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第3050号 2013年11月4日


【寄稿】

精神科医療のいまを体感した2日間
日本精神神経学会「第1回サマースクール」に参加して

松田 泰行(松江市立病院初期研修医)
安東 沙和(大分大学医学部医学科6年)


 日本精神神経学会が主催する「第1回サマースクール」が,2013年8月16-17日,東京都内で開催されました。約40人の医学生・初期研修医が参加した本スクールでは,精神医学や精神科診療の現状・魅力を若手に伝えることを目的に,精神科施設の見学と精神科医療の第一線で活躍される医師らの講義が行われました()。

 第1回サマースクールのプログラム

 本稿では,同スクールのもようを参加者の立場から報告します。


科学としての精神医学を見つめ直す

松田 泰行


サマースクールの講義のもよう。武田雅俊理事長から受講生にエールが送られた。
 初日の午後に行われた施設見学では,学生や研修医からなる私の班は国立精神・神経医療研究センター(東京都小平市;以下,NCNP)を訪れました。

 病院と研究所が一体となったNCNPは,精神疾患などの克服に向けた研究開発を行いながら,その成果をもとに先駆的医療を提供し,全国に普及を図ることを使命としています。研修医1年目の私は,現在の精神科診療はどのような指針に基づくのかに興味を抱く一方で,精神医学にはどのような科学性やエビデンスがあるのか,精神科医療の将来展望はどのようなものかという疑問も持ち合わせていました。精神科領域の研究を,病院と一体となって最先端・最大級の規模で行っているNCNPを見学すれば,精神医学の実際を垣間見られるのではないかと思い,この施設見学を非常に楽しみにしていたのです。

 NCNPの副院長である有馬邦正先生,第一精神診療部長の岡崎光俊先生,第二精神診療部長の平林直次先生から,NCNPの紹介や精神科医療の紹介,医療観察法医療の紹介があった後,白衣を着用して病院内を見学しました。

 最初に見学した開放病棟では,気分障害,てんかんの患者さんが中心で,難治症例,診断困難症例が多いようでした。続いて訪れた閉鎖病棟は急性期治療,いわゆるスーパー救急の現場でした。1か月程度で退院する患者さんが多いそうですが,回復したからといってただ帰してしまうことはせず,「自分で生活できる状態になるのを見届けてから退院させるよう腐心している」とのことでした。私たち参加者はさかんに質問し,案内の先生方に丁寧に答えていただきました。

 病院見学の後は,私が最も関心を持っている研究所へ。疾病研究第三部を訪ね,部長の功刀浩先生から説明を受けました。本部門では,うつ病と統合失調症の二大機能性疾患を生物学的に研究し,病態メカニズムの解明や新しい診断・治療法の開発をめざしています。診断については,バイオマーカーを用いて精神疾患を鑑別することが目標です。例えば,脳脊髄液中のリン酸化タウ蛋白測定は,老年期のうつ病とアルツハイマー型認知症を鑑別する検査として,最近保険適応となりました。また,うつ病や統合失調症の動物モデルを作り,遺伝子,環境,薬物などが精神・行動に影響を与えるメカニズムについて,組織レベル・分子レベルでの解析を行っています。

 次に訪れた精神生理研究部では,精神生理機能研究室長の肥田昌子先生の案内で,光や音が外界から遮断された隔離実験室を見学しました。薄明かりの室内にはソファやベッドルームがあり,落ち着いた電球色の照明でリラックスできる空間です。睡眠・覚醒リズム障害の診断と治療を提供するため,個人の体内時計の特徴を調べる研究に使用されるこの実験室では,被検者の方に2週間程生活してもらい,メラトニンなどを測定するようです。ここでの成果により,人の皮膚細胞を用いて個人の体内時計周期を簡便に測定する手法が開発されました。

 研究所で研究者の話を直接聞くことができ,科学としての精神医学をあらためて見つめ直すことができました。私以外の参加者も皆,精神科医療の面白さ,切り拓くべき未来を感じずにはいられない訪問となったのではないでしょうか。こころ,感情,気持ち,思考……。他の動物以上の容量の脳を持ち現代文明を築き上げてきた人間は,ときに制御困難で摩訶不思議な内的現象に悩むこともあります。もしその苦しみが恒常的だったり,生きる希望すら絶やすほどであったりするならば,これを制御できる文明の技術こそが医療ではないでしょうか。私も,その文明の活動にかかわってみたいと強く思いました。


エキスパートの姿勢に学ぶ精神科患者との向き合い方

安東 沙和


 2日目に行われた講演会では,まず加藤忠史先生(理化学研究所脳科学総合研究センター精神疾患動態研究チーム)から,精神医学研究の現状と今後の発展についてお話しいただきました。今後大きな社会負担となることが予測される精神疾患は,バイオマーカーを頼りに診断や治療を行う身体疾患と違って,その病因解明や治療のターゲット決定が困難だとされます。また,精神医学研究の分野においては,動物に「精神」を求めて疾患モデルを作ることが厳密には不可能に近く,どう研究を組み立てるかが大きな問題になっています。こうした「限界」と向き合いながらも,病気に苦しむ患者のために何とか突破口を見つけようと日々研究を続けているのは,加藤先生が患者の苦しみを真正面から受け止め,患者に寄り添う姿勢をいつも忘れないでいるからだと感じました。いつか私自身も患者のために闘い続けられる医師になろうと強く心に誓いました。

 印象的だったのは,「精神疾患は撲滅すべきと考えるのではなく,精神疾患を抱えていたとしても,のびのびと生活できる社会作りをしたい」という加藤先生の言葉です。人間は,いつの時代も現状に満足することなく問題を見いだし,ぶつかり,解決策を模索し続けることで新しい未来を信じて生きてきました。しかし,変化を遂げることは世の中を明るくするばかりではなく,その一面に暗い影を落とす場合もあるのだということを,忘れてはいけないと思いました。

 続いて,成田善弘先生(成田心理療法研究室)による,精神分析的な理解に基づいた精神療法のお話では,医師と患者という一対一の関係性について深く考えさせられました。精神療法を行うとき,患者はすべてを医師にさらけ出すけれども医師はそうではない――つまり医師と患者は不平等な関係を結ぶことになり,その結果,医師と患者という職業的な関係を超えた“生身の関係”に移行する可能性があることを忘れてはいけないと先生は注意を促しました。これは,精神療法に限らずどの科の医師になっても常に念頭に置かなければいけないことだと思います。これまでの学部教育では,模擬患者しか相手にしたことがないので,「病気に苦しむ患者に,親身になって寄り添える医師」が“良い医師”だと考えてきました。しかし,それだけではなく「患者さんと一線を引くこと」の大事さにも気付かされたのです。

 “共感”についての成田先生のお考えも大変興味深いものでした。先生は,“共感”とは相手に理解や同意を示すことではなく,相手と同じように感じることで,それは人と人が交わる中で決して達成されることのない理想を描いたものだといいます。一人として同じ人間はいないように,完全に相手と同じように感じることなど不可能とする先生のお考えに,“共感”という言葉の重みを初めて感じました。また,精神療法とは何かという話題では,患者さんの話を治療の主体とし,その話から患者の解釈モデルを把握し,治療者のモデルと一致させていく過程こそが精神療法だと教わりました。患者の言葉に耳を傾ける努力はもちろんのこと,医師のその努力の上で,患者が本当に話したいことを話して気分が満たされることが何より重要なのだと学びました。

 学生最後の夏にお二人の素晴らしい講演を聴くことができ,本当に幸せでした。この熱い気持ちを私自身の原動力に,勉強を続けていきたいと思います。