医学界新聞

寄稿

2014.11.24



【寄稿】

ハワイでのMedical-Legal Partnershipにおける取り組み
弁護士との協働により患者の問題解決をめざす

桑原 功光(ハワイ大学小児科レジデント)


 移民の国,アメリカ。ハワイもその例外ではなく,多くの移住者を受け入れてきた歴史があり,さまざまな人種が共存している。ハワイは明媚な観光地として名を知られるにもかかわらず,決して単なる楽園の島ではない。家賃,物価は著しく高く,生活費がアメリカで最も高い地域の一つである。

 その一方でハワイの求人は少なく,第1の産業である観光業に労働人口の約3分の1が従事している。第2の産業は軍産業で,この2つに公務員を加えると,ハワイの就業者の大多数を占めてしまう。結果として,残りの少ない求人に大勢の人が押し寄せることとなる。本土から楽園を追い求めてきたはずが,最終的にハワイを離れざるを得ないアメリカ人は多い。こうした事情の中でも,ハワイへ移住してくる移民は後を絶たない。

医学的な介入だけでは患者を救いきれない現実

 ハワイのオアフ島にKalihi(カリヒ)という貧困者層の多い地域がある。カリヒ地区はハワイに移住してきた移民が初めて根を下ろす地域の一つであり,従来はハワイアン系,サモア系,東南アジア系,フィリピン系が多かったが,最近はマイクロネシア圏内からの移民も増加している。Kokua Kalihi Valley(KKV)はそのカリヒ地区にあるクリニックで,1972年の創立からすでに40年以上が経過した。現在,クリニックでは内科,産婦人科,小児科,歯科の診療が行われているが,貧困層の診療を行っていると,医学的側面から介入するだけでは患者を救いきれない現実に直面することも多い。

 一例として「違法な立ち退き要求」がある。自閉症の患児を持つ家族が,その子が住居設備を壊してしまったことで,立ち退きを要求されたことがあった。社会的弱者である貧困層は交渉の余地を与えられず,幼い子どもを抱えたまま,路上生活をせざるを得ない状況に追い込まれる。ハワイでは,ホームレスが治療を要する病気に罹患していたり,妊娠していたり,幼い子どもを抱えている場合も珍しくない。

 こうしたハワイの貧困層の問題を憂いて,2009年に弁護士であるDina Shekが小児科医のDr. Chris Derauf と 一緒に “Medical-Legal Partnership for Children in Hawai’i(MLPC)1)”を立ち上げた。カリヒ地区の患者たちは,住居権の請求,通訳の援助,政府給付の取得,健康にかかわる法的支援を求めるために,弁護士が必要であった。従来,医師と弁護士はオフィスを別の場所に構えており,お互いの距離が物理的に離れていた。そのため,コミュニケーションが不足しており,同じ場所で患者を助けることなど思いもしなかった。

 KKVでは医師と弁護士が同施設内にオフィスを構えることで,物理的な距離の問題を解決し,別業種間の壁さえも乗り越えた。Dr. Deraufは必要に応じてMs. Shekを診察室に招き,診察室で共に患者の社会的問題の解決に取り組み始めた。Dr. Deraufが異動した後は,後任のDr. Alicia TurlingtonがMedical directorとして,Legal directorであるMs. Shekと共にKKVで勤務している。患者の需要に応えるべく弁護士チームは拡充を続け,Ms. Shekのみならず,他の弁護士スタッフやlaw fellow(法学部卒業後に特定の分野で勤務するトレーニング生)も加わった。こうしてMLPCでは,医師・弁護士間の連携を深めることで,ハワイの貧困層や移民層の医療・社会的な問題解決に取り組んできた。

 ハワイには医療的側面から法的擁護が必要とされる子が5万人はいると考えられている。MLPCは主にカリヒを中心とした地域を対象にしているが,要請があればハワイ全土の相談にも答えている。弁護士の仕事は,貧困層の子どもたちが学校に行けるための支援,適切な住居の斡旋,給付金を断られた家族の援助,子どもの後見人の認定や家庭内暴力など多岐にわたる。このように,MLPCチームの弁護士は地域住民との結び付きを深め,KKVはカリヒ地区での信頼を長きにわたり確かなものにしてきたのである。

次世代を担う人材育成の場としての一面も

 Medical Legal Partnershipの構想は,1993年にボストン大医学部で始まり,全米中に広まった。その数は現在,全米50州のうち36州262施設に上り,各地で医師と弁護士の連携が行われている。

 KKVはハワイでは唯一のMedical Legal Partnership施設である。設立にあたっては,The William S. Richardson School of Law(ハワイ大法学部)とKKVが協定を結んでいる。MLPCに所属する弁護士の給与は奨学金とハワイ大法学部から支払われている。また,法学部生が “pro bono”(“無料の”を意味するラテン語。ボランティアの意)として,KKVで弁護士の活動を援助する。それにより,医療と司法のコミュニケーションや健康に影響する社会的条件を学び,多様な地域社会と密接にかかわりながら働く機会が与えられている。

 MLPCの活動は主に3つの要素から成り立つ。

1)法律相談:KKVを訪れる低所得層の患者たちに,弁護士が適切な法律支援を無料で行う。
2)人材育成:法学部生,医学生,看護学生などさまざまな学生や小児科レジデントをKKVで受け入れ,interdisciplinary education(多業種間にわたる教育)を提供することで,MLPCに精通した次世代の人材を育てる。また,健康にかかわる法律や,社会的条件を学ぶ機会を提供している。
3)支援運動や政策変更:改正が必要な政策があれば,その変更を政府に求める。例として,マイクロネシアの住民リーダーと共に,地域や国における健康上の国策問題を政府に届ける運動を行っている。

 また,ハワイ大の小児科には,3年間の研修中に“community pediatrics(地域小児科)”というローテーションが数か月間あり,この間に小児科レジデントは私を含めて,みなKKVで弁護士たちと勤務する貴重な機会が与えられている。日本から来た私にとっては,かけがえのない体験を得ることができた。

今後日本でも起こり得る医療・社会問題解決の糸口に

 アメリカでは医師・弁護士の連携チームが必要になるほどに,貧困層や移民者の生活は問題となっているが,日本の実状はどうなのだろうか。実は,日本の貧困率は年々増加しつつあり,厚生労働省が2014年7月にまとめた国民生活基礎調査2)によると,日本人の約6人に1人は相対的な貧困層に分類される。また,OECD(経済協力開発機構)の2009年の統計3)によると,OECD加盟国30か国(当時)のうち,日本は相対的貧困率が第5位(16.0%)であり,メキシコ(20.9%,2008年),トルコ(19.3%),チリ(18.4%)米国(16.5%)に次ぐ貧困率の高さである。また,日本では少子高齢化に伴い生産年齢人口の減少が深刻化する中,海外から労働力を積極的に受け入れようという意見もある。このように日本でも貧困や格差の拡大,外国人労働者の雇用問題が近年議論になりつつあり,従来の医師,弁護士の体制では解決が困難な医療・社会的問題が出てくることが十分に予想される。

 疾病の罹患を防ぐことを目的とした医療を“preventive medicine(予防医学)”というが,患者が深刻な社会的状況に陥るのを未然に防ぐ “preventive law(予防法務)”という新しい概念が認知されつつある。KKVでは,社会的弱者となりやすい移民層や貧困層に,医師と弁護士が協働して医療・社会的擁護を行うことで,患者の健康と社会的問題が深刻化することを防ぐ試みを行っている。ハワイのあいさつ “ALOHA”は,「こんにちは」というあいさつにとどまらず,調和と他者への尊敬といった深い意味が込められている。ハワイのMLPCはそのALOHA精神を含有している。そして,そのALOHA精神を宿すMedical-Legal Partnershipの存在は,日本で将来起こり得る医療・社会的問題解決の一つの糸口となるかもしれない。

写真 MLPCのスタッフ。医師と弁護士の物理的距離が縮まったことで,社会的問題に共に向き合う体制ができた。

謝辞:本稿の作成でお世話になったAlicia Turlington,MD(MLPC medical director),Dina Shek,JD(MLPC legal director),その他関係者各位に心から感謝を申し上げます。


参考URL
1)Medical-Legal Partnership for Children in Hawai’iウェブサイト
 http://www.mlpchawaii.org/
2)厚労省.平成25年国民生活基礎調査の概況.
 http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa13/dl/16.pdf
3)OECD iLibrary. Income Distribution and Poverty: Poverty rate (50% median income), percentage.
 http://stats.oecd.org/Index.aspx?QueryId=47991


桑原功光氏
2001年旭川医大卒。岸和田徳洲会病院での研修中に子どもたちの笑顔に魅せられ小児科医となる。都立清瀬小児病院,長野県立こども病院新生児科,在沖米海軍病院,都立小児総合医療センターER/PICU勤務を経て,12年より現職。屋久島や徳之島など離島医療の経験も持つ。ハワイでのレジデント修了後は小児神経発達学・医学教育学の道に進む予定。

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