表はポスターが良くデザインされていただけでなく,iPodに「研究参加者の語り」を録音して聴衆に自由に聞かせる仕掛けがあった。私はさすがに研究参加者の語りを学会で公表するのは倫理的に問題ではないかと思い,Seddon氏に質問した。するとこの録音は研究参加者の語りではなく,研究成果を踏まえて研究参加者の語りを模してシナリオを作り,俳優に忠実に再現してもらったものだと明らかになった。その語りは,まるで実際の語りなのではないかと思うほど抑揚や声色に感情がこもっていたため,非言語的にも研究参加者の苦悩を伝えることに成功していた。この発表は参加者の関心を強く引いたようで,絶えず質問者が訪れていた。後日学会事務局からこの研究がポスター賞を受賞したという報告があり,納得の受賞である。

 質的研究の成果を音声や映像として発表することは日本でも医療人類学や質的心理学の領域では行われていると聞いていたが,プライマリ・ケア領域では見たことがなかった。英国のプライマリ・ケア領域には質的研究の発表方法についても経験が蓄積されていると思わされ,日本でも同様の試みが行われて良いように感じた。

 ただしこれは研究者だけの努力によるものではない可能性がある。なぜならば本学会に採用されていた「Creative Enquiry」という発表形式は,芸術,すなわち写真や絵,道具を用いた独創的な発表を奨励しているからである。

 このようにSAPC年次集会では,日本のプライマリ・ケア,総合診療系の学会とはまた異なる潮流に触れられる。そうすることで,新たな知的刺激が得られる可能性を感じた。参加するまでは心細い思いはあったが,参加してみると,学会は日本からの新参者を大いに歓迎してくれたし,親日家や,日本プライマリ・ケア連合学会,日本医学教育学会と協働している先生方も案外いた。興味のある方にはぜひ参加をお勧めしたい。

参考文献・URL
1)Society for Academic Primary Care.Join the Society for Academic Primary Care.
2)Royal College of General Practitioners.Become a member.


たかはし・のりゆき氏
2005年岡山大医学部卒。名大病院で初期研修を修了し,同院総合診療部を含め複数の病院で家庭医療後期研修を行う。15年名大大学院医学系研究科博士課程単位取得満期退学。同年4月から名大病院卒後臨床研修・キャリア形成支援センター病院助教。17年4月より現職。日本プライマリ・ケア連合学会認定家庭医療専門医,指導医。