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第3189号 2016年9月5日


ここが知りたい!
高齢者診療のエビデンス

高齢者は複数の疾患,加齢に伴うさまざまな身体的・精神的症状を有するため,治療ガイドラインをそのまま適応することは患者の不利益になりかねません。併存疾患や余命,ADL,価値観などを考慮した治療ゴールを設定し,治療方針を決めていくことが重要です。本連載では,より良い治療を提供するために“高齢者診療のエビデンス”を検証し,各疾患へのアプローチを紹介します(老年医学のエキスパートたちによる,リレー連載の形でお届けします)。

[第6回]個別性を重視した糖尿病管理とは?

関口 健二(信州大学医学部附属病院/市立大町総合病院 総合診療科)


前回よりつづく

症例

 数年前に近医で糖尿病の気があると言われた76歳女性(身長150 cm,体重50 kg,血清Cr 0.66 mg/dL)。ADL自立で認知機能正常。尿路感染症で入院し,2型糖尿病であることが判明した(HbA1c 7.8%,空腹時血糖160 mg/dL)。尿路感染症は抗菌薬加療で速やかに改善したが,糖尿病管理を行うこととなった。


ディスカッション

◎治療目標をどう立てるか?
◎血管合併症抑制効果はいかほどか?
◎メトホルミンとDPP-4阻害薬の使い分け(適応)をどう考えるか?

 超高齢社会の中で,「個別性を重視した治療」の実践が叫ばれている。耳に心地良い言葉ではあるが,具体的にはどういうことか。今回は糖尿病の薬物治療に関してこの点を考えてみたい。

血糖コントロールは手段であって,目標ではない

 糖尿病治療における個別性を考える際,まずは治療の目標を整理する必要がある。全ての患者に適用可能な大目標は「QOLの維持・向上」である。その大目標を達成するために,表のような項目が治療目標として挙げられる。

 糖尿病治療というと,血糖コントロールに目が向きがちである。しかし血糖コントロールは手段であって,目標ではない。目の前の患者にとって,より大切な目標は何なのか,何を目標に治療介入していくべきかを意識して,大目標であるQOLの維持・向上をめざすことが「個別性の重視」である。

治療による血管合併症抑制効果

 次に考えるべきなのは,高齢者への治療介入によっての治療目標がどの程度達成できるかという点であるが,後期高齢者を含む臨床研究は非常に少ない。ACCORD試験では低血糖リスクの上昇を理由に,試験開始早期に80歳以上の患者のリクルートは禁止された1)。われわれは限られたエビデンスを基に,最も適している(だろう)判断をしなければならない。

 糖尿病治療の目標
1. 慢性合併症予防
大血管合併症(心筋梗塞,脳梗塞など)小血管合併症(腎症,網膜症,神経症)
2. 急性合併症予防(低血糖,高血糖;糖尿病性ケトアシドーシス/高浸透圧血糖症候群/脱水/易感染性など)
3. 糖尿病関連症状のコントロール(神経障害,足病変,勃起障害など)
4. 治療による有害事象を最小限にする

①大血管合併症(心筋梗塞,脳梗塞など)
 厳格な血糖コントロールを行った4つのRCT(UKPDS,ACCORD,ADVANCE,VADT)で,大血管合併症発生率に有意差が出なかったことは有名である。しかし,その後の長期間観察フォローアップ研究では,理由は定かではないものの,ADVANCE以外の3つの研究では厳格な血糖コントロール群で大血管合併症の抑制効果を認めており,初期の厳格なコントロールの後,10年間の経過を経て抑制効果が現れることが示された2)。80歳以上の高齢者を含んでいないことからこの結果をそのまま適用することはできないが,治療目標を設定する上で参照したい。

 抑制効果の違いはどうだろうか。現在日本には7系統もの経口血糖降下薬があるが,大血管合併症による死亡率を減らすことが示されている糖尿病薬は,メトホルミンだけである3)

メトホルミン
 メトホルミンの大血管合併症の抑制効果はメタ分析でも証明されている4)。75歳以下,eGFR≧45 mL/分で,大血管合併症抑制をめざすのであれば,新規導入であっても積極的(かつ慎重)に選択したい。欧米では,「禁忌が無ければ第一選択,年齢による制限の記載なし,eGFR<45 mL/分で慎重投与・減量,eGFR<30 mL/分で禁忌」としているガイドラインが多い。

 「日本人と欧米人は違うから,欧米のガイドラインをそのまま適用するのはナンセンス」との意見もあるが,必ずしもそうとは言えない。日本人の2型糖尿病患者のBMI平均値は25と肥満患者が増加しているし,高齢者は非肥満であっても筋肉量の減少と体脂肪の増加からインスリン抵抗性を主病態とする場合もある。また,日本人を対象として,メトホルミンの血糖降下作用は年齢ともBMIとも相関を認めないとする観察研究5)や,メトホルミンによる心血管イベント抑制効果を示した観察研究(ただし,後期高齢者は含まない)6)も報告されている。

DPP-4阻害薬
 今や,国内の新規処方数で断トツ1位を占める(ようになってしまった)DPP-4阻害薬はどうであろうか。単独の大規模RCTは3件(SAVOR,EXAMINE,TECOS)あるが,いずれも大血管合併症の抑制効果を認めていない。2012年と2013年に発表されたメタ分析7,8)では抑制効果に有意差を認めたが,追跡期間が短い,エンドポイント判定が盲検化されていない,イベント発症数が少ない,複合アウトカムを用いているといった批判があった。より厳格な適格性基準を用いた2016年のメタ分析では,有意差を認めていないことに加え,急性膵炎の発症リスク上昇が再び示唆された(Number Needed to Harm=1940/年)9)。大血管合併症抑制をめざす際に適しているとは言い難いものの,DPP-4阻害薬単独では低血糖を来すことがほとんどなく,重篤な有害事象も少ないことから,安全に血糖をコントロールしたいときに有用である。

②小血管合併症(腎症,網膜症,神経症)
 小血管合併症の抑制効果は,薬剤によらず血糖コントロールによって得られると考えられている。UKPDSのフォローアップ研究では,9年目以降に有意差を認めるようになり10),Kumamoto研究では6年間の介入で有意差を認めている11)。Kumamoto研究はより短期間で抑制効果を示すものの,抑制効果はすぐに得られるわけではない。

個別性を重視した治療方針をたてる

 高齢になればなるほど,認知機能や身体機能が低下すればするほど,長期予後の改善よりも,今このときの快適さや急性合併症の危険を最小限にすることが重要になり,おのずと治療方針も変わってくる。本人の嗜好・希望や推定余命,環境要因(社会的サポート)などを踏まえ,患者・家族と治療目標を共有したい。日本では今年,ガイド12)が発表された。認知機能や身体機能,併存疾患で高齢者を層別化し,虚弱高齢者への過剰治療を抑制するなど,妥当性の高いものとなっている。

 ただし米国糖尿病学会の診療指針でも明確に触れられているように,高齢者であっても身体・認知機能に大きな問題がなく推定余命が十分あれば,若年者で定められているのと同じゴールで糖尿病管理を受けてよい。過剰医療を抑制する一方で,「高齢者だから……」と安易に治療を差し控える危険性についても自覚的になり,日々の診療に向かいたいものである。


症例その後

 ADL自立で認知機能正常,推定余命15年以上(厚労省平均余命表を参照し推定)の患者であったことから,HbA1c<7.0%を目標に,非薬物療法とともにメトホルミンを少量から開始した。その後増量するも目標値には至らず,DPP-4阻害薬を追加した。

クリニカルパール

✓目の前の高齢糖尿病患者にとってより大切な目標が何か,を意識しよう!
✓厳格な血糖コントロールによって明らかな大血管合併症抑制効果を示すには10年の月日を要する!
✓明らかな大血管合併症抑制効果を有する薬剤はメトホルミンのみ!
✓改訂された糖尿病治療ガイドを要チェック!


一言アドバイス

現時点でSGLT2阻害薬はメトホルミンに続く第二選択薬の一つであるが,大血管・小血管両方の合併症抑制効果の可能性を示唆したEMPA-REG OUTCOME試験(N Engl J Med. 2015[PMID:26378978],N Engl J Med. 2016[PMID:27299675])に続くさらなる研究の結果に注目したい。(森 隆浩/亀田総合病院)

●Beers criteria(最新は2015年版)で,SU剤のクロルプロパミド,グリベンクラミド(米国一般名:グリブリド)は遷延する低血糖発作を起こすとしてリストされている(J Am Geriatr Soc. 2015[PMID:26446832])。インスリン使用例では,認知機能低下や視力障害により,手技が困難になっていないかも確認したい。(玉井 杏奈/台東区立台東病院)

つづく

【参考文献】
1)Diabetes Care. 2014[PMID:24170759]
2)JAMA. 2016[PMID:26954412]
3)Lancet. 1998[PMID:9742977]
4)Diabetes Obes Metab. 2011[PMID:21205121]
5)加来浩平,他.2型糖尿病治療におけるメトホルミンの使用実態に関する観察研究(MORE study).糖尿病.2006;49(5):325-31.
6)BMC Endocr Disord. 2015[PMID:26382923]
7)Am J Cardiol. 2012[PMID:22703861]
8)Diabetes Obes Metab. 2013[PMID:22925682]
9)Diabetes Obes Metab. 2016[PMID:26510994]
10)N Engl J Med. 2008[PMID:18784090]
11)Diabetes Res Clin Pract. 1995[PMID:7587918]
12)日本糖尿病学会.糖尿病治療ガイド2016-2017.文光堂;2016.

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