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第2853号 2009年11月2日


MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


神経文字学
読み書きの神経科学

岩田 誠,河村 満 編

《評 者》下條 信輔(カリフォルニア工科大教授・認知神経科学)

脳と文字の神秘に触れる

 この本の帯には「時空を超えたヒトと文字の神秘」とある。惹句にしてもいかにも大げさな,と評者は最初思ったが,本書の中身に触れた今は「まったく同感」としか思わない。ヒトの脳と,文字という文化の間には,実にそれだけの豊かな内容が広がっているのである。

 この本は,文字にかかわる神経心理学と神経科学の知見を,各テーマごとにトップの専門家を擁して編んだアンソロジーである。初学者にとって最適な入門書であるとともに,専門家や隣接分野の研究者にとっても最新のデータをいち早く参照できるハンドブックとして有用である。神経文字学という新しい分野を打ち出す上で,教科書としての決定版をめざした節もある。

 中身の構成も,ある程度そうした使用法を意識している。まず編者お二人のイントロを兼ねた短い対論に続いて,序論で神経文字学の起源と背景の広がり(進化,文化,情報などの観点)を示す。そして第一章「漢字仮名問題の歴史的展開」,第二章「日本語の読み書きと漢字仮名問題」と続く。まずこのあたりまでが,大ざっぱにみて概論に当たる部分だろう。

 以下が各論である。語義失語,読み書きの半球差,読字,触覚読み,書字障害の分類,その計算モデルと神経機構といった順序で,各テーマの最先端の研究者が背景と最新知見をわかりやすく整理している。

 公平にみて,この本には類書にない大きな美点がいくつもある。第一は,既に触れたことだが,文字をめぐる神経科学的問題を一つの学として統合的に考察しようという高い企図である。その他,必要にして十分な視点と書き手とが集められている。

 第二に,文字という対象の性質上,その進化的,文化的,学史的背景が十分に意識され,それに紙幅が割かれている。例えば「漢字仮名問題」の学史的展開の記述から,国際学界における日本固有の研究の独自の価値を再認識させられる。

 第三に,門外漢から見てこの分野のテクニカルタームは把握が難しいことも多いが,そうした概念の盛衰や用語の使い分けといった点にも配慮が行き届いている。例えば「二重神経回路説」をめぐる記述などは,編者自身がかかわっていることもあって精彩に富んでいる。

 第四に,文字というテーマの性質上期待される,幅広い神経機能に言及している。例えば,感覚間統合や感覚運動協応,運動の計算理論,学習と可塑性などは,評者の専門である心理物理学や認知神経科学の観点から見ても,大いに参考になる。今後さらなる交流が期待される。

 最後に補足すると,この本は初学者へのサービス精神にも満ちている。例えば文学は好きだが神経科学はまだ素人という読者が,たまたまこの本を手に取ったとしよう。彼(女)はまず,扉で引用されている谷川俊太郎の印象深い詩に目を奪われるかもしれない。それから自然に巻頭,巻末の対論を読み,「文字学こぼれ話」という囲み記事に引き込まれていくだろう。「そういう読み方もありです」とこの本の構成自体が語っているように思える。

 一読して,編者であるお二人の碩学の高い志と意欲を感じ,また最先端の研究を肌で感じることができる。分野を超えて,広く若き学徒に薦めたい一冊である。

A5・頁248 定価3,360円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00493-0


脳腫瘍臨床病理カラーアトラス 第3版

日本脳腫瘍病理学会 編
河本 圭司,吉田 純,中里 洋一 編集委員

《評 者》長村 義之(東海大教授・病理診断学)

脳腫瘍診療に携わるすべての医療従事者に有用な書籍

 この本を開いてみて,まず感銘を受けるのは,①多くの脳腫瘍を網羅しながらの理路整然とした組み立て,②規則正しく簡潔かつ十二分な各腫瘍についての記述,③タイトルにふさわしい美麗かつ的確なカラー図である。本書には,一貫して編集者の哲学が感じられるのが素晴らしい。本書の内容は,総論と各論により構成されている。

 総論は,(1)歴史,(2)組織分類,(3)発生の分子メカニズム,(4)分子遺伝学と,脳腫瘍の“温故知新”が簡潔にまとめられており,興味深くまた大いに参考になる。特に「脳腫瘍の組織分類」では,WHO分類2007の表にすべての腫瘍名が網羅されており,中枢神経系腫瘍のWHO gradeでも,表が見やすくgradingが可能となるように配慮されている。「脳腫瘍発生の分子メカニズム」「Astrocytoma,oligodendrogliomaの分子遺伝学」ではこの領域でのアップデートされた最新情報が記載されている。

 各論では,WHO分類2007に準拠して記載されており,グローバルスタンダードにのっとってアップデートした脳腫瘍診断を行うことができる。ここに“誰でも”と付記したくなるくらいに,すべてが明快である。各論では代表的な66疾患が取り上げられているが,記載の簡潔さはもとより,カラー図も,H&E染色,免疫染色,電子顕微鏡など各腫瘍の診断に不可欠の特徴が網羅されている。かつ,われわれ病理医にとっても,極めて有用な画像診断イメージが必ず図示されている。CT,MRI画像などわかりやすく大いに参考になるものと思われる。

 さらに,遺伝性疾患であるNeurofibromatosis1/2,von Hippel-Lindau病,Tuberous sclerosisなどの場合では,遺伝子の突然変異も図示されている。最後に付録として,「表1.脳腫瘍の遺伝子/染色体異常」「表2.脳腫瘍の免疫組織化学」,そして文献が掲載されており有用である。

 本書は,病理医としては,脳腫瘍の病理診断の際に極めて有用であると同時に,脳腫瘍の診療に携わる臨床医にも多くの情報をもたらすものと思う。本書を,研修医,病理医,臨床医および脳腫瘍にかかわるすべての医療従事者に極めて有用な書籍として推薦する。

A4・頁216 定価19,950円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00792-4


社会精神医学

日本社会精神医学会 編

《評 者》佐藤 壹三(同仁会木更津病院そが西口クリニック院長)

多岐にわたる視座から示された社会精神医学の到達点

 編集委員を代表して広瀬徹也氏も,序文の中で述べられているが,かつて同じ表題『社会精神医学』が同じ医学書院から最初に出版されたのは,何と1970年,今からおよそ40年前のことである。氏はこれについて,その空白期間の長さを指摘し,本書はこの空白を埋めるべく,社会精神医学会の総力を挙げての企画,日本の社会精神医学の今日の到達点を示すものであり,広く社会精神医学に関与する人たちの教科書となることも期待しておられる。

 前著が発行された1970年は,荒れた日本精神神経学会金沢総会の翌年,いわば日本の精神医学会が昏迷の時代に突入したとき。懸田克躬,加藤正明の両先達の編集,これに5人の碩学が加わり,それぞれの専攻領域を執筆されている。日本社会精神医学会が発足したのが,その11年後の1981年であったから,これはいわば夜明け前の啓蒙の書だったといえるかもしれない。これに対して本書は,4人の編集委員に50余人の執筆者という,まさに社会精神医学領域のその後の発展と広がりそのものを反映しているものといえよう。

 したがって本書は,総論的部分と各論的部分の中で,この間のわが国における社会精神医学領域の歩みを広く集大成し,現状を分析,さらに将来の展望を問うという幅広い内容となっている。さまざまな領域の方も含め50余人の執筆者ゆえ,その内容に過疎,時に重複があるのはやむを得ないが,逆に豊富な内容,膨大な引用資料は,多岐にわたる視座とともに,本書の優れた長所かと思われる。

 以下簡単に章を追って内容を紹介すると,第1章「社会精神医学とは」では,その歴史,定義そして臨床実践のための方法論,第2章「社会精神医学の役割」では,社会構造の変化,現代的意義,疾病性と事例性の問題などが取り上げられる。第3章では世界,アジアそして日本それぞれの研究成果を示し,疫学的研究を別記。この第1章から第3章までが,本書の総論的部分ということになろう。

 以下各論的に,第4章「ライフサイクルと社会精神医学」,第5章「現代社会の特性と社会精神医学」,ここでは災害,自殺,ジェンダーなどまさに今日的話題を社会精神医学的視座から問い直す。第6章「精神保健サービスの提供と学術基盤」では,救急医療,司法精神医学,産業,家族,地域精神医学などこれまで多く取り上げられた実践の場を検証している。第7章では視座を変え法学,社会経済学,心理学あるいは宗教学など幅広いさまざまな関連学問領域から社会精神医学を問い直す。第8章は課題と展望。補遺の学会の歴史も貴重な資料である。

 この膨大な内容を短い中で紹介することは至難であるが,三次元的画像,あるいはMRIのように今日の成果を結集した本書は,まずは21世紀初頭の社会精神医学の記念碑ともいうべきで,編者も言われているように,この領域に日常活動しておられる多くの方々,あるいは関心を持たれる方にはぜひ御一読をお勧めしたい。

B5・頁480 定価11,550円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00708-5


外科の「常識」
素朴な疑問50

安達 洋祐 編

《評 者》馬場 秀夫(熊本大大学院教授・消化器外科学)

惰性に流されず常に自分で「なぜか」と考える

 かねてから『臨床外科』(医学書院)誌上で連載中であった「外科の常識・非常識」がついに書籍として発刊された。ついに,と書いたのは,以前よりこの連載企画には興味があり,一度まとめて読んでみたいと思っていたからである。

 本書はわが国の外科医が日常診療を行うにあたり,一般的に常識化(もしくは非常識化)している内容を,最新の知見を交えた上で改めて検討し,その真偽を問い直すことに主眼を置いている。誌上掲載時には「人に聞けない素朴な疑問」というサブタイトルをもっていたが,もはや同僚外科医師の間では論議にならないほど当然のことになっている外科診療上の一種の決まりごとを今一度分析し,その「常識」にメスを入れているのである。

 おそらく私もそうであったように,ここで取り上げられている「常識」には,外科の新人研修医時代から先輩医師を通じて,臨床の現場で経験的に身につけてきたものが多数あり,外科医として一人前になる過程で必要不可欠な事項ともいえる。だからこそ,今さら「人には聞けない」ということなのだが,逆にある程度臨床経験が豊富になるとともに,時には本当にそうなのかと感じる外科の慣行が含まれることも事実である。

 そんな外科医の疑問に答えるべく,国内で活躍する27名の臨床医が各項目を執筆され,基本的な外科の常識に改めて正面から取り組まれている。内容をみると,「虫垂切除で断端埋没は必要か」「胃腸切離断端の消毒は必要か」「抜糸はなぜ7日目か」「半抜糸は必要か」など基本的な概念がずらりと並んでいる。もちろん,一般外科医は“常識の範囲”でこれらに反射的な回答を用意できるわけだが,中には疑問を感じてもそれを隅に追いやってきたことに気づく方もいらっしゃるのではないだろうか。

 実は国内外科医のそうそうたるメンバーが同じような疑問を感じていたということにひそかな興奮を覚え,さらにそれに対し,執筆者らが豊富な経験と知識,かつ最新のエビデンスをもって解析を加えていく内容は,外科医として極めて興味深く,結論まで一気に読んでしまうことになる。今までの常識が真となるか偽となるか,一つの疑問に対して簡潔にまとめられた3ページで外科医は十年来(数十年来?)のパラダイムシフトを迎えることになり,新鮮な感動を覚えることが少なくないのである。また,番外編では外科医の直面する最近の問題が取り上げられ,本書をさらに魅力ある書に仕上げている。

 本書は,中堅以降の外科医,これからの外科医の教育にあたる方々に柔軟な姿勢と広い視野で読んでいただきたい一冊である。と同時に,次代を担う若手外科医や研修医には,先輩医師の経験則を新たな視点で考え,一気に見直すチャンスを与えてくれる今までにない外科教科書ともいえる。また,外科の診療を知ってもらうという意味では他科の医師や一般の方にも興味深い内容ではないだろうか。

 もちろん,外科医が身につけた経験と慣習が重要であることには変わりはなく,それを素直に吸収し,外科のセオリーに徹する時期も必要である。一方で,やはり,時にはその惰性に流されず常に自分で「なぜか」と考え,検証する姿勢も併せ持たねばならない。そんなことにあらためて気づかされる内容の深い一冊であり,若い研修医から指導者まで,幅広い層にぜひとも読んでいただきたい外科医必携の書である。

A5・頁216 定価3,150円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00767-2

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