医学界新聞

寄稿

2018.09.03



【寄稿】

日本と異なる研究発表の場が知的刺激に
英国SAPC年次集会2018参加報告

髙橋 徳幸(名古屋大学大学院医学系研究科地域医療教育学寄附講座)


 第47回SAPC(Society for Academic Primary Care)年次集会が,7月10~12日に英国で開催された。「Society for Academic Primary Care」という組織名の妥当な邦訳を探すのは案外難しいが,簡単に言えばプライマリ・ケア研究に関する(英国中心の)学術団体となるだろう。

 大会の主催は英国の大学の持ち回りのようで,今年の主催はロンドン大クイーン・メアリー・カレッジであった。開催場所はロンドン市内中心部のBarbican Centreで,この会場はロンドン交響楽団やBBC交響楽団の本拠地ともなっている芸術センター兼国際会議場であり,楽器を持って移動する人と日常的にすれ違う場であった。

プライマリ・ケアに関心がある全ての人のための学会

 大会のメインテーマは「Learning from Europe and Populations on the Move」で,「移民の健康問題を明らかにし,それに対処していくのがプライマリ・ケアの役割である」という学会の矜持(いや覚悟かもしれない)が感じられた。日本にも確かに潜在するものの必ずしも脚光を浴びていない問題に着目しているあたりに,これは欧州と東アジアの地理的,社会的,そして文化的違いととらえるべきか否かと,いきなり不意打ちを食らったような感覚になった。

 英国のプライマリ・ケアに関する学術団体はRCGP(Royal College of General Practitioners)がよく知られている。RCGPとSAPCの違いは,RCGPの参加者は医師に限定されるのに対し,SAPCはプライマリ・ケア領域の研究や教育に興味を持つ全ての人,すなわち医師以外の医療専門職や,専門職資格を持たないプライマリ・ケア領域の研究者も参加できることが挙げられる1, 2)

 SAPC 年次集会の正確な参加者数は不明だが,250演題程度であることから参加者は数百人程度と考えられる。かなり小規模の学会と言える。

 予想通り,日本人の参加者はわれわれ名大の関係者のみであった(写真)。参加者の出身国や所属機関はほぼ英国で占められていたが,プレリミナリーセッションで紹介された参加者の出身国には,カナダやオランダという英国以外の西洋諸国,インド,オーストラリア,シンガポール,ニュージーランド,バングラデシュ,香港といった歴史的に英国の影響を強く受けた国,地域の名前も並んでいた。

 SAPC年次集会2018初日の会場であるSt. Bartholomew’s Hospital中庭にて
前列右より学生の當山萌香さん,地域医療教育学寄附講座の末松三奈先生,後列右より総合診療科の松久貴晴先生,学生の石田航大さん,山森惇士さん,筆者

研究デザインの日英比較から感じた課題

 今回の学会は,規模では日本の主要な学会の地方会程度かもしれない。しかしその規模にもかかわらず,むしろその規模だからこそかもしれないが,発表演題はいずれも大変興味深いものばかりであった。研究テーマは多岐にわたっており,口演カテゴリーの移民,教育,癌,加齢とフレイル,病の経験,医療政策,メンタルヘルス,ウィメンズヘルス,患者中心的ケア,研究方法,マルチモビディティ,ポリファーマシー等を見ただけでも今回の学会の射程の広さを感じた。ただしこれらは日本のプライマリ・ケアにも共通するものがほとんどである。

 そのためか,研究方法の違いが一層目についた。記述研究であっても症例報告やアンケートによる現状調査は皆無で,多くの研究が質的研究,ミクストメソッド,そしてシステマティックレビューといった研究方法を採用していた。量的研究は,治療や予後因子の同定を目的としたコホート研究やランダム化比較試験などの介入研究で採用されていた。質的研究は,何らかの要素・要因を探索的に記述していく構成主義的な認識論を前提とした研究にも用いられていた。それだけでなく,治療などの介入効果を検証しようとする実証主義的な認識論を前提とした研究に...

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