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HOME週刊医学界新聞 > 第2861号 2010年01月04日

第2861号 2010年1月4日


【新春座談会】

新年号特集 ここまできた!! 人工臓器・再生医療
医工融合がかなえる次世代医療のかたち
澤芳樹氏
(大阪大学大学院医学系研究科 心臓血管外科学教授)=司会
岡野光夫氏
(東京女子医科大学大学院教授,同先端生命科学研究所所長)
妙中義之氏
(国立循環器病センター研究所副所長,同先進医工学センター長)


 人工透析や人工心肺など,臓器の機能を人工的に補う技術により,かつては致死的であった重症疾患も延命が可能となり,人工臓器はいまや医療現場になくてはならない技術となった。また,近年のナノテクノロジーや細胞工学などの技術の進歩により,もとの臓器と同等の機能を持った人工臓器やそのための再生医療,さらに両者を融合した医療技術開発への挑戦が進んでいる。

 本座談会では,臨床医として重症心疾患の治療・研究に尽力する澤芳樹氏,組織工学を用いた再生医療に取り組む岡野光夫氏,30年にわたり最先端の人工心臓開発に挑戦してきた妙中義之氏に,人工臓器と再生医療の現状と課題,今後の展望についてお話しいただいた。


 臓器不全に対してこれまで行ってきた医療の歴史を振り返ると,失われた機能を代替する治療法として,人工臓器が非常に大きな役割を果たしてきました。古くは紀元前2500年ごろのエジプトのギザの墓から義歯が見つかったという報告もあるほどで,今日では日常行われる医療のなかにたくさんの人工臓器が使用されています。また,それにとどまらず,近年注目を集めている再生医療とともに,新たな治療の在り方が期待されている分野でもあります。

 そのような背景のもと,本日は,人工臓器・再生医療のこれまでの流れ,現在の動向と課題,そして10年後を見据えた将来の展望について,人工臓器・再生医療のトップランナーかつパイオニアである妙中先生,岡野先生にお話しいただきます。

■救命からQOL向上へのパラダイムシフト

 まず,人工臓器の現状についてお話しいただけますか。

妙中 人工臓器の本来の目的は,失われた構造・機能を代替して命を助けるということです。人工透析機器,補助人工心臓,人工心臓弁,ペースメーカーなども生命を救うという目的で開発が始まりました。しかし近年,医療技術の進歩により,人工臓器の在り方は非常に多様化してきました。特に最近では,患者のQOLに重きを置いた機器の開発が進んでいます。

 例えば,補助人工心臓を装着した患者は従来大きな駆動装置につながれて生活せざるを得なかったのですが,今では限られた時間ではあるものの,ある程度自由に動くことのできる小型の駆動装置が開発されています。現在われわれは,装着したままでも社会復帰が可能になるような次世代型の補助人工心臓の開発にも取り組んでいるところです(いのちと生活を守る人工臓器・再生医療参照)。

 また,ペースメーカーも初期のものでは脈を打つだけだったのが,最近では体動などを感知し,自動的に適切なペーシングレートに変わるレート応答型の機器が開発されています。人工透析機器も人工材料などの進歩により性能が上がり,患者のQOLも向上しています。さらに,感覚器分野では,従来の眼内レンズに加え,人工網膜や人工内耳などの開発も進んでいます。このように,人工臓器は治療面だけではなく,コンセプト自体もどんどん発展してきていると言えます。

 岡野先生は,再生医療の立場から,人工臓器と再生医療をどのようにとらえていらっしゃいますか。

岡野 20世紀は科学技術が非常に進歩した時代でしたが,医学に関しては,工学のように一つの科学技術でブレークスルーを起こせる領域とは異なり,時代の進歩ほどには進んできませんでした。ですから,人工臓器の開発はわれわれにとって,今まで生きられなかった患者を生かすことができるという壮大な挑戦でもありました。

 今後もより高度な機能を持った人工臓器の開発への挑戦は続くと思いますが,一方で近年生物学の進歩により,再生医療の分野において細胞を上手に利用するという考え方が出てきました。その一つが,無制限の自己複製能と分化した細胞をつくる能力を併せ持つ幹細胞を利用した治療法で,皮膚や軟骨は製品化され,現在実際の医療現場で用いられています。

 さらに最近では,ES細胞(Embryonic Stem Cells:胚性幹細胞)やiPS細胞(Induced Pluripotent Stem Cells:人工多能性幹細胞)などの技術により,心筋細胞や神経細胞をつくることのできる可能性が期待されています。

妙中 近年は再生医療と人工臓器を組み合わせた新たな治療法も次々に開発されていますね。例えば,2007年に澤先生と岡野先生が共同で,世界初の補助人工心臓装着下での心筋シートによる心筋再生治療を行い,補助人工心臓の離脱に成功したことは記憶に新しいのではないでしょうか。

岡野 再生医療と人工臓器は対極的にとらえられることもありますが,人工的なシステムを構築して体を治療するという意味でコンセプトは同じで,共通の技術も多くあります。例えばiPS細胞を実際の治療に応用するには,これまで蓄積してきた人工臓器や組織工学的な再生医療の技術が必要です。ですから,私は21世紀は生物学と工学技術が一体になった横断的な仕組みのなかで,複合的な機能を追求する時代だと考えています。

 再生医療が20世紀末から21世紀にかけて新たな展開を迎えたことにより,人工臓器と再生医療のさらなる融合が期待できるようになったということですね。

 岡野先生の研究室では,どのような研究に取り組んでいらっしゃいますか。

岡野 私の研究室で取り組んでいる再生医療の一つに細胞シート工学があります(いのちと生活を守る人工臓器・再生医療参照)。患者自身の口腔粘膜から上皮細胞シートを作製し,損傷した角膜に移植するという治療法については臨床応用を開始し,現在フランスで治験を行っているところです。

 また,食道癌の内視鏡的切除術後の狭窄に口腔粘膜細胞シートを貼り付けて狭窄を止める治療法や,先ほど妙中先生がご紹介くださった心筋シートを重症心疾患患者の心臓に貼り付けるという治療法も人への臨床応用が始まっています。

 さらに,歯周組織の再生のための歯根膜組織由来細胞シートや肝臓組織の再生についての研究にも取り組んでいます。肝臓組織の研究では,肝臓の細胞シートをマウスの皮下に入れると150-200日以上生き続け,アルブミンを血中に出し続けることがわかってきました。肝臓には2000-3000種類のタンパク質があり,どれか一つが足りなくても重篤な病気を引き起こすので,将来は肝臓をまるごとつくることを目標に考えています。ただ,大きな肝臓を生かすためには肝臓組織中に毛細血管を入れなければならず,また体内に入れるときには血管とつなぐ必要があるので,この辺りが現在の課題です。

 妙中先生は,再生医療についてどのようにお考えですか。

妙中 人工臓器の分野でも,再生医療と組み合わせることで新しい展開が生まれています。再生医療における組織工学の知見を人工臓器の領域に応用できないかという動きもその一つです。

 例えば,われわれが研究している人工心臓には,皮膚を貫くチューブや電線の部分からの感染,ポンプ内にできる血栓,生体と補助人工心臓の結合部で起こる生体の異常増殖や血栓付着などの問題がありますが,再生医療の知見を取り入れることで克服できると考えられます。このように,両者に生かせる技術については協働可能なのではないかと思います。

■医工連携を超えた“医工融合”に向けて

 私も人工臓器・再生医療が一体となった医療が今後の臓器不全医療を支えていくだろうと考えていますが,人工臓器,再生医療ともに医工連携なしには成り立ちません。岡野先生はいつも「工学者は患者を治す立場に立って考えるべき」とおっしゃいますし,妙中先生は工学者とまさに一体になってデバイスを開発しておられます。お二人ともいわば“医工融合”という形で人工臓器・再生医療を推進してこられたわけですが,日本の現状をどう思われますか。

妙中 医工連携においては,私自身はあくまでも医師の立場から,どのように患者を助けたらいいかということを考えてきました。重要なのは,医療従事者と工学者が互いの考えを知ることで,私はこれまで両者の通訳を担ってきたように思います。

岡野 医工連携において陥りやすいのは,医師,工学者双方が,自分が変わるのではなく相手が何かやってくれるはずだと期待することです。自分自身が変わらなければ,計画書は書けても実際には何ものも産み出せません。

妙中 産業界あるいは工学分野から医工連携を提案する場合に多いのが,自分たちが蓄積してきた先端技術を何とかして医学に使えないかというシーズ主導型のプロジェクトです。もちろんそのなかから優れた医療技術が生まれることはありますが,本当に必要なのは,常に患者をみている医療従事者がどのような技術を必要とし,それをどうやって解決していくべきかというニーズ主導型のプロジェクトではないでしょうか。

将来を見据えることのできる医療従事者の育成を

岡野 ただ,今は医療にとって何が必要なのかというテーマを出すことのできる医療従事者自体が少ないのも事実です。妙中先生と私は同じ時期に米国のユタ大学に留学していたのですが,ここでは医師と工学者が一体になって研究する仕組みができていました。これは医学教育とも直結した問題ですが,日本の医学部にはそういう仕組みがまだ出来上がっていません。ですから,人工臓器や再生医療を標榜する新しいタイプの医師づくりについても,本気で取り組まなければいけない時代がきているのではないでしょうか。

 岡野先生のそのお考えを具現化されたのが,東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設(TWIns)ですね。

岡野 はい。本学では2008年4月に早稲田大学との連携のもと,TWInsという医工融合研究教育拠点を立ち上げました。理工学と医学の出合う場として,新しい医療技術を研究・開発するとともに,この分野を発展させていく研究者や教育者を生み出すことを目的としています。両大学が蓄積してきたノウハウや技術を生かした新しいゴールを設定し,一体となって着実に進んでいきたいと考えています。

妙中 私はTWInsを何度か訪れたことがありますが,創設して間もないころの国立循環器病センターと同じような活気があり,非常に楽しみだと感じます。

 私が本日持参した人工肺(図)は,国立循環器医療センター設立当初から医師と工学者が協働で開発に取り組み,改良を重ねてつくり上げたものです。この人工肺は,従来の人工肺に存在した血液が人工肺を通過する際に凝固してしまう,装着して1-2日で血液が漏れ出してくるという2つの問題点を医工連携により克服したものでもあります。

 妙中氏らが企業と連携して開発した人工肺
「Platinum Cube NCVC®」(名称は当時)

 これらの問題を克服できる技術がないかを調べる過程で見つけたのが,超純水(有機物や微粒子,気体を極限まで除いた極めて純度の高い水)製造装置で使われていた長時間耐久性ファイバー中空糸の技術でした。この技術を取り入れたことで,血液漏れを防ぐことができるようになりました。また,血栓についても企業と協働し,薬剤を固定することで発生の予防が可能になっています。このように,「この問題をどのように解決すべきか?」という臨床的なニーズを持って,それに応えるために高い技術を持った企業と協働することは,非常に重要だと思います。

岡野 日本の科学技術は世界でも最先端にありますが,これらの技術が医療製品に結び付くことは現在ほとんどありません。ですから,今医療界に求められているのは,日本の医療界がどうあるべきかをグローバルな視点で考えることではないでしょうか。そうすることで,本当の意味での医工連携が実現できると思います。

 先生方のそういう大きな視野から見ると,われわれは医療制度の問題で右往左往していて,そこまで到達していないのが実情です。

妙中 それからもう一つ,医工連携において私が課題だと思うのは,医療従事者の将来を見据えた発想です。どうしても目の前の患者を何とか治療したいという気持ちが強くなりがちですが,日々の診療におけるニーズだけでなく,10年先,20年先を見据えて今何が必要かを考えることが重要ではないでしょうか。

岡野 私も,今は目の前の患者をどうするかという話が先行していて,将来を本気で考えるという仕組みや人材が欠落していると感じます。

妙中 そうですね。だからこそ,これからは先を見越せるような医療従事者の育成が必要だと痛感しています。

“問題を起こさない”ことに主眼を置くわが国の問題

 では少し視点を変えて,人工臓器・再生医療の開発における問題点についてお話しいただきます。

 人工臓器の開発は,新たな医療の在り方に挑戦するという意味で,これまで規制への突破口を開くための体当たり的な役割を担ってきました。そのため,医療従事者も開発に携わる研究者も,新しい医療を推進するために“安全かつ効果的に”ということをいちばんの目標としてきました。にもかかわらず,制度自体が世の中の動きについてこられず,新しい技術や医療機器の承認の遅れにつながっていると感じています。

妙中 新しい医療技術を理解するには専門的な知識が必要なので,薬剤のような明確な審査体制の整備が難しいという背景もあったと思います。そのようななか,2005年にようやく厚生労働省と経済産業省が合同で「次世代医療機器評価指標検討会(厚労省)/医療機器開発ガイドライン評価検討委員会(経産省)」を立ち上げました。本検討会の趣旨は「開発の迅速化及び薬事法審査の円滑化に資する評価指標等を検討する」ことで,再生医療,人工臓器もテーマの一つとして取り上げられました。

 本検討会には,われわれ3人も委員として参加しました。

妙中 評価指標ガイドラインの作成に当たっては,専門家集団の能力を有効に活用するために,日本人工臓器学会や日本胸部外科学会,関連企業などにも加わってもらいました。これは,規制の整備を社会全体で促進していくという意味でも,非常に貴重な試みだったと思います。

 また,これまでは新しい医療技術や医療機器ができてから審査方法を検討しており,時間や資金を有効に活用できていないという問題もありました。ですから,本検討会を開催したことで,今後出てくる新しい医療技術においても,評価方法のガイドラインを事前に整備しておくことが重要だという示唆が得られたのではないかと考えています。

 日本の承認審査は海外と比較し非常に遅いと言われますが,どのような違いがあるのでしょうか。

岡野 欧州は完全に一つの医療連合になっていて,治験も1か国の審査に通れば全体で適用されます。そうすることで,コストがかからずに質の高い医療技術を患者により早く届けることができます。また,欧米諸国は「患者を治すためにはどうすべきか」ということが大前提で,治験を行う際にも実際の患者への効果を見るために,安全性がある程度担保できた時点で治験を開始します。

 一方,日本の場合はデータ上で徹底的に安全性と効果の両方を示さなければ治験を行うことができません。これは問題を起こさないことにウエイトを置いているからで,優れた医療技術や薬剤が出てこないだけでなく,治験や医療機器の海外流出のもととなり,新たな産業の参入の妨げとなっています。

妙中 機器の場合は安全性をある程度担保すれば有効なものしか残っていきません。ですから,安全性を評価して承認を与えるという選択肢も必要だと思います。

 最近ようやく規制改革が行われるようになり,ヒト幹細胞の臨床研究についての指針や医療制度の枠組みの見直しの流れもあります。審査体制についても,PMDA(医薬品医療機器総合機構)の審査人員を増員したり,産業界や学界との人事交流も行われています。このような流れのなかで,今後は審査する側とされる側が一体となって安全性を確保し,有効性を示していく方向に進んでいってほしいと思います。

■医療の発展への貢献を支援する社会に

妙中 新しい機器や技術の導入がうまく進まない理由の一つには,マスコミや一般の方々の考え方の問題もあると思います。例えば,補助人工心臓の装着によって100人が助かっていても,1人が亡くなると一斉に医療従事者を非難するというようなことが往々にしてあります。何とか患者を助けたいという医療従事者の思いを患者や家族は認識していても,一般の国民には届いていないところがあるのではないでしょうか。ですから,これからは新しい技術の開発や製品化を通して,将来の日本ひいては世界の医療に貢献していくことを後押しするような社会づくりが必要だと考えています。

 その一環として,2009年8月に澤先生たちとともに「日本の技術をいのちのために委員会」(http://www.inochinotameni.jp/)を立ち上げました。このプロジェクトの目的は「すぐれた技術シーズを持つ日本企業・研究機関による『先端医療機器開発』を産業として活性化し,医療工学水準を向上させること」です。また,活動内容としては,(1)よりよい先端医療機器事業環境創出に向けた情報発信,(2)先端医療機器開発に携わる技術の担い手と社会を結ぶ活動,(3)企業や研究者が社会から支持されることをめざした活動,の3つを考えています。これらの活動を通して,一般の方やこれまで医療に参入していなかった企業,工学者,そして医療従事者に「医療の発展に貢献したい」と思ってもらえることをめざしています。

岡野 これまで蓄積してきた科学技術を価値あるものにするためには,「人類のためにリスクに挑戦して,治らない患者を治す」ということに目標を置いて,やり抜くことが重要です。そのためには,学界,産業界,行政の三者の間で日本にどういう医療をつくっていくのかという,総合的な戦略を練り直す必要があります。

 まず学界は,世界のなかでの日本の医療の在り方をとらえ直し,目の前の患者を治すことに加え,現在の医療水準では治らない患者を治すことにも力を入れるような仕組みをつくる。産業界は,「リスクがあるからやらない」ではなく,リスクを科学技術で克服することに挑戦する。それから行政は,国を挙げて学界や産業界を支援し,日本人が世界に対し誇りを持てるような仕組みをつくる。

 日本は個々の技術のレベルは高いですが,世界的視野を持っていないがためにそれぞれが分断されていて,諸外国との競争が難しくなっています。特に医療従事者には,日本の医療を見さえすればよいというのではなく,世界の患者,とりわけアジアの患者を治すためにリーダーシップを発揮し,質の高い医療を効果的に世界に提供できるような仕組みづくりに参加するという発想の転換が必要なのではないでしょうか。

 国が豊かになりすぎたところに,ややもすると慢心があって,物事の本質を見直すべき時期にきているのかもしれません。医療における患者と医療従事者の関係も同様で,互いの気持ちを知り合うというのがいちばん大事なのだと私も痛感しています。

構造から機能へ,マクロからミクロ・ナノへ

 私は,約10年後の医療の在り方を見据え,逆算しながら今やるべきことを考えるという視点が必要だと考えています。お二人はそれぞれ人工臓器と再生医療というお立場から,臓器不全に対する近未来医療をどのように展望していらっしゃいますか。

妙中 臓器不全に絞ってお話しすると,まず補助人工心臓や人工肺などは装着していることを忘れるようなデバイスの実現が重要だと思います。そのためには,小型化,感染などの課題を解決するためのさまざまな科学技術が必要です。それから最初にお話ししたように,生命にかかわる臓器不全だけでなく,よりよいQOLを実現するような感覚器なども含めたさらなる技術開発と製品化が求められます。

岡野 これまでの科学技術の歴史を振り返ると,構造から機能へ,マクロからミクロ・ナノへと発展してきました。ですから,再生医療も今後そのように発展していくと考えられます。

 例えば,先ほどお話しした心筋シートは,薄いシートを心臓の表面に貼るだけでVEGF(Vascular Endothelial Growth Factor;血管内皮成長因子)などのホルモンを絶えず分泌するため,ホルモン注射何百回,何千回に相当するような局所治療を行うことができます。これにより,筋肉が厚くなって動きが大きくなるのですが,この方法をほかにも適用して,心筋シートをステントグラフトの代わりにしたり,神経系の細胞シートをペースメーカーとして用いることができるようになるのではないかと考えています。

 眼科疾患については人工網膜の研究開発にシフトしています。それから代謝系臓器では,先ほどお話しした人工肝臓に加え,人工膵臓の開発を今後5-10年の間に実現したいと考えています。糖尿病の患者は世界的にみても数が非常に多く今後も増加していくと予測されていますので,再生医療で糖尿病が治療できるようになると,大きな成果が得られると思います。さらに,より生体に近い人工腎臓も今後10年ほどの間に再生医療の技術でつくれるようになるのではないでしょうか。

 さまざまな展開が期待されますが,長期的な目でみると,今後どのような方向に進んでいくでしょうか。

岡野 今後は,人工臓器で治療できる患者は人工臓器を用いながら,人工材料と細胞の両方からできるハイブリッドの時代を経て再生医療へ移行していくという流れになると思います。ただ,「再生医療が主流になれば人工臓器の役割は終わる」という議論もありますが,自分の細胞からできたものといえども移植するわけですから,人工臓器の技術は不可欠です。また,必ずしもすべてを再生医療にする必要はなくて,人工臓器が適した部分には人工臓器を活用しながら,再生医療・人工臓器ともに発展していくことが重要だと考えています。

妙中 さらに,社会全体が新しい技術を受け入れていけるようなシステムづくりも重要です。サービス業や健康産業などを巻き込んだメディカルタウンの構築など,社会全体の意識を変えていく必要があります。ひいては,新しい医療技術の開発に取り組んで製品化していく企業や団体,研究者を高く評価し,後押しするような社会になってほしいと思います。

 数年前にハイブリッドカーが登場したときには,世の中にハイブリッドカーがこんなに多く走るようになるとは思っていませんでしたが,自動車の世界の進歩は目を見張るものがあります。

 一方,命に直結する最も大切な医療は,ともすると進歩に制限がありすぎるような気もします。本日先生方のお話をお聞きして,新しい戦略として,医工連携,技術の融合,人と人との融合,人工臓器と再生医療の融合が,患者を中心にした新しい医療のかたちをつくる上で重要だとあらためて実感しました。本日はありがとうございました。

(了)


澤芳樹氏
1980年阪大医学部卒。同年同大第一外科入局。89年フンボルト財団奨学生として,ドイツのマックス・プランク研究所心臓生理学部門,心臓外科部門に留学。帰国後,阪大医学部第一外科助手,医局長,講師を経て,2002年同大助教授,同大病院未来医療センター副センター長,04年同大病院心臓血管外科副科長,06年より現職。現在,同大病院未来医療センター長も務める。

岡野光夫氏
1974年早大理工学部卒。79年同大大学院高分子化学博士課程修了。同年東女医大助手,84年米国ユタ大薬学部客員助手,86年同准教授,87年東女医大助教授,94年東女医大教授,99年同医用工学研究施設長を経て,2001年より現職。現在ユタ大薬学部連携教授(94年-),早大生命医療工学研究所客員教授(04年-),日本学術会議会員(05年-)などを務める。

妙中義之氏
1976年阪大医学部卒。同年同大第一外科入局。77年大阪厚生年金病院,78年大阪府立病院を経て,80年国立循環器病センター人工臓器部研究員。84年米国ユタ大,86年米国テキサス心臓研究所に留学。帰国後,87年国立循環器病センター研究所人工臓器部室長,95年同人工臓器部部長を経て,2007年より現職。99年より阪大教授(併任)を務める。