医学界新聞

寄稿

2016.03.07



【寄稿】

もし家庭医が主夫になったら

岩間 秀幸(亀田ファミリークリニック館山・家庭医診療科)


 朝起きて妻を送り出したら,洗濯開始。子どもを起こして朝食を食べさせ,登校・登園の準備を確認する。娘を送り出したら息子をこども園に預けて出勤。仕事を終えたら,子どもの迎え,夕食の準備。食後にはお風呂に入れて,寝かしつける――。

 千葉県館山市にある亀田ファミリークリニック館山で家庭医療専門医・指導医として勤務する私は,2015年4月から妻が小児科の専攻医として後期研修を再開したことをきっかけに,小1の娘と年中の息子の育児,そして家事を「主夫」として担っている(写真)。そのため,私の勤務は週4日午前の外来を中心とし,夜間の当直などは免除していただいている。

写真 ❶夕食の準備をする筆者。エプロンは家族からの誕生日プレゼント。たくさん食べてもらえるよう工夫の毎日だ。❷お弁当は得意の「キャラ弁」を作る。❸登校前の髪結びも大切な日課。「かわいく,早く」の技を身につけた。❹週末は公園へ。親子相撲の“岩間場所”が盛り上がる。

人生は,より豊かになる!

 政府が掲げる「一億総活躍社会」の実現には,女性の積極的な雇用や復職支援などが課題として挙げられている。医学部入学者に占める女性の割合は3割を超えており,女性医師が男性医師を配偶者とする割合は7割に達するという事実もある1)。女性医師が積極的に働ける環境を築くことは,もはや医療体制の維持には不可欠である。

 しかし,私が本稿で最も述べたいのは,社会問題でもなければ,「父親の育児休暇取得=イクメン」のような流行りの話でもない。もし家庭医が主夫になったら,「人生はきっと,より豊かになる」ということだ。

 「大変でつらい」でもなく,「休暇・時短で優雅」なわけでももちろんない。酸いも甘いもかみしめながら,何にも替え難い充実した生活が待っている。読者のキャリア選択のヒントになることを期待して,私の体験をワークとライフに分けて報告したい。

主夫キャリアを決意するまで

 キャリア変更に迷いはほとんどなかった。妻は子どものために2回の産休・育休を取り,その後も時短勤務でキャリアを続けてきてくれた。妻とは学生時代に知り合った。以来,医師として成したい思いがあることはわかっていたため,現在の職場へ就職を決めた際も,妻の復職が重要な要件となった。

 私が専門医となった翌年が娘の小学校入学にあたり,このタイミングでのキャリアチェンジに向け,繰り返し妻や私の勤務先の院長・同僚と相談した。

 妻や私の勤務条件,子どもの状況と今後の育児,居住地,経済状況など,パラメーターの数が非常に多く,選択になかなか決め手がなかった。大きく前進したきっかけは,ある日思い立って妻と二人で行ったKJ法だった。カードに,子どもや家族のこと,私や妻のキャリアなどさまざまな思いや状況を全部書き出した。言語化することでそれまで思いが及ばなかった,私のキャリアを変えることへの妻の葛藤,研修で結果を出さねばという気負いなどが共有できた。その上で妻のキャリアを家族全員で応援しようと決めたことは,その後困難が起きた際も立ち返る原点となった。

 私が目標としたのは,妻が家や子どものことを全く心配せず勤務できること。そのために,夕方・夜間の勤務から外れることを院長や同僚に相談し了解を得た。勤務時間による調整のため, 常勤ながら給与は半分程度となった が,同僚と差をつけられたことで,できないときに仲間に助けを求める「受援力」2)の支えにもなった。

患者さんから得られた理解,深まった信頼

 家庭医である自分が一番心配したのは,患者さんへの影響である。夕方・夜間の対応が困難になると,患者さんの近接性(アクセス)や継続性が保てなくなるのでは,という不安があった。患者さんに事情を説明すると,ほとんどの方が私の新しい勤務時間内での受診を継続してくださった。主夫への転向は特に女性から好評で,育児や家事,キャリアなどについてアドバイスをいただき,中にはベビーシッターを申し出てくださった方もいた。予想外のことに,定期患者はさらに増える結果となった。こうなると帰宅時間への影響が気になるが,看護スタッフ,そして患者さんまでもがサポーティブで,遅くならないよう調整してくださるなど,皆に守られ仕事ができている。

 夜間・休日に出勤できないことで,緊急時の対応や看取りができない葛藤もあったが,そのぶんカルテの記載や同僚への丁寧な伝え方を心掛けるようになった。訪問診療の患者さんで,自分では臨時の対応ができない場合も,重要な決定期には外来主治医として意思決定を一緒に考える機会も作ることができている。仲間の支えがあってのことではあるが,時短にしても,かかりつけ医・主治医としての機能は,工夫の仕方次第で十分に発揮できると今は確信している。

主夫の視点が家庭医としての強みに

 主夫になり,そして私は「父」になった。これまでも週末に料理をしたり,子どもと遊んだりと,いわゆる子育て熱心な“イクメン”だったと思う。しかし主婦/主夫ともなると,その存在は一家の最後のとりで。できるときとできないときがある育児・家事とは異なり,突然の事態にもその場で判断が必要になる。事前準備が可能なものばかりでなく,トイレなどの生理的反応,感情の起伏やけがなど突然のハプニングまで考えて動く。その苦労は言葉で表現できないものもあるし,言葉にすると随分軽微に聞こえてしまうものもある。高度なタイムマネジメントが求められ,子どもが眠るまでは自分の時間もない。ただその深いかかわりの中で知る子どもの新たな一面に毎日驚き,感動する。通学への葛藤を一緒に涙して乗り越えた思い出などは生涯の財産である。

 主婦/主夫は一家の健康のコーディネーターだ。親が子どもを受診させるまでには,深い背景があることにあらためて気付く。ただの「風邪」,ただの「胃腸炎」であっても,受診まで対応してきた苦労をねぎらい,帰宅後の対応について生活を想像したアドバイスがあるだけで,安心し適切な受診につながる。小児科医の妻でさえも,かつて娘の発熱時に「医師に『大丈夫』と言ってもらいたいから」と受診させたことがあったが,今ならその気持ちがよく理解できる。家族をみる家庭医,プライマリ・ケア医にとって,受診のきっかけとなる家族の背景や動機が理解できるのは,診療する上で強みになるのではないだろうか。

 育児や家事は育児休暇のとれる1年間で終わるものではない。医師として一心不乱に学び,力や自信をつける時期が必要な場合もある。互いの仕事・生活のバランスを調整することで核家族や共働き世帯でも十分に育児・家事ができることをぜひ強調しておきたい。

謝辞:今の生活を支え励ましてくださる院長の岡田唯男先生をはじめ,同僚スタッフに深く感謝したい。

◆妻・真弓さんよりメッセージ

 主人とは,学生時代から将来医師としてどのような使命を果たしたいかを話してきました。結婚して子どもができ,妻として主人が活躍できるよう支えたいという思いがある反面,自分は小児科医としてまだ力不足であることへの焦りから,イライラをぶつけることもありました。6年間,2人の子どもを最優先に育児に全力でかかわれたことは最高に幸せでしたし,現在の診療においても大いに役立っています。

 主人に家事を任せて働くことには,古い考えかもしれませんが「一家の大黒柱に申し訳ない……」という思いがありました。しかし話し合うことで迷いはなくなり,お互いの仕事,育児,家事の大変さを本当の意味で理解できたことで,家族の団結は一段と高まったと感じています。子どもたちもこれまで以上に父親との時間を多く過ごすことができ,大きく成長しています。主夫になった主人は今までの何倍も私や子どもたちから愛され,頼れる存在になっています。これからも,よろしくお願いします!

参考文献
1)中村真由美.女性医師の労働時間の実態とその決定要因――非常勤勤務と家族構成の影響について.社会科学研究.2012;64(1):45-68.
2)吉田穂波.受援力ノススメ.
https://ndrecovery.niph.go.jp/quartett/ask_help.pdf


いわま・ひでゆき氏
2007年琉球大医学部卒。豊見城中央病院,沖縄県立八重山病院を経て,11年より亀田ファミリークリニック館山家庭医診療科に勤務。日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医,家庭医療専門医・指導医。15年4月より,主夫として時短勤務開始。自身のFacebookに「もし家庭医が主夫になったら」の題で主夫生活の気付きをつづる(限定公開)。長男のこども園ではPTA会長も務める。かかりつけ医としての診療の他に,指導医養成,講演やシンポジストなどにも家族の協力のもと精力的に挑んでいる。

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