医学界新聞

対談・座談会

2018.04.09



【対談】

リスクを外来で,うまく伝えたい君へ

多摩ファミリークリニック待合室のキッズスペース前にて
喜瀬 守人氏(医療福祉生協連 家庭医療学開発センター副センター長/久地診療所所長)
大橋 博樹氏(多摩ファミリークリニック院長)


 外来は「リスクを伝える場面」の連続である――。病状や治療の口頭説明から検査や手術の同意まで,外来診療での医療者と患者のコミュニケーションの要諦はリスク認識の共有にあるだろう。しかし,リスクの伝え方の教育は卒前・卒後とも十分に行われているとは言い切れない。現場で役立つリスクコミュニケーションの習得のために,研修医は何を知り,指導医はどう教えればよいか。

 プライマリ・ケア領域で研修医を指導し,自らも外来診療の最前線で患者との合意形成を重ねてきた大橋氏,喜瀬氏に,外来で誰もが意識すべきリスクコミュニケーションの心掛けをお話しいただいた。


大橋 研修医だった15年ほど前を振り返ると,外来で患者さんへのリスクの説明に苦労した思い出があります。症状説明で患者さんに必要以上の不安を与えたり,患者さんが手術や処置の危険性を理解せずに同意書にサインしたように思えて私のほうが不安を覚えたり。それ以来,リスクコミュニケーションに関心を持っていました。

喜瀬 私もかつて同じような状況に悩みました。患者さんとのコミュニケーションの重要度が高いプライマリ・ケア領域にかかわってきたので,リスクコミュニケーションとは何かを考える機会は多かったです。今は指導医の立場で,そういった葛藤の渦中にいる研修医をよく見ます。

 大橋先生は2016年の日本プライマリ・ケア連合学会にて,リスクコミュニケーションをテーマにワークショップを開催しましたよね。「リスクを伝える,その極意」というタイトルでした。

大橋 はい。発案は当院の若手医師で,外来診療で判断に迷う場面を題材に,難しさの要因と対応を検討しました。若手の参加者が多く,関心も高い様子でした。

喜瀬 臨床現場では限られた時間で円滑に合意形成を進める必要があり,特に外来では欠かせない技術です。

大橋 リスクコミュニケーションはリスクを正しく患者さんに理解してもらった上での合意形成プロセスです。基本的な考え方は外来に限らず,医師であれば誰でも持つ必要があるでしょう。

 円滑なリスクコミュニケーションに必要なのは,説明時に専門用語を多用しないなどのテクニックだけではありません。理論的知見に基づき,自分のコミュニケーションの癖にも気を付けながら,客観的に状況を見る必要があります。今日は,研修医と若手医師に知ってほしい知見やメタ認知の視点を議論できればと思います。

目的は合意形成と信頼関係構築

喜瀬 医学部では病態や治療は詳しく学ぶものの,そのリスクを医師として患者さんや家族に話すことを想定した教育は少ないです。まずはリスクコミュニケーションが臨床のどのような場面に相当するか,定義を交えて話し合いましょう。

大橋 リスクコミュニケーションは,リスクの特質やレベルを分析するリスクアナリシスの3要素の一つです。リスクアナリシスは,科学的にリスクの種類と程度を評価する❶「リスク評価」,❶に基づき,可能な範囲でどう対応するかという❷「リスク管理」,そして❶,❷に基づいて他者に伝える❸「リスクコミュニケーション」から成ります1, 2)。臨床でのリスクコミュニケーションは,医師が患者さん・家族の立場を踏まえ,リスクの種類と程度,対応を患者さん・家族と共有することと言えます。

喜瀬 つまり,手術前のインフォームド・コンセントの場だけでなく,日常診療もリスクコミュニケーションに当てはまりますね。風邪などを診る場面でも,患者さんへ見立てを情報提供し,合意の上に治療を進めていくという同じ構造です。

大橋 その過程で特に大事なのは,非医療者である患者さんの一般的感覚と,医学的な正論のギャップを認識し,ギャップを埋めていくことです。

 間違えてはならないのが,リスクコミュニケーションの目的は,患者さんを論破し考えを変えさせることではありません。また,望まれない結果が起きたときの訴訟リスクの回避が目的でもありません。めざすべき到達点は,リスクをわかりやすく伝えた上での合意形成と,合意に至るまでの信頼関係の構築です。

 医療はどうしてもリスクを伴いますから,結果が良くても悪くても,お互いに責任を共有する必要があります。そのためには医師や組織に対する患者さんの納得と信頼が不可欠です。

あなたのコミュニケーション,説得型or思考停止型?

大橋 自身の経験と研修医指導を通じて,臨床でのリスクコミュニケーションの失敗は2つのタイプに大別されると考えています。

 1つは「説得型」のタイプ。あらかじめ答えがあって,その結論を選ぶよう患者さんに迫ります。もう1つは「思考停止型」。副作用や合併症の可能性などの客観的事実を伝えるだけで,それ以上はフォローしないタイプです。

喜瀬 この分類には同感です。「説得型」はどんな状況で起こりやすいのでしょう。

大橋 医学的に推奨される選択肢がはっきりしているときです。プライマリ・ケア連合学会ワークショップでの事例を紹介します。この患者さんに,あなたは何をどう話しますか,と問いました。

<事例>

30代女性。これまで喘息で定期通院。症状コントロールに吸入長時間作用型β2刺激薬/ステロイド配合剤を使用。以前,吸入薬を減量・中止した場合は症状増悪が見られた。
今回,初めての妊娠が判明。ステロイド薬が胎児に及ぼす影響を心配し,できれば薬は使いたくないという。

喜瀬 参加者は話をどう展開していましたか。

大橋 案の定,参加した研修医は薬を使うよう一生懸命説得していました。

喜瀬 薬の影響よりも発作時の低酸素状態のほうが胎児にとって危険と推定され,薬の使用が推奨されていますからね。先生はその研修医にどんなフィードバックをしたのでしょう。

大橋 今回は薬を処方せず,経過を見る合意形成を助言しました。薬なしで症状が出れば,「赤ちゃんのために治療しないといけませんよね」と次回促せばよいと。それに対して,病院勤務の若手医師からは,「胎児に危険がある以上,吸入ステロイドを使うように説得し続けることが主治医の務めだ」との声もありました。もちろん,この医師の理屈は正しい面もあります。

喜瀬 胎児に及ぶリスクへの理解が不十分なため,患者さんは胎児に害を及ぼすかもしれないという見方ですね。しかし,患者さんが副作用への恐怖感でいっぱいのときに医学的正論を話しても,...

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