医学界新聞

寄稿

2009.05.25

【特集】

武蔵野赤十字病院の事例に学ぶ
トリアージナースの役割とは
(左上から時計回りに)西塔依久美氏(救急看護認定看護師),長田薫氏(総合診療科部長),トリアージ業務を行う宮﨑彩子氏,倉橋公恵氏


 東京都では昨年5月から,小児二次救急病院である武蔵野赤十字病院と東邦大医療センター大森病院において「小児救急トリアージ普及事業」をモデル事業として実施し,救急外来におけるトリアージシステムの導入・普及に向けた検証を行っている。さらに,同年10月に東京都がまとめた「救急医療の東京ルール」においても搬送時トリアージ,病院内トリアージ推進が柱のひとつに挙げられている。そんななか,トリアージナースの導入を検討する病院も徐々にではあるが増加している。本紙では,2002年に看護師によるトリアージを開始した武蔵野赤十字病院の取り組みを紹介する。また,トリアージナース養成に向けた関連学会の取り組みとその意義について,山勢博彰氏(山口大大学院)にご寄稿いただいた。


 武蔵野赤十字病院は北多摩南部保健医療圏に属し,急性期医療の中核病院としての役割を担っている。同医療圏には同院のほかに,三次救急を担う施設が杏林大学医学部付属病院,都立府中病院と2施設あり,救急体制が非常に充実した地域である。しかし,神奈川県や埼玉県など遠方から患者が搬送されてくることもあり,いずれも多忙を極めているという。

 同院の救急センターには,年間約3万5000人が受診する。うち救急車による搬送患者は約20%。離島などからヘリ搬送されてくる患者も年間10件程度受け入れている。この10年で受診者数は1万人ほど増加し,救急センターの待ち時間は平均すると1時間程度。休日など受診者が多いときには2時間を超える。

 同院では,2002年に救急外来(2004年に移転,救急センターと改称)に自力来院し受診するすべての患者と,救急センター混雑時に救急車で来院した患者を対象に,看護師によるトリアージを開始した。トリアージを行うのは,各勤務帯でリーダー業務を担う看護師。リーダークラスの看護師のみがトリアージを担うのは,迅速にアセスメントを行うための実践能力と経験値を有し,さらに病院のシステムを熟知していなければ,個々の患者に応じた柔軟な対応ができないからだ。

 トリアージは待合室において,「来院患者が診察申し込み用紙に記入」⇒「申し込み用紙の主訴など内容の確認」⇒「待合室に出向き優先度の高い患者からトリアージ」⇒「トリアージ判定に基づき業務依頼や診療調整(必要時には再トリアージ)」の順に,情報収集とアセスメントを行う。

 トリアージは,標準化を図るために作成した携帯サイズのマニュアルに基づいて行う(図)。フローチャート式になっているため,迅速で的確な判断につながりやすい。判定基準は3段階に分かれており(表),患者の割合は赤が1割弱,黄色が2-3割,緑が6-7割と,軽症患者が圧倒的に多いのが現状だ。

 武蔵野赤十字病院で使用されているチャート式のトリアージマニュアル(胸痛)

 トリアージの判定基準

待合室にて待機可能。待ち時間が長い場合は再トリアージを行う。原則120分以内に診察。

待合室にて待機可能か否かを医師に報告・相談し決定,または診察室・観察室に案内し診察まで経過観察を実施する。原則60分以内に診察。

直ちに医師へ報告,診察室・初療室へ入室し治療・処置を開始する。場合により院内HOTを要請。原則待ち時間はなく直ちに診察・処置に当たる。

*2009年3月現在。新しい判定基準を改訂中

適時適切な医療提供のために導入

 同院が救急センターにおけるトリアージを開始した背景には,前述したような救急医療需要の増加のほか,さまざまな要因があったという。そのひとつは,QC活動の一環で行われた救急センターの待ち時間の調査だ。この調査では,受付から診察開始までの時間を測定し,時間帯別の分析を行った。総合診療科部長の長田薫医師は,「以前は明らかな重症患者を除いて原則受付順に診察を行っていたため,稀にではあるが待合室で急変したり,緊急性が高く重症化しており,もっと早く診察を行うべきだったと感じる患者さんがいた」と語る。また,救急外来の医師の体制は,各科当直医1名ずつと研修医2名。救急外来で勤務する看護師たちは,不安を抱える研修医とともに安心できないという気持ちを抱いていたという。それまでの受付順の診察ではなく,患者の緊急度・重症度の判定が必要だということは看護師皆が感じていたが,具合の悪そうな患者への声かけなどにとどまっていたという。

 そのような状況を改善するために考え出されたのが,看護師によるトリアージだ。2002年当時,トリアージは災害時に行うもので,社会的にもまだ注目されていなかったが,「野戦病院のような救急外来にも必要なのではないか」という声が職員から挙がっていた。当初からトリアージを担っている倉橋公恵氏は「導入時期は皆が疲弊していた時期。看護師が診療の補助の合間に行っていたトリアージは手探り状態。どのように自分たちのスキルを上げ,医師やコメディカルとともに適時適切な医療を提供していくかが大きな課題だった」と話す。

 その後,2004年の新潟県中越地震における医療救護活動の際に実際にトリアージを経験したことが,救急外来におけるトリアージの必要性を再認識し,体制を強化する契機となった。

トリアージを継続できる理由

 トリアージ体制の構築にあたって重要なのは,トリアージを行った人に全責任を負わせないこと。トリアージを行う看護師にかかる重圧は非常に大きい。同院でもトリアージに関する看護研究の一環としてアンケートを行ったところ,「患者家族からのクレームが大変」「重症度,緊急度を判断することにストレスを感じることがある」などの声が聞かれたという。救急看護認定看護師でトリアージの導入にもかかわった西塔依久美氏は,「個々のスタッフに全責任がいかないようにするには,病院のトップにトリアージをきちんと理解してもらうことが重要。さらに,患者さんに対する『救急センターでは緊急性の高い患者さんを優先するためトリアージを行っている』という周知も必要。今後導入する病院にも,このような組織的対応を望みたい」と語る。

 最近は来院患者にもトリアージが浸透してきている。「救急医療なのになぜ待たせるのか」という患者さんからのクレームが減った。トリアージを知らない患者さんのなかには「今ここでお話ししなきゃだめ?」「すぐに診察してほしい」と訴える患者もいるが,周囲の患者が同様にトリアージを受けていることを知ると納得する。

 また,トリアージ体制でもうひとつ重要なのは,医師をはじめ他職種の理解と協力を得ることだ。同院では,トリアージを開始する際のマニュアル作成にあたって,医師も積極的にかかわった。それにより,同院のシステムや現状により適応しやすいものを作成することができた。また,トリアージ導入のきっかけとなったQC活動には事務の方の協力を得ていたため,事務部門のスタッフにもスムーズに理解してもらえたという。

 「看護師によるトリアージの導入に賛成したのは,自分たちが助かるから」と長田医師。医師や救急隊が伝えてくる取捨選択された情報が,時には『聞いていた話と違う』ということもある。その齟齬をなくすために,トリアージを行う看護師は救急隊から診療に必要な情報を積極的に収集している。その繰り返しが,近隣の救急隊との協力体制の強化にもつながっているという。

トリアージ場面。必要な情報を患者から聴取し(左),トリアージシートに簡潔に記していく(右)

教育体制の整備と病院全体のボトムアップを

 同院の現在の課題は「後輩の育成」。この春の人事異動でトリアージを担ってきた看護師が4分の1近く他部署へ異動したこともあり,次にトリアージを担う看護師をいかに育てるかが組織の課題だ。同院では研修会等を開催し質の向上に努めているが,体系化された教育システムについては,現在ワーキンググループや委員会において検討中とのこと。

 トリアージナースの教育体制の整備は,ほかの病院にとっても課題だという。日本臨床救急医学会や日本救急看護学会のトリアージナース育成検討委員会のメンバーでもある西塔氏は,「救急センターを受診する患者は入院患者のように疾患が確定されておらず症状で訴えてくるため,症状別アセスメントが非常に重要。救急看護認定看護師養成教育のなかには2006年頃から院内トリアージに関するプログラムが入っているが,看護基礎教育では院内トリアージのアセスメント技術は教えられていない。そのことが,トリアージナースの導入を阻む原因のひとつにもなっている」と指摘する。

 同院のトリアージマニュアルには,「トリアージナースに必要な能力」として,“迅速性・直観力”,“柔軟性・協調性”,“綿密・適切な観察力”,“瞬時のアセスメント能力と判断力”,“共感的・受容的態度”,“コミュニケーション能力”,“精神的・情緒的安定”の7つが挙げられている。トリアージ業務を担っている宮¥外字(8a34)彩子氏は「トリアージは症状から患者さんの問題を探るため,疾患が確定している病棟看護とは逆のアセスメント力が必要。そのため,自分がトリアージした患者さんのその後の情報を集めたり,他の人が記入したトリアージ用紙を見たりすることにより,知識や技術の向上を図っている」と話す。

 一方,倉橋氏は「看護師は視野が狭くなりがちで,社会的な知識が抜けている場合がある。看護だけにのめり込むと,思い込みにもつながる。感性を磨く何かしらの努力が必要」と語る。現在の救急センターは,クリティカルケアの知識・技術だけでは対応できない状況にある。「救急センターには,精神疾患を抱える患者さん,育児の悩みを抱えたお母さん,独居高齢者など,さまざまな問題を抱えた人たちがいらっしゃる。だから,社会資源の活用方法や社会福祉士・地域看護の知識を得ることも大事。救急医療の現場に保健師や助産師を常駐すべきではないかと思うこともある。『それは救急医療の役割ではない』という声もあるかもしれない。けれど,それが救急の現実」だという。

 では,現在の救急をめぐる問題が解決したらトリアージは不要なのだろうか。それについては「患者さんのコンビニ受診の裏には,核家族化やひとり暮らしがもたらす寂しさや不安がある。患者さんは“普段と違う”という何らかの心身の問題を自覚して不安を持って当院に来るのだから,そのニーズを汲み取り思いを察することは非常に大事。だからこそ,患者さんに第一接触する医療者として,看護師が患者さんと顔を合わせて話すことは必要ではないか」と語った。

 さらに,マンパワーの不足も大きな問題だ。「忙しいときには1人で100人もの患者さんのトリアージを行うこともある。次第に誰とも話したくなくなるほど疲れてくるけれど,そういうときがいちばん危ない。リーダー業務を担えるスタッフを必ず2名以上配置するなど,マンパワーの確保が急務」と倉橋氏。長田医師は「7対1入院基本料の関係で看護師配置は病棟に優先されがち。救急センターの看護師数を増やすことは難しいから,土日は外来の看護師が救急センターの勤務に入る。そうすると,人のめぐり合わせによって,トリアージができる人とできない人との力の差を埋めることが難しい場合もある。トリアージナース以外のスキルアップも重要」と語った。

病院のさまざまな基盤が下支えになっている

 同院には従来,人間工学や航空業界の知識・技術を医療安全に積極的に取り入れるなど,外部の知恵を病院経営に導入しようとする風土があるという。他領域の取り組みを学ぶことでボトムアップを図り,「閉鎖社会でなくなる努力」をしているのだ。

 また,臨床研修病院として,毎年病院独自の臨床指導医養成講習会を開催している。プログラムはグループワークを中心に構成されており,指導医だけでなく,看護師やレントゲン技師,検査技師,事務員も参加する。研修医を育てるには,看護師の役割も重要。救急センターにおいても,看護師が研修医の成長を積極的にサポートする体制ができている。倉橋氏は,「マンパワーが解消されれば,リーダークラスの看護師が研修医の診療に同席し,患者さんが理解しにくい部分の説明を補足するなど,患者さんとの橋渡しをすると同時に研修医のサポートをしたい」と語る。病院全体に「人を育てる」という土壤があり,ボトムアップを繰り返しながら,研修医も含めたチーム医療が成り立った先に,トリアージが根付いている。

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