医学界新聞

2015.05.11



第29回日本医学会総会開催


 第29回日本医学会総会2015関西の学術講演が2015年4月11-13日の3日間,井村裕夫会頭(京大名誉教授・元京大総長)のもと,国立京都国際会館(京都市)など3会場で開催された。第28回は東日本大震災の影響で小規模となったため,本格的な開催は8年ぶりとなる。

 テーマは「医学と医療の革新を目指して――健康社会を共に生きるきずなの構築」。今日の社会が直面する20の課題を柱に,個々の学会では議論されることの少ない分野横断的な医学・医療の重要課題についても議論が行われた。本総会の特徴として,関西の3都市を会場とした点がある。学術講演会,学術展示,医学史展は京都,「医と健康フォーラム2015関西」は大阪で行われ,一般公開企画展示「未来医XPO’15」は3月28日-4月5日に神戸国際展示場,他で開催,延べ29万人を超える来場者を記録した。


(写真=第29回日本医学会総会2015関西,本紙編集室)


■2025年の医療提供体制構築に向けて

写真 井村裕夫会頭
会頭講演「日本の未来のために,いま医学・医療は何をなすべきか」において井村氏は,少子高齢社会の医療の課題を挙げ,将来構想の検討が喫緊の課題だと述べた。医学・医療を持続可能なものにしていくためには,非感染性疾患(NCD)の予防医療,さらには先制医療・精密医療を推進することが重要であると強調。新しいパブリックヘルスの体制づくりの必要性にも言及した。
 団塊の世代が75歳以上の後期高齢者に達する2025年に向けて,「社会保障制度改革国民会議報告書」の公表(2013年8月),「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」の成立(2014年6月)など,医療提供体制の改革が進んでいる。シンポジウム「2025年の医療提供体制へ向けた長期計画」(座長=京都府医師会・森洋一氏)では,この“2025年問題”の解決に向けて3人の演者が登壇した。

 社会保障審議会医療保険部会長,地域医療構想ガイドライン等に関する検討会座長などを務める遠藤久夫氏(学習院大)は,医療提供体制改革の背景として,高齢化に伴う「疾病構造の変化(急性・重症の1臓器1疾患から慢性の全身疾患へ)」と「医療需要の急増(後期高齢者の増加による入院需要の増加)」を指摘。さらに,医療提供体制改革の方向性を,以下の4つに分類した。

(1)病院・病床の機能分化と連携の強化
 →機能に応じた医療資源投入
(2)平均在院日数短縮の促進
 →病床回転率の向上
(3)地域包括ケアシステムの構築
  →医療と介護の連携,在宅医療と病院医療の連携
(4)都道府県が主体となる病院再編
 →地域医療構想

 このうち(1)-(3)に関しては,これまでも行われてきたが,診療報酬による全国一律の誘導が主な政策手段であるため,地域における医療需要の変化に対応するには限界がある。そこで新たな試みとして,都道府県を主体に,政策手段として規制(医療法改正)と補助金(基金)を用いる「(4)地域医療構想」が必要になると強調した。

 地域医療構想においては,各病院が病床機能の実態と将来の姿を都道府県に報告(病床機能報告制度)。都道府県は,設定した構想区域(2次医療圏を想定)ごとの医療需要の推計と医療供給の検討を行い,将来の医療提供体制を策定することになっている()。

 地域医療構想の策定プロセス
厚労省「地域医療構想策定ガイドライン」6頁

 この地域医療構想に対して,「現在の病床数が削減されるなどの誤った理解が広まっている」と警鐘を鳴らしたのは,日本医師会の中川俊男氏だ。氏は,病床機能報告制度の実現に至るまでの議論や「地域医療構想策定ガイドライン」の文言を踏まえた上で,病床の機能分化・連携は「各医療機関がゆっくり,じっくり,自主的に取り組むことが望ましい」と強調。構想区域内の医療需要データを活用し,自院の強みを生かした機能を“自ら選択できる”ようになることが,地域医療構想の真の意義であると述べた。また,喫緊の課題として,都道府県庁の温度差を指摘。民間シンクタンク等への業務委託が過度になることによって,地域の実情に応じた構想策定が形骸化することに懸念を示した。

 最後に登壇した二川一男氏(厚労省)は,病床機能報告制度における「病床の機能区分の報告状況」の速報値(第3報:2014年3月2日時点の集計)を提示。高度急性期・急性期・回復期・慢性期という4区分の内訳は,順に15.5%・47.1%・8.9%・28.5%であり,現状の急性期病棟の多くは将来的にも急性期機能を維持する意向を示していることを明らかにした。

 地域医療構想においては,高度急性期から回復期・慢性期・在宅医療まで,バランスの取れた医療提供体制をめざしている。討論ではこれを踏まえ,回復期病棟の割合が極端に低いことが指摘された。二川氏は,「回復期=リハ」という印象がいまだ根強く,亜急性期としての回復期病棟の位置付けを明瞭化することを課題に挙げた。中川氏は,地域で不足する病棟があるのならば,施設側がこれを好機ととらえて主体的に機能シフトしていくのが望ましいと補足した。地域医療構想の実現に向けては,都道府県庁の対応能力向上や病院の医療需要データ活用,急性期病床から回復期病床へのシフトの促進が鍵となりそうだ。


■“自分らしく生きること”を支える在宅医療を

 在宅医療に関するシンポジウム「医療者中心の『医療連携』から患者中心の『生活連携』へ」(座長=大幸砂田橋クリニック・前田憲志氏,仙台往診クリニック・川島孝一郎氏)では,導入として,座長の前田氏が「地域包括ケア」の現状と課題を,続いて川島氏が「地域包括ケア」推進に向け必要となる視点を解説した上で,演者に活発な議論を促した。

 初めに登壇した鈴木裕介氏(名大大学院)は,地域包括ケア推進に際し,今後大学病院は急性期ケアだけでなく,亜急性期,在宅療養支援の橋渡しの役割も担うべきと主張。大学病院のサテライト機能による新しい医療・介護連携の試み「名古屋大学地域包括医療連携モデル事業(JPプラン)」について紹介し,他施設・多職種との人材交流を通じた医療・介護の連携や,これまで大学教育がかかわることの少なかった在宅医のキャリアパス構築などをめざす考えを示した。

 続いて登壇した中島孝氏(国立病院機構新潟病院)は,医療における客観から主観への評価認識方法の転回を提起した。医療とは本来,患者主観に基づき行うものであり,治らない疾患も数多くある現在,1948年にWHOが示した健康概念(complete well-being)を当てはめることは,現代の医療に空回りを来たしていると指摘。その人の主観的な満足や,変化・成長に適応した目標をめざす多専門職種チーム(Multi-disciplinary team)によるケアの実施,PRO(患者の報告するアウトカム)評価法を用いた評価によって,たとえ治癒しない病気であっても患者は考えを再構成し満足度・自立度が高まると述べた。氏は,『BMJ』誌が提唱する新しい健康概念に今後は移行すべきと訴えた。

 「在宅医療は“自分らしく生きること”を支える医療」。こう語ったのは,愛媛県松山市で医師複数体制のチームによる循環型地域医療を実践している永井康徳氏(たんぽぽクリニック)。約8割の患者が病院で亡くなっている現在,「地域へ,在宅へ」の呼び掛けだけでは患者は自宅に帰らない。氏は,医療者が「もう治らない病」「限られた命」に向き合ってこそ,患者・家族は在宅での生活を見通すことができ,家に帰りたいと思えると述べた。さらに,医療者は患者の傍観者ではなく伴走者でなければならないと強調した上で,スティーブ・ジョブス氏の言葉“Think different”を引き,「個々人の多様性を認め,患者自身の自分らしさを追求する医療,それが在宅医療」と聴衆に呼び掛けた。

 ICT技術の活用について紹介したのは武藤真祐氏(祐ホームクリニック)。東京都文京区と宮城県石巻市の2か所にある同クリニックは,在宅医療の質向上,リスクマネジメント,効率化を目的に在宅医療支援クラウドシステムを開発。カーナビとも連携したシステムで訪問も円滑に進める。さらに,多職種・患者・家族間の情報連携ICTシステムを構築し,タブレット等でそれぞれのスケジュールを共有する他,急なトラブルにも迅速な情報共有ができているという。利用者が抱きがちなICTの「苦手意識」には,専属のサポーターを配置し,操作方法などの疑問に対応する。また,石巻市に在宅医療・介護情報連携協議会を発足させ,東日本大震災による在宅被災世帯への支援も実施。今後は,要介護高齢者からアクティブシニア層まで包括的に支える医療・介護・生活プラットフォームを構築していくとの見通しを語った。

 同じくICTの実践について,長崎県の取り組みを紹介したのは松本武浩氏(長崎大大学院)。2004年から運用が始まり長崎県全域で利用可能な全国最大規模のICTネットワーク「あじさいネット」は,各医療機関に分散保存された診療情報を共有し,活用できるのが特徴。診療所を受診したある患者の他施設での過去の診療情報や,他施設へ紹介後の経過の把握に活用される。県内の271施設が利用(2015年3月現在)する同ネットは,在宅医療チーム間の“情報共有”だけでなく,2013年からは同県の医師会館や拠点病院をサテライト会場とした研修会中継という“教育支援”にも活用の幅を広げている。氏は「地域医療ICT連携ネットワークは質の高い地域完結型医療の実現のための有効なツールになり,地域医療そのものを変えていく」と期待を示した。

写真 シンポジウムの様子


■iPS細胞の応用で新しい医療が生まれる

写真 山中伸弥氏
 開会講演「iPS細胞研究の現状と医療応用に向けた取り組み」において山中伸弥氏(京大iPS細胞研究所;CiRA(サイラ))は,自身が研究者になった経緯を「整形外科の研修医として重症のリウマチ患者や骨肉腫の患者などの担当をする中で,今治せない病気を将来治すことができるようにするための研究に強い興味を持った」と語った。

 iPS細胞の医療応用の可能性を探ることを目的に2010年4月にCiRAを設立。氏は,設立当初に掲げた「10年間の達成目標」について,5年目を迎えた現在の状況を示した。

 第1の目標は「基盤技術の確立,知財確保」。多くの企業にとっては,特許取得は技術を独占するためのものであるが,京大の場合,一部の企業にiPSの技術を独占させないことを目的としている。現在,京大のiPS細胞樹立技術の特許の取得は,日本,米国,欧州,ロシア,中国など30か国1地域において成立したという。

 第2の目標は「再生医療用iPS細胞ストック構築」。患者自身の細胞から作製したiPS細胞で移植を行う場合,細胞採集・iPS細胞作製・品質確認・分化誘導・品質管理という工程を経る必要があり,莫大なコストと時間が掛かる。iPS細胞技術を一般の医療技術とするためには,この問題を解決せねばならない。CiRAは日赤事業や臍帯血バンクと連携して,他家移植を行っても拒絶反応が比較的少ないHLA型の細胞を持つドナーの同定を進めているという。安全で品質の高いiPS細胞をすでにストックし始めたと報告した。

 第3の目標は「再生医療の臨床試験開始」。2014年9月には,高橋政代氏をチームリーダーとする理研CDBにより,世界で初めてiPS細胞由来網膜色素上皮細胞の移植手術が実施された。さらに,2016年には高橋淳氏(CiRA)が取り組むiPS細胞由来のドパミン産生神経細胞によるパーキンソン病治療の最初の手術が行われる予定だという。その他にも,今後高齢化が一層進む日本において不足が懸念される輸血用血液への対応として,iPS細胞由来の巨核球・赤血球前駆体から血小板・赤血球を作製し移植する研究などが,すでに臨床研究段階に近いものとして挙げられた。

 第4の目標は「患者由来iPS細胞による治療薬開発」。通常の創薬においては薬剤の効果判定に1年以上かかり,かつ1種類ずつしか試験できないため難病,希少疾患の薬剤開発は難しい。しかし患者由来のiPS細胞を用いることで,変異が生じている細胞を実験室で再現・増殖させることができ,複数の薬を同時に,短期間で検証することが可能となる。CiRAは,軟骨無形成症患者由来のiPS細胞から誘導した軟骨細胞を用いて,コレステロール降下薬であるスタチンが正常な軟骨形成促進に有効であることを示した。実際の患者に効果があるか,1-2年以内に臨床研究を開始する予定だという。

 さらに,アルツハイマー病の患者から入手したiPS細胞を分化させた神経細胞を比較することで,同じように見えるアルツハイマー病も原因が異なることが明らかになった。原因に応じた薬剤を処方することで,個別化医療の実現が期待できる。

 氏は最後に,当初の目標をさらに発展させた「CiRA 2030年までの目標」を提示し,達成への意気込みを示した。

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