医学界新聞

寄稿

2014.09.01



【寄稿】

医学教育認証評価の現状と展望
――東大医学部での状況を含めて

大西 弘高(東京大学大学院医学系研究科医学教育国際研究センター)


未整備だった日本の医学教育認証評価

 近年,医学教育認証評価の動きが話題になることが非常に増えてきた。本稿では,その歴史,背景,現状などについて簡単にまとめてみたい。

 私が認証評価(accreditation)という用語を初めて耳にしたのは,2001年,医学教育を学びに米国に留学していたときのことだった。指導教員に,「行動科学カリキュラムってどういうものですか」と尋ねたとき,「今はLCME(Liaison Committee for Medical Education)の認証評価の準備で忙しい時期だけど,誰と誰に尋ねれば……」と認証評価担当者を教えてくれた。マレーシアにいたときも認証評価の話題が時折出ており,医学教育の質保証について度々議論されていた。当時,認証評価が医学教育の質保証に不可欠なシステムであることは理解できたが,それがどの程度大変なことなのかは実感が沸かなかった。

 2008年,西太平洋地区医学教育会議(AMEWPR)に出席したとき,主要な議題は域内医師移動自由化に向けた認証評価であった。2003年に出た世界医学教育連盟(World Federation for Medical Education;WFME)のグローバルスタンダードは知っていたが,2001年にWHO西太平洋地域卒前医学教育質保証ガイドラインが出ていたことはその場で初めて知った。

 日本では,2004年に機関別,すなわち大学単位での認証評価が学校教育法で定められた。ただ,医学教育については,当時すでに韓国,マレーシア,タイなど多くの周辺国がシステムを構築していたにもかかわらず,日本では未整備なままであった。

“黒船”=ECFMGアナウンスメント

 2010年9月,ECFMG(Educational Commission for Foreign Medical Graduates)がアナウンスメントを出したというニュースが伝わってきた。ECFMGは米国での臨床研修を希望する海外医学部卒業者に許可を出す組織だが,アナウンスメントの内容は「2023年以降は,LCMEやWFMEと同等の基準を用いた認証評価を受けた医学部の卒業生のみが申請できる」というものであった。

 一時は「米国への臨床研修の意義はかなり低下した」とか,「日本から米国への臨床研修者はかなり減っている(ので認証評価のことは無視してもよいのではないか)」というような反応もあった。しかし,徐々にさまざまな情報や背景が理解されていき,「全国医学部長病院長会議や日本医学教育学会を中心に医学教育分野での認証評価システムを構築すべきだろう」という議論が進んだ。

個別の認証評価が不十分な日本

 医学部の評価は,1910年に米国で出されたフレクスナー報告に原形があると言われる。20世紀に入って質の悪い医学校が増えたため,フレクスナー報告に基づく教育改革が断行され,多くの医学校が廃止に追い込まれた。米国では,1942年に医学教育に関する認証評価システムが構築され,現在もLCMEによる認証評価が医学教育の質管理,質保証に大きな役割を果たしている。

 わが国では,認証評価と関係なしに入学定員が減ったことがある。第二次世界大戦終了直前に医学専門学校が急増し,入学者定員が1万人を超えたが,終戦後,GHQによる改革で医学校は85校から45校に,入学定員は2800人に減らされたのである。その後,医学教育の管理は,1948年の医学教育基準,1956年の大学設置基準などにもとづき,当時の文部省が厳しく行ってきた。その後,学生運動の時代などをくぐり抜け,高等教育機関もオートノミーを重視する流れが生まれた。また,1991年の大学設置基準大綱化により,各大学が学部教育を自由に編成できるようになったと同時に,自己点検・評価を行い,改善を怠らないことが努力義務規定となった。

 前述のように,2004年には学校教育法に基づくわが国の認証評価制度が開始され,全ての高等教育機関は,定期的に認証を受けた評価機関による評価を受けることとなった。各大学は,基準に沿った自己点検・評価を行い,外部評価委員の質疑や現地査察を受け入れる。カリキュラムだけでなく,教員,評価システム,経営などの観点に関しても評価を受け,評価が低い場合には,次回の認証評価までの期間を短くしたり,学生受け入れ停止を命じたりする。

 このような大学全体を対象とした「機関別認証評価」はすでに制度として根づきつつある。一方,「分野別認証評価」は専門職大学院に限って法制化されているため,医療系の中で助産領域や公衆衛生大学院などが行っている程度である。

国内6大学連携の認証評価トライアルがスタート

 2010年のECFMGアナウンスメントにより,「臨床実習が72週以上必要になるのでは」という情報が駆け巡った。これは,米国のある州の規準でしかなく,このような量的規準は現状検討もされていない。ただ,この「72週問題」は認証評価に対する危機感を大いに高めた。

 そのころから,全国医学部長病院長会議,日本医学教育学会,文科省はそれぞれ高い関心を持って取り組みを始めた。結果,東医歯大の奈良信雄氏を中心に,東女医大,新潟大,慈恵医大,千葉大,東大の6大学連携による文科省GP事業が始められることになった。東女医大は2012年にAMEWPRのメンバーらによる国際外部評価を受けた。また,東医歯大,新潟大,慈恵医大,千葉大が2013-14年にGP事業における認証評価トライアルを行い,現在結果が出るのを待っているところである。

 WFMEグローバルスタンダードに準拠した医学教育分野別評価基準日本版はほぼ固まりつつあるが,今後,日本医学教育認証評価評議会(JACME)の設立,WFMEによるJACMEの承認,医学教育分野別認証評価の法制化といった課題が残るだろう。これら6大学の医学部が現在内部点検評価,外部評価の受審といった認証評価のトライアルを行っており,制度化の基盤づくりが進んでいる。

医学教育の課題に,あらためて正面から向き合う機会

 東大も6大学連携事業の一翼を担うため,2015年2月に認証評価トライアルを受審することとなった。2014年初頭に医学部長が受審を決断し,3月には準備委員会,5月には8つの領域のワーキンググループの組織が固まった。Area 1からArea 8/9の8つの領域のワーキンググループには,医学系研究科の教授全員と,これまで教育に関与してきた教員に委員になっていただいた()。私は,この中で幹事代表という立場におり,委員長と全てのAreaの先生方,事務局との連絡などを行っている。

 東大医学部・国際基準に基づく医学教育認証評価準備委員会組織図

 医学教育分野別評価基準日本版を概観すると,重要なポイントは,(1)アウトカム(教育成果)基盤型教育,(2)臨床教育の実質化,(3)学習者評価とアウトカムの連動,(4)学生の声を取り入れた医学部運営,(5)教員やプログラムの評価システム(Institutional Research: IR),(6)ガバナンスを持った医学部管理運営,といったところであろう。医学教育関係者にとっては,従来から議論されてきた内容ではあるが,あらためて東大医学部においてこれらの課題に正面から向き合うこととなっている。

 準備委員会や各ワーキンググループにおいて自己点検評価を進める中で,少しでも改革を進めたいという気運が高まっていると感じる。認証評価は,“黒船”によって一気に制度化にまで進もうとしているわけだが,個人的にはこの波を一時的なものに終わらせるのではなく,ぜひ長期的展望に立って改革を進めたい。そのためには,今回の認証評価を乗り切るだけでなく,今回の自己点検評価で今後の方針等を記載する際,数年後の第2回認証評価受審に向けてしっかり考えておくことが必要だろう。学部全体で意見の集約を図るため,今年だけで4回のFaculty Development(FD)ワークショップを行う予定である。この認証評価をよい機会ととらえ,東大医学部における医学部改革が,ぜひ全国の医学部にも注目してもらえるようにしていきたい。


大西弘高氏
1992年奈良医大卒。同年天理よろづ相談所病院,97年佐賀医大附属病院総合診療部を経て,2000-02年イリノイ大医学教育部にて医療者教育学修士課程修了。03年からは国際医学大(マレーシア)医学教育研究室で自大学のカリキュラム評価・教員評価の取りまとめ,アウトカム基盤型教育の導入に従事。05年より現職。専門は総合診療,医学教育。日本医学教育学会,日本プライマリ・ケア連合学会,日本医療教授システム学会にて理事を務める。

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