医学界新聞

寄稿

2011.08.01

寄稿

医療事故において
医療メディエーションが担う役割はあるか

ローズマリー・ギブソン(Section Editor of Archives of Internal Medicine,作家)


 医療事故が発生した際,医療者と患者・家族間を仲介し,両者の対話を促進することで関係再構築をめざす院内の医療メディエーションが,近年日本で独自の展開をみせている。本紙では,患者中心の医療の質改善に取り組み,"当該医療者と医療機関の責任ある対応と努力が大切"と提唱するローズマリー・ギブソン氏に,医療過誤が起きた際に患者・家族はどのような対応を望むのか,医療者自身のために必要なことは何か,さらに医療メディエーションがこれらを解決するための役割を担えるのか,ご寄稿いただいた。

(本紙編集室)


医療事故が起きてしまったとき,患者・家族が望むこと

 米国科学アカデミー医学研究所(Institute of Medicine)による医療安全についての画期的な報告となった『To Err is Human』(1999年)が出版されて以降,医療過誤や院内感染といった予防可能な有害事象で損傷を受けた患者に対する医師や病院による適切で有効な対応について,さまざまな提案がなされてきました。

 医療過誤によって被害を受けた患者および家族は,医師と医療機関に正直な対応を求めています。それによって何が起こったのかを理解し,そしてその事象が被害者の健康や今後にどのような影響を及ぼすのかを理解したいと切に求めていることが,医療機関や研究機関の調査研究によって近年明らかになってきました。

 また,事故を起こした当該医療者に対しては,その事象について責任ある対応を期待し,原因究明に献身的に義務を果たすこと,そしてその事故原因について情報が得られるたびに,継続的に患者・家族に伝えてほしいと望んでいます。当該医療者が医療システムの改善に責任を持って取り組み,その結果,将来的に他の患者が傷つくことがないようにと願っているのです。これらの議論では,医療が持つ性質上,医師や当該病院の責任者がリーダーシップを取り,ロールモデルとならなければなりません。

医療メディエーションの役割には限界がある

 有害事象を有効に開示し,また意味のあるものにするには,その事象を確認後すぐに検討が開始され,どのように収束させていくのかという決断をした上で,一つずつ的確な行動を取る必要があります。損傷を受けた患者が治療を必要とする場合,医療機関が治療に専念するか,あるいは患者の希望によっては他の医療機関で治療を受けられるように手配しなければなりません。さらに当該医療機関は,患者が回復するために必要な治療費について,財政的な負担を患者にかけないことを明らかにしなければなりません。

 予防可能な有害事象が発生した場合,院内のスタッフを使って医療メディエーションの導入を考えている医療機関は,下記のような限界があることを心にとめておかなければなりません。

その場限りの対応で終わらせない
 第一に,有害事象が起こった後,緊急の医療ニーズと患者の質問に回答できる医学知識を持つ医師および病院の責任者によってのみ,患者・家族との対話の責務を果たすことができます。さらに医療倫理としては,医師がこの責務を果たし,他者または他の団体にその責務を委託しないことが求められます。つまり有害事象に関与した医師が被害を受けた患者について心を痛め,起こってしまった有害事象に対して感じている遺憾の念と悲しみを,患者・家族は知る必要があるのです。

 一人の人間としてかかわり続けていくことで,患者・家族が回復し,両者間の関係を再構築する過程を歩むことができるのです。ですから被害患者・家族への情報提供や対話が,その場限りの対応であってはなりません。

明らかになった事実は担当医あるいは責任者が伝える
 第二に,予防可能な有害事象の原因は,究明できた事実から,被害を受けた患者の担当医,その上司,または患者安全責任者が患者・家族に対し,伝えていかなければなりません。その理由は,患者・家族はこの事実究明に関する情報をその医療を担当した責任者から聞きたいと望んでいる場合が多いからです。原因・事実の究明には,早期可能な場合もあれば,数か月かかる場合もあります。

 また,再発防止のための措置についても,当該医療機関の責任者から患者・家族に伝えられるべきものです。そのことによって,医療者と医療機関は患者・家族および世間への説明責任を果たすことができ,医療過誤を医療から排除することができるのです。

患者・家族は継続的なケアを必要としている
 第三に,被害を受けた患者・家族は継続的に医療者との対話の場を持ちたいと望んでいます。そのような対話を継続する責任を,発生した事象について詳細な知識を持たない他者に代理させるのは,被害を受けた患者に対する継続的なケア(気遣いのある・心を寄り添わせていく関係)を中断することになります。

 さらに,これらの本質的に重要な機能・役割を,発生した事象に関する詳細な知識や細かなニュアンスを理解していない個人または他の雇用者に委託することは,患者・家族が見捨てられたという感情を抱く可能性もあるのです。

医療者自身にもまた,癒しが必要
 第四に,有害事象が発生したとき,患者・家族だけが回答と癒しを必要としているわけではありません。細心の注意を払い,正当な治療をしていたにもかかわらず,有害事象の原因となる医療ミスを起こしてしまった場合,医師や看護師もまた多大な悲しみと罪悪感に苛まれます。当時者以外の人材やメディエーターが有害事象後の対応を肩代わりするのではなく,患者・家族と対話を持ち続け,少しずつ癒されていく関係を構築することを通して,医療者もまた起こしてしまった事象から癒されることになるのです。

解決を急がず,継続的な会話を
 最後に,院内スタッフによって行われる医療メディエーションがその有害事象の早期解決を求めている一方,深刻な健康上の損傷または死亡という被害を受けた患者・家族の視点からは,どのような場合も早期解決はあり得ません。真実を明らかにし,それを理解するには,数週間,数か月,または数年かかるかもしれないのです。このアプローチには医師やその医療機関の責任者との継続的な対話を必要とします。

誠実な対応のみが患者・家族,医療者双方にとっての癒しとなる

 有害事象が起こった場合,これまで列挙した適切な医療側の行動は,患者・家族が自身に起こった医療事故をどのように受け止め,どのように受け入れていくかを考えるための情報となり,患者・家族にとっては大切な支えともなります。この情報は,思いやりを持って,大切で必要な対応を確実に行わなければならないため,その医療機関の行動規範を改善することにもなります。

 当該医師や医療機関による誠実な対応のみが当該患者・家族にとって癒されていく助けとなります。それはまた,医師や看護師,その他関与した医療者にとっても同様で,このプロセスがすべての当事者を解決へ導く機会となります1)。さらに,医療過程におけるミスを突き止め,医療体制からそれらを適切に取り除くためには,正直にすべてを開示する透明性が医療機関にとって本質的に重要です。この方法によって,患者・家族,医師および医療機関は,医療安全をすべての人に対して実現するために協力し合うことができます。

 WHOの医療安全に関するカリキュラムでは,有害事象発生後における正直さと透明性の担保は患者の視点を大切にしたプロフェッショナリズムの重要性を反映しており,さらに医療安全のために,患者とパートナーシップを組む機会を医療者や病院に提供していると指摘されています2)。予防可能な有害事象は,恐怖や懸念といった共通の経験をすべての患者および医療者の間に喚起するため,これらへの適切な対応や行動は日本だけでなく諸外国においても同様に推奨されています。

 医療安全のための絶え間ない努力を他者に委託することはできませんし,患者・家族の支援もまた誰かが肩代わりすることはできないのです。それは, 有害事象に対して共に向き合う当事者全員の勇気と強い心を必要とします。これまでに述べた理由から,深刻な有害事象発生後の患者のニーズに対しては,病院スタッフによる医療メディエーションの役割には限界があると言えます。

参考文献
1)Okamoto S, et al. Transformative possibilities of communication of medical error cases in Japan. Int J Qual Health Care. 2011; 23(1): 26-35.
2)WHO "Patient Safety Curriculum"

本稿翻訳:岡本左和子氏(東京医科歯科大学大学院博士課程/医療コミュニケーション研究者)


Rosemary Gibson氏
現在『Archives of Internal Medicine』誌のSection Editorを務めており,米国医療界への提言には定評がある。2005年に発刊された著書『沈黙の壁――語られることのなかった医療ミスの実像』(日本評論社)は,医療過誤が発生したときの当事者の反応など,さまざまな側面を描写しており,大きく注目された。第2作目となる『The Treatment Trap』(共著,日本語訳未刊)は過剰治療の現状を不必要な手術や検査を紹介しながら分析しており,現在全米の話題を集めている。

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