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医学界新聞

2013.01.07

新春随想
2013


社会保険診療の消費税課税の議論を開始すべし

今村 聡(日本医師会副会長)


 新年,明けましておめでとうございます。昨年8月,社会保障・税一体改革法案が成立し,消費税率のアップが具体的に決まりました。社会保障の中身については,今後,社会保障制度改革国民会議で議論されていくことが決まっています。一方,「医療に係る消費税の課税のあり方については,引き続き検討する」と法律に書かれていますが,議論は始まっていません。

 患者負担を増やさないという政策的配慮で社会保険診療が非課税になっているため,医療機関に多額の控除対象外消費税が発生しています。仕組みが変わらないまま消費税率が上がると,医療を支える財源が,医療崩壊を加速させるという皮肉な結果になります。

 社会保険診療は非課税であるため,医療機関は患者から消費税を預からず,納税の義務もありません。しかし社会保険診療を行う上でさまざまな仕入れ(薬,医療材料,設備投資等)が必要であり,この仕入れに関して医療機関は業者に消費税を払います。この仕入れ時に払う消費税が控除対象外消費税で,あたかも医療機関が最終消費者のようになっています。従来,この医療機関の税負担に対しては,診療報酬に上乗せをして補填するという対応がなされてきました。1989年に0.76%,1997年に0.77%,併せて1.53%の上乗せという計算です。しかし,日本医師会の調査によると,現状の医療機関の平均税負担は社会保険診療に対して2.2%を超えており,補填は全く不十分で,推計2400億円の負担超過が日本中の医療機関で毎年発生しています。

 そもそも患者負担を生じさせないとの配慮で非課税としたのなら,診療報酬の上乗せで医療機関に負担をさせるのは,大いなる矛盾となります。また,課税に比べて後々検証が困難な,診療報酬という不透明な仕組みで負担をすることは,患者や保険者から理解が得られません。課税のあり方を引き続き検討するとの法律の文言どおり,今年こそ,国民や保険者も加わり真摯に課税の議論が開始されるべきと考えます。


リハビリテーション医学会,50周年を迎えて

水間 正澄(昭和大学リハビリテーション医学講座教授/日本リハビリテーション医学会理事長)


 第2次世界大戦後に米国から導入されたリハビリテーション(以下,リハ)医学の概念は,その後のわが国の疾病構造が急速に変化するに従い,その必要性に対する社会的な関心も高まりを見せるようになりました。そのような機運の中で1963年9月29日,リハに関する医学の進歩発達を図ることを目的として「日本リハビリテーション医学会」が設立されました。その後,数多くの先達のご尽力,各方面からのご支援により半世紀の歴史を経て臨床医学の領域として確立されるに至りました。

 リハ医学は障害を中心に扱いますが,その原因は多種多様です。多くの領域にまたがり,かつ疾患横断的な対応も行いながら機能や能力の回復のみならず社会的不利に至る障害の克服をめざすというユニークな領域として医療に貢献しています。近年,リハを取り巻く環境は大きく変化しつつありますが,介護保険制度や医療機能の分化が推進される中において,リハはすでに欠かせないものとなっています。また,医療技術の進歩は救命率の向上,生命予後の延伸をもたらし,再生医療の発展なども含めて新たなリハニーズへの対応が求められています。さらには,科学技術革新による診断機器,治療機器,リハ支援機器などの開発にも目覚ましいものがあり,今後のリハ医療に大きな変革をもたらすことが期待されています。しかし,科学が進歩してもリハ医療の担い手たちが忘れてならないのは"障害をもつ方々が社会で再び生き生きと生活,活動できるように支援する"という理念です。学会設立当時に生まれた世代は,いま学会の将来を背負って行く世代となり活躍をしています。

 本年の学術集会のテーマは"こころと科学の調和"です。次世代のリハ科医たちがリハの理念を忘れず進歩する科学技術とともに歩み,リハ医学が国民の皆様にとってより有益で,より理解されるものとなるよう願っています。

 新しき年を迎え,リハ医学とリハ科医の大きな未来への期待を込めて。


医療の質改善のこれから
――科学的・合理的方法論と和のこころの融合

小松 康宏(聖路加国際病院副院長・QIセンター長・腎臓内科部長)


 日本の医学は明治以来,西洋医学を導入し,今や基礎医学や臨床医学のさまざまな分野で世界をリードする水準となった。しかし最先端の医学知識も現場に活用されなければ国民の健康向上をもたらさない。IT産業では新技術は1-2年で市場を変えるが,医学知識は普及まで10年以上を要すると言われている。

 日本の製造業は戦後急速に発展し,その要というべき品質管理手法は米国政府をして,1987年の国家品質改善法を制定せしめた。米国では製造業だけではなく保健医療においても「KAIZEN」,Quality Improvement(以下QI)の哲学,手法が導入され,この流れは世界中に広まっている。昨年,シンガポール,台湾,香港で透析医療におけるQIについて講演する機会に恵まれたが,驚いたことにPDCAサイクル,3M(ムリ,ムラ,ムダ)などの用語はアジア諸国でも当然のこととして医療の最前線で使われていた。

 QIの基本は,体系だった科学的な方法に基づいて,組織全体を巻き込んで業務や診療のプロセスを改善していくことにある。品質管理手法の応用でもあるし,EBMの組織的な適用でもある。業務改善としてのQIを普及させるには,病院管理者の理解と現場を巻き込む力量が問われるし,EBMの適用としてのQIを発展させるためには,医師の理解と積極的な参加が欠かせない。

 QIは新たな研究分野でもある。基礎研究を臨床研究に翻訳するように,EBMの成果を現場の実践に応用する科学,学術活動でもある。米国連邦政府教育長官,カーネギー教育振興財団会長であったアーネスト・ボイヤー氏が著書『Scholarship Reconsidered : Priorities of the Professoriate』(日本語訳『大学教授職の使命――スカラーシップ再考』玉川大学出版部)のなかで述べたように,学術活動は基礎研究だけに限らない。学術活動には発見,統合,応用,普及(教育)の4つの領域があり,臨床研究の成果を統合,応用,普及することはすべての医師に求められる学術活動といえるだろう。

 限られた医療資源を有効に活用し,医学研究の成果をすべての国民に提供する。そのためには西洋の科学的・合理的な方法論と,和の心を合わせて医療の質改善・安全を進めていきたいと思う。


ポジティブサイコロジー

大野 裕(独立行政法人国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター長)


 昨年は,私が専門とする認知療法・認知行動療法の新しい展開を予感させる出来事が二つあった。一つは2012年9月7日に超党派の国会議員によって「地域精神保健医療福祉の充実・拡充を求める国会請願」が採択されたことだ。もう一つは,日本ポジティブサイコロジー医学会を立ち上げて,同年11月27日に福島県郡山市で第1回の学術集会を開催したことだ。

 認知療法・認知行動療法というのは,認知症の治療と間違えられることがあるが,そうではなく,認知(物事の考え方や受け取り方)に注目をして気持ちや行動をコントロールする力を育てる精神療法(カウンセリング)のことだ〔詳細は,認知療法活用サイト「うつ・不安ネット」〕。うつ病や不安障害などの精神疾患への治療効果が認められ,2010年度から診療報酬の対象となっている。

 認知療法・認知行動療法は精神疾患の治療としてだけでなく,日常のストレス対処の方法としても効果があることから,こころの健康のために使われている。この「こころの健康」という言葉はよく使われるが,それが何を意味するかはっきりしていないことが多い。例えば,「こころの健康講演会」と銘打った集まりで話されるのは,ほとんどがうつ病やストレス関連疾患などの「こころの不健康」についての話だ。つまり,こころの健康についての科学的,医学的な議論はほとんど行われておらず,そうした背景もあって,わが国の精神保健の施策は進んでいない。昨年「地域精神保健医療福祉の充実・拡充を求める国会請願」が採択されたのは,こころの健康という視点から精神保健の仕組みを作ることが急務となっているからだ。

 こうした流れを受け,私たちはこころと身体を,病気や不調ではなく健康という視点から科学的に研究するために,ポジティブサイコロジー医学会を立ち上げた。それはまた,精神医学的には精神保健の充実と拡充につながるものである。今年は,こうした動きに,認知療法・認知行動療法を専門とする立場から貢献したいと考えている。


医療の地球規模化の意味

森 臨太郎(国立成育医療研究センター成育政策科学研究部長)


 2012年は,医療の地球規模化が,単に日本国内における外国人診療体制を整備することや,海外で日本の市民が診療を受けることではないと実感した一年であった。

 政府・医療保険統計や疾病登録などの数字を主体とした情報と,臨床試験,系統的レビュー,費用対効果分析などの介入手法に関する情報を両輪として,医療政策や診療行為の改善を続けている「根拠に基づく医療や保健政策」。この流れは,先進国・途上国を問わず日本においても,すでにあらがえないものになっており,情報の電子化はこの動きに拍車をかけている。先行した国では,手法の限界を強く感じながらも推進され,その限界を乗り越えるための工夫と改善が行われてきた。こういった工夫があれば,総体としては共に生きていくために市民が得られるメリットのほうが大きいと考えられる。これが世界同時多発的に進むと,おのずと地球規模の医療標準化につながる。

 周産期医療においても,2012年は重要な年となった。われわれが全国的な極低出生体重児の疾病登録制度の構築とその利用を進めてきたことを受け,世界約10か国ですでに確立されていた疾病登録制度を連携させ,国際共同研究を開始した。また,疾病登録,臨床指標や診療ガイドラインといった量的な手法と,エンパワーメント,マネジメントなどの質的な手法を複合化した診療の質向上プログラムのクラスターランダム化比較試験が開始された年でもあった。後者は,周産期医療の国際舞台でも大きく期待され,注目を集めている。これらの取り組みは,日本国内の周産期医療施設が自信を持って直接国際舞台と双方向的につながることを意味する。

 諸外国と比較して,日本の医療の良さは医療制度にも診療行為にもたくさんある。鎖国状態のままその良さを保持していくという選択肢は,前述の暴力的とも言える流れを考えると,すでに存在しない。逆に日本以外の地域で作られた医療政策や診療行為の標準型が静かに浸透し,日本の「良さ」は消えていくことになる。このように考えると,世界の医療に貢献し,日本の医療を守るためには,「根拠に基づく医療や保健政策」に合致した言語で日本の医療政策を表現するとともに,その言語では示されない日本の医療の良さを新たに別の形の言語によって世界に伝えていくことを,国策と戦略と相当の覚悟を持って行わなければいけないということになる。


2013年,日本の全医療機関は存亡の転換点を迎える

北原 茂実(医療法人社団KNI理事長)


 日本経済が本当に危なくなってきた。2012年度のパナソニックの最終赤字は7650億円,シャープの赤字は4500億円の見通しだという。家電だけではなく,自動車も各種製造業も軒並み減収が伝えられている。パナソニックは前年度も7721億円の赤字だから,2年間で1兆5371億円の蓄えが吹っ飛ぶ計算だ。国や地方は,これら大企業から税を徴収できなくなれば,緊急事態に直面するだろう。

 医療従事者の多くはこの状態をなぜか他人事ととらえている。私は30年前から「国民皆保険制度の遠からぬ崩壊」を唱えてきた。あんなものは保険ではない,少子高齢化がこれだけ急速に進んでいるのに,払う人より使う人がはるかに多い保険が成り立つはずもないと。これにいよいよ,国内産業の"世界における負け組化"と生き残りを懸けた"海外移転による空洞化"が加わり,税金による補填にも限界が来たとき,すべての医療保険は崩壊する。

 差し当たり,なされる対策としては自己負担割合の引き上げと自費診療の解禁だろう。保険点数という統制経済の下,これまで自分たちの商品(医療サービス行為)の値段と流通システムの決定を他者(厚労省の役人など)に委ねてきた医療機関経営者は,消費者に選ばれる価値の創造と不要な部署や人員のリストラを余儀なくされることだろう。

 これは,日本という国が戦後の灰の中から再生し,成長し,そして成熟から衰退への道のりにおける宿命とも言えるものだ。どんなに質の悪い診療をしても同額の報酬が得られた今までの温室時代のほうがおかしいのだから,甘んじて受け止めるべき試練ではある。だが,例えばパナソニックもこの危機を黙って見過ごすわけではない。各種の記事によればスマートタウン(太陽光パネル,家庭用蓄電池,家電,住宅設備を街ごと開発しヨーロッパや中東などにまとめ売りする)計画を武器に,新インフラ企業への脱皮を図っているという。

 これも私の30年来の持論だが,実は医療は300万人の雇用と38兆円の経済規模を有する国内最大の産業である。他業種が決してあきらめることなく企業再生に挑むように,今こそ医療従事者も頭の中をリセットし,新たなる活路を見いだし,国民の命を守るという最大の使命をまっとうするときなのではないだろうか? どうか拙著『病院がトヨタを超える日』(講談社)をご一読願いたい。


課題先進国から課題解決先進国へ
――医療イノベーション5か年戦略

松本 洋一郎(内閣官房医療イノベーション推進室室長/東京大学大学院工学系研究科教授)


 わが国では,世界に先駆けて超高齢化が進み,それに伴う疾病構造は大きく変化するのみならず,社会が医療に期待する意義や役割も大きく変化しています。さらに,医療は公共の福祉として社会の持続性を担保するだけではなく,新たな市場や産業を創出する原動力としての変革が求められる時代となっています。世界の医療関連産業の成長は目覚ましいものがあり,わが国としても関連産業の成長を牽引していく必要があります。近年の医学の進歩により,疾病の予防や身体機能の補完,回復が可能となり,医療は疾病の治療にとどまらず,健康寿命の延伸や疾病負担の低減を実現しつつあります。また,遺伝子解析手法の発展や,医療情報の迅速かつ簡易な共有を可能とするICT(情報通信技術)の進歩により,個々人の状況に応じた最適な医療サービスを,あらゆる状況において提供することも可能になりつつあります。

 優れた技術力を持ち,課題先進国として新たな医療ニーズが各国に先駆けて顕在化するわが国こそ,トップランナーとして,新たな医療への脱皮を実現させなければなりません。多くの先進国では,高齢化の進行による医療ニーズの多様化や,医療技術の高度化などに伴う社会負担の増大に加え,少子化による労働人口の減少などへの対応策を模索しています。そのような中で,わが国の持つ技術力を最大限に活用し,分野を融合して,最新の医療環境の整備や医療サービスの構築をすることで,課題解決先進国として世界の持続的発展に寄与することが期待されています。世界に先駆けて急速に拡大する高齢者向けの医療サービス産業を育成し,信頼性の高い医療基盤の構築と持続的な経済成長を両立するモデルを国際社会に示すことは,わが国の健康大国としての発展のみならず,ビジネスとしての国際展開にもつながるでしょう。

 医療イノベーション推進室はこのようなビジョンの達成に向けて,各ステークホルダーとの緊密な連携のもと,医療の技術開発,サービスの提供,法制度面での基盤整備などを推進するため,医療イノベーション5か年戦略を定めました。今後の5か年戦略の着実な実施が期待されます。


医療の電子化について考える

酒井 邦嘉(東京大学大学院総合文化研究科教授)


 医療にも電子化の波がやってきて久しい。医用画像から診療録までが電子化されることで,業務の効率化や省スペース化が図られてきた。一方,処方せんなどのように電子化が制限されているものもある。厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」(第4.1版)では,電子化された情報に固有な問題として,「一般の人にとってわかりにくい」「一瞬かつ大量に情報が漏えいする可能性が高い」「医療従事者がその安全な保護に慣れていないケースが多い」の3点を挙げており,電子データの保存の要件として,「真正性,見読性及び保存性の確保」の基準を示している。これらは,医療以外の電子化についても当てはまる重要なポイントであろう。

 最近私は『脳を創る読書』(実業之日本社)という著書の中で電子書籍や電子教科書の問題点を論じたが,これを読んだ医師の方々からは,医療の電子化を憂えるご意見をいただいた。医療では,パソコンの画面を見るより患者を診るのが基本であることに変わりはなく,「電子カルテ」になじまないような質的あるいは量的データが確かにある。手書きで記した紙のカルテには,筆跡や描画の情報に加え,紙上での位置関係や頁などの情報が豊富にあり,記憶の手掛かりとなるのだ。

 何でも機械化し電子化できるという考えは浅薄であり,人間の本性が科学的に解明されていない以上,人間にとって大切で譲れないものとは何かを常に問い続ける必要がある。そして脳の極めてハイスペックな情報処理能力は,現代の電子機器を優に凌駕し得る。特に人間の心や言語の情報を保存し再現する上で,電子化には大きな壁があるのだ。電子化一辺倒ではなく,どこまで何を電子化したら良いのかを賢く考えて選択しなくてはならない。

 今後,医療の電子化がさらに進んだとしても,次の真実だけは変わらないことだろう。人を診るのは人間にしかできない技なのである。


3.11その後

星 愛子(公立志津川病院看護部長)


 当院は,南三陸町が設置する,地域に根ざした公立病院です。南三陸エリアにおける基幹病院として住民の健康と快適な生活を支えるため,地域医療の充実に努めていました。看護部はその理念に基づき,地域のニーズを踏まえながら医療,保健,福祉と連携したサービスの提供をめざし,患者さんが安心,安全な医療や看護を受けながら入院から退院,そして在宅へと移行できるよう,プライマリナースを中心に積極的に取り組んでいました。看護職員は地元出身者が大半を占め,離職者もなく,患者や住民とは顔の見える関係が築けており,行政や関連機関等との連携も良好でした。

 2011年3月11日の東日本大震災により,当院はその医療設備を失い,多くの尊い命が犠牲になりました。私たちは被災直後から避難誘導,救助活動,低体温予防,状態観察,衛生管理等を行い,患者,避難者,そして仲間たちと寄り添い合って恐怖や不安をしのぎ,二日間を乗り越えました。その後多くの町民が失望や落胆あるいは悲嘆に暮れる中,避難所において生活環境を整え,健康管理,診療補助,訪問看護,地域住民と医療支援チームや保健師チームとの連携,診療所開設,病院再開に向けての懸命な取り組みを行いました。舞い上がる埃,灼熱の夏,凍える冬を患者さんと共に過ごした2011年は,あっという間に経過しました。2012年,新仮設診療所が完成し普通の環境で診療を提供できるようになり,35 km離れた場所に建った病棟の運営も軌道に乗り,順調に動き出しました。

 大規模災害の前では手の施しようもありませんでしたが,医療の復興をめざして取り組んで来たことを振り返ると,今回長期にわたって必要とされた災害看護はすべて,まさにフローレンス・ナイチンゲールが述べている看護の基本となるものであったと考えます。私たちがめざし,実践してきた看護の集大成でした。さらに地域への愛着心とチームワーク,看護師として,また公務員としての職責が,私たちを支えたと考えます。この経験を重視し,看護の充実と病院再建をめざしていきます。全国の皆様のご支援に心から感謝申し上げます。


在宅看護"学"の確立をめざして

川村 佐和子(聖隷クリストファー大学大学院看護学研究科長)


 日本在宅看護学会が,訪問看護師と在宅看護論を担当する教員たちの総意によって2011年7月に設立された。設立総会から5か月後の12月には,第1回学術集会を開催した。この短期間で学術集会の開催を準備することは大変な努力が必要であった。しかし学会活動に対する学会役員たちの熱意は大きく,東京において170人ほどの参加を得て,在宅看護の未来を見据えた内容で,新たな意欲を胸に終了した。2012年11月には,第2回学術集会を群馬県で開催した。近年まで訪問看護師として働き,現在は大学教員である役員が学術集会長を担ってくれた。参加した300人以上の訪問看護職は,在宅療養者の生活を向上させていくことに,看護本来の姿を見いだし,明日を創る希望に燃えて帰途についた。

 近年,国は医療の提供を医療施設の外でも行うこととし,在宅医療サービス提供の質量の向上を喫緊の課題としている。しかし,近年の実施統計では,訪問看護事業所数も訪問看護の利用者数も微増でしかなく,このままでは社会の期待に応えられない状況である。訪問看護事業が伸び悩む理由としては,訪問看護事業所の3分の1が赤字経営であることや訪問看護師を確保しにくいという課題がある。国は,前者については,2009年度から訪問看護支援事業を開始し,診療報酬の引き上げなどを行い,後者については,看護師養成課程のカリキュラムの統合分野に在宅看護論を位置付け,新卒者の訪問看護への導入を図るなどしている。

 従来の看護提供は,医療施設の中心的モデルである医学モデルの中で実施されてきた感があった。しかし,在宅看護は医療施設外で,医師とは離れた場において,独立して療養上の世話を中心とする看護を提供している。まさに,看護モデルによるサービスである。わが国の看護学の発展過程を見ると,看護モデルへの取り組みは歴史が短く,発展が遅れている。看護が社会のニーズに応えていけるよう,訪問看護における看護モデルを確立することが当面の本学会の目標と考えている。


融和

丸山 泉(日本プライマリ・ケア連合学会理事長/豊泉会丸山病院院長)


 南方での七年の,長く過酷な年月からかろうじて戻り,戦後,福岡県久留米市諏訪野町で小さな診療所を開いた父は,早稲田の仏文学科に寄り道したりしながら,戦前から詩を書いていた。詩人の父は,焼け野原から立ち上がろうとしているその町を,クルミ市スワン町と呼んで,いかなるときにも診療を断らず,そして,失われた文化の再興と失った自分の青春とを取り戻すためであろう,医業の傍ら懸命に文化活動を行っていた。当時の一冊の詩集『草刈』に次のような詩がある。

「新春」

 その一撃!
 斧はくいこむ 年はおわる
 杣人よ斧をすてよ
 杉はたおれる 年はあらたまる
 最後のいたましい叫びが
 山から山へこだまする
 春の日ざしに嶺の切株
 南をむいてはふくらみ
 北をむいてはちぢかんで
 切株の紅をふくんだ年輪よ
 そこに不屈の眼をおけば
 山は高いし 野ははろばろ
 そこに不屈の眼をすえて……

 大戦によって流れた血の量と,精神の荒廃,果てしない不条理を,軍医として経験した父親が,不屈の眼をおいて見たものは何であったのだろうか。果たして,継代者としての自分たちの世代はどうであったのか,それを考えるとき,自分にできることは,ささやかにかかわっている学会の若い世代の想いを集めることでしかない。

 父がアンカレジで他界して,すでに四半世紀が過ぎた今,加齢による視力の低下とともに進行する精神の老化にあらがいながら,自分が見据えるべきものを確認するとき,この詩を何度も読み返すのである。

 ともすれば,保守的な意味での融和に陥りがちな自分を,不屈の眼を据えた,戦略的な融和の場に戻す作業である。


「サイエンスを,正しく,楽しく。」
――サイエンス×CGで,感動を与えるコンテンツを創り出す

瀬尾 拡史(東京大学医学部附属病院研修医/株式会社サイアメント代表)


 新年あけましておめでとうございます。私は学生時代から「サイエンスを,正しく,楽しく。」をテーマにさまざまなサイエンスCGコンテンツを制作してきました。裁判員制度で,刺し傷などの様子をわかりやすく説明するための補助資料としての3DCG画像制作を検察庁に提案し,実現にまで持っていったことが学生時代の私の最大の実績です。

 そんな私が,もう間もなく研修医2年目を終えようとしています。幸いなことに,医師になってからも,スーパーローテーションでさまざまな科を回るたびに,それぞれの科の先生方から「きみのCGの技術を使ってこんなことができないだろうか?」と多くのアイデアを頂きました。逆に私から「CGの技術をこうやって取り入れることで,臨床医学の世界で役立つようになるのではないでしょうか?」とご提案する機会も多々あり,日本ではなじみの薄いサイエンスCGを,医療分野で根付かせたいと考えています。

 昨年,多くの方のご支援のもと,サイエンスで人々に感動を与えるCGコンテンツ会社「株式会社サイアメント」を設立しました。私が総合監修を行い,東大病院呼吸器外科,呼吸器内科,放射線科の先生方の協力のもと,一流のゲームデザイナー,プログラマー,グラフィックデザイナー,ウェブデザイナー,作曲家,翻訳家が一丸となり,「KARADA VIEWER気管支」というiPad用アプリが生まれました(App Storeにて公開しています!)。気管支の複雑な立体構造を高精細なCT画像から「正しく」抽出し,日本呼吸器内視鏡学会の気管支命名法に準拠し,さらに映画やゲームで使われているような「楽しく」魅せるテクニックを取り入れ,「正しく,楽しく」遊んで学べるリアルタイム3DCGアプリに仕上げました。

 『解剖学アトラス』で有名なネッター氏は,手描きイラストと医療・医学とを結びつけることで革命を起こしました。時は21世紀。資金繰りを含めた会社経営など,まだまだ課題は山積みですが,この4月からは株式会社サイアメントに専念し,CGというテクノロジーとサイエンスとを結びつけることで,21世紀版ネッターになりたいと思っています!

本年よりリニューアルされた雑誌『臨床検査』(医学書院)。2013年の表紙には,瀬尾氏が代表を務める株式会社サイアメントによるCGが掲載される。1月号の表紙()は,マウスの大脳皮質錐体細胞の共焦点顕微鏡像画像が素材となっている。今年発行される本誌の表紙12枚を並べると,一枚の大きな絵になる予定だ。

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