医学界新聞

連載

2016.04.25



わかる! 使える!
コミュニケーション学のエビデンス

医療とコミュニケーションは切っても切れない関係。そうわかってはいても,まとめて学ぶ時間がない……。本連載では,忙しい医療職の方のために「コミュニケーション学のエビデンス」を各回1つずつ取り上げ,現場で活用する方法をご紹介します。

■第1回 エビデンスに基づく医療コミュニケーション研究とは

杉本 なおみ(慶應義塾大学看護医療学部教授)


声の小さい人に何と言いますか?

 病棟メンバーの前で,しどろもどろになりつつ発表する新人。語尾が不明瞭でよく聞き取れません……。

 このような場面で「大きな声で話せないの?」と注意するのはコミュニケーション学の素人です。一方コミュニケーション学の専門家は,「日本語は文頭の音程が最も高く,文末にかけて下がる言語なので,最初の音が低いと後で声が詰まって聞きづらくなる」という知識に基づき,「話し始めは少し高めに声を出す」ように助言し,模範例を示してから新人に試させ,不十分な点があれば修正するという指導をします。

 両者の違いは「広く深くコミュニケーション学の研究成果に精通している度合い」の差から生まれます。100年以上の歴史を有するコミュニケーション学には,膨大な量の「エビデンス」が存在しますが,残念なことにそれが私たちコミュニケーション学の専門家以外の目に触れることはほとんどありません。そしてそのために医療界は,今まで大きな損失を被ってきたように思います。

 例えば,コミュニケーション学では特定の行動・事象を測定するための用具や質問紙が数多く開発されています。ところがそれを知らない医療者がこれを用いず,直感的に生成した項目に沿ってデータを収集したとします。これぞ究極の労力の無駄です。測定方法が適切でないばかりか,他の研究結果との比較・統合ができません。これでは知の集約どころか,断片的な情報の拡散がとめどなく繰り返されてしまいます。

「車輪の再発明」を終わらせましょう

 先人の知恵を顧みることなく同じものを一から作り直すこのような行為を,英語では“reinventing the wheel”(車輪の再発明)と呼びます。コミュニケーション学の学位取得後,医療界で研究・教育に従事してきた私は,散在する「再発明された車輪」を目にするたびに心を痛めてきました。ようやくこの積年の思いを晴らす機会を得た今,コミュニケーション学ですでに「発明済みの車輪」を紹介することで,無意味な再発明を少しでも減らしたいと願っています。

 そのために本連載では,医療とかかわりの深い領域における「コミュニケーション学のエビデンス」を医療職向けに解説します。具体的には,コミュニケーション学の主要学術雑誌の中でも特に医療系研究を掲載することの多い7誌(Journal of Communication, Human Communication Research, Communication Theory, Journal of Applied Communication Research, Communication Monographs, Communication Education, The Review of Communication)から,最新論文を選んで紹介します(註1)。これらの雑誌は,コミュニケーション学の「トップジャーナル」でありながら,医療系データベース(例:PubMed,CINAHL)には収録されておらず,その存在はあまり知られていません(註2)。もちろん医療コミュニケーション関連の優れた学術雑誌は他にもありますが,医療界での認知度が高いため今回は対象外とします(註3)。

良質な研究に触れてください

 論文の選定に際し,下記の条件を設けました。第一に,多様な題材を取り上げます。医療界では,コミュニケーションを「患者との一対一のかかわり」と限定的にとらえることがありますが,これは間違いです。医療コミュニケーションは,医療に関して「人々が『メッセージ』を使って『意味』を創り出す過程」を指し,非常に広い分野にまたがります。つまり,検診受診率向上を目的とする公共広告も,医療者間の多職種連携も,コミュニケーション学の範疇です。したがって各回のテーマも,予防医療から救急搬送まで多岐にわたります。

 第二に,研究方法やデータの種類に偏りが生じないよう心掛けます。「コミュニケーション学=質的データのみを扱う学問」という認識もまた,大きな間違いです。近年では,質的・量的データを補完的に組み合わせて分析する定性・定量相補融合法(mixed methods)研究も増えてきました。この流れに沿い,患者の“語り”から世論調査の回答,磁気共鳴機能画像法で得られた脳血流に関する数値に至るまで,幅広い手法により収集されたデータに基づく研究を紹介します。

 第三に,理論との関連付けが明確な論文を優先します。コミュニケーション学には少なくとも250の理論が存在すると言われており1),それらとの関係が明示的に示されていることが,論文評価の際の二大指標の一つとされています2)。これに基づき,理論構築・検証型研究を率先して紹介します。しかしながら,比較的新しい医療コミュニケーション領域において,特定のテーマに関する確立された理論がない場合には,概念モデルの構築段階にある研究や現象発見・探索型研究も範疇に含めることとします。

エビデンスの使用上の注意点は?

 「コミュニケーション学のエビデンス」を紹介するに当たり,2点ほどお伝えすべきことがあります。まずは文化差の問題です。医学や看護学同様,コミュニケーション学の最先端の研究は欧米,特に米国を中心に行われており,医療制度や文化的規範の異なる日本社会に適用する場合には注意が必要です。

 それでもあえて米国での研究にこだわるのは,一流のコミュニケーション研究に触れることの利点が,文化差という欠点を上回るためです。その代わりに,日本での汎用性に制限があると思われる研究結果に関しては,その点を明確に解説します。

 次に,このような一般化可能性の限界を鑑みれば,「孫引き」が非常に危険であることがわかると思います。本連載で紹介する論文の内容を,ご自身の著作や講演で引用する前に,必ず原典を参照するか,コミュニケーション学の研究者に照会してください。

 一連の論文不正問題により,「孫引き」は重大な倫理違反だという理解が深まりましたが,倫理面のみならず学術面でも,「原典を照会せず二次資料から引用する」行為は誤引用の一人歩きを招き,大きな問題を引き起こしかねません。

 とはいえ,コミュニケーション学全般について学んだ経験のない人が医療コミュニケーションに関する研究を正確に理解するには,非常に大きな困難が伴います。看護学や医学で言えば,卒前教育を一切受けていない人が専門看護師や専門医の資格を得て臨床に出るようなものです。この場合,無理をして独力で解読を試みるよりも,コミュニケーション学の専門家と協働するほうが,両学界間の風通しもよくなり,無用な混乱が防げると思います。ではこれから1年間,知の探訪をご一緒しましょう。

現場で実践!

●コミュニケーション学のエビデンスを用いる際は,日本と海外の文化差に注意が必要です。
●エビデンス使用の際は,「孫引き」ではなく,必ず原典を参照しましょう。

つづく

註1:できるだけ過去5年以内の論文を選びますが,コミュニケーション学研究の「賞味期限」は医療系より長いため,テーマによっては2005年までさかのぼる場合もあります。
註2:Web of scienceなどのデータベースには収録されており検索可能です。
註3:Health Communication,Journal of Health Communication,Patient Education and CounselingやSocial Science & Medicineなどが挙げられます。

[参考文献]
1)RT Craig. Communication theory as a field. Communication Theory. 1999;9(2):119-61.
2)WR Neuman, et al. The seven deadly sins of communication research. Journal of Communication. 2008;58:220-37.


すぎもと・なおみ氏
1988年国際基督教大教養学部語学科卒。89年イリノイ大アーバナ・シャンペーン校スピーチ・コミュニケーション学科(現コミュニケーション学科)修士課程修了。94年同博士課程修了(Ph.D.in Speech Communication)。フェリス女学院大文学部助教授を経て,2001年慶大看護医療学部助教授,05年より現職。著書に『改訂 医療者のためのコミュニケーション入門』(精神看護出版)など。現在は,多職種連携や救急現場のコミュニケーション分析にも携わる。

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