研究以前のリテラシー(深井喜代子,西條剛央)
対談・座談会
2009.11.23
【対談】
研究以前のリテラシー
深井喜代子氏(岡山大学大学院教授・基礎看護学)
西條剛央氏(早稲田大学大学院商学研究科 専門職学位課程講師(MBA))
なぜ研究をしなければいけないのか――。学生時代,もしくは臨床現場に出てから,そのような疑問を抱いた経験を,看護職の方は一度ならずお持ちではないでしょうか。忙しい業務のなかで負担に感じがちな研究ですが,少し視点を変えれば“しなやかな”研究実践が実現できるかもしれません。
本紙では,このほどJJNスペシャル『研究以前のモンダイ――看護研究で迷わないための超入門講座』を上梓した西條剛央氏と,生理学の研究に携った経験を持つ深井喜代子氏に,看護における研究についてお話しいただきました。研究とは何か,あらためて考える機会になると幸いです。
深井 看護の人は研究を話題にするとき,ほとんどの場合「看護研究」という言葉を使います。私は看護師になる前は生理学者でした。自然科学系の研究者は仕事として日常的に研究をしていますが,例えば生理学者は「生理学研究をしている」とはまず言いません。それは当たり前なので,普通は「シグナル伝達をやっている」とか,「味覚中枢の解析を手掛けている」など具体的な専門用語で表現します。ですから,なぜ看護の人が「看護研究」と言うのか,私にはかなり抵抗がありました。
自分が知りたいのはその人がどんな研究をしているかなのに,「看護研究」のその奥を即答してもらえることはまれです。そもそも「看護研究」とは何なのか,看護における研究はあえて「看護研究」と言わなければならない事情があるのでしょうか。看護学者となった今でも,それは疑問に思います。
西條 看護学は比較的新しい学問領域なので,始まったばかりの自分たちの学問を「看護学」という本当の意味での学問にしようという意気込みと,研究をやらなければいけないという悲壮感があるのかもしれません。
深井 なるほど,少し前までは,そういうことが根底にあったかもしれませんね。私は臨床で行われる「看護研究」――意味が理解できたように思うので使いますが(笑),これについても疑問があります。
わが国のほとんどの大規模病院では「看護研究」を奨励し,院内発表会を開催したり,そのうちのいくつかを国内外の学会で公表していると思います。私が臨床を経験した東海大学病院でもそうでした。その後,看護系大学で教育・研究職に就いてからも,近隣の病院の看護師たちが興味の有無にかかわらず「(本当は乗り気でないけど)今年は担当に当たっているんです」と言って,相談を持ちかけてくるという経験をしてきました。実践者が行う研究というのは本来,実践の場で行き詰まったり,疑問に思ったことに対して研究的なアプローチをして,何らかの解決の糸口を見いだす目的で始められるものではないでしょうか。
西條 SCRM(スクラム)(Structural-construction research method:構造構成的研究法)(註)の考え方には,「何のために」という目的を常に問い直すところがあるのですが,「看護研究」の大きな目的は「よりよい看護実践の実現」ですね。研究は看護をめぐる現象を構造化し,知見にしていくための手段ですから,研究自体が目的になってしまっているとすると,看護学がある程度確立されてきた今,「何のために研究するのか」ということを問い直す時期にきているのではないでしょうか。
日々の知見の積み重ねを研究につなげる
深井 1990年代に入って,四年制大学が急増し,学生たちには当たり前のように「看護研究」を学ぶ機会があります。専門学校も同様の状況だと思います。ですから,研究に対する意識もだんだん変わってきているという印象はあります。ただ,その教え方には工夫が必要です。例えば自然科学系の研究のほとんどは実験なので,専門分野ごとにデータ収集や分析のテクニックを身に付ければよいですが,「看護研究」は非常に複雑です。
私は大学の看護学部に入学した当初,なぜ「研究方法論」という講義があるのか理解できませんでした。「研究方法は論文を読めばわかるのに,なぜ概念枠組みばかり教えて実際の論文を読ませないのか」と質問したこともあります。「看護研究」で方法論を教える必要性があることを本当に理解したのは,臨床で働くようになってからです。「看護研究」の対象は,個性を持って生活している喜怒哀楽のある“まるごとの人間”です。ですから,研究方法にしても心理学的なアプローチ,行動学的アプローチ,解剖生理学的アプローチなど,さまざまな現象の分析方法を知っていなければ,適切な研究デザインが立てられないわけです。「看護研究」をするということは,とても難しいことに挑戦しているということになるんですよね。
西條 心理学も同様に,アプローチの仕方が本当に多岐にわたっています。僕が構造構成主義を考えるようになった背景には,心理学においても方法論をめぐる議論,例えば「量的研究か,質的研究か」など,看護学と同じようなことが起きていたということがありました。それで,看護についても何か貢献できるところがあるのではないかと思ったのです。
深井 本当に共通の問題がありますね。さらに看護学の難しいところは,臨床を支える学問だということで,心理学とは異なり純粋にアカデミックになり得ない部分を含んでいることです。逆に言えば,臨床に軸足を置いていない研究は,看護の研究とは言えないのではないでしょうか。
西條 看護という行為に軸足を乗せた,現場の違和感などから立ち上がった研究は,臨床に直接役立つことが多いはずです。しかし現実的な問題として,看護職の方は研究者も含め,非常に忙しくて研究に割ける時間は限られています。さらに,患者の個別性が高く,対象者が少ないなどの制約もあります。そのようななかで,現場の人たちが偶発的につかんだ「これは今までと違った視点で対象をみる切り口になる,研究になりそうだ」という知見を生かすためには,少数事例でも,組織的に研究デザインされた場合でなくても,研究という形にして“臨床の知”を蓄積していくことが必要なのだと思います。しかし,そのような研究は残念なことに,科学的でないなどの理由で不採用となることも多いです。そうした場合も,SCRM(スクラム)にある「科学とは何か」といったリテラシーを共有しておけば,科学的研究としてまとめることができますし,また評価する側も科学的研究として認めることもできるようになります。
SCRM(スクラム)は,「やってみてうまくいったことを研究として再構成する」技術でもあります。そういう貴重な知見を自分たちのなかだけでとどめているのはもったいないので,もう少し気軽に,自分たちの病棟や施設をよくするために工夫しながら,有効だとわかったときに“研究”というかたちで発表してみるといいのかもしれません。そうすれば,今のように過度な負荷がかからずに研究できるようになるはずです。
深井 ベッドサイドには研究のテーマがあふれていますからね(笑)。
西條 はい(笑)。研究は「これってどうなんだろう」「こうしたらよくなるのではないか」という探究心から始まります。そのような研究は,よりよい方向に変わっていくことを実感できるので持続できると思いますが,「研究をしなければいけない」と頭を悩ませて実践に支障が出るようでは本末転倒です。ですから,今までの研究の在り方から発想を転換してほしいですね。
深井 研究は,「よりよい看護をしたい」ということが基本にあって,仕事のやりがいや達成感をより高めてくれるものです。
西條 しかも,それが広く共有されて,「役に立ちました」と言われたらもっとうれしい。看護実践の質も向上して,患者さんにもより質の高いサービスを提供できる。そういうwin-win-winのかたちになるといいなと思います。
「なるほど,試してみよう」から始めてみる
深井 今看護界では,ケアの質を上げるためには研究志向がないといけないということが言われています。実践者と研究者は...
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
いま話題の記事
-
対談・座談会 2025.04.08
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
対談・座談会 2025.02.04
-
医学界新聞プラス
[第3回]冠動脈造影でLADとLCX の区別がつきません……
『医学界新聞プラス 循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.05.10
-
連載 2025.04.08
最新の記事
-
対談・座談会 2025.04.08
-
対談・座談会 2025.04.08
-
腹痛診療アップデート
「急性腹症診療ガイドライン2025」をひもとく対談・座談会 2025.04.08
-
野木真将氏に聞く
国際水準の医師育成をめざす認証評価
ACGME-I認証を取得した亀田総合病院の歩みインタビュー 2025.04.08
-
能登半島地震による被災者の口腔への影響と,地域で連携した「食べる」支援の継続
寄稿 2025.04.08
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。