医学界新聞

寄稿

2009.01.05

【寄稿】

市町村におけるパンデミックへの備え
2008年8月に実施した市町村アンケート調査結果から

小坂 健(東北大学大学院歯学研究科・国際歯科保健分野教授)


新型インフルエンザの対策はどこまで進んでいるか

 新型インフルエンザに対する国レベルの対応についての議論が,徐々に進んできている。民間企業では,東南アジアなどに進出している企業を中心に対応策が検討されていると聞く。しかしながら,ある調査では,9割以上の企業が具体的な対策を講じる必要性を感じているものの,具体的な対策を立てているのは1割強の企業のみにとどまっていることが報告されている(2008年9月東京商工会議所調査より)。

 では,われわれが住む市町村での対策はどの程度進んでいるのだろうか。今回,厚生労働科学研究費「新型インフルエンザ大流行時の公衆衛生対策に関する研究(主任研究者=押谷仁・東北大大学院教授)」により,全市町村を対象とした新型インフルエンザ対策についてのアンケート調査を実施した。本稿では,その結果の一部を報告する。

 本調査は2008年8月に実施。全市町村へ質問票を郵送し,1188の市町村(回答率約67%)から回答を得た。

新型インフルエンザ対策委員会の設置や対応計画

 新型インフルエンザの対策委員会等が設置され,実際に活動している市町村は6%の70自治体のみであり,88%の自治体では委員会等が組織すらされていないことがわかった。また,対応計画を作成する予定のない市町村は,全体の65%を占めていた。

◆新型インフルエンザ対策における他の分野との協力体制
 医療機関,学校やメディアなどとの協力関係の有無について尋ねたところ,高校,大学,各種学校等との協力体制が「ない」が40%,「ややない」が9%と,約半数の市町村が協力体制がないと回答した。また,大きな対策手段の1つとなりうる交通機関との協力体制では,「ない」が42%,「ややない」が6%と,こちらも半数近くの自治体で協力体制が構築されていないことが明らかになった。また,メディアとの協力体制も「ない」と「ややない」が40%近くを占めている。

◆都道府県との協力体制
 都道府県の説明会等を通じた協議の場は63%が「ある」としているものの,「対応計画の作成の協議や指示がない」52%,「病原体の検査に対する協議や指示がない」72%,「抗インフルエンザ薬の投与についての協議や指示がない」74%,「医療体制の確保についての協議や指示がない」63%となっており,都道府県での対応計画が市町村での具体的な対策に結びついておらず,市町村への指示もいまだ少ないことがわかった。市町村同士の他の市町村との協議会についても「ない」が72%となり,都道府県と協同した市町村の計画が進んでいないことが明らかとなった。

◆自治体における現在の課題(図1)
 自治体における課題について2つ選択してもらったところ,「自治体のすべきことがわかりにくい」36%,「国の対策がわかりにくい」19%,「新型インフルエンザ対策の予算がない」15%,「行政の関心度(他部局など)が低い」11%等の回答が選択された。行政としてどのように取り組んだらよいかがわかりにくいことに加え,予算や関心も低いという現状が明らかである。

◆今後の対策を検討する上で不足している情報(図2)
 今後の対策を検討する際に不足している情報を3つ選択してもらったところ,多い順に「医療確保についての情報」16%,「住民の行動制限についての情報」13%,「個人防御策についての情報」11%,「抗インフルエンザ薬の備蓄や使用についての情報」11%,「想定される被害者についての情報」10%,「ワクチンについての情報」10%,「学校・職場などでの対策についての情報」9%となった。医療や予防方法以外にも,社会的な対応の方法についての情報が必要であるという回答結果であった。

市町村では新型インフルエンザ対策は進んでいない

 今回の調査では,一部を除く多くの市町村では新型インフルエンザ対策が進んでいないことが明らかになった。市町村からは,感染症対策における国や都道府県との役割分担の明確化や,予算化への対応を求める声が寄せられた。また,法的な整備や啓発活動の充実も指摘されている。

 以下に,具体的な市町村の声を紹介する。

[アンケートに寄せられた市町村の声]

●マスコミ等を通じて危機感は感じており,焦る気持ちはありますが,自治体として何から手をつけてよいかわかりません。自治体によって取り組みの差が出ると思いますので,県が中心となって取り組んでほしいです。(関西地方・市)

●国として,もっと責任をもって情報の開示(国民への広報含む)および自治体へのマニュアルを示してほしい。国,県,市町村の役割分担を明確にしてほしい。自衛隊の活用も含めて,流行時の支援をしてほしい。(関東地方・町)

●町の担当者レベルで集まり,行動マニュアルの素案を作成中です。保健所の協力もお願いしていますが,保健所はあまり乗り気ではなく,県が示してくれないと何もわからない,県からは国が示してくれないと何もわからないと言われます。医師会も不安に思っておられる医師は多いですが,保健所も何も示さないのでわからないそうです。もう少し県や保健所が先頭に立って行動すべきではないでしょうか。小さな町のレベルで,できることはやりたいと思っています。(中国地方・町)

●地区医師会,地域病院との協議では,新型インフルエンザ対策に協力した際の医師の報酬や補償などが決定していないと協力できないと常々言われている。国として,医師の処遇について一定の見解を出してほしい。

 パンデミック時は,発熱外来以外の外来においても,インフルエンザの感染防止はかなり難しいのではないか。○○県のように発熱患者を診察しない医療機関を逆に指定し,パンデミック時の必要な医療体制の確保を図ったほうがよいのではないか。インフルエンザ患者に対面しないで投薬する方法,例えば,ドライブスルーなどを考えたらどうか。(関東地方・区)

 

 新型インフルエンザ対策は,危機管理といった観点からも,また多くのセクターの協力が必要であることからも,わが国の保健対策の実力が問われている。都道府県を中心とした対策は研修会などを通じて少しずつ進んでいるが,今後,市町村レベルで首長のリーダーシップのもと,国による行動計画改定と新たなガイドライン策定を踏まえて,地域における協議と連携を深めることが望まれる。


小坂 健氏
1990年東北大医学部卒。東大大学院を経て,97年国立感染症研究所感染症情報センター研究員,2001年ハーバード大公衆衛生大学院客員研究員,03年国立感染症研究所感染症情報センター主任研究員,04年厚労省老健局老人保健課課長補佐等を経て,05年より現職。これまで,香港H5インフルエンザ,マレーシア新型脳炎ウイルスのWHO短期コンサルタント等を務めた。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook