医学界新聞

インタビュー

2014.12.08



【interview】

三大感染症の克服をめざす

國井 修氏(世界エイズ・結核・マラリア対策基金 戦略・投資・効果局長)に聞く


 世界を舞台に感染症と闘う医師がいる。國井修氏,その人だ。国際保健,医療・開発分野での経験は深く,これまで世界110か国を超える国で国際援助にかかわってきた。2013年3月からは,アフリカ・アジアなど140か国以上の低・中所得国で援助を行う国際機関「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(The Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malaria)」で戦略・投資・効果局長を務めている。本紙では國井氏に,地球規模で感染症と対峙する同機関がいかなる役割を果たしているのか,そして,その中で戦略のかじ取りを担う氏が抱く国際保健への思いを聞いた。


1日1万人もの命を奪う,三大感染症

――エイズ,結核,マラリア,これら3つの感染症について,世界エイズ・結核・マラリア対策基金(以下,グローバルファンド)はどのようにとらえているのでしょうか。

國井 その3つは数ある感染症の中でも拡大を制御できず,世界規模で長期にわたって流行している疾患です。国際社会が一体となって対策を進める今日にあっても,いまだ三大感染症によって1日に約1万人,年間で300万人以上もの命が奪われている。医療が発達してきたとはいえ,三大感染症は人類を脅かし続けています。

 また,個人の健康問題にとどまらず,一国の社会経済を崩壊させ,国の存亡まで危うくするという点からも脅威的です。私自身,90年代に何度かアフリカを訪れ,エイズの深刻な事態を目の当たりにしてきました。成人の3人に1人がHIVに感染して,働き盛りの20-40代の人々がバタバタと死んでいく。農作業を中心とした国内産業は打撃を受け,教育現場では教員たちも亡くなり,次世代を支えるべき経済・教育が停滞していく――。それは悲惨な風景でした。

 労働力を失い,生産性が下がった国が,独自の力のみで教育・保健分野を充実させることは非常に難しい。脱却困難な貧困に陥った国は,破綻へのスパイラルにはまってしまいます。このように,感染症の拡大は,一国の存亡を左右し得る力をも持っているのです。

多様なパートナーシップを築き,感染症対策に臨む

――そうした国々を感染症の被害から守ることをめざす国際組織が,グローバルファンドであるわけですね。

國井 そのとおりです。グローバルファンドの設立のきっかけは,日本が議長国を務めた2000年のG8九州・沖縄サミットにまでさかのぼります。この席上で緊急に手を打つべき“地球規模課題”として感染症対策が主要議題となり,世界のリーダーたちが率先して新たなパートナーシップを構築しようと合意がなされました。そして02年,開発途上国の三大感染症対策の予防,治療,ケア・サポートの支援を行う機関としてジュネーブに設置されるに至りました。呼び掛けからわずか1年半で国際機関が設立されるというのは異例の早さです。この早さが緊急性と深刻さを物語っていると思います。

 この組織の特徴は,“パートナーシップ”です。意思決定機関である理事会には,先進国政府とまったく同等の立場で,途上国政府,国連・国際機関,企業,市民団体,さらには患者団体などの当事者も名前を連ねます。また,各国に設置され,各国での事業を調整・支援する「国別調整メカニズム(CCM ; Country Coordinating Mechanism)」も,政府,NGO・当事者組織,国連・国際機関などが構成員となる。このように,運営は多様な組織の協働によって進められているのです。

――現地での事業において,グローバルファンドはどのような役割を担いますか。

國井 グローバルファンドは,開発途上国で三大感染症による死亡と感染をいかに効果的・効率的に減らすかを念頭に,資金を配分・活用し,単独の援助組織では成し得ないメカニズムを作っています。

 なお,グローバルファンド自ら事業を行うことはありません。各国の自主性を尊重し,WHOやUNAIDS(国連合同エイズ計画),市民社会などの連携・協力を促進しながら,各国ができるだけ早く自立できるよう,よりよい感染症対策計画を作り,情報システム,人材育成,物品管理などのシステムを強化する。言わば,最も治療や予防を必要としている人たちにサービスを届けるための“触媒”的な役割を担っているのです。

闘いの手は緩められない

――グローバルファンドの活動も10年以上が経過しています。これまでの活動によって,どのような成果が得られているのでしょうか。

國井 グローバルファンドの成果を個別の指標で見ると,これまで660万人のHIV感染者に抗レトロウイルス治療を,新規に発見された1190万人の結核患者に治療を受けてもらうことができました。また,マラリア感染予防のため,4億1000万帳の殺虫剤処理蚊帳を家庭に配布したというデータが得られています。それらをベースに,診療所・検査室などのインフラ整備,人材育成,巡回診療サービスなどの支援策をパッケージにして進め,設立から現在までに140か国1000事業以上に支援を実施し,累計870万人以上の人命を救ったと推計しています。

 グローバルファンドをはじめ,政府機関・援助団体などの取り組みにより,多くの国で三大感染症の新規感染率・死亡率低下という成果が見られています。5-10年前は考えられないことでしたが,今では,戦略的に対策を強化していくことで,三大感染症の新規感染率・死亡率をゼロに近付けるのも「夢ではない」という認識が生まれています。

――大きな成果が得られていますね。

國井 しかし,まだ道半ばです。多くの国で良い結果が得られているとはいえ,個別に見ていけば三大感染症の拡大を抑えられず,再興・再燃させてしまっている国・地域もあります。

 また,近年の新たな課題として,従来の薬剤が効かない多剤耐性結核・超多剤耐性結核,アルテミシニン耐性マラリアといった疾患の発生・拡大も起こっています。国境を超えた人々の移動が活発になってきているため,水際対策では防ぎきれないことが多いのです。

 最近のエボラウイルス病を含めて言えることですが,感染症はどの国にも侵入,あるいは再燃するものです。それを想定した準備が必要であり,今後も感染症との闘いの手を一切緩めることはできません。

――ただ,世界経済は不安定な状態で,先進国政府や各団体からの潤沢な資金投入は期待できない面もあります。感染症対策を進める上では,これまで以上に効率的なアプローチが求められるのではないでしょうか。

國井 ええ。その課題解決に応じるのが,私が所属する「戦略・投資・効果局」の役割であり,日々,効果的・効率的な支援戦略,その効果測定などの検証を進めています。

 特にわれわれの活動は,先進国政府やビル&メリンダ・ゲイツ財団など民間からの資金提供に依存しているわけですから,費用対効果の最大化は常に心掛けねばなりません。資金を「投資」に位置付け,資金の活用で,いかに多くの命を救えるかという「リターン」を真剣に考え,評価する。これはグローバルファンドと呼ばれるわれわれの使命だと考えています。

場所・人・時間を基に,“ホットスポット”を特定し介入

――費用対効果の高い介入を実現するため,現場ではどのような視点で検討が進められているのでしょうか。

國井 三大感染症の流行状況は地域・国によってさまざまなので,ハイリスクな地域・集団を同定し,集中的な対策を講じています。

 まず大切にしているのが状況分析です。感染症の罹患率・有病率などが高い地域や集団を把握し,マッピングする。そして,なぜこの地域・集団,いわば“ホットスポット”で感染症が流行しているのかを検討し,罹患率・有病率の推移をたどっていく。このように,「場所・人・時間」を基にデータ分析を進めた上で,疾病負担・リスクの高い地域や集団に適する効果的な介入・方法を考慮し,現地のどんな組織・取り組みに資金と人材を投下すればそれが実現できるかを考えていくわけです。

 実例を紹介しましょう。東南アジアでは,コマーシャルセックスワーカー,同性愛者,静脈注射薬常用者などにHIVの有病率,新規感染率が高く,彼らの分布に合わせて,首都や地方都市などに“ホットスポット”があると疫学データから示唆されました。カウンセリングとHIV検査,コンドーム使用,ハーム・リダクション,抗エイズ薬などの効果的な予防・治療があるものの,問題を難しくさせているのは,具体的に彼らがどこにどのぐらい存在しているのかがはっきりしない点だとわかった。そしてその背景に,国によって法制度による罰則や不当な差別・偏見の存在があり,これらの集団が社会の周縁やアンダーグランドに追いやられているということもわかってきました。

 そこでグローバルファンドの事業では,ハイリスク集団や場所に関するより詳細な調査を支援,さらに政府を通じた支援活動とは別に,ハイリスク集団に直接アクセスできる当事者や市民団体にも資金を提供し,サービス提供の強化を行います。これらの団体が脆弱で管理能力が不十分であれば,その組織強化や能力構築に対して資金提供し,活動を支援していく。感染症の危険にさらされている人々を救うためであれば,開発途上国政府や国際機関以外の,当事者グループ,市民団体などにも積極的に支援を行っていくわけです。

次世代のニーズに応える,若い世代の出現に期待

――地域・文化圏を踏まえ,パートナーから戦略まで柔軟に対応していくのですね。國井先生自身,これまで多様な組織に属し,さまざまな国・地域・文化圏を見てこられています。戦略を練っていく上では,そうした経験が活きる場面も多そうです。

國井 実際,私が前職のユニセフ(国連児童基金)からグローバルファンドに移ったのも,現場で培った経験を活かして,より多くの人命を救うことができると思ったからです。

 ただ,現場が好きなので,開発途上国,特に最も恵まれない地域や緊急支援を必要とする最前線で,長期的に保健医療にかかわる前職は魅力的な組織だったと思いますね。だから,そうした場を離れることに後ろ髪を引かれる思いがなかったと言えば嘘になります。

――それでも多くの人命を救える方法を優先したのですね。

國井 ええ。現場にいると,予防・治療が可能なのに救いきれなかった命に出会うことがあまりに多く,より多くの人を救う方法を求めるようになるものです。世界的に影響力の大きいグローバルファンドを外部から見ていて,「ここにこのような支援をすれば,もっと効率よく,効果的に死亡や感染を抑えられるのに」,そう思うこともあったんですね。

 現場でなくとも,自分の知識・経験を活かして中枢で作った戦略によって,世界140か国以上,数百万人もの人々を助けることができるならと考え,現在の道を進むことにしました。今後も多くの人の命と健康を守るため,支援の在り方を考え,行動に移していきたいですね。

――日本の教育機関・学会などで講義・講演される際は,現場の経験を伝え,若い医療者に対して国際保健領域への参加も呼び掛けておられます。国際保健の現場に日本の医療者の姿は多くないのですか。

國井 現場でも,国際協力の潮流を作る中枢でも日本人は少ないです。でも,日本で若い方々と話してみると,関心や情熱を持っている人自体は少なくない。「現場を見てやろう」と行動に移すまでの人が多くないようなのですね。

 私としては,インターンでも何でもいいから現場を見てみたい,NGOや国連などに挑戦してみようという人がもっと多く出てきてほしいと思っているのですが……。現場を見ないことには国際協力の醍醐味もわかりませんから,若い人には頭だけで考えずに,まず現場を肌で感じてほしいのです。

――現場に飛び込んでくる次世代の人材を欲していると。

國井 世界における三大感染症,さらにエボラを含めた新たな脅威,健康課題の克服には,若い方々のパワー,発想や行動力が必要なのです。

 今から約100年前,アフリカで医療活動を行ったアルベルト・シュバイツァーのやり方は,あの時代だったからこそ意義がありました。私は彼を尊敬して医師になったわけですが,最終的に同じやり方を真似しようとは思わなかった。というのも,現地のニーズは,私が医師として病院で働くことよりも,現地の医師・看護師の育成,検査・治療の普及,医療情報システムの構築などによる国の自立を支援することにあったからです。

 時代の変遷とともに,世界の状況も国々の様相も変わります。当然,次の世代にはまた違ったニーズが生まれ,これまでとは異なる方法,違った能力と発想が求められるわけです。その次世代のニーズをいかに早くキャッチし,必要な能力や経験を培っていくか。それはグローバルな視野でものを見て考え,世界の各現場で体感を通してわかってくるものです。だからこそ,若い人材の参加が必要なのです。

 今なお,感染症は脅威であり続け,世界では多くの命が奪われています。しかし,そうした中でも援助・支援によって救える命はたくさんあります。次世代の地域医療,国際保健の在り方を考え,行動しながら学び,また行動につなげていく。そんな若い世代の出現に期待しています。

――ありがとうございました。

(了)


國井修氏
1988年自治医大卒。栃木県の山間へき地で診療する傍ら,国際緊急援助や在日外国人医療援助に従事。米ハーバード大公衆衛生大学院留学を経て,自治医大助手,国立国際医療研究センター,ブラジル(JICA専門家),東大講師,2001年より外務省。04年長崎大熱帯医学研究所教授,06年からユニセフ(国連児童基金)。ニューヨーク本部,ミャンマー国事務所を経て,10年にソマリア支援センターへ勤務。内戦中,飢饉で苦しむ同国で子どもの死亡低減のための保健・栄養・水衛生事業を統括した。13年より現職(スイス・ジュネーブ在住)。著書に,『国家救援医――私は破綻国家の医師になった』(角川書店),『災害時の公衆衛生――私たちにできること』(南山堂)などがある。

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