医学界新聞

寄稿

2015.05.25



【寄稿】

がん患者の経済的課題に対し,医療ソーシャルワーカーと看護師の連携を考える

品田 雄市(東京医科大学病院がん相談窓口がん専門相談員/認定医療社会福祉士)


 がん治療が長期治療の時代に入って久しい。医療技術の発達などにより,早期発見の確率も格段に高まり,多くのがん種が5年生存率を延ばしている。このようにがん治療が進歩する一方で,多くのがん患者・家族に,治療にかかる医療費負担と何らかの収入減少体験をもたらしている現状がある。

経済的課題もペインの一つ

 そもそも,がん患者・家族が抱える課題は多方面に及ぶ。よく知られたトータルペインの概念は,(1)身体的苦痛,(2)精神心理的苦痛,(3)社会的苦痛,(4)スピリチュアルな苦痛の4側面を示し,それぞれの領域は相互に関連し合っている。疼痛がトータルペインを高めるのと同様に,社会的苦痛に含まれる経済的側面の不安も,がん患者・家族の多側面に苦痛を引き起こす。

 現在,仕事を持ちながらがんの通院治療を受けている患者は32万5000人 いると言われる()。がん治療による就労問題だけでなく,治療費の支出と同時に,子育てやそれに伴う教育費などの捻出,住宅ローンや介護費用の支払いなど,ライフサイクルに応じた金銭的な負担ががん患者に出てくることは容易に予測できる。さらに,自営業者には廃業や事業縮小の危機が,被雇用者(サラリーマン)にも休職・退職,離職勧奨など,何らかの形で家計を圧迫する状況にさらされる。

 こうした厳しい社会環境の下で,治療を諦めるがん患者も近年増加しており,頼りにしたい社会保障制度も全てのがん患者をカバーしきれているとは言えない現状がある。では,がん患者の経済的課題を前に,私たち医療者は何をすべきか。がん患者・家族の苦境を支える方策はないものか。医療ソーシャルワーカー(MSW)の立場から考えたい。

制度的資源に患者・家族をどうつなぐか

 MSWは,治療に取り組む患者と家族が「生の営みの困難」1)を生きることに対し,社会福祉学の観点からアプローチしQOLの増進をめざす専門職である。筆者は,がん専門相談員として多くのがん患者・家族と出会ってきた。国民の2人に1人ががんに罹患するといわれる時代であっても,患者の多くが職場で差別や偏見に遭うことがあると語る。また,懸命に治療に当たってくれている医師や看護師を前に,自分たちの経済的逼迫を伝えられない患者心理も訴える。

 がんソーシャルワーク実践は,治療の意味や取り組み方を患者らと共に考え,活用できる多くの社会資源を見つけていくプロセスでもある。特に経済的課題においては,がん患者・家族の身体的・社会的状況に見合う具体的な制度()に患者・家族をいかにつなぐことができるかというアクセシビリティが重要となる。また,患者が「障害者」や「生活保護受給者」となることで抱くネガティブな感情への配慮や支援も求められる。

 がん患者が活用し得る社会資源の例(経済的課題に対するもの)(筆者作成)
これらの社会資源を患者・家族自身が見つけ出すWebサイト,「がん制度ドック」もある。仮に自施設にMSWが配置されていない場合でも,医療従事者は表に示した申請先に問い合わせ,患者・家族に制度を紹介することもできる。

社会的な健康をつくり出す看護介入が連携の鍵

 がん患者・家族がさまざまな制度的資源を活用するためにはまず,患者に身近な存在である看護師も資源そのものを知らなければならない。その上で,患者の抱える経済的課題に担当の看護師がいち早く気付き,何らかの資源活用の可能性を患者・家族へ情報提供し,検討を促すことは,治療に対する患者のモチベーションの維持や安心感を高めることに貢献するだろう。とはいえ,患者・家族に「お金など,生活に困っていることはありませんか」とストレートに尋ねることがはばかられる場面も多い。どんなに言葉を選んでも,患者・家族心理を傷つけてしまう可能性も高い。また,それぞれの制度は細かな要件や複雑な仕組みがあるため,がん患者・家族の状況に応じた個別性に配慮するとともに,患者が不利益を被らないようにしなければならない。そこで,制度に精通したMSWとの連携による専門的支援が必要となる。

 両者の連携において重要になるのが,看護師の持つ「臨床知」である。看護師は,「健康」という概念から患者・家族の生活を全般的に把握し介入する専門職である。社会的な健康ともいうべき,患者・家族の心身のより良い状態をつくり出す看護介入が看護師に求められるのではないだろうか。患者が今何を必要とし,それにどう対処しようとしているのかを,1人の人間として患者の立場に立って想像することから,患者・家族への共感的理解が進むと考える。

 看護師が,がん患者・家族の抱える課題に気付くことができれば,多くの職種にそれを伝え,持ち掛け,患者にとってより良い状態をつくることができるだろう。特に経済的課題は,治療の場では見えにくく,良い看護関係が構築できているときにこそ,かえって患者・家族は言い出しにくい側面もある。

 そこで当院では,がんの告知を受けた全てのがん患者に対しスクリーニングを実施している。当院独自の「生活のしやすさに関する質問票」と題した複写の用紙を,『がんと診断されたら私たちを思い出してください』というパンフレットとともに配布する。「気になっている・心配していること」「気持ちのつらさ」などを自ら記入してもらい,これを外来・病棟の看護師が確認し,その困りごとに応じて,MSWやがん看護専門看護師(CNS)などに謄写とともに患者をつなぐことにしている。

 こうしたツールの使用は,患者自身が,現時点で気付いていないニーズや予測できていない予後があっても,CNSや各認定看護師,がん相談窓口の存在が,今後役に立つことがあるということを知ってもらう副次的効果をもたらす。しかし,これはあくまでも一つのツールにしかすぎない。院内の各専門職をつなぐリンケージ機能が役割を果たしてこそ,多職種が連携してがん患者・家族をサポートするシステムが効果を発揮する。

 看護師は,患者・家族が抱える苦悩に気付き,それを他職種に引き継ぎながらなお,自身の看護計画に沿ってその目的を達成するダイナミクスをつくり出す。連携の基本は,他職種を尊重する姿勢と,彼らの持つ能力をがん患者・家族への支援に提供してもらう働き掛けにある。このような連携が築かれれば,がん患者・家族により多くの支え手によってサポートされているという実感が生まれ,治療やこれからの暮らしへの意欲をより高める力となっていくだろう。

:厚労省「平成22年国民生活基礎調査」を基に同省健康局にて特別集計したもの。仕事を持っているとは,調査月に収入を伴う仕事を少しでもしたことをいい,被雇用者の他,自営業主,家族従事者等を含む。
厚労省.第1回がん患者・経験者の就労支援のあり方に関する検討会.資料3 がん患者の就労や就労支援に関する現状.2014.
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000037517.pdf

参考文献
1)窪田暁子.福祉援助の臨床――共感する他者として.誠信書房;2013.pp6-8.


品田雄市氏
2012年ルーテル学院大大学院社会福祉学専攻博士前期課程修了。現在,同大大学院博士後期課程在学中。1995年より東京医大病院に勤務し,現在は医療福祉相談係長。国立がん研究センター相談員研修講師を務める他,新宿区や東京都のがん対策推進関連の委員として,地域における包括的かつ効果的ながん患者支援体制作りにも携わる。社会福祉士・精神保健福祉士・介護支援専門員・認定医療社会福祉士。「相談したら気持ちが温かくなった」と患者さんに感じてもらえる相談支援を心掛けている。

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