医学界新聞

対談・座談会

2017.09.04



【座談会】

「有害事象」防止を追求する
添付文書記載要領改定,
現場で使える医薬品情報の再認識を

望月 眞弓氏(慶應義塾大学薬学部教授/慶應義塾大学病院薬剤部長)
林 昌洋氏(虎の門病院薬剤部長/日本医薬品情報学会理事長)=司会
佐藤 大作氏(厚生労働省医薬・生活衛生局 医薬安全対策課課長)


 2017年6月8日,厚労省より「医療用医薬品の添付文書等の記載要領について」(以下,新記載要領)が発出され,2019年4月より新記載要領に基づく添付文書が医療者のもとに届くことになった。約20年ぶりの改定に至った経緯には医薬品情報を取り巻く環境変化があるという。薬物治療の安全性を高めるために,添付文書をはじめ医薬品情報をどのように活用していけばよいのだろうか。

 本紙では,日本医薬品情報学会理事長を務め,薬剤部長として長い経験を持つ林氏を司会に,薬学部で医薬品情報学を担当し,大学病院薬剤部長を兼務する望月氏,行政で中心となって本改定を進めてきた佐藤氏による座談会を企画。本改定に対する考えと,安全な薬物治療のために必要な医薬品情報の整備・活用について議論した。


 薬物治療においては,患者さんのベネフィットとリスクの最適化が医療者に求められています。医薬品の適正使用には良質な医薬品情報が不可欠であり,近年,特に安全性に関する情報の質を上げるリアルワールド・データの利活用に進歩が見られています。

望月 そうですね。2009年度からPMDA(医薬品医療機器総合機構)が,電子診療情報の市販後安全対策業務への活用のために取り組んできたMIHARI Projectもその一つです。レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)などの医療情報データベースの利用により,薬剤疫学的手法に基づく質の高い情報が出始めています。

佐藤 データベース活用に行政は力を入れており,2018年度からはPMDAが整備する400万人規模の医療情報データベースMID-NETの本格運用が始まります。製造販売後調査・試験の実施を規定するGPSP省令が改正され,市販後安全対策にデータベース活用ができるようになる見込みです。

 先生方のご紹介のように,薬物治療の安全性を高めるための情報は充実してきています。こういった進歩の中,添付文書記載要領が改定されることとなりました。本日は新記載要領で何が変わるのかを軸に,薬物治療の安全性を高める情報源とその活用方法について,医療者はどのように考えていくべきかを議論したいと思います。

添付文書は有害事象の防止を重視した公的な情報提供文書

 佐藤課長,まずは添付文書の位置付けから教えていただけますか。

佐藤 添付文書は医薬品医療機器法に規定された最も基本的な情報提供文書です。最新のエビデンスに基づいた情報提供を製薬企業に義務付けています。用法,用量や医療者への注意喚起などを記載し,医薬品の適正使用を促す目的を持っています。医師,薬剤師への調査では,医師の98%,薬剤師の99%以上が医薬品情報としての添付文書を「最も重要」または「重要」と答えています1)

 法に基づく情報源として,医師・薬剤師からの信頼は大きいものです。

佐藤 2014年からは「使用上の注意」などの内容を届出制とし,公的な情報源としての役割を高めました。

 添付文書の記載要領については,現在は1997年の通知を元にしています。当時の改定では,使用上の注意を中心に全体が見直されましたね。

望月 はい。添付文書に相互作用の記載があったにもかかわらず,1993年に薬物相互作用を原因とする「ソリブジン薬害事件」が起こったことがその一因でした。これを契機に,相互作用の項をはじめ,使用上の注意の記載について議論が高まったのです。

佐藤 有害事象の防止の観点からは,今回の記載要領改定では薬害C型肝炎事件後の検証検討委員会からの提言を踏まえました。注意喚起の役割強化と,情報をわかりやすく迅速に現場に提供することをめざしています。

改定の背景には技術の進化と社会の変化がある

 では,今般の記載要領改定に至った背景は何でしょうか。

佐藤 近年の科学的進歩と,社会的ニーズや医薬品の特徴の変化が主な要因です。例えば,高齢者や小児などさまざまな背景を持つ患者に対する薬物治療の安全性では,国民や医療者からの関心がより高まっています。

 医薬品によっては高齢者を臨床試験に組み入れ,成人とは別に用法,用量設定があるものもあります。抗体医薬など新たな作用機序を持ち,投与法などに特別な注意を要する医薬品が登場したのもきっかけの一つと言えるでしょう。

 医療現場に電子環境が整ったのもこの20年の変化です。情報通信技術が飛躍的に発展し,今ではPMDAの医療用医薬品情報検索システムから最新の添付文書をはじめ,多くの情報をいつでも入手できるようになりました。近年は医薬分業により処方医の手元に紙の添付文書がないという状況も生まれていますが,それを補完し得るシステムが構築されてきています。

佐藤 そうですね。2017年の改定では電子環境での利用も想定し,記述形式にXMLを採用しました。汎用性の高い形式により,これまで以上に迅速な改訂や検索システムの使い勝手の向上など,電子環境での情報提供・情報活用推進が見込まれます。

望月 医療現場や教育現場の立場からは時代に合った情報提供システムになることを期待しています。ただ,現場の先生方に添付文書をこれまで以上に有効活用してもらうには,具体的に記載がどう変わるのかが重要な要素になるでしょう。

注意事項を集約し,現場で使いやすい情報源に

 新記載要領による変更点(図1)に議論の焦点を移します。まずは「原則禁忌」は廃止すると発表されました。

図1 現行の記載要領と新記載要領による添付文書の項目比較(厚労省資料より転載,改変)(クリックで拡大)
新記載要領では項目ごとに通し番号を付け,必要な情報へのアクセス向上をめざしている(特に記載すべき内容がない場合は欠番となる)。矢印は現行の記載要領で廃止される項目の新記載要領での移行先を示しているが,これ以外の項目への移行や削除する例もあり得る。

佐藤 はい。「原則禁忌に対する考え方」を医師・薬剤師に調査したところ,両職種とも「禁忌と同等」を約5割,「慎重投与または併用注意と同等」を約4割が選ぶ1)など,現場の混乱が背景にあります。新記載要領では,製薬企業に「禁忌」とその他の項目に整理した情報提供を求めることとしました。

望月 調査結果を見る限り,現状では原則禁忌の薬物治療を施行すべきかどうか,同じ症例でも考え方が人によって大きく異なる可能性があります。中途半端な印象だった原則禁忌が,新記載要領では“交通整理”され,好感を持っています。

佐藤 「慎重投与」も廃止となります。慎重投与には現在,「どのような背景を持つ患者への投与に注意すべきか」という内容が多く記載されています。そこで,現行の様式での「高齢者への投与」などを統合し,新設の「特定の背景を有する患者に関する注意」などに集約します。

 つまり,目の前の患者さんが高齢者ならば「高齢者」,腎機能が低下していれば「腎機能障害患者」の項を見ればよいということですね。必要な情報に確実にアクセスでき,明快です。

 新記載要領の通知の中では,例えば「特定の背景を有する患者に関する注意」に,「肝機能障害の程度を考慮して記載すること」といった表記があります。現在は「重篤な肝機能障害には禁忌」などといった添付文書が多いです。新記載要領では,可能な限り「重篤」の程度や基準が客観性の高い指標となることを期待しています。

望月 「頻回にモニタリング」「緩徐に静注」などの副詞的な表現は,定量的に示されると活用しやすいでしょう。製薬企業には安全対策のためのデータを現場がより使いやすい「定量的なデータ」として収集,評価を進めてもらいたいです。そのためには,どのような情報を求めているか,現場が声を上げ,行政が示していくことが必要だと思います。

佐藤 臨床試験や製造販売後調査,文献などを総合的に考慮し,確たるエビデンスがあるものについては表示を改善したいと厚労省も考えています。注意事項をわかりやすく集約して記載するという,新記載要領の趣旨に沿った内容の充実が現場からは強く求められていると感じます。

リアルワールド・データの重要性が高まっている

 承認時に添付文書に載る情報は臨床試験を中心とした質の高いものですが,症例数,年齢,重症度,合併症の観点で限られた集団によるデータにならざるを得ません。製造販売後の情報を加えていくことが,多様な患者さんに安全で有用な薬物治療を行うために必要だと考えています。

望月 特に安全性に関しては製造販売後に初めて明らかになることが多いものです。海外で使える薬が日本で使えないというドラッグ・ラグ解消をめざし,近年は承認までのスピードが上がりました。それにより国内外での使用歴が少なく,まれな副作用や長期投与による影響が明らかでない医薬品も増えています。国主導で製造販売後のデータを添付文書に反映するシステムはますます重要になりますね。

佐藤 その通りです。PMDAでは今,これらを添付文書に記載できる仕組みをめざし,大規模医療情報データベースの基盤整備や利活用の推進に取り組んでいます。

望月 NDBやMID-NETといった診療情報データベースの活用では,投与した患者だけでなく対照群を設定した検討も進むでしょう。サブグループ解析なども行えるため,現在の使用成績調査や自発報告制度に加え,定量的でエビデンスレベルの高い情報の創出に期待しています。

 また,妊婦・授乳婦など,臨床試験の対象ではない患者への治療においては製造販売後のデータが非常に重要です。女性の出産年齢が上がり,薬物治療を受けながらの出産も増えています。母子のベネフィットとリスクを最適化するために,良質な疫学研究など,製造販売後のデータが迅速に提供されることを強く希望します。

 2009年の新型インフルエンザ流行時には,妊婦への使用試験がなく,ワクチン接種が避けられていた中で,必要性が高いとして検討が行われました。安全上の大きな懸念はないという疫学研究を踏まえ,接種を考慮できるように添付文書が改訂されましたね。

佐藤 国立成育医療研究センターの「妊娠と薬情報センター」における症例の積み重ねや,妊婦の安全性に関する海外疫学研究が根拠の一つとなりました。医薬品でも蓄積したデータと文献をもとに,随時再検討を進めています。

 最新のリアルワールド・データに基づく安全性情報を用いて薬物治療を実施していく。それには情報を作る側だけでなく,使う側の情報リテラシーも求められてくるでしょう。

インタビューフォームやRMPなども合わせて活用を

 薬物治療の安全性を高めるために医療現場で入手できる情報源には,添付文書以外にもさまざまなものがあります。日本病院薬剤師会が記載要領を策定する医薬品インタビューフォーム,新薬の承認時に作成を製薬企業に義務付けているRMP(医薬品リスク管理計画),審査報告書や各種のガイドラインなどを用いることができます。

 薬物治療の質の向上のため,これらの情報源をどう利用していくべきか伺っていきたいと思います。望月先生は薬学教育でどのように教えているのですか。

望月 薬学教育モデル・コアカリキュラムでは添付文書の記載事項の理解と,補完する情報源としてインタビューフォームの特徴を知ることが求められています。学生には関連する情報源を参照しながら解釈を深めることの重要性を,講義と実習で教えています。

 インタビューフォームには詳細な薬物動態,POCスタディの成績など,添付文書にはない情報が記載されています。活用する医師も増えていると聞いています。

望月 現場では合併症などの理由から,限りある添付文書情報だけでは画一的に治療を決定できない局面があります。その中で適切な行動を取るためには,他の情報源を活用して添付文書の記載の根拠をきちんと理解することが重要です。

佐藤 添付文書の役割は情報を簡潔に示すことです。臨床上の検討事項がある場合,インタビューフォームや審査報告書などと組み合わせて使ってもらいたいと考えています。

 また,RMPでは製品ごとに「特定されたリスク」と「潜在的リスク」が公表されています。行政の指導のもと,添付文書等による周知の他,リスクを最小化するために製薬企業からe-learningや追加資材を使った情報提供もなされています。

佐藤 RMPは現在,約250の品目で策定されています。追加資材には現場で活用すべき情報と明示することを目的に,2017年7月にRMPマーク(図2)が新たに日本製薬団体連合会により定められました。

図2 RMPマークの例

 RMPは重要なリスクを軽減し,患者さんの安全に資するものです。RMPマークの付いた情報を医療者は重く受け止めなければなりません。製薬企業が発信するリスク最小化対策を医療者が実践してこそ,効果的なリスクマネジメントが達成されるのです。

 インタビューフォームとRMPは,添付文書と同じくPMDAの検索システムから入手できます。簡単に入手できるように整備されている以上,使わない手はありません。

望月 そうですね。安全性を高めるためには,さまざまな根拠情報を活用し,情報を評価,解釈しながら薬物治療に当たることが重要です。情報を活用する立場の医療者も,医学・薬学の最新知識を得ることに努め,エビデンスのある治療を追求していきたいと考えています。

佐藤 添付文書は2019年から順次,新しい様式で現場の先生方に提供されていきます。行政としてアップデートの迅速性に加え,内容をわかりやすく充実させることで,現場でさらなる活用を図ってもらうことが重要だと認識しています。

 患者さんの薬物治療でベネフィットとリスクを最適化するためには,行政の監督の下,製薬企業が正確な情報を作り,臨床の先生方が適切に使用するプロセスがうまく回らなければなりません。添付文書記載要領改定を機に,現場で活用できる情報を再認識し,患者さんにとって最適な薬物治療に役立てていただきたいと思います。

(了)

参考文献・URL
1)厚労省.平成20~22年厚労科研「医療用医薬品の添付文書の在り方及び記載要領に関する研究」.2010.


もちづき・まゆみ氏
1976年千葉大薬学部卒。同年日本ロシュ学術部(当時)に入社し,83年北里大病院薬剤部。97年千葉大大学院薬学研究科助教授,2000年北里大薬学部教授,07年共立薬大(現・慶大薬学部)教授に着任。16年より同大病院薬剤部長を兼任。医学博士(北里大)。著書に『添付文書の読み方――医薬品を正しく理解するために』(じほう)などがある。

はやし・まさひろ氏
1980年東薬大卒。同年より虎の門病院薬剤部に所属し,97年より薬剤部長。同院の「妊婦と薬相談外来」の開設に尽力した。2016年より日本医薬品情報学会理事長。薬学博士,医薬品情報専門薬剤師,妊婦・授乳婦専門薬剤師。『今これだけは知っておきたい! 妊娠・授乳と薬Q&A――安全・適正な薬物治療のために』(共著,じほう)など執筆多数。

さとう・だいさく氏
1990年東大薬学部卒。同大大学院薬学系研究科修士課程修了。92年に厚生省(当時)入省後,医薬品審査,国際調和,安全対策,研究振興などの各行政分野を担当。09年厚労省医薬食品局安全対策課安全使用推進室長,11年同局監視指導・麻薬対策課監視指導室長,13年医薬品医療機器総合機構新薬第五部長などを経て,16年より現職。薬学博士。

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