医学界新聞

対談・座談会

2012.01.30

座談会

卓越した教材としての『幻聴妄想かるた』

新澤克憲氏(ハーモニー(就労継続支援B型事業所)施設長)
武井麻子氏(日本赤十字看護大学教授・学部長)
小宮敬子氏(日本赤十字看護大学教授・精神保健看護学)


 東京都世田谷区にある「ハーモニー」(就労継続支援B型事業所)が,メンバーの幻聴妄想を「かるた」という商品にして2008年10月に売り出してから3年。その間,新聞,テレビニュースで紹介され,NHKではシリーズが組まれるなど,広く世に知られることとなった。このたび医学書院が引き継ぎ,制作・流通販売することになったのを機に,これまでの〈かるた〉+〈解説冊子〉だけでなく,新たに,〈DVD『幻聴妄想かるたが生まれた場所』〉と〈CD『市原悦子の読み札音声』〉を付録に加えた。

 本座談会では,ハーモニーの施設長・新澤克憲氏と,初版販売当時からこのかるたを高く評価し,日本赤十字看護大学の授業にも活用してきた武井麻子氏,小宮敬子氏とで,医療界にとっての『幻聴妄想かるた』の意義についてお話しいただいた。


このかるたが生まれた理由

新澤 ハーモニーでは,2007年に精神保健福祉士の藤田貴士さんが参加してくれたことを機に,認知行動療法と当事者研究をベースにしたようなグループワークが始まっていました。そのグループワークがめざしたのは,幻聴や妄想を含めて,これまでの苦労や病気故の困りごとなどを語り合い,お互いの経験や対処の方法などを共有していく場づくりでした。

 ちょうどそのころ,障害者自立支援法に移行する時期と重なり,「作業所」だったハーモニーは,どうやら今後は「就労継続支援B型事業所」になって,一人当たりの月額収入を平均3000円にしなければならないようだとわかり,さあ,どうしようかと皆で話し合いをしたのです。

 最初,藤田さんは浦河べてるの家()の影響もあったのか,「講演活動をしようよ」「皆の病気の話を劇にして,老人ホームで興行しようよ」などと言っていたのですが,「それ,誰も観ないだろう」と(笑)。そういったなかで,「皆で話している幻聴妄想の困りごとを,何かうまく自主製品に仕立てて,僕らなりの工賃の稼ぎ方を考えよう」というアイディアが出たのです。それがかるた作りの発端でした。

かるたの絵もメンバーが描きました。最初に言葉を作っておいて,それに対して「いっせいのせ!」で,皆で絵を描く。そして人気投票をするんです。「おとうとを犬にしてしまった」。これなんかはもっと面白い絵があったかもしれないんだけど,本人が絶対にこれだって(笑)。(新澤氏)

独特の世界の入り口としてのかるた

小宮 「若松組」に関する札が多いですよね。この作者のことを紹介してもらえますか。

新澤 解説冊子『露地』のなかでは,「亜礼木小僧」というペンネームで出てくる方で,彼は20年以上,若松組という謎の組織につきまとわれている感覚を持っています。若松組は彼がいるあらゆる場所の床を揺らして嫌がらせをしてきます。さらに換気扇から「仕事をするな」と言ったり女性関係のことを言ってきたりして,家に居られなくするのです。それで亜礼木小僧さんは,時には警察に通報したり,友人宅に避難して,若松組の攻撃をかわし続けてきました。

 そんな彼があるとき,若松組との長い戦いのことをミーティングで話したんです。すると,グループの皆からさまざまな解決策が出てきました。そして若松組と揺れとの関係を研究する当事者研究も始まりました。そうやって若松組が,その人の支援のキーワードになっていったんです。

武井 なるほど。若松組の札もそうですが,かるたが表現しているのは,すごく苦しい世界なんだけれども,つらいばかりじゃない,独特の宙ぶらりんな世界ですよね。その人ならではのファンタジーがあって,面白いなぁと言ったら失礼なのかもしれないけれど……。

新澤 「面白いなぁ」でいいんじゃないかと思います。

武井 それに非常に短い言葉で世界を伝えているこのコンパクトさに,逆に「何だろう?」と思わせられますね。

小宮 そうですよね。私もとてもいいと思ったのが,「ありがとう幻聴さん ありがとう大野さん いらいらする」という札です。幻聴に対しては「ありがとう」と感謝したいのだけれど,いらいらもさせられるという,非常に複雑な体験なのだと思うんです。それをこの短い言葉でズバッと表している。

 このかるたを見た人は,おそらく笑ったり,ちょっと怖がったり,気の毒に思ったり,びっくりしたり,いろいろな反応をすると思います。でも私は,そういう反応を引き起こすこと自体が,このかるたのすごい点だと思っています。なぜなら普通,患者さんは幻聴や妄想があっても周囲の人に言えません。医師に伝えて,万が一病気が再燃したと思われて薬が増えるのも怖いし,患者さんは自分でも何か変だと思っていますから,周りの人に話したらますますおかしく思われるのではないかと,言わないでおく人が多いですよね。

新澤 そうですね。メンバーにとっては,幻聴妄想は実際に〈ある〉もので,生活のなかでの大きな困りごとである可能性があります。それを受け止めないで,まるで〈ない〉かのようにして聞かなかったり,あるいは幻聴妄想を話すたびに薬が増えるといった結果が返ってきたら,メンバーは口が重くなって話せなくなってしまいますよね。

 先ほどの若松組に狙われている方は,テレビに出て若松組のことを話したのですが,収録後に感想を聞いたら,「こういう組織があることを皆が知ってくれることがうれしい。つらさは減らないかもしれないけれど,わかってもらえた,伝わった実感が得られた」と言っていました。おそらくかるたを「仲間と作った」というのもきっと大事なことだったのだろうと思います。話を聞いた仲間が笑ったりすると,本人もちょっとホッとできるみたいです。

学生にとっての格好の教材になる

小宮 学生は,実習先でよく精神科の患者さんからいろいろな妄想を聞くことがあるんです。学生は「出たー!」と驚いたりする一方で,怖いし,わからないし……。

武井 学生が患者さんの幻聴妄想の話をどう聞いたらよいのかは,教員にとっていつも指導が難しい部分です。患者さんが幻聴妄想の世界だけで満足するようになっては困るし,患者さんには現実の世界もあるのだから,学生にはそういう現実の部分をちゃんと見てもらいたい。聞くなとは言いませんが,興味本位で妄想を聞いてその世界をあえて膨らませるようなことはやめてほしいと伝えています。

 本学は他の大学以上に精神看護の授業時間が豊富で,そのなかで「患者さんは普通の人たちで,われわれと変わらない」という話を嫌というほど聞かせているんですが,学生が実習から帰ってくると,興奮して言うんです。「本当に普通でした」と。それを聞くと,いかに「実習前は普通だと思っていなかった」かがわかってしまう。「普通」ということを教えるのは難しいなと感じています。

小宮 今回,付録に新しくDVDが付きましたよね。そこではメンバーさんたちが顔にモザイクをかけずに幻聴や妄想について話し,それを聞く新澤さんの姿も映っていますから,患者さんの「普通さ」や「日常のありのままの姿」,それから「幻聴や妄想の扱い方」を学生に伝えるには,格好の教材になるのではないでしょうか。

武井 かるたはこれまでどのようなところから反響があったんですか?

新澤 『精神看護』誌の2009年5月号に紹介記事を書かせてもらった影響が大きく,看護大学や福祉関係の学校から,教材に使いたいという引き合いがけっこうありました。

武井 私たちの大学でも学生に見せています。これは精神看護でも,地域看護でも使えそうですよね。

 幻聴妄想は,疾患として客観的にみる診断レベルと,幻聴妄想を本人がどのように体験しているのかという体験レベル,この2つの理解があると思っています。実際の看護場面では後者の理解が重要ですが,教員だって体験レベルの理解を学生たちにさせることは難しい。ですから教師は,なるべく当事者の視点で説明している本やDVDを通して,幻聴妄想にアプローチをしていくことが多いと思います。その点で,この『幻聴妄想かるた』のDVDやかるたを使えば,その理解が非常に得られやすいのではないでしょう。

新澤 お役に立てればうれしいです。僕らとしては,こういう幻聴妄想を持っていても,地域で生きていけますよ,とか,共に生きていくことは可能なんですよ,ということが伝わるといいなと思います。

 編集の方から聞いた話なのですが,国際医療福祉大学で看護学とリハビリテーション学を教えている穴水幸子先生(精神科医)は,『幻聴妄想かるた』を早速授業で使ってくださったそうです。メールでもらった感想を紹介させてください。

 「DVDを流したら,学生の目がいつもと違いました。その後,かるたを1枚ずつ学生に配って返歌を作ってもらったところ,当事者の気持ちがわかる,というものや,精神障害者への応援歌に近いものや,自分の内省や,かなりユーモラスなものもあり,さすが若い学生,と私も教育者の端くれとして頼もしく思いました。このかるたは,精神科医療を志す学生たちにとって,大変に的を射た,卓越した教材だと考えます」。

 もう1人,精神科看護師として病棟に勤務する中田信枝さんからは,「患者さんのなかには,幻聴妄想を持っているのは自分だけだと思っている人がまだまだいます。だからレクリエーションとして患者さんと一緒にかるたをすれば,きっと自分だけではないことに気付き,症状改善の手助けになると思います」という感想をもらいました。

小宮 確かにこのかるたを見た当事者や家族で,「自分だけじゃなかったんだ」「うちの息子だけじゃない」と驚きを感じる人は多くいると思いますね。

当事者研究であり,認知行動療法である

小宮 『露地』に,若松組をめぐっての当事者研究が載っていますよね。あれも見事だと感じました。皆で「どういうときに若松組が出てくるの?」とか,「疲れてたんじゃないの?」とか,ストレスや疲れと若松組は関連があるのではないかとの意見が出されるんですが,前提として「若松組がいる」ということは全く否定しないわけですよね。その後,「じゃあ,歩いてみよう」と行動実験が始まって,一緒に散歩して,「今日は,震度いくつだったの?」みたいなやりとりがあって,「案外,歩ける」ことがわかったり。あれを一緒にやってくれた人がいることに意味があるんだと思うんですね。わかってくれて,解決するために何かやろうと言ってくれる人がいることがね。

武井 それこそ,認知行動療法で認知と行動の変容が生じたわけですよね。

小宮 そういう意味では,若松組でも幻聴でも,何かおかしな体験によって,絆というか,ネットワークが生まれるきっかけになるのですよね。悪いもの,隠さなければいけないものだと思っていたけれど,それを出してみたら,むしろいろいろな人と支え合えるようなきっかけになった。そのとき意味が反転するのでしょう。

新澤 治らなくても生きていける,仲間がいるし……みたいな感じでしょうか。少なくとも今よりはよくなれるという感覚はすごく大事だと思います。「治らないとすべては始まらない」と思い込んでいる人は多いですから。それは僕らが言うよりも,当事者同士で気付いていったほうが,世界がパッと広がっていくような感じがありますね。

写真左から,武井麻子氏,新澤克憲氏,小宮敬子氏

:浦河べてるの家…北海道浦河町にある精神障害を持つ当事者の地域活動拠点。当事者研究,幻聴妄想大会の生みの親。

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