臨床研修制度の評価と展望(福井次矢,宮嵜雅則)
対談・座談会
2008.02.11
【対談】臨床研修制度の評価と展望 |
2004年4月に始まった新医師臨床研修制度は,まもなく3期目の修了者が誕生する。新制度の影響・効果については様々な議論がなされているが,その研修理念である「基本的な臨床能力を身に付けること」ができたかどうかこそ,最初に検証すべきポイントではないだろうか。福井次矢氏(聖路加国際病院)らの研究班による調査では,必修化前後の研修医における基本的臨床能力の修得状況を比較した結果,概ね必修化前より向上していることが明らかとなった。この調査結果は,医道審議会医師分科会医師臨床研修部会でも報告され,臨床研修見直しの議論に大きな影響を与えた。
本紙では,医師臨床研修部会による報告書が昨年12月に公表されたことを踏まえ,福井氏と宮嵜雅則氏(厚労省医政局)による対談を企画した。
幅広い臨床能力を修得,大学と研修病院の差も解消
――まず福井先生から,研修医の基本的臨床能力の修得状況に関する調査について,その概要をご紹介ください。
福井 私たちは20年近く前から研修医の臨床能力を調査してきました。その一環として,2003年3月に旧制度下の2年次研修医(n=2474人)を対象にアンケート調査を行っています。そして,ほぼ同じ内容のアンケート調査を,2006年3月の2年次研修医(n=1166人),つまり新しい制度の1期生が2年間の研修をほぼ終えた時点で行って,その結果を2003年3月に行った調査の結果と比較しました。
結論を申し上げますと,研修医による自己評価では,旧制度下の研修医(2003年3月の2年次研修医)に比べて,新制度下の研修医(2006年3月の2年次研修医)は,幅広い臨床能力の修得状況が著しく向上していることがわかりました(表)。特に大学病院の研修医はほとんどの項目で改善していて,伸び率が50%以上の項目も多数ありました。旧制度下では研修病院の研修医の臨床能力のほうが大学病院の研修医の臨床能力よりもかなり高いという結果でしたが,新制度下では両者の差がほとんど認められませんでした。
表 ニ値化(できるvsできない)のできる割合 |
調査項目ラベル | 質問内容 | 新制度 導入前 % | 新制度 導入後 % |
a.基礎的な臨床知識・技能 | |||
細菌培養 | グラム染色を行い,結果の解釈ができる | 31.37 | 54.24 |
術後合併症 | 術後起こりうる合併症及び異常に対して基本的な対処ができる | 52.81 | 74.59 |
輸液 | 輸液の種類と適応を挙げ,輸液の量を決定できる | 77.88 | 87.45 |
創傷 | 傷病の基本的処置として,デブリードマンができる | 48.37 | 69.05 |
症例呈示 | カンファレンス等で簡潔に受持患者のプレゼンテーションができる | 87.15 | 90.68 |
凝固検査 | 血液凝固機構に関する検査を指示し,結果を判定できる | 85.99 | 92.72 |
診療録 | 診療録(退院時サマリーを含む)をPOS(Problem Oriented System)に従って記載し管理できる | 86.61 | 94.23 |
心電図+不整脈 | 心電図検査を自ら実施し,不整脈の鑑別診断ができる | 65.54 | 82.13 |
尿沈査 | 尿沈査の鏡検で,赤血球,白血球,円柱を区別できる | 35.63 | 50.99 |
腰椎穿刺 | 腰椎穿刺を実施できる | 69.3 | 81.14 |
血液型 | 血液型クロスマッチを行い,結果の判定ができる | 56.09 | 69.62 |
動脈採血 | 動脈血採血が正しくできる | 96.01 | 98.11 |
挿管 | 気管挿管ができる | 77.39 | 90.78 |
直腸診 | 直腸診で前立腺の異常を判断できる | 31.66 | 49.7 |
b.やや専門化した臨床知識・技能 | |||
各種各医学の診断 | 胸部CTで肺癌による所見を見出すことができる | 60.73 | 81.86 |
各種各医学の診断 | 頭部MRI検査の適応が判断でき,脳梗塞を判定できる | 62.54 | 81.19 |
骨折 | 骨折,脱臼,捻挫の鑑別診断ができる | 29.74 | 47.64 |
妊娠 | 妊娠の初期兆候を把握できる | 19.91 | 50 |
眼底 | 眼底所見により,動脈硬化の有無を判定できる | 11.49 | 20.67 |
鼓膜 | 鼓膜を観察し,異常の有無を判定できる | 22.9 | 40.5 |
c.行動科学・社会医学的側面を持った臨床知識・技能 | |||
行動科学 | 患者の解釈モデルを引き出すことができる | 93.11 | 96.39 |
患者心理 | 患者の身体的苦痛のみならず,精神的ケアにも配慮できる | 60.69 | 79.17 |
満足度 | 患者の知識や関心のレベルに応じた健康教育ができる | 62.23 | 79.26 |
術前心理 | 術前患者の不安に対し,心理的な配慮をした処置ができる | 74.86 | 87.39 |
MSW | ソーシャルワーカーの役割を理解し,協同して患者ケアを行える | 47.45 | 66.32 |
レセプト | 日常よく行う処置,検査等の保険点数を知っている | 18.03 | 32.04 |
心理社会 | 患者の身体的側面だけでなく,心理社会的側面に配慮した治療ができる | 70.48 | 78.15 |
公費医療 | 医療費や社会福祉サービスに関する患者,家族の相談に応じ,解決法を指導できる | 46.69 | 62 |
家族心理 | 末期患者の家族に病気を説明し,家族の心理的不安を受け止めることができる | 61.47 | 76.38 |
社会福祉 | 社会福祉施設等の役割について理解し,連携をとることができる | 35.78 | 58.58 |
在宅医療 | 在宅医療を希望する末期患者のために,環境整備を指導できる | 31.51 | 54.48 |
健康教育 | 糖尿病患者への健康教育(健康相談および指導)ができる | 48.08 | 78.02 |
d.臨床研究のための知識・技能 | |||
t検定 | データの種類に応じて適切な統計学的解析ができる | 24.64 | 36.81 |
文献検索 | 診療上湧き上がってきた疑問点について,Medlineで文献検索ができる | 79.34 | 79.07 |
研究論文 | 研究デザインを理解して,論文を読むことができる | 58.7 | 66.27 |
赤字:伸び率50%以上 |
「確実にできる,自信がある」「だいたいできる,たぶんできる」「あまり自信がない,ひとりでは不安である」「できない」の4段階の自己評価を二値化(できるvsできない)。旧制度下の研修医に比べて,新制度下の研修医は,「文献検索」を除くすべての項目で「できる」と回答した研修医の割合が上昇した。 |
さらに,経験症例数と医療記録についても評価しました。82項目の症状・病態・疾患,4種類の医療記録(死亡診断書,死体検案書,CPCレポート,紹介状)のすべてについて,旧制度下の研修医に比べ,新制度下の研修医の経験症例数・記載件数が有意に増えていました。
宮嵜 福井先生には,昨年2月5日の医道審議会医師分科会医師臨床研修部会(部会長=齋藤英彦・名古屋セントラル病院長)のヒアリングのなかで,この調査の概要をお話しいただきました。当時はまだ新制度の検証が始まったばかりの頃で,全体的な評価が難しいなかでした。「新しい制度の目的が果たして本当に達せられているのか」とわれわれも不安でしたが,こういうデータを出していただいて,まずはホッとしたところがあります。
福井 新制度がもたらした影響についてはいろんな議論がありますが,「幅広い臨床能力を身につける」という最大の目的に関していえば,かなりの程度達成されつつあるとみていいでしょう。ただ,本当に知りたいことは,研修を終えて5年,10年,20年と経った時に,彼らがどういう医師になっているかということです。
特定の専門分野に進む人が多いわけですが,卒業直後の2年間,幅広い分野の臨床研修を行ったことが将来どのように役立つのか。この点を検証しないと,本当の意味での新制度の評価にはなりません。これから年月をおいて,定期的に評価することが重要ではないでしょうか。
宮嵜 ご指摘のとおりで,審議会でも同様のご意見をいただいております。研修修了後のいろいろな段階を継続的にフォローして中・長期的な評価をしていくことが,この制度を評価するうえで非常に重要なことだと思います。
恒常的な評価体制の構築へ
福井 昨年12月に,その審議会(医道審議会医師分科会医師臨床研修部会)の報告書がまとまったとのことですが,主だったところを教えていただけますか。
宮嵜 研修プログラムに関していえば,研修分野やその期間については現時点での変更はありません。ただ,原則として研修1年目は内科,外科,救急を,2年目に小児科,産婦人科,精神科,地域保健・医療をローテートすることになっているのですが,「実際の現場での運用や指導体制を考えると,ローテーションの仕方をもう少し柔軟にしてほしい」という意見が多くありました。こうした意見を踏まえ,1年目にも必修科(小児科,産婦人科,精神科,地域保健・医療)を3か月に限って可能とすることになりました。
福井 臨床研修の到達目標については,具体的な変更点はありますか。
宮嵜 いろいろご意見をいただきましたが,現時点では具体的な変更はありません。ただ,適時必要な改正ができるように恒常的な仕組みをつくることが提言されています。その仕組みづくりの議論を,早ければ年度内にも開始したいと思っております。
福井 昨年3月に,文科省の「医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議」(座長=高久史麿・自治医大学長)において報告書がとりまとめられましたね。あのなかで重要な提言...
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