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第3271号 2018年5月7日


【対談】

確かな情報を選び,扱い,伝えるために

森 臨太郎氏(国立成育医療研究センター研究所 政策科学研究部部長/コクランジャパン代表)
ジム・ニールソン氏(英国リバプール大学 産婦人科名誉教授/元・コクラン運営委員会共同委員長)


 Evidence-based medicine(EBM)の考えが浸透し,根拠に基づくとされる情報が次々と増えている。だが,中には確度にばらつきが見られるものもある。医療者は,あふれる情報の中から「より確からしい」情報をどのように選択すればよいのか。そこで,医療者が当たるべき確かな情報の指針として,「コクラン」がまとめたコクランレビュー(MEMO①,②)がある。

 本紙では,これまでコクラン運営委員会共同委員長,コクラン妊娠・出産グループの共同編集長として英国内のガイドラインやWHOガイドラインの作成に携わったジム・ニールソン氏と,英国立医療技術評価機構(NICE)診療ガイドラインの作成にかかわり,現在,日本コクランセンター(コクランジャパン)の代表を務める森臨太郎氏との対談を企画。情報を標準化するプロセス,医療者がどのように情報を選び取って日常診療に生かすかなど,確かな情報と向き合う意義について,コクランレビュー活用の現場から語られた。

MEMO① コクラン
 1992年に英国で創立された非営利の学術的な国際組織。政府や医薬品・医療機器企業などから完全に独立し,医療者,研究者,市民からなる。コクランの主な役割は,コクランレビューの作成と発表による医療や健康に関連した意思決定の支援にある。WHOはコクランと正式に提携しており,WHOで作成される各種ガイドラインもコクランレビューに基づき作成される。コクランの著者支援や啓発活動を行う支部・センターは世界52施設。日本支部は2014年に設立され,2017年6月にコクランセンターに昇格した。

MEMO② システマティックレビューとコクランレビュー
 システマティックレビューとは,臨床試験の登録制度を基盤に,ある臨床的な課題に対して世界中の研究を網羅的に検索し,その文献の情報の質を系統的に評価して同質の研究をまとめ上げ,質や適切性,バイアスを評価しながら分析・統合して生み出されたもの。システマティックレビュー作成には「網羅的検索」「批判的吟味」「メタ解析」の3つの柱がある。コクランはメタ解析をシステマティックレビューに応用し,作成のための手法を標準化した。この標準化手順にのっとったものを「コクランレビュー」と呼ぶ。コクランレビューは「コクランライブラリ」のウェブサイトから検索でき,1万件近いレビューを読むことができる。


標準化の核となるシステマティックレビュー

 ニールソン教授はコクランにおいて,妊娠・出産グループの編集責任者として英国やWHOのガイドライン作成に精力的に関与してきました。現在の診療ガイドラインの普及をどう見ていますか。

ニールソン エビデンスの重要度やガイドラインの必要性に対する医師の認識が変わってきました。私自身は,チーム医療によって質の高いケアを提供するためにどう標準化すべきか,その手法に関心を持って携わってきました。

 大きな変化はこの10~15年ではないでしょうか。

ニールソン そうですね。かつては,ガイドラインによって「自分の診療が脅かされる」と感じる医師やエビデンスの重要性を理解しない医師がいました。確かに,経験に基づいた判断が功を奏する場面もあるかもしれません。しかし医師は,患者にその判断の妥当性を明確に説明し,賛否を踏まえ注意点まで述べる責任を負います。今なお英国内では課題もありますが,診療ガイドラインの意義は広まってきたと感じます。

 日本も英国から遅れること2000年前後から行政主導でEBM普及事業が進められ,2004年に公開された診療ガイドライン作成方法も,日本医療機能評価機構「Minds」によって広く受け入れられるようになっています。

 一方でWHOは,ガイドライン作成の先駆けであるNICEの手法を徹底的に調査し,現在はコクランとも連携しながら,共通の方法によって作成しています。

ニールソン WHOガイドラインはかつて,確かなエビデンスに基づいたものではないとの批判を受けたこともあります。それが今では作成手法が標準化され,強固なものになっています。その核となる手法こそがシステマティックレビューです。WHOガイドラインでも効果的に活用されており,多くの医師が参照すべき内容と言えます。

前提となる方法論を確認する

 ガイドラインの作成では,まず方法論の標準化が重要です。方法論がしっかりしていないと,あるグループの臨床研究を元にガイドライン化を試みた際に別のグループと論争になり,コンセンサスを得るのが難しくなってしまうことがあるからです。私がNICEで2004年から取り組んだ最初のプロジェクトが「出産ガイドライン」の作成でした。臨床医とシステマティックレビュアーの両者の視点でマネジメントしたことで発見がありました。

ニールソン どのようなことですか?

 システマティックレビューという共通の手法を用いて「確かなこと」に関する合意が最初から共有できていれば,研究グループによる診療形式の“流派”を超え,エビデンスの確実性/不確実性についてスムーズに議論を進められることです。

ニールソン 最終的な合意を図る上で,方法論の標準化は欠かせませんね。本論から外れた個別の意見が出ても,「方法論を逸脱するため適切でない」と指摘し,次へ進むことができます。

 私がNICEで携わった印象深いガイドラインに,「小児尿路感染症(UTI)」があります。それまで英国内では,異なる2つの診療方針が存在していました。子どもに発熱がありUTIと診断されると,一方は短期間の抗菌薬投与,もう一方は小児の腎臓に将来障害が残ることを防ぐため,長期的に抗菌薬を投与するというものです。

ニールソン どちらを選択するかは英国内で当時大きな議論を巻き起こしていました。

 私が作成を引き継いだときには,研究グループの方向性に大きな食い違いが生じていました。そこでまず行ったのは,ガイドライン作成メンバー一人ひとりと話し合い,方法論をどう理解しているか確認することです。共通理解を得て導き出された結果は,早期に診断し抗菌薬投与を開始すれば短期間の投与で治療が可能というものだったのです。その後,英国の臨床現場に大きな変化をもたらしました。

ニールソン システマティックレビューは既存の臨床実践をも変える有効な方法と言えるでしょう。さらには,あるエビデンスが他のエビデンスよりも優れているかどうかの不確かさがレビューによって示された場合,新たな臨床試験や研究の必要性を強調できるメリットがあります。

 研究課題の優先順位を判断するために,研究についてガイドラインによる推奨の有無に注目する研究機関や資金提供者も増えてきたと思います。

ニールソン 根拠の不確実性を指摘したコクランレビューに端を発した研究も見受けられるようになり,研究の活性化がうかがえます。

より人間的な面に配慮したガイドラインに

 近年の診療ガイドライン作成の手法を踏まえ検討されたWHOガイドラインに,ニールソン教授と私も深く関与したものがあります。「ポジティブな出産経験に向けたWHO産前ガイドライン」(2016年)と「ポジティブな出産経験に向けたWHO出産ガイドライン」(2018年)の2つです。両ガイドライン検討委員会の座長だったニールソン教授は,作成の経過をどう見ていますか。

ニールソン いずれも重要なガイドラインであり,作成には膨大な作業を要しました。強調すべきは,両ガイドラインとも最新のシステマティックレビューから開発した点です。コクラン妊娠・出産グループとWHOの提携により,コクランレビューに基づき効率的に作成されました。両ガイドラインはオリジナリティがあり,今後は世界的に広く使用されることを期待しています。森先生は両ガイドラインの意義はどのような点にあると考えますか。

 ポイントは3つあります。1つ目は,エビデンスに基づいた推奨が盛り込まれ,より幅広い分野の人々がケアの質向上に向けて取り組みやすくなる点です。例えば,産前に関するガイドラインでは,以前多くの中・低所得国では「少なくとも4回の妊婦健診」が推奨されていていたのが,私たちが検討した新しいエビデンスでは「8回の妊婦健診」を勧めています。

ニールソン どのような背景があったか紹介してください。

 高血圧を合併した妊婦を早期発見するなど周産期の妊婦の死亡を防ぐ他,医療者と妊婦がコミュニケーションを重ねる意義からも回数増の必要性が確認できました。

ニールソン 日本をはじめ先進国の現状にも当てはめることのできるメッセージではないでしょうか。

 そうですね。ガイドラインは,現場のケア向上と患者の転帰を改善するための政策を新たに打ち出す上で重要な役割を果たします。

 2つ目は,ガイドラインに示された例を参考に,不要な介入を減らせることです。出産中は従来,多くの医療的介入を伴う可能性があります。中には,根拠が不確かでありつつ行われているものもあります。不要な介入をやめる上でもガイドラインの活用は有効です。

ニールソン 同感です。産科領域は訴訟が多く,予防的な医療介入がいくつも行われています。不要な介入について明確なガイドラインがあれば,医師を守ることにもつながります。ですから医師には,ガイドラインはケアの質を高めるだけでなく,自分を守るためのものでもあるととらえてほしいのです。

 ガイドラインで明示されれば自信を持って診療に臨めるでしょう。そして,3つ目のポイントは「○○すべき」という指示型からの転換です。

ニールソン これは,WHOガイドラインの新たな一面です。タイトルの「ポジティブな出産経験に向けた出産」に表れていますね。

 ええ。医療提供者が妊産婦の個別的な経験に対しどのようなサポートができるのか。いわば医療の“人間的な部分”にも目を向けた点が,これまでの産前・出産のガイドラインとの大きな違いです。

ニールソン コクラン妊娠・出産グループのシステマティックレビューの一つに,分娩時の付き添いや分娩を支える家族・パートナーの存在が女性の満足度を高め,帝王切開率を下げるなどのメリットが多い傾向が示されています。アフリカの多くの国々では文化的背景から分娩時の付き添いが許されていません。ガイドラインの浸透で改善が望まれます。医療を受ける当事者も巻き込み,既存のシステムに変革をもたらす意味でもガイドラインには大きな価値があるのではないでしょうか。

 医療者と,患者や一般の方々とのコミュニケーションを円滑にする上でも有用です。日英はじめ各国が診療ガイドラインを無料で公開しています。患者が医師に指示されるだけの従来の医療文化から,患者も参画する文化へと転換をもたらすでしょう。両者の橋渡しとなって改善へと導く。それがWHOガイドラインに込められたメッセージです。

■情報の渦の中にある患者に対し,医療者が果たすべき役割は

 確かな情報の需要が高まる中,インターネット上には大量の医療情報が氾濫し,一般の方も専門的な知識を得られる時代になっています。この状況をどう見ますか。

ニールソン 世界的な課題ですね。簡単に情報が得られる一方,信頼性に大きなばらつきがあります。情報の適切な取捨選択が問われるでしょう。

 何が嘘で何が信頼できる情報かを区別するのは一般の方には難しいものです。著名な科学論文誌でさえも過去に偽の情報が掲載されました。情報の渦の中で不安を抱える患者や市民に,私たちはどのような支援ができますか。

ニールソン 科学的根拠に基づいた信頼性の高い情報を生み出し,丁寧に伝える。これに尽きます。例えば,分娩時の疼痛にホメオパシーの使用を勧める情報サイトが実際に存在します。当然推奨できないため,専門家の中にはいかなるレビューも不要との意見もあります。しかし,誤った情報が流れている以上,問題の所在を明確にしたエビデンスを取り上げ,提示することが専門家には求められます。そこで出番となるのが,コクランレビューです。

 多すぎる情報の中から信頼の置ける見解を得る手法として,ますます重要度が増します。ただし,コクランレビューの結果を,専門外の医療者や一般の方々が理解するのは容易でない点には配慮が必要でしょう。

ニールソン 人々がコクランレビューを身近に感じられるようになるには,まだ改善の余地があります。その点,今回森先生が日本の読者に向け,コクランレビューを踏まえた妊娠・出産のトピックスを書籍にまとめたのは素晴らしいことです。私たちコクラン妊娠・出産グループは周産期医療や産科および新生児医療において,他のグループよりも多くのレビューを作成しています。ぜひ,コクランレビューの意義を理解し必要な情報を選び取り,そして日々の診療や患者さんへのケアに生かしてほしいと思います。

 「確かな情報」に基づくことは,医療のあらゆる場面で改善につながっていく。そのことを再確認できました。

(了)


もり・りんたろう氏
1995年岡山大医学部卒。同大大学院博士課程修了。淀川キリスト教病院などで小児科新生児科勤務後,2000年渡豪。アデレード母子病院などで新生児科医として診療に従事。03年英国へ渡り,ロンドン大公衆衛生学・熱帯医学大学院で疫学・公衆衛生学を修めた後,英国立母子保健共同研究所に勤務。出産,小児尿路感染症の英国国立医療技術評価機構(NICE)ガイドラインの作成を担当した。07年帰国後,東大大学院国際保健政策学准教授などを経て,12年より現職。14年5月コクランジャパン代表に就任。近著に『ほんとうに確かなことから考える妊娠・出産の話――コクランレビューからひもとく』(医学書院)がある。

Jim Neilson氏
1975年英エジンバラ大医学部卒。スコットランドで産婦人科の研修を受け,アフリカ・ジンバブエでも研鑽を積む。93年から英リバプール大産婦人科教授を務め,2016年名誉教授。08~15年には英国立衛生研究所(NIHR)教育研修部長を兼任。1989年にシステマティックレビューを用いた『Effective Care in Pregnancy and Childbirth』(Oxford University Press)を著し,その後,92年コクランの設立に関与。コクラン妊娠・出産グループの共同編集者,コクラン運営委員会共同委員長を歴任し,コクランレビューを基にWHOやNICEのガイドライン作成に多数携わる。ポジティブな出産経験に向けたWHOガイドライン作成の座長を務めた。