医学界新聞

寄稿

2010.03.01

【寄稿】

知っておきたいがんのリハビリテーション

辻 哲也(慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室)


がんのリハビリテーションはなぜ必要なのか?

 医療技術の進歩により,がんの死亡率は年々減少傾向にあり,いまやがん患者の半数以上が治るようになりました。わが国では,がんの治療を終えたあるいは治療を受けつつあるがん生存者は,2015年には533万人に達すると予測されており(いわゆる“2015年問題”),がんが“不治の病”であった時代から“がんと共存”する時代になってきました1-3)

 2006年には「がん対策基本法」が制定され,がん患者の療養生活の質の維持向上が,基本的施策として,国の責務であることが明確になりました。しかし,「がん難民」という言葉に代表されるように,治癒をめざした治療からQOLを重視したケアまで切れ目のない支援をするといった点で,わが国のがん診療はいまだ不十分です。

 がん患者にとって,がん自体に対する不安は当然大きいものですが,がんの直接的影響や手術・化学療法・放射線治療などによる身体障害に対する不安も同じくらい大きいものです。がんの進行もしくはその治療の過程で,高次脳機能障害,嚥下障害,発声障害,運動麻痺,筋力低下,拘縮,しびれや神経因性疼痛,四肢長管骨や脊椎の切迫・病的骨折,四肢の浮腫などさまざまな機能障害が生じ,歩行や日常生活活動(Activities of daily living,以下ADL)に制限を生じ,QOLの低下を来します。これらの問題に対してリハビリテーション(以下,リハビリ)の介入を行う必要性は今後さらに増えていくと予想されます。ですから,がん患者にかかわるスタッフがリハビリの知識やテクニックを身に付けておくことはとても重要だと思われます。

 欧米では,がんのリハビリはがん治療の重要な一分野として認識されています。例えば,米国有数の高度がん専門医療機関であるMD アンダーソンがんセンターでは,脳・脊椎センター,乳腺センターなど19のケアセンターのひとつに,緩和ケアとリハビリテーション部門が治療の柱として位置付けられています。

 一方,わが国においては,診療科としてリハビリ科を有するがんセンターはまだ少なく,大学病院や地域の基幹病院においても専門外来としてがんのリハビリが運営されている医療機関はほとんどない状況で,欧米と比較してその対応が遅れていることは否めません。

 このような現状の中,静岡県立静岡がんセンターが2002年にがんセンターとして初めてリハビリ科専門医と複数の療法士から構成される施設として開院しました4)。筆者は縁あって,開院準備から臨床業務に携わってきましたが,リハビリ科への依頼は増加する一方で,潜在的な需要の大きさを身をもって感じてきました。今後,全国の高度がん専門医療機関においてもリハビリスタッフの拡充の流れが広がっていくことを願っています。

リハビリテーションの実際

 がんのリハビリは,病期により大きく4つの段階に分けることができます(表1)。対象となる障害は,がんそのものによる障害と,その治療過程において生じた障害とに大別されます(表2)。機能回復をめざしてリハビリを行うということは,がん以外の患者と何ら変わることはありませんが,原疾患の進行に伴う機能障害の増悪,二次的障害,生命予後等に特別の配慮が必要となります1,2,5)

表1 がんのリハビリテーションの病期による分類(文献5より引用)

表2 リハビリテーションの対象となる障害の種類(文献5より引用)

 手術目的の患者では,リハビリチームの術前からの積極的なかかわりが必要です。術前の患者は手術だけでなく,術後の後遺症についても不安を抱いていることが多いので,術前にオリエンテーションを行うことにより,その不安を取り除くことができます。また,術前に患者と担当療法士が面識を持ち,術後のリハビリの進め方や必要性を説明しておくことは,術後のリハビリをスムーズに進める上でも有益です6,7)。表3に主な周術期リハビリプログラムの例を示しました2)

表3 原発巣別の周術期リハビリテーションプログラムの例(文献2より引用, 一部改変)

 白血病,多発性骨髄腫,悪性リンパ腫などで,造血幹細胞移植を実施される患者の場合には,治療中はどうしてもベッド上安静となりがちであることから,心肺系・筋骨格系の廃用を予防しコンディションの維持が必要となります。手術前後と同じように,移植前に移植後の運動の必要性を説明し体力評価を行います。移植後は,体調に合わせてベッド上での運動や自転車エルゴメータ・散歩のような有酸素運動を実施します8)

 移植前後に限らず,放射線療法や化学療法中のがん患者では,がんに伴う悪液質によるタンパク異化や治療に伴う安静臥床による廃用で,筋萎縮,筋力低下を生じます。さらに,歩行や起居動作の能力が低下,副作用による嘔気,倦怠感などの症状もあり,活動性が低下しやすいので,治療中や治療後の活動性の維持・向上を目的とした対応も積極的に行う必要があります9)

 一方,余命半年未満の末期がん患者におけるリハビリの役割は,患者の要望(Demands)を尊重しながら,ADLを維持,改善することにより,できる限り最高のQOLを実現するべくかかわることにあります。余命が月単位の患者では,杖や装具,福祉機器を利用しながら,残存機能でできる範囲のADL拡大を図ります。余命が週日単位となり全身状態が低下しつつある場合には,疼痛,しびれ,呼吸苦,浮腫などの症状緩和や精神面のサポートに訓練の目的を変更します10,11)

普及・啓発のための取り組み

 がんリハビリの専門スタッフ育成を目的に,2007年度に厚生労働省委託事業(実施:財団法人ライフプランニングセンター,協力:がんのリハビリテーション研修委員会)として,筆者がプランナーとなり,“がんのリハビリテーション研修ワークショップ”を企画しました。全国のがん診療連携拠点病院の医師・看護師・リハビリ療法士にグループで参加してもらい,2日間の研修(グループワーク,レクチャー,実演,実習)を実施しています(写真)。3年間で8回のワークショップを開催し,のべ約500人の参加がありました12)

がんのリハビリテーション研修ワークショップの様子

 また,2009年度から分科会として,リンパ浮腫研修委員会を立ち上げました。リンパ浮腫は仕事や家事に支障を来したり,手足を隠して生活しなければならないといった苦痛が生じ,QOLが低下してしまう切実な問題ですが,専門的にリンパ浮腫に対応している医療機関は数少ないのが現状です。そこで,人材育成,治療の質の向上および啓発活動を目的に研修を開始しました。

 一方,文部科学省による「がんプロフェッショナル養成プラン」は,大学の教育の活性化を促進し,今後のがん医療を担う医療人の養成推進を図ることを目的に開始されました。慶應義塾大学のプランでは,がんのリハビリが柱の1つと位置付けられています。2008年度からリハビリ専門医養成コース(博士課程)およびインテンシブ・コース(短期集中研修)を開講し,臨床研修と研究活動を実施中です。がんのリハビリの医療者向け専門サイトの運営も行っています。また,2010年度からは新たにリハビリ療法士養成コース(修士課程)が開講予定です。

 2015年を迎えるに当たって,今後はがん予防から終末期までさまざまな病期におけるがん患者に対するリハビリのニーズがさらに高まっていくと予想されます。全国でばらつきなく,質の高いリハビリ医療を提供するためには,リハビリやがん医療に関連した学会等によるがんのリハビリの普及に向けた取り組み,全国がん診療連携拠点病院を中心としたリハビリスタッフ間の連携,一般市民や医療関係者への啓発活動を目的とした公開講座や講演会の開催が望まれます。また,リンパ浮腫のケアや喉頭摘出後の代用音声訓練など,後遺症に応じた,全国の専門外来や患者会との情報交換場面や協力体制整備も早急な課題です2,13)

 医療・福祉行政の面では,末期がんが介護保険の特定疾病として認められるようになり,リンパ浮腫に関して圧迫衣類の保険適応やリンパ浮腫予防に対する診療報酬算定が可能となりました。2010年度の改定では,がん患者リハビリテーション料が新設されます。一方では,呼吸リハビリにおけるインセンティブスパイロメトリー(呼吸訓練器)の扱い(医療保険が非適応),リンパ浮腫治療(診療報酬の算定できず),緩和ケア病棟におけるリハビリ(包括医療で算定できず)などの課題もあります。

 学術面での発展も重要です。がんのリハビリに関する質の高い研究の計画・実施を推進する必要があります。そして最終的な目標は,わが国におけるがんによる身体障害の予防や治療のためのガイドラインの策定および原発巣や治療目的別のがんリハビリに関するクリニカルパスの確立だと考えています。


参考文献
1)辻哲也,他編.癌のリハビリテーション.金原出版,pp53-9, 2006.
2)辻哲也.がんのリハビリテーション最前線 現状と今後の動向.総合リハ.2008;36(5):427-34.
3)厚生労働省がん研究助成金.がん生存者の社会的適応に関する研究.2002年報告書.
4)辻哲也,山口建,木村彰男.悪性腫瘍(がん)のリハビリテーション;静岡がんセンターの取り組み.総合リハ.2003;31(9):843-49.
5)辻哲也.悪性腫瘍(がん).千野直一編.現代リハビリテーション医学,第2版.金原出版,pp488-501, 2004.
6)辻哲也.悪性腫瘍(がん)の周術期呼吸リハビリテーション.リハ医学.2005;42(12):844-52.
7)鬼塚哲郎編.多職種チームのための周術期マニュアル4.頭頚部癌.メヂカルフレンド社,pp234-61, 2006.
8)石川愛子,辻哲也.臓器移植リハビリテーションの新たな挑戦――造血幹細胞移植とリハビリテーションの実際.臨床リハ.2008;17(5):463-70.
9)辻哲也,他編.癌(がん)のリハビリテーション.金原出版,pp357-367, 2006.
10)辻哲也.がんのリハビリテーションと緩和ケア がんのリハビリテーションにおけるリハ医の役割と実際.Monthly Book Medical Rehabilitation. 2009;111:1-9.
11)辻哲也.進行がん患者のケアに役立つリハビリテーションテクニックの概要.ホスピスケア.2006;17(2):77-86.
12)辻哲也.がん患者の療養生活の維持向上を図るためのがんのリハビリテーション研修ワークショップについて.緩和医療学.2009;11:331-8.
13)辻哲也.がん治療におけるリハビリテーション――将来と今後の課題.辻哲也編.実践!がんのリハビリテーション.メヂカルフレンド社,pp223-225, 2007.


辻哲也氏
1990年慶大医学部卒。99年医学博士号取得。2000年英国ロンドン大付属国立神経研究所リサーチフェロー,02年静岡県立静岡がんセンターリハビリテーション科部長を経て,05年より現職。リハビリテーション科専門医・日本リハビリテーション医学会指導責任者。日本緩和医療学会代議員。リンパ浮腫を中心に,がんのリハビリテーション全般に携わる。

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