医学界新聞

寄稿

2015.01.26



【寄稿】

どう作り,どう教える?
臨床現場のシミュレーション研修

政岡 祐輝(国立循環器病研究センター副看護師長/集中ケア認定看護師)


 シミュレーションは,「現実に代わる経験を創り出すものであり,必要な経験を学習者に提供できるという長所を持つ」1)。そして,「問題解決,意思決定,批判的思考を必要とする状況を提示し,学習者が自己の思考を振り返り,認知的思考を発達させることを促進する教育方法」2)などと言われています。現在臨床現場でも,基本的技術に対するトレーニングだけではなく,シナリオ基盤型シミュレーションも多く見られるようになり,スキルを統合・応用する力,問題解決技能,専門職人としての姿勢,豊かな人間性などの育成を目的にした研修が行われるようになっています。

 臨床の看護師は,臨床での学習を通じ,必要なスキルを獲得していくことが望まれます。しかし,医療現場で看護師が失敗やミスを経験し,試行錯誤しながらの学習は,当然医療安全上の問題があります。また,学んでもらいたい事象に遭遇する機会が少ない,患者ケアの予定が優先されるため指導に当てる時間がないなどの問題もあります。これらの問題に対し,シミュレーションであれば,学習者の失敗を容認し,試行錯誤が可能となる学習環境を人工的に作り出せます。そして,失敗やミス,成功を繰り返し経験させるといった意図的な学習の場を提供できます。まさにこれが,シミュレーション研修のメリットと言えます。

 「教育」の大きな目的は,主体的に自己を成長発展させていくための能力(自己教育力)を高めることです。シナリオ基盤型シミュレーションでは,主体的な「行為―内省」といった活動を繰り返し,自己の課題を見いだすというプロセスを通した学習となります。これは自己教育力の向上にもつながる学習だと考えています。

「行為の中のリフレクション」を丁寧に振り返る

 現在,当センターで行っているシミュレーション研修は,教育学者Kolbの「経験学習モデル」3)を参考に,臨床現場での実践能力向上を最終的なゴールとしてとらえ,学習を支援し自己省察力を育んでいくことを教育理念として組み立てられています()。

 シナリオ基盤型シミュレーションを中心とした,当センターの研修の流れ(クリックで拡大)

 研修設計に当たっては,インストラクショナル・デザイン4)と呼ばれる,教育を効果的・効率的・魅力的にするシステム的な方法論を参考に取り組んでいます。研修の場は,臨床現場における課題を分析しテーマを抽出するとともに,「自らの経験から独自の知見を紡ぎ出すこと」というマイセオリー作りやレパートリー作りを支援するようにしています。マイセオリーを作り上げていくには,経験を振り返ることが重要です。それも単なる感想レベルの振り返りではなく,「行為の中のリフレクション」を注意深く振り返り,自己の思考と判断,行為について自覚的になり,熟考,内省し,次からどうしていくべきかを見いだしていくことが重要となります。これらを学習できる場を提供するために,臨床事例をシナリオ教材として模擬臨床を作り上げ,失敗や成功を経験できるよう設計します。そして,学習者がその模擬臨床で経験したエピソードについて熟練看護師や学習者同士の対話を通し,その後の臨床実践に役立つ知見を生み出せるようにしています。研修で経験できる事例には限りがあるので,レパートリーを増やせるよう熟練看護師が経験したエピソードを語ったり,経験知からの投げ掛けを行ったりし,学習者の「我有化(アプロプリエーション)」()を促す工夫を行っています。

 研修はステップを設定し,年間を通じて複数のコースを企画しています。もちろん同じコースを何度でも受講できます。1つのコースで到達できるレベルには限界がありますし,研修でできたからといって臨床現場で成果を発揮できるわけではありません。学習者に対し,研修での学びを臨床現場で活かす機会を与えることや,適切なコーチング,メンタリング,内省支援といったことを行うことが不可欠です。そのため,各病棟の教育的な役割を担う看護師との連携も含めた研修設計を行っています。さらに,臨床での教育・指導能力の向上を図るため,コーチングスキルや内省支援について学ぶコースも設けています。

「教える人」をどう教えるか

 シミュレーション研修は有用な教育方法です。しかしながら,多くの看護師が,臨床での「教え方」を教わったことがないまま教育担当者となっている現状があります。せっかく設計した研修も,シミュレータを使うことが目的化していたり,学んでほしいことを詰め込みすぎていたりする場合も少なからずあると感じています。

 たしかに,効果的・効率的な教育をデザインし実施するのは容易なことではありません。現在は「教える」ことを学べる大学院もあり,日本医療教授システム学会などでは学習システムをデザインできる人材の育成に向けた活動を始めています。理想を言えば,病院が,「教える」ことを修めた人材をリソースとして配置し,臨床での研修設計を支援できる環境になれば良いでしょう。とはいえ,こうした人材をすぐ確保するのは現実的ではありません。

 一方で,教育手法を専門的に学んでいない臨床看護師にも強みはあります。それは,教えるべき内容についての「専門家」であること。また,各部署の教育担当者が行う研修であれば,学んだことをすぐに活かす機会や,必要な情報・フィードバックを与えやすい環境にいることです。学習者の課題やニーズをとらえやすく,学習意欲の増進にもつなげやすいと考えています。実際,学習者のパフォーマンス向上には,教える側の知識やスキルだけでなく,機会や意欲も影響すると言われています。臨床の看護師の教育的なスキルを伸ばすためには,まずは自分自身が提供した教育・指導を内省することだと思います。私自身も教育担当者として研修に取り組んでいますが,教育を専門に学んでいたわけではなく,施設にシミュレーション研修のノウハウがあったわけでもありません。数部署の熟練看護師と共に研修を設計し,実施するたびに内省し,時に外部リソースを活用しながら学習を重ね,少しでも効果的・効率的・魅力的な研修となるよう,今なお試行錯誤を重ねています。

「教え方」を学び合う場作りと「学びの構造化」を

 「教え方」を教わったことがない臨床看護師が多い中で,研修の効果や効率の向上を図るには,病院組織が「教え方」について学び合える場を設けることやファカルティ・ディベロップメントのような取り組みを行うことが必要だと思います。

 効果的・効率的なシミュレーション研修を作るのも重要ですが,臨床現場には,臨床という“最良の教材”があります。冒頭で臨床での学習の問題を述べましたが,臨床の中で学べるチャンスを逃していることも,実は多いのではないかと思います。学びのチャンスを逃さないようにし,シミュレーション研修で培われた技法を臨床での学習に埋め込んでいくことが,これからの臨床でのシミュレーション教育に求められることだと考えています。

 例えば,患者ケアに臨む前に少しの時間と場所を見つけ,どうケアしていくか,「もしこういうことが起きたらどうする」といったことを頭の中や簡単な動作でシミュレーションした上で,実践に臨む。そして,実践後に行ったケアに対する内省を支援する。このような用い方のほうが効果的・効率的な教育となるでしょう。シミュレーション教育を臨床での学びに埋め込むには,まず臨床での学びを構造化していくことも必要になってくると考えています。

註:他者が持つ知識や技能を他者との共同的な活動を通し,学習者が主体的にそれらを解釈し,自分の言葉や行為として具体化していくこと。

参考文献
1)Flusser P, et al. Computer Simulation of the Testing of a Statistical Hypothesis. Mathematics and Computer Education. 1991 ; 25(2): 158-64.
2)Marilyn H. Oermann,他.舟島なをみ監訳.看護学教育における講義・演習・実習の評価.医学書院;2001.p19.
3)Kolb, DA. Experiential Learning : Experience as the Source of Learning and Development. Prentice Hall ; 1984.
4)鈴木克明.e-Learning実践のためのインストラクショナル・デザイン.日本教育工学会論文誌.2006;29(3):197-205.


政岡祐輝氏
2007年独立行政法人国立病院機構刀根山病院附属看護学校卒。同年,国循心臓血管外科系集中治療室配属。14年に集中ケア認定看護師を取得し現職。病院認定の専門看護師として教育・指導の役割を担っており,数年前よりシミュレーション学習を用いた教育に取り組んでいる。現在は熊本大大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻の科目等履修生として,「教え方」を学びつつ,院内外の看護師を対象に,シミュレーション研修を企画・実施している。

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