医学界新聞

寄稿

2014.05.26

【寄稿】

高度な看護実践を支える
チームビルディング力育成プログラム

亀井 智子(聖路加国際大学教授・老年看護学)


 医療の高度化・複雑化と同時に,患者・家族の価値観が多様化している今日の保健医療の現場では,チームアプローチによるケア提供が不可欠である。チームとは能力と努力を重ね合わせ,協調を通じてプラスの相乗効果を生み出す集団1)といわれ,その目的は包括的評価と全人的ケア,患者・家族が自らの保健医療の課題に取り組む力を増強することなどにある。

 これまでの大学院教育では“専門的に自律”することが強調されてきた。しかし,チーム医療は単に専門的知識と優れた技術を持つ専門職が集まれば成り立つものではなく,チーム自体を作り上げるためのコミュニケーション方法や集団のダイナミズムを理解し,必要なメンバーを集め,チームを作る方略をとることが必要である。チームには発展のプロセスがあり,チームを形作り,規範を作り,困難なことに直面し,チームで行動し,課題が解決するとチームからメンバーが離れるといった段階がある2)。これらを院生のうちに理解しておくことは,葛藤やバーンアウトを防ぐ上で重要であろう。

 本学大学院では,文科省大学改革推進等補助金(大学改革推進事業)専門的看護師・薬剤師等医療人材養成事業の採択を受け,2011年度から3か年「チームビルディング力育成プログラム」を,事業推進代表者(学長・井部俊子)のもと,博士前期課程(修士課程)において実施した。修士課程のカリキュラムに位置付け,講義・演習・見学実習・実習・課題研究という複合的な構成で「特別講義チームビルディング」を作り上げた。本稿では,その内容と評価について述べる。

チームの作り方を具体的に学ぶ――ミシガン大学チャレンジプログラムの活用

 本科目の目的は「PCC,およびシステムズアプローチの概念と適用について理解するとともに,チャレンジプログラム,および事例検討と発表を通じて,チームビルディングのために必要なコミュニケーションスキル,リーダーシップ・メンバーシップのあり方を習得する」(修士課程シラバスより)ことである。

 講義では(1)本学カリキュラムの主軸であるPeople-Centered Care(PCC),(2)システムズアプローチ,(3)チームの理論と考え方について教授し,演習ではチームビルディング力を履修者が体験して身につけることを重視し,Adventure based activity programである「チャレンジプログラム」3)を導入した(詳細は後述)。加えて,専攻領域の異なる6人がチームとなり,多職種協働アプローチが必要となる事例(精神疾患のある母親と発達遅延児の母子事例,独居末期がん高齢者の事例,出産直後のマタニティブルーのシングルマザーの事例,暴言や拒否のあるレビー小体型認知症高齢者の老夫婦事例)を1つ担当。ワークシートに沿って各自のチーム力といった項目を分析した上で,事例の課題と解決・改善に向けた対応などを検討し,チーム内に生じた葛藤や障壁とその対処法の分析も行った。この事例検討会は講義とチャレンジプログラムで習得した関係構築やコミュニケーションスキルを実際に適用できるよう,組み合わせた。さらに,見学実習では,国内でモデルとなるチーム医療を実践する医療機関を訪問し,チームの特性について理解した。

 これら講義-演習-見学実習は,本科目内で履修者全員が共通して学習し(1単位),実習および課題研究はおのおのの専攻分野(小児看護学,がん看護学・緩和ケア,成人看護学[慢性期・急性期],ウィメンズヘルス・助産学他)において希望したテーマに応じて進めるものとした。

アクティビティをベースに進めるチャレンジプログラム

 チャレンジプログラムは,1990年からミシガン大学レクリエーショナルスポーツ部が提供しているアクティビティベースの問題解決型学習法で,野外で行われる。ファシリテーターから課題が提示され,チーム内で解決方法を討議・実施し,達成されてもされなくても,そのプロセスを振り返り(デブリーフィング)ながら,チームビルディングを理解する。ミシガン大学はチャレンジプログラム専用の広大な敷地を有し,専属スタッフが配置されており,さまざまな学部の学生,大学病院のスタッフ,企業の社員研修,地域の高齢者グループなど,年間利用者が3500人ほどいるという。都心に位置する本学では場所の制約も大きいため,2012年度から2年間は野外スペースを確保できる場所を探し,合宿により行った。また,本プログラムはファシリテーションのスキルが重要であるため,講師を招請して実施した。

 チャレンジプログラムで行われるアクティビティの目的は,(1)アイスブレイク:メンバーの緊張を解き,コミュニケーションを促進する,(2)コミュニケーション:チーム内のコミュニケーションに注目し,その重要性に気付く,(3)信頼関係構築:チームのメンバーを信頼し,委ねる-委ねられる感覚を身につける,(4)問題解決:主として問題解決法をチームで検討し,解決を体験する,(5)情報交換:他チームに情報を伝える,(6)混合:これらの目的の混合,の6つである。1つのアクティビティの取り組みはのように進められる(写真)。簡単なアクティビティからより複雑なものへとチャレンジと振り返りを繰り返しながら,現実への適用を考えられるように計画される。

 チャレンジプログラムの進め方

(1)ファシリテーターが参加者をアクティビティの実施場所へ誘導(事前に必要な用具等が設営されている)
(2)ファシリテーターからゴール,ルール(やること,やってはいけないこと,制限時間など)の説明(ブリーフィング)
(3)チームによる目標達成のための作戦会議(制限時間あり)
(4)トライアル(試行)と本実施
(5)ファシリテーターからのさらなる上位ゴールの提示
(6)チームによる目標達成のための作戦会議(制限時間あり)
(7)実施
(8)ファシリテーターによる振り返り(デブリーフィング)の促進
(9)一般化(現実への適用)


写真は,コミュニケーションを狙いとしたアクティビティ「パイプライン」。約50cmのハーフパイプをチームメンバーで相互につなぎながら,ビー玉・ピンポン球等をスタートラインから送り,ゴールのバケツに入れる。「最初の1人がスタートラインから出るまで全員は線の内側で待機」「制限時間内により多くのボールを運び込むように取り組む」がルール。一人ひとりがボールを送った後,迅速かつスムーズに列の最後尾に移動しなければ,パイプが途切れてしまう。1回目終了後に作戦会議を実施し,初回より多くのボールを運べる案(身長の順,足の速い順など)を練って,2回目に挑む。

プログラム修了生にみる教育の成果と今後の展望

 演習参加前後の履修者のチームビルディング力などの変化を「相互独立的-相互協調的自己観尺度」4),および「チームアプローチ尺度(『チームアプローチ実践評価尺度』5)を基に筆者らが改変)」により評価した。その結果,前者では「独断性」「評価懸念」は有意に低下し,「個の認識・主張」は有意に上昇。後者では尺度全体の得点平均が有意に上昇し,「コミュニケーション」「関係性・メンバーシップ」「問題解決への取り組み」「自身の貢献・自信」のいずれも有意に上昇した6)

 チャレンジプログラムを通して,「話し合い-多様なアイディアの出し合い-意見の採択ととりまとめ-結果との対峙-自己の振り返りを繰り返し言語化すること」により,コミュニケーションが活発化し,チーム内での個人的な主張や他者の評価を気にするという懸念が弱まった。そして,チーム内の関係性や問題解決への取り組みに自信が持て,チームへの意識が変化したととらえられ,履修者にチームビルディング力が身についたと考えられた。

 チャレンジプログラムとチームによる事例検討会を導入した演習の組み立ては,チームの理論的背景の理解,各自の考えの言語化,課題達成感の共有化,自身のチームへの貢献感覚と肯定的振り返りを行う体験として一貫性があった。その反面,本科目による習得内容を現実のチーム医療現場でどのように生かしていけるのかは検討する必要がある。

 今後はチームに生じた複雑な課題を分析材料にするなど,チーム自体の成長を評価する視点を取り入れ,また,単科大学である本学に他領域の院生を取り込む方法を検討したい。

引用文献
1)Robbins S.高木晴夫訳.組織行動のマネジメント.ダイヤモンド社;2009.
2)Theresa JK, et al. HEALTH CARE TEAMWORK:Interdisciplinary Practice and Teaching.Praeger Pub;2000.
3)ミシガン大学レクリエーショナルスポーツ部チャレンジプログラム.
4)高田利武,他.相互独立的-相互協調的自己観尺度(改訂版)の作成.奈良大学紀要.1996;24:157-73.
5)杉本知子,他.高齢者ケア施設における学際的チームアプローチ実践評価尺度の開発――信頼性・妥当性の検討.日看科会誌.2011;31(4):14-23.
6)亀井智子,他.大学院修士課程特別講義「チームビルディング」(2011年度-2013年度文科省大学改革推進等補助金専門的看護師・薬剤師等医療人材養成事業)の総括評価.聖路加看護大学紀要.2014;40:9-18.


亀井智子氏
保健所保健師,自治体立病院看護師等を経験後,東京医歯大保健衛生学科助手・講師,聖路加看護大助教授を経て,2007年より現職。医学博士。1990年代に10年間開催されたミシガン大老年学セミナーへの参加がきっかけで,98年同セミナーの日本側運営委員に就任。チャレンジプログラムを取り入れた老年学セミナーである「NPO法人高齢者を支える学際的チームアプローチ推進ネットワーク」を立ち上げ,わが国の学生や専門職を対象に行っている。日本在宅ケア学会理事長,日本老年看護学会理事など役職多数。

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