医学界新聞

寄稿

2016.01.04



地域医療連携実現に向けた提言


「切れ目のない医療・介護の提供」に
かかりつけ医中心の体制構築を

横倉 義武氏(日本医師会会長)


 社会保障と経済は相互作用の関係にあり,老後が不安であるという思いを持つ国民に安心を示すことは,強い経済を実現するための出発点です。

 わが国の長期債務残高が1000兆円を超え,今後労働力人口が減少するという苦しい上り坂の中で,社会保障制度を持続可能なものとするためには,改革を進めて行くことが必要です。

 真の国づくりとは,健康で安心して暮らせる「まちづくり」と,それを支える人を育てていくことであり,医療はまさにその根幹です。地域ごとの将来ニーズを踏まえ,それぞれの病院が効率よく機能を発揮し,地域の連携体制が働き,かつ病院の経営が安定するような体制構築が求められます。こうした体制構築に向け,各病院が機能構築を適切に判断できるための制度・財政両面にわたる支援が必要です。具体的には,医療法をはじめとする制度的枠組みの整備,医療機関に対する公的支援に加え,どのような機能を選択しても地域や患者ニーズに応えている限り,経営が安定して成り立つよう,地域医療を支える医療機関を公平に支えることが必要です。特に医療従事者の比率が高くなる地方では,経済の活性化により経済成長を促し,地方創生への多大な貢献へとつながります。

 また,人口の変化を踏まえた病床の機能分化は必要ですが,国や都道府県が目標値を定めて一律に推し進めることは適切ではありません。人口の集中や散在,在宅医療の基盤づくりの進み具合など,それぞれの地域の実情を反映させることが必要です。特に過疎地では,在宅医療の提供者が少ない上,面積が広大なため訪問看護・介護は困難です。例えば,ある地域では慢性期機能の必要病床数を多く算定し,また他の地域では在宅患者数を多くするようにすべきです。「施設も,在宅も」という考え方も重要になってきます。

これらの個々の政策は別々に考えるのではなく,その地域で,何が必要なのか,どのような方法なら利用できるのか,全体を通して考えるべきです。

 このようにわが国は,団塊の世代が75歳以上となる2025年に向け,病床の機能分化と連携,在宅医療・介護の充実,医療従事者の確保と勤務環境の改善等により,地域の特性に応じた地域包括ケアシステムの構築が求められています。

 地域包括ケアは,高齢者が,可能な限り,住み慣れた地域で,自立した日常生活を営むことができることをめざすものであり,これからは,「切れ目のない医療・介護」を提供できるよう,かかりつけ医を中心した提供体制の構築が重要です。まずはかかりつけ医を受診することにより,患者さんがそれぞれの症状に合った,ふさわしい医療を受けられるようになり,適切な受療行動,重複受診の是正,薬の重複投与の防止等により医療費を適正化することが期待できます。

 このため日本医師会では,これまでかかりつけ医の普及・定着に努めてきましたが,さらにその機能を高めるため,「かかりつけ医機能」のあるべき姿を評価し,その能力を維持・向上するための研修を2016年4月から実施します。

 最後に,私が会長に就任してから「日本医師会綱領」を旗印として,「国民の安全な医療に資する政策か」「公的医療保険による国民皆保険は堅持できる政策か」を判断基準としてきました。超高齢社会を迎えた今,単なる寿命の延伸ではなく,平均寿命と健康寿命の差を縮める必要があり,われわれ医療提供側からも,健康寿命の延伸,ロコモティブシンドローム対策や糖尿病,COPD等の生活習慣病対策を提言していきます。

 今後も,非常に優れた「国民皆保険」という貴重な財産を,次の世代に継いでいけるよう,責務を果たしたいと思っています。


地域医療は地域住民主体の医療
地域密着型で“Health care”の実現へ

尾身 茂氏(独立行政法人地域医療機能推進機構 (JCHO)理事長)


 わが地域医療機能推進機構は,2回目の新年を迎えました。旧社保庁傘下にあった社会保険病院,厚生年金病院,船員保険病院の全国57病院を統合し,2014年4月,独立行政法人として発足しました。当機構は,「JCHO(ジェイコー)」という愛称で社会的に認知されることを願っています。なぜなら英訳名こそ,私たちの熱い思いが込められているからです。JCHOはJapan Community Health care Organizationの略称です。地域医療を掲げながら“Medical”を使わず“Health care” としました。

 私たちの病院群は以前から地域密着型の医療を展開しています。今後,少子高齢化というかつて経験したことのない社会構造の変化に対応すべく,単に急性期の医療にとどまらず,リハビリ,介護,健診,予防,看取りまで一貫したシームレスなヘルスケアを担う,時代の要請に応える組織をめざしています。地域医療を一言でいうなら「地域住民主体の医療」です。その推進役を担うJCHOが,病院内での活動に終始していてはその任は務まりません。地域の住民にとって治療から予防,福祉まで,どうしたら生活の質を保っていけるのかという複合的な視点で取り組まなければなりません。“Medical”ではくくりきれない,きめ細かい“Health care” の実現が必要なわけです。

 もとより国民にとって医療資源は,不可欠なインフラとして重要な公共財であります。ましてや公的医療機関として生まれ変わったJCHOには一層重い社会的使命が課せられています。役職員が新生組織の職務を担うべく,共有する価値観の証として次の「JCHO理念」を制定しています。

 「我ら全国ネットのJCHOは地域の住民,行政,関係機関と連携し地域医療の改革を進め安心して暮らせる地域づくりに貢献します」

 地域が求める医療サービスの提供を通して地域づくりにかかわる心意気を宣言しているのです。医療機関の理念としてユニークな内容だと思われませんか。

 もちろん立派な理念だけでは「絵に描いた餅」にすぎません。地域のニーズとは何か。地域の住民が期待する医療の在り方とはどういったものなのか。地元自治体,医師会,住民代表らに参加いただき,各病院主催の地域連絡協議会を年1回以上開催して,地域の生の声を聞く機会を設けています。特色も強みも異なる57のJCHO病院は,知恵と力を結集して地域のニーズに応えていかなくてはなりません。

 現在JCHOの使命として5疾病(がん,脳卒中,急性心筋梗塞,糖尿病,精神疾患),5事業(救急医療,災害医療,へき地医療の支援,周産期医療,小児医療)に加え,次の4大ミッションに取り組んでいます。

医療過疎地域への支援 東日本大震災被災地の福島県浪江町に医師,看護師,理学療法士,管理栄養士の派遣,離島の伊豆諸島・新島,北海道根室市等への医師派遣を行っています。

総合診療医の育成 わが国の専門医育成は,これまで基本的に臓器別の専門医一辺倒でした。それはとても大切なことですが,超高齢社会において複数の疾患を持つ患者さんには,医療の質や効率の面で弊害もあります。2017年度には19番目の基本領域の専門医として総合診療専門医が確立されます。JCHOではベテラン指導医のもと総合診療医の育成とともに,専門医との連携システムやキャリアパスの明確化等で総合診療医のロールモデルを構築していきます。

医療情報のIT化 クラウド型の情報システムを導入するなど,医療・健診,福祉分野のIT共有化に先駆的に取り組んでいます。

地域包括ケアの推進 全ての病院に「地域包括ケア推進室」を設置して,地域の医療機関同士や自治体との顔の見える連携,訪問看護など在宅患者への対応強化に努めています。  

 このようにJCHOは全国ネットのスケールメリットを生かして,「安心の地域医療を支える」一翼になりたいと奮闘しています。

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