医学界新聞

寄稿

2013.06.17

【寄稿】

臨床医と研究者の距離を埋める
Academic GP

錦織 宏(京都大学医学研究科医学教育推進センター・准教授)


総合診療医へのニーズの高まり

 近年,総合診療医に対する関心が高まりつつある。背景には2025年に65歳以上人口が3割を超える急速な高齢化への対応という喫緊の課題もあるが,NHKのテレビ番組「総合診療医ドクターG」によって一般市民のレベルにまでその認知度が上がりつつあること,また厚生労働省の「専門医の在り方に関する検討会」の最終報告書(2013年4月22日)において,総合診療医を19番目の基本領域の専門医とすることが明記されたことなどもその一因だろう。さらに,文部科学省の未来医療研究人材養成拠点形成事業でも,本年度のテーマの一つとして「リサーチマインドを持った総合診療医の養成」が取り上げられている。

 一方,研究および教育,さらに人事交流の拠点である大学においては,総合診療部(総合診療科・総合内科・家庭医療科を含め以下,総合診療部と表現)の評価は,一部の大学を除いて正直かなり厳しいと言わざるを得ない。高度先進医療を担う大学病院における医療ニーズの少なさや,病歴と身体診察を重視した結果の診療不採算,また研究業績の相対的な乏しさから,「総合診療部って本当に必要?」という疑問は仄聞する。事実,この10年でいくつかの既存の大学総合診療部が閉鎖したり,規模を縮小するといった状況にある。

Academic GPのモデルを求めて

 そうした中での,総合診療医に対する関心の高まりである。確かに,上述のとおり未曽有の高齢化社会を迎えることが確実な現在,多臓器にまたがり疾病を抱える患者のニーズに,心理・社会的な面も配慮して対応できる総合診療医の育成が急務なのは論をまたない。これまでも大学の総合診療部の少なからぬ役割は学生教育にあったが,医学生のロールモデルとして総合診療医が大学に活動の場を持つ"教育上の必要性"は,これまで以上に高まっている。しかしながら,大学で研究・教育を中心に働く総合診療医のモデルはこれまで明確になっていたとは言い難かった。

 そこで本稿では,内田樹氏の「日本辺境論」に倣い,海外にそのモデルを探しにいく。具体的には,主に英国・豪州に存在し,研究・教育を主業務とし診療も行うAcademic GP(General Practitioner)について,先行研究を参考にある程度明らかにすることを試みる。その結果から,総合診療医のAcademismについて考察することが本稿の目的である。なお先行研究の検索はGoogle ScholarおよびPubMedによって行った。またAcademic GPというキャリアが上記2国に特徴的なものであるため,米国・カナダなどの他国の状況についてはここでは触れていない。

英国・豪州のAcademic GPの考え方,働き方とは

◆David Weller氏
 David Weller氏は英国のAcademic GPであり,現在エジンバラ大学の教授を務める。彼はAcademic GPのキャリアに関する論文1)の中で,中耳炎の治療や虚血性心疾患の予防といったコモンな健康問題にGPの研究が貢献していること2),また学部教育においてカリキュラムの10-15%をGPが担っていることなどを根拠に,英国でAcademic General Practiceは十分に確立されていると述べている。一方で,大学の他の研究者たちが自分たちの研究内容について"大目に見てくれている"こと,また研究にかかわらないGPとの関係があまり良好でないことを例に挙げ,これまで若手や同僚にAcademicな活動の重要性について十分に伝えてこなかったことを省みている。そして社会や文化などといった観点からの研究活動をより活性化し,GPにAcademicな文化をより広めていくべきだと提言する。

◆Max Kamien氏
 豪州のAcademic GPで西オーストラリア大学の名誉教授でもあるMax Kamien氏は,同国における1975年からのAcademic GPの歴史を振り返り,教育を主な業務としていた当初に比べ20年で研究量は5倍になったが,その人数は,診療に専念しているGPに比べるとまだ少ないと述べた3)。政策や研究費などにも言及している同氏の論文は,Academic GPは教育よりも研究にもっと時間を割いていく必要がある,と締めくくられる。

◆Micholas Zwar氏
 Academic GPの一日をナラティブに描写したのは,現在豪州のニューサウスウェールズ大学で教授を務めるNicholas Zwar氏だ4)。同氏は大学の他分野の研究者との共同研究(慢性疾患のケアを改善できるシステム構築の研究など)を進める一方で,医学部3年生には医療面接や身体診察を,医学部4年生にはアルコール問題など健康にかかわる社会問題を,医学部5年生には臨床実習でGP診療について教えている。また大学の診療部門で禁煙・断酒などの特殊外来も担っており,これが同氏の研究関心にもつながっている。同氏はAcademic GPとして働くには,他領域のスタッフとのコラボレーションが重要であると結論している。

"距離を埋められる"存在が求められている

 3人のAcademic GPのキャリア,さらに2009年に欧州GPリサーチネットワークが出版したResearch Agenda5)を見てみると,GPによる研究の多くは社会医学的な研究手法で行われていることがわかる。確かに臓器別専門医と比べると,臨床において総合診療医はマクロな視点を得意としており,社会医学と親和性が高いのかもしれない。またGPは,プライマリ・ケアの文脈を切り離さずに研究を行うことが多いが,これも社会医学研究の手法の一つである質的研究によって実施できる。

 「研究は論文にするだけでなく,その成果が実社会で活かされてこそ意義が生まれる」と言われる今日,医師として"活かす場"を持つAcademic GPが,T2トランスレーショナルリサーチ(臨床と社会をつなぐ橋渡し研究)を行う意義は大きい。また,ここから発展して,教育学,社会学,経済学,人類学,さらに工学や農学といった分野と連携し,プライマリ・ケアの文脈で研究を行うモデルも可能かもしれない。

 臨床にせよ研究にせよ,今日求められる質の高さはこれまでの比ではない。"両方やるのは無理"という風潮が20世紀後半からの主流だが,Academic GPのキャリアはこれにあえて逆行するものである。その背景にはSchönの述べる"臨床医と研究者との距離"がある6)(似た概念にEvidence-practice gapがある)。Academic GPとは,総合診療医と(主に社会医学の)研究者という二つの顔を持ち,患者さんの前ではジェネラルマインドたっぷりの診療を行いながら,一方でプライマリ・ケアに根ざした研究を行って"臨床医と研究者の距離"を埋めていく医師と言えるかもしれない。

 そして思い起こせばこの"距離を埋める"という仕事こそ,総合診療医が得意とするものであった。専門分化しすぎたために生じた診療科間の距離,医学が発展しすぎたことによって生まれた医師-患者間の距離など,これまでにもたくさんの隔たりを埋めてきた。そして今,臨床現場と(主に社会医学の)研究との距離を埋める存在として,あらためてAcademic GPが求められている。

文献
1)Weller DP. Does academic general practice have a future? Med J Aust. 2005; 183(2): 92-3.
2)Mant D, et al. The state of primary-care research. Lancet. 2004; 364(9438): 1004-6.
3)Kamien M. Does academic general practice have a future? Med J Aust. 2005; 183(2): 91-2.
4)Zwar N. A day in the life of an academic GP. Aust Fam Physician. 2004; 33(1-2): 19-20.
5)Research agenda for general practice/ family medicine and primary health care in Europe.
6)Schön DA. The reflective practitioner: How professionals think in action. 1st ed. Basic Books; 1984.


錦織宏氏
1998年名大医学部卒。市立舞鶴市民病院内科にて初期研修後,愛知厚生連海南病院を経て2004-08年名大大学院にて総合診療医学を専攻。英国で医学教育学修士号を取得後,07年より東大医学教育国際研究センター,12年より現職。洛和会音羽病院で総合診療医としても働いている。

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