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第2741号 2007年7月23日


【座談会】

めざせ! マグネットホスピタル
当事者が語る「働き続けられる職場の条件」
佐藤紀子氏(東京女子医科大学教授)=司会
岩田知子氏(賛育会病院)……13年のブランクを乗り越えて再就職した立場から
加藤恵氏(武蔵野赤十字病院看護師長)……子育てと仕事を両立している立場から
武藤望氏(東京女子医科大学病院)……新人のリアリティショックを乗り越えた立場から


 7対1入院基本料の新設により,どの病院も新人看護師の獲得に奔走している。しかし看護師確保の本来あるべき姿は,“働き続けられる職場づくり”ではないだろうか。看護師の確保・定着には,ライフステージに応じた対策が必要となる。本座談会では,新人,子育て,再就職と,それぞれのステージを経験した看護師に,直面する問題をどのように乗り越えたか,経験談を語っていただく。そのうえで「看護師が働き続けられる職場」のありかたを考える。


佐藤 今,看護界では毎年4万数千人の看護師が生まれています。一方,看護師全体では毎年13%程度が離職しています。特に新卒看護師の離職率が高く,1割近くが1年以内にやめてしまうのが現状です。少子高齢化の中,看護師の確保はさらに厳しくなると予想され,今いる人たちでどう仕事をしていくか,またどうすれば1人でも多くの潜在看護師に戻ってきてもらえるかが重要な課題となっています。しかし,これらは管理者や教員の間で議論されることが多く,実際に厳しい中で働いている当事者の声はあまり聞こえてきません。本日は現場の生の声として,これまでどうして続けてこられたのか,どういう職場なら続けていけるかというヒントをお聞きしたいと思います。

復職した看護師への再教育

佐藤 岩田さんはパートとして13年ぶりの現場復帰ですが,なぜ再び仕事を始めようと思われたのですか。

岩田 もともと病院が好きで,臨床にとても興味がありました。仕事を辞めたのは,引越しで当時勤めていた病院が遠くなり,通勤が大変になってしまったためでしたが,子育てが一段落したら働きたいという思いはずっとありました。その間,ケアマネジャーをしたり,母の闘病を支えるうちに,「臨床の場でできることがもっとあったのではないか」と考え,病院で再び働きたいという気持ちを強くしました。賛育会を見学した時,スタッフの方の雰囲気がよく,交通の便もよかったので,復職を決めました。

佐藤 復職にあたって,13年前と変わったこともあると思いますが,入職前に再教育などはされたのですか。

岩田 入る前に3日間研修をしていただきました。また,再教育では「看護技術チェックリスト」というものがあり,病棟や外来など複数の項目について,半年間でどの程度できたかを教育担当者に見てもらっています。

 久しぶりに臨床の場に戻ると,忘れていることもありますし,変わったこともあります。ひとつ大きく変わったと思ったのは,同意書などの書類の多さです。ネームプレート1つ,検査1つにもすべて同意書が必要で,驚きました。高齢の方は,はんこを押していいのかわからず,家族を呼んで押してもらったり,急な検査は電話で説明するなど,仕事が増えたという印象がありました。

佐藤 復帰して5か月目ということですが,仕事は,ある程度慣れましたか。

岩田 流れはわかるようになりました。私は経験者なので,率先して教えようという雰囲気は周囲にないですが,細かい部分や,調べてわからないことは,事故防止のためにもそのつど聞くようにしています。昔していたことを今していなかったり,その逆もあるので,自分の思い込みで動かないように,確認しながら作業しています。

佐藤 賛育会は中途採用の方を積極的に募集していて,3時間のパートや,外来の一部だけで働くなど,いろいろと工夫されています。受け入れ態勢は比較的いいですよね。パートの方が入ってくることで,スタッフの方たちもずいぶん変わったようですね。

岩田 前は厳しかったと聞きますが,今は相談しやすい雰囲気で,忙しい時でも,必ず「大丈夫ですか」と声をかけてくれます。また,看護学生も来ていますが,「できる範囲で一緒にやっていこう」という雰囲気があるので,働きやすいと思います。

次に子育てが大変な人にお返しができればいい

佐藤 加藤さんは,子育てをしながら仕事を続けてこられて,どのような困難がありましたか。

加藤 いちばん困ったのは,子どもの朝の発熱でした。夜だと翌日の病児保育の予約が取れますが,朝には埋まってしまうこともありますから。

佐藤 三鷹は病児保育があるとお聞きしています。

加藤 子どもが生まれてすぐ登録して,預けられない時は夫と交替で休みを取るなど,協力してやってきました。伝染性の疾患でも預かってくれるので,水疱瘡の時にも助かりました。

 武蔵野赤十字の看護師たちの間でも利用されていて,引き継ぎのように「ここがいいわよ」と言われています。以前は17時半までだったので,勤務を終えて駆け足で“お迎え”に行っていましたが,最近は19時まで延長してくれるようになりました。子育て支援という面では,三鷹市は制度が整っていると思います。実はそれもあって,子どもが生まれた際に三鷹に引っ越したのです(笑)。

佐藤 自治体の支援制度のほかに,職場でのフォローなどもありましたか。

加藤 周囲の理解とサポートに助けられました。以前,職場の先輩に「子育てでほんとうに大変なのは一時期だけ。その時は周りに迷惑をかけるけど,次に大変な人にお返しができればいい。順番なんだよ」という言葉をかけていただいて,吹っ切れた感じがしました。ですから今,職場で小さいお子さんを抱えている人にも同じことを言っています。子育てが大変な時期には「迷惑をかけている」と思うこともストレスですよね。そこをうまく先輩がサポートすることで,続けていけると思います。

佐藤 仕事上では,どんな困難がありましたか。

加藤 時間管理ですね。独身のころは,自分の時間をすべて自分で使えたので,20時でも21時でも気にせず残業できました。でも子どもがいると,限られた時間で仕事を組み立てなければなりません。最終的には,朝少し早く起きて,やるべきことを終わらせるという方法を身につけましたが,人との共同作業では時間調整が難しいです。たとえば,病院の会議は17時半から始まることもあるので,子どもの“お迎え”や食事の準備などの調整をしないと,会議に出られません。急な会議が入ると大変で,そのあたりを病院側が計画的にしてくれるとありがたいです。

新人時代を振り返って

佐藤 武藤さんは,いまはまだ子育てなどもなく,仕事にすごくエネルギーをかけている時だと思います。1年目のリアリティギャップも乗り越えて,ここまで続けてきた原動力は何だったのでしょうか。

武藤 年々,目標がありました。1年目は,自分の成長のためにも「プリセプターまでは頑張ろう」と。新人の指導は,自分がわかっていなければできませんから。それと,昔の看護部は今よりずっと先輩方が厳しかったのですが(笑),研修などで定期的に集まって情報交換をしていたので,「大変なのは自分だけじゃない」と思いながら乗り越えられました。

 「専門としたいものが見えるまで頑張ろう」と思って迎えた4年目では,先輩がまったくいなくなってしまい,モジュールのチーフをやることになりました。病棟内にはモジュールが4つあり,それぞれチーフを置いていますが,当時は4人ともはじめてで,主任さんや師長さんに引っ張られながら,なんとかこなしたという感じです。そこで5年目はもう一度,「自分でチーフができるようになろう」と思ってやってきました。毎年,師長さんが1年間にできたことをフィードバックしてくれたので,それが自信や意欲につながってきたのだと思います。

佐藤 武藤さんもこれからライフイベントがあるのでしょうけれども,今のお2人の話を聞いていてどう感じましたか。自分もやっていけそうですか。

武藤 今の病棟では,子どもがいるのは主任さんくらいです。主任さんを見ていたり,今日のお話を聞いていても,やはりとても大変そうだと思います。

 先ほど,早く起きて朝の時間を使うというお話がありましたが,私は朝がとても苦手なので,そういうことができるかも心配です。また,今の病棟の現状では,“お迎え”の時間が決まっているのも厳しいなと思いました。

 でも,たとえ一時期辞めたとしても,また復帰したいですね。私が看護師を選んだ理由の1つに,資格を持った職業なら,結婚して子どもができても再就職しやすいだろうということがありました。ですが,それにはやはりいろいろな面からのサポートがないと難しいと思います。

業務の見直しと再編を

佐藤 岩田さんはお子さんが小さい頃は臨床の場から離れておられたわけですが,やはり両立は大変でしたか。

岩田 やめたあとすぐに復帰しようと思っていたのですが,子育てを始めてしまうと,子どもに手をかけたいという思いも強く,両立する自信がなかったですね。昔は,子育てをしながら働いている人も今ほど多くなかったですし,支援体制も整っていませんでしたから。

佐藤 いざ復帰なさって,いままでの中ではどんなことが大変でしたか。

岩田 やはり,時間通りに帰れないことです。私のいる病棟は44床に看護師が13名ほどですが,3人やめてしまった時期がありました。その時はとても少ない人数で,帰りが19時,20時になることもありました。子育て中の方はご主人に電話して“お迎え”に行ってもらったりしていました。うちは子どもが大きいので留守番はできますが,それでも帰りが遅くなると,家族に負担がかかります。「この状況が続いたら働けない」と思いました。

 4月に新人が6名入ってきたので,今はほとんど定時に帰れますが,またやめてしまう人が出てくると同じことになります。ある程度人手もあり,特にキャリアのある方がいてくださると続けられると思います。

佐藤 岩田さんのようなパートの方も定時で帰れないとなると,常勤の人たちはもっと帰れない状況があると思いますが,何か解決策はありそうですか。

加藤 当院は,離職率が高く,時間外業務も比較的多いと思います。離職率低減には今までも取り組んでいましたが,今年度は看護部長が副院長になったのを契機に,「新卒の離職ゼロ」を目標にして業務改善に取り組んでいます。入院基本料7対1を取得していますが,仕事のやり方を変えなければ時間外業務は減りません。今年度は時間外業務改善と離職防止について,看護師長会でワーキンググループを作って取り組もうとしています。

 たとえば,インフォームド・コンセントの場への看護師の立ち合いを昨年度から始めたのですが,同席するに留まっていて,具体的介入ができていないのが現状です。それも,先日などは,医師の都合で面談が20時から始まって,そこに日勤の看護師が残って立ち合ったという話を聞きました。慣習で行うのではなく,「なぜやるのか」「何をやるのか」を考えて,業務の役割を整理すべき時だと感じています。また,岩田さんもおっしゃったように,書類も非常に増えていて,入院の患者さんを受け持っただけで20時まで帰れないのが現状です。何のための記録かということを踏まえて業務を整理しないと,「帰れない」という状況は改善されないと思います。

時間外業務を減らす工夫

佐藤 やはり時間通りに帰れないことが離職の大きな要因になっているようです。「こうすれば超勤しなくても引き継げる」という工夫はありますか。

武藤 うちの病棟も超勤が多いです。特に2-3年目のナースが長く残っていますが,その理由が看護計画の立案なのです。ある程度経験を積むとプランを立てるのも早くなって,業務時間内か,時間外でも30分もあれば終わりますが,2-3年目はそれでとても悩んで,時間がかかっています。病棟で,ある程度の標準看護計画をつくっておき,そこに若干個別性を付け加えるような形にするとよいと思います。他には,日替わりで日勤にリーダーを1人おいて,その人の受け持ちを軽くしています。全体を見渡して忙しい人を手伝ったり,業務時間が終了した段階でどんな仕事が残っているかを調べて,終わった人が手伝うなど,できるだけ早く全員が帰れる工夫をしています。

 また,さっきおっしゃっていたように,当院もインフォームド・コンセントには必ず看護師が同席するようにしています。しかし外科の患者さんが多いので,オペが終わったあと,早くても17時か18時で,19時,20時になるのが普通です。できるだけ日中にできるよう調整はしているのですが,医師の業務からいって仕方がない面もあります。

佐藤 13年前に現場におられた頃も,時間外勤務はこんなにありましたか。

岩田 これほど多くはなかったと思います。とにかく業務が増えたという印象がありますね。検査なども,手術の時間の都合で夕方になってしまったり,急な処置にはやはり日勤が残ることになります。医師にも,なるべく看護師がたくさんいる昼間に処置や検査などをしてもらえるようにお願いしていますが,なかなか難しいようです。

佐藤 業務の整理は,これからの大きな課題の1つです。とにかく日本は看護師が少なく,諸外国の5分の1ぐらいの人数でやっていて,絶対的な数の不足は明確です。でも,その中で今,それぞれの病院がいろいろな努力をしていることがよくわかります。

それでも看護師を続ける理由

佐藤 加藤さんのところでは,1年目の離職防止に向けて組織全体で取り組んでいるということでした。そのことで,新人に対するサポートは行き届きつつあると思いますが,プリセプターや2-3年目といった,少し上の人たちの負担感が強くなっている感じがします。そのあたりはどうですか。

加藤 お互いサポートするのにも限界があります。そこは看護師長がきちんと見極めて,声をかけたり,リフレッシュ休暇をあげたりして,中堅の方に頑張ってもらえるような勤務体制を組もうとしています。今看護師長をしている人たちは,ほんとうに厳しく育てられた世代です。でも今入職してきている若者たちはそうではない。彼らの特性を見て,どのように支援すればいいのかを看護師長が学ばないといけません。そのためにも,患者さんのケアと新人のケア,両方をやらなければならない中堅層をきちんとサポートしていこうという話が出ていて,看護師長会で取り組んでいます。

佐藤 その中堅の人たちが,結婚,出産,育児に差しかかると,また新たな課題が出てきます。当然,やめる人もいるでしょう。でも,そんな中でも多くのナースが,なんとか工夫して仕事をしようとしているわけです。それでも看護師を続ける理由,看護という仕事の魅力とは,何でしょうね。

武藤 看護の楽しさだと思います。自分が年々めざしていた先輩に近づいてきているという実感もそうですし,患者さんが「ありがとう」と言って退院される時はよかったなと思います。亡くなられる方もいらっしゃいますが,後日,ご家族が病棟に来てくださったりすると,ここでいい最期を迎えられたのかな,かかわってよかったな,と思えます。

加藤 常に新しい発見がある,自分自身も成長していける職業だと思っています。患者さんから教わることも多いです。またさまざまな職種の人とかかわるので,看護だけでは知りえないようなことを教えてもらうことができ,いつまでも刺激を受けていられるところが魅力だと思います。

岩田 私は,13年前と比べて,少し周りが見えてきたと思います。いろいろな職種のスタッフが,あらゆる角度から患者さんを支援していくプロセスを客観的に見られるようになりました。看護師として患者さんのQOLを高めるために,さまざまな介入ができること,これが大変でありながら魅力なのだと思います。

■働き続けられる職場の条件

佐藤 最後にもう一度整理していただいて,「こういう職場だったら働き続けられる」というご意見をお聞きしたいと思います。

武藤 子どもを預けて働いている人から,「仕事が延びて延長保育をすると,30分ごとに数千円かかる」という話を聞いたことがあります。いずれ自分がそういう立場になった時,金銭的なサポートがあればいいなと思います。

 また,病院の雰囲気もとても重要です。やはり,医師や他のコメディカルとの関係や,コミュニケーションのあり方は,気持ちよく働くうえで大きな要素です。挨拶や電話での応対など,些細なこともそうですが,患者さんについて一緒に話をして,考えていける医師と働けると,すごくいいな,頑張れるなと思います。

加藤 私は,いま横断的に病棟を回っているのですが,それぞれ雰囲気が違います。病棟の雰囲気は大事ですね。お互い得意分野を認め合えるような職場環境が必要なのだと思います。また,急なお休みは皆にとって負担なのですが,「日頃あの人は頑張ってるから,今日は皆でしのごうね」ということもあります。お互いがお互いの支援者になれるような関係性がいいですね。

岩田 雰囲気と,あとは人手ですね。うちの病棟は,副主任が7年目で,その下が4年目,あとは新人と若いナースばかりなのです。ほかには中途採用の人が数名で,「相談者がいない」とよくスタッフが言っています。今は主任も普通のメンバーのように夜勤をやっていますので,日勤に相談者がいない場合があるのです。ですから,キャリアのある方がバランスよく,各勤務帯にいると,私のようにブランクがあっても安心して働けるのではないかと思います。

 また,最近まではサービス残業のことが問題になっていました。私も仕事に慣れておらず,遅くなるのは自分の責任だという思いがありましたし,皆もなんとなく残業代を請求しづらくて,請求しないという雰囲気がありました。でも人手不足で遅くなっている部分も多いので,きちんと請求しようという声があがり,最近では改善されてきています。やはり金銭面の保障も必要ですね。

潜在看護師の受け入れ態勢整備を

佐藤 日本の看護界では,人が足りないということは明らかです。医療安全のためには実は7対1でも足りなくて,4対1にすべきという指摘もあります。でも現在,7対1でも取れていないところがたくさんあります。これをなんとかしなければいけません。それを考えても,やはり潜在看護師に戻ってきてほしいです。週に2日でも,3日でもいいし,1日に3時間でも,4時間でもいいから働いてほしい。そのためには,職場の雰囲気づくりと,業務の整理が不可欠です。

 水曜日しか来られない人が来た時,その人が「自分は何をしたらいいのか」がわからなければ居場所がないわけです。「3時間来られるパートの人がやっと決まっても,その人を上手に使える病棟は少ない」という話も聞きます。短い時間でも,来てくれた人が気持ちよく仕事ができるような病棟づくりのためには,受け入れの態勢とコミュニケーションがしやすい環境づくりが必要です。そして何より,定時で帰れること。これがあると,かなりの人が臨床の場に戻ってこられると思います。

 今日出席いただいた皆さんのように,新人看護師にはリアリティギャップを乗り越えてほしい。中堅看護師には周りが協力しながら子育ての時期を乗り切ってほしい。潜在看護師の方にも戻ってきてほしい。そして,管理職の方には,再就職の看護師が入ってきやすい職場をつくってほしい。そういう工夫を職場全体でしていけるといいですよね。本日はありがとうございました。


佐藤紀子氏
1974年都立広尾高看学院卒。2003年,聖路加看護大大学院博士後期課程修了。看護学博士。都立広尾病院勤務後,看護基礎教育,看護実践の場を経由し,93年東女医大看護短大助教授,2001年より現職。03年に大学院看護学研究科博士課程に「看護職生涯発達学」の領域を立ち上げ,新卒看護師の早期離職問題から中堅のキャリア開発支援まで,幅広く研究している。著書に『変革期の婦長学』(医学書院),『看護における臨床の「知」――看護職生涯発達学の視点から(仮)』(医学書院,9月発行予定)など。

加藤恵氏
卒後6年間救命救急センターに勤務,系統的な看護の提供をめざし,看護協会の看護研修学校管理コースを受講。2003年から東女医大大学院でがん看護を学び,昨年がん看護専門看護師の認定を受ける。今年4月から看護師長として勤務している。子どもが今年小学生になり,仕事と子育ての両立の難しさを実感している。

岩田知子氏
卒後5年半臨床で働いた後,7年間専業主婦を務めた。その後クリニックでのパート4年,居宅のケアマネジャー2年を経験。昨年,末期癌の母親の在宅看護のために退職。今年1月から13年ぶりで臨床に復帰した。週に4日,9時-17時半のパートとして勤務している。小学生と中学生の子どもがいる。

武藤望氏
東女医大卒後,外科病棟に入職。再編により現在は混合病棟となり,多忙な毎日を送っている。3年目にプリセプター,4-5年目にモジュールナーシングのチーフを務めた。6年目の今年は自らのキャリアアップのためサブチーフとしてスタート。9名入職した同期で残っているのは武藤氏を含めて2人。病棟の40人ほどの看護師の中では経験年数は長いほうに入る。