医学界新聞

寄稿

2009.04.20

寄稿
「医療看護支援ピクトグラム」の開発と運用

横井 郁子(東邦大学医学部看護学科教授)


 2007年11月に開催された医療の質・安全学会第2回学術集会で,ベストプラクティス部門において発表した「ヘルスケア情報をピクトグラムで」が最優秀賞に選ばれた。その後,病院でのピクトグラム導入の話が持ち上がり,それを機にピクトグラムを「医療看護支援ピクトグラム」(以下,医療ピクト)としてバージョンアップし,2008年11月,旭川赤十字病院の新棟に導入された。ベッドサイドにピクトグラムが表示された第1号である。発表から運用まで1年。瞬く間の1年間であった。


患者の生活情報を切り出し多職種で共有する

医療看護支援ピクトグラムの使用例
 ベッドサイドにピクトグラムを持ち込むという発想の根は,平成15-16年度厚生労働科学研究費補助金医療技術評価総合研究事業「医療施設に於ける療養環境の安全性に関する研究」(主任研究者=武蔵野赤十字病院・三宅祥三氏),平成17-18年度厚生労働科学研究費補助金医療技術評価総合研究事業「安全な療養環境を構築するための物的対策に関する研究」(主任研究者=国立保健医療科学院・筧淳夫氏)という2つの研究プロジェクトにある。筆者が両研究で分担研究者として,療養環境という視点で病院を見直す機会をいただいたことがそもそもの始まりだった。

 筆者は「安全な療養環境を構築するための物的対策に関する研究」の最終年度にピクトグラムを提案し,調査を行った。当初は環境調整の具体的手法について検討し,教材等を作成する予定であった。確かに環境調整,特に物の調整に関してはまだまだやるべきことが残っており,上手に物を調整することで動作をうまく導き,転倒対策にもつなげられる可能性は十分あった。

 しかし一方で,急性期病院にそれらの生活動作を支援する道具がそろっているかというと非常に厳しい状況であった。たとえ「道具をそろえよう」「購入しよう」ということになったとしても,道具を使うのは療養生活支援の担い手である看護師である。道具を使いこなすための知識と技術,そして訓練を看護師に課すことは,現状の業務量からみて現実的ではないと思った。

 ただ,当時はベッドサイドに理学療法士や薬剤師,栄養士が訪問することが珍しいことではなくなりつつあるときでもあった。患者さんの動きや姿勢を異なった角度から評価できる専門職が集うベッドサイドに,看護師が把握している患者の生活情報の一部を上手に切り出し,提供することで療養生活支援がより円滑に進むのではないか。これがピクトグラムにつながった大きな流れである。

「ベッドまわりのサインづくり研究会」の発足

 研究協力者として生活の視点を常に提供してくださったのは,障害者の住宅改修などを手がけてきた橋本美芽氏(首都大学東京)である。一級建築士でもある氏の紹介で,医療情報システムとそれを組み込む病院設計について思案されていた鹿島建設の濱野拓微氏が研究チームに加わった。さらに,ベッドサイドという空間づくりのアドバイザーとして,パラマウントベッドの藤原康人氏がご協力くださることとなった。ピクトグラムに関しては,病院設計のサイン計画という観点から濱野氏が人探しを担ってくださり,島津勝弘氏(島津環境グラフィックス)に相談することになった。医療ピクト検討チームの結成である。

 皆で試作品を作成し,それらに対する看護職と患者の意見を分析した結果がベストプラクティス最優秀賞となったのである。メンバーはこの受賞で「医療の質・安全学会のお墨付きを得た」と勝手に解釈し,「ベッドまわりのサインづくり研究会」を立ち上げた。2007年末のことである。

旭川赤十字病院への導入

 2008年11月,島津氏が旭川赤十字病院の増改築にかかわっていたことがきっかけで,同院へのピクトグラムの導入が実現した。同院では,ベッドサイドでの文字による情報表示をすでに行っていた。改築後も継続予定であったが,美しくなった壁に手作りカードはそぐわない。適切に,それも全科共通でデザインできないか。設計責任者の藤田衛氏(山下設計)と看護副部長の前田章子氏のこだわりであった。このお二人のこだわりが,運用実現の鍵となった。私たちの活動情報が前田氏の耳に入り,院内での検討会がすぐに開かれ,導入が決定した。同院の縦横の風通しの良さのなせる技であろう。

 決定と同時に,ピクトグラムのJISを前提としたデザイン,種類の再検討が始まった。そして,社団法人日本サインデザイン協会の多大なご協力を得てでき上がったのが「医療看護支援ピクトグラム」23アイテム(図)である。

 医療看護支援ピクトグラム(カラー部分の実際の色は赤色)

 導入決定から運用まで約2か月。今,旭川赤十字病院のベッドサイドで少しずつ動き出しているピクトグラムが難産の末の子どものようでなんとも愛おしい。優秀な育ての親はたくさんいるので,これからは成長を楽しく見守っていきたい。

産学連携チームの強みとは

 さまざまな出会いで結成された手弁当の産学連携チーム。メンバー構成はいたってユニークである。このチームだからこそ実現できたのだろうと今振り返って思う。私は看護師を中心に考えやすい。他のメンバーの視点はいつも患者と家族にあった。このバランスが良かったのだと思う。

 専門職間の情報共有には専門用語があり,電子カルテがある。今必要なのは,病院にいるだれもが共有できる情報の形なのではないか。だからピクトグラムにしたいのではなかったか。そんな議論を何度も繰り返して出来上がった「医療看護支援ピクトグラム」。つまり,このピクトグラムは病院に集う人たちみんなのコミュニケーションツールなのである。

 「あら,私と同じ」「昨日と変わったのね」「これ何?」とちょっと声を掛けてみてほしい。きっと笑ったり,腹が立ったり,悲しんだり,そして励まされたりするだろう。それは職員同士でも同じである。そんな声の掛け合える空間を病院につくることができれば,日々の業務も変わってくるのではないだろうか。過度の緊張をほぐし,目の前の患者に,同僚に声を掛けていただけるきっかけになることを心から願っている。

*5月号より「情報共有の新ツール――医療看護支援ピクトグラム」と題し,連載をスタートします。毎回ほっとひと息つける言葉とともに,それぞれのピクトグラムが持つ意味や,作成過程でのエピソードなどをご紹介します。

医療看護支援ピクトグラム(社団法人日本サインデザイン協会推奨)
 このピクトグラムに関するお問い合わせは下記まで。
 ベッドまわりのサインづくり研究会代表=横井郁子(東邦大医学部看護学科)
 E-mail:care_pict@med.toho-u.ac.jp
 電話:03-3762-9881(代表)

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook