医学界新聞

寄稿

2015.09.07



【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
肺MAC症の治療

【今回の回答者】鈴木 克洋(国立病院機構近畿中央胸部疾患センター 統括診療部長)


 非結核性抗酸菌症(NTM症)は結核菌以外の培養可能な抗酸菌による慢性の感染症です。その多くはMycobacterium avium complex(MAC)による肺感染症である肺MAC症です。

 肺MAC症は急増しており,昨年行われた全国調査「非結核性抗酸菌症の疫学・診断・治療に関する研究」での推定罹患率は人口10万対13と,結核罹患率に迫る勢いです。結核と異なり感染性はないため隔離は不要ですが,薬剤効果が乏しく長期に治療や観察が必要なため,今や一般医家の外来で普通に診療する疾患となっています。


■FAQ1

肺MAC症の化学療法はいつ開始すれば良いでしょうか。

◎診断基準を満たした段階で開始するのが原則だが,個別の判断も必要。

 肺MAC症の講演後必ず質問される疑問点であり,現在最も解決すべき課題ですが,科学的に正しい答えが無いのが現状です。その背景として,結核と異なる肺MAC症の三つの特徴があるからです。

①ヒトからヒトへと感染することはない
②経過が極めて緩慢
③化学療法の効果が乏しい

 感染性がある結核はたとえ本人が希望しなくても必ず治療しなければなりません。しかし肺MAC症には公衆衛生的な問題はなく,また経過は緩慢です。近年わが国から報告された長期経過に関する論文でも,5年間での画像所見悪化率22.2%1),5年間の肺MAC症による死亡率5.4%2)と報告されています。

 化学療法の効果が限定的なことも周知の事実で,排菌停止しない例や排菌停止はするものの治療終了後再発する例が後を絶ちません。高齢になると化学療法による副作用発現率も高くなりますので,適応には慎重にならざるを得ません。一方,診断時から重症だった50代の患者など,最大限の化学療法を実施しても5年以内に死亡するケースも散見されます。このように経過や予後の個人差が大きいことも肺MAC症の大きな特徴です。

 現在肺MAC症に保険適用のある薬剤が5種類存在すること,学会から診断基準(表1)や化学療法の見解(表2)が正式に発表されていることより,診断基準を満たした症例は治療を勧めるのが原則になります。

表1 肺非結核性抗酸菌症の診断基準(文献3より)

表2 肺MAC症化学療法の用量と用法(文献4より)

 しかし表3に提示した条件を全て満たした場合,本人と家族の同意のもと経過観察しても良いと筆者は考えています。ただし,後に症状や画像所見の明らかな悪化があれば化学療法を勧めることはいうまでもありません。

表3 無治療で経過観察して良い肺MAC症の条件(筆者私見)

 空洞の存在と痩せ過ぎは,わが国の報告に共通してみられる予後不良因子です。

Answer…診断基準を満たした段階で化学療法を勧めるのが原則。しかし高齢で症状が乏しく,CTで空洞が認められず痩せ過ぎていない症例では経過観察しても良いでしょう。

■FAQ2

肺MAC症の化学療法はいつまで続ければ良いのでしょうか。

◎米国胸部学会(ATS)は排菌陰性化から1年を推奨しているが,より長く治療したほうが良いとのわが国からの複数の報告がある。

 この点も必ず質問されますが,やはり科学的な根拠に基づいて答えることが現在できない重要課題です。

 2007年に発表されたATSのガイドライン5)では,喀痰培養陰性化後1年間を推奨しています。これは排菌陰性化後1年以上化学療法をした後に再発した症例は全て再感染であったとの米国での報告に基づいています。

 MACを含めたNTMは土壌や水周りに生息する環境寄生菌であり,ヒトに感染するのは一種の迷入と考えられます。したがって化学療法により体内のMACは根絶されても,年余を経て再度MACに感染することは十分あり得えます。一方MACが化学療法抵抗性であることも確かです。したがって再発例のどれくらいが再感染なのかをわが国で確定することが必要です。また米国の報告では,肺MAC症の画像分類で再感染率に違いがありますので,この点の検討も必要でしょう。わが国での複数の報告(学会発表のみも含む)6)では,非空洞例では排菌陰性化後1年に6か月間程度の治療延長が,有空洞例では1年間の治療延長(総計2年程度)が必要との意見が表明されています。

 治療後の再感染を防ぐ生活指導も大切です。風呂場の清潔保持と乾燥の徹底,土壌暴露(ガーデニングなど)の機会の減少などを指導します。

Answer…喀痰培養が陰性化してから,非空洞例では1年半程度,空洞例では2年程度の化学療法が必要。再感染を防ぐための生活指導(風呂場の清潔・乾燥,土壌暴露の減少)も大切です。

■もう一言

 従来肺MAC症は極めてあいまいな病気でした。診断があいまい,治療効果があいまい,保険適用の薬剤もなく,結核や気管支拡張症の病名で治療する状態が続いていました。近年になりやっと診断基準が普及し保険適用の薬剤が増加したため,公式に化学療法の手引きを発表できるようになったところです。

 今回取り上げた二つの疑問点の存在も,治療に関する基本的な問題すらまだ解決できていないことを示しています。さらに「エビデンス」を蓄積して,「肺MAC症治療ガイドライン」の作成をめざさなければなりません。

参考文献
1)Int J Tuberc Lung Dis. 2012[PMID:22410245]
2)Am J Respir Crit Care Med. 2012 [PMID:22199005]
3)肺非結核性抗酸菌症診断に関する指針――2008年.日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員会,日本呼吸器学会感染症・結核学術部会;2008.
 http://www.kekkaku.gr.jp/commit/ntm/200804sisin.pdf
4)肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解――2012年改訂.日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員会,日本呼吸器学会感染症・結核学術部会;2012.
 http://www.kekkaku.gr.jp/commit/ntm/201202.pdf
5)Am J Respir Crit Care Med. 2007 [PMID:7277290]
6)Respiration. 2007 [PMID:16954651]


鈴木 克洋
1982年京大医学部卒。京大胸部疾患研究所,同医学部附属病院を経て2000年より国立療養所近畿中央病院に勤務。04年より国立病院機構近畿中央胸部疾患センター感染症研究部長,10年より現職。日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員長。

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