医学界新聞

寄稿

2007.06.18

 

【寄稿】

米国一般外科専門医試験の実際

十川 博(米国マウントサイナイ病院移植外科フェロー)


1.はじめに

 以前,医学界新聞第2517号(2003年1月6日)に特別企画「アメリカの専門医制度」として米国の外科系専門医制度について書いた。今回は,数か月前に米国で一般外科専門医試験(通称ボードあるいはボードイグザム)を受けた者として,その実際について述べたい。日本の専門医制度を国際的なものとする観点からも,米国で一般外科専門医試験がどのように実施されているのかを知ることは有益と考える。

2.米国の外科専門医とは

 一般外科のボードはThe American Board of Surgery(ABS)において認定される。American College of Surgeons(ACS)はABSとは別組織であり,ボードの実施および認定はABSによってなされる。ABSは純粋に専門医試験のための組織であり,1937年に設立された。また,ABSはAmerican Board of Medical Specialties(ABMS)を構成する24の組織の1つである。

 また,ABSは小児外科,血管外科,クリティカルケア,手外科の専門医試験も扱っている。ABSで専門医と認定されると“Board-certified surgeon”と呼ばれる。ちなみにACSの会員であるFACS(Fellow of American College of Surgeons)は米国での外科専門医でなくてもなることができるので,FACSすなわち米国外科専門医ということではない。

 ABSで一般外科専門医になるには,ACGME(Accreditation Council for Graduate Medical Education)によって認定されたプログラムで5年間の一般外科のレジデンシーを終えて(術者として500例以上のメジャーな手術が必要,そのうち150例以上はチーフレジデントの年に行わなくてはならない),それから筆記試験(Qualifying exam)そして口頭試問(Certifying exam)に合格しなければならない(図)。私の場合は2006年の6月にニューヨーク州立大学ストーニーブルック校(別名ストーニーブルック大学)の一般外科レジデンシーを終了し,2006年8月に筆記試験を受け,2007年2月に口頭試問を受け,運よく合格した。

3.In-Training Exam(ABSITE)について

 ABSITEとはAmerican Board of Surgery In-Training Examinationの略で,一般外科のレジデンシー中,毎年1月最後の土曜日に全米で一斉に実施される外科の筆記試験のことである。1年目から5年目のレジデントまで必ず受けなければならない。全部で225問の選択式のテストであり,以前は,基礎から臨床まで半分半分で,インターンからチーフレジデントまで同じ問題の試験だったが,2年前より,Junior(1年目と2年目)とSenior(3年目から5年目)の問題が分けられた。Juniorは60%が基礎問題,40%が臨床問題,そして,Seniorは20%が基礎問題,80%が臨床問題となった。これはABSITEがボードイグザムを反映しておらず(ボードイグザムは100%臨床問題である),SeniorになるとABSITEの勉強をあまりしないとの批判を受けて,変更したものと思われる。

 ABSITEはパーセンタイルで評価がされ,全米の外科レジデントの内で,自分が同じ学年の上位何パーセントにいるのかがわかるようになっている。レジデントに勉強させるという意味では,実施するのにお金はかかるが,よいシステムである。試験直前には,レジデント同士で勉強会なども各プログラムで行われたりする。日本でも導入を検討すべきであろう。

4.Qualifying Examの実際

 Qualify Examは筆記試験で,すべて臨床問題である。現在は,各地の試験センターに出向き,コンピュータで1日かけて行われる。受験には1000ドルを払わねばならない(2007年)。Qualify Examは年に1回8月に実施され,これに不合格だと,次の年まで再受験できない。ABSITEよりももっと臨床のマネジメントに重きが置かれていて,ABSITEのような重箱の隅をつつくような問題は少なかったように思う。あまり具体的なことは書けないが,例えば,55歳閉経前の乳癌患者でT1,リンパ節が陽性だったときにどういう手術法および放射線,化学療法のコンビネーションを選ぶかというようなことを訊かれる。非常に実際的である。

 Johns HopkinsのJohn L. Cameron教授の書いた“Current Surgical Therapy”(Elesevier Mosby)という教科書がバイブルとなっていて,この本はまた,米国での外科スタンダードにほぼ近い。さらにThe Osler Instituteというボードイグザム専門のレヴューコースをやっているところからMP3形式のCD-ROMを買い,外科のレジデント中には通勤中にiPodに入れて車で聴いていた。レジデントを終えて移植外科のフェローになってからはほとんど時間がなかったので,このときの蓄えで試験に通ったようなものである。基本的には,米国でのスタンダードで安全な診断,治療をするための知識があるかを問うている試験である。

5.Certifying Examの実際

 Certifying Examは口答試験で,Qualifying Examに通った者のみが受験できる。年に5-6回程度行われ,会場は全米の各地を転々としていく。しかしながら,ニューヨークは試験会場になく,私の場合は,南部のジョージアまで受けに行った。これを受けるのに,さらに900ドルを払わねばならない(2007年)。会場はFour Seasonsなどの最高級ホテルの部屋を用いて半日で行われる。

 具体的には,3つの部屋を訪問し口頭試問が行われる。一部屋につき,だいたい7つくらいの症例について問われる。部屋ごとに合格かどうかが判定され,2部屋で合格とされると(あとの1部屋で不合格でも),Certifying Examに合格となる。各部屋にいる2人の試験官のうち1人はABSの重鎮で,全米中で名も知れた教授たちであり,もう1人は比較的若い外科指導医であり,その2人が交互に症例を提示していく。試験官に“Sabiston”の編集をしているTownsend教授などの名前もあった。当然ながら,もしも個人的に知っている場合や直接の上司であったりする場合は,受験者の試験官にはならない。

 実際の問題はここに書くことはできないが,例えば以下のようである。

試験官 65歳男性。疼痛を伴わない黄疸および体重減少で来院。どのようにアプローチするんだね?

受験者 Pertinent positiveおよびnegativeなものはすべておっしゃったと仮定して,下血だとか嘔吐とか発熱はなく,既往歴や家族歴も特になく,VitalはOKと仮定して,Courvoisier Signがあるかもしれないけれど急性腹症の所見がなく,暫定的な診断として膵癌,胆管癌,肝炎などを疑います。痛みがないのがおかしいけれど,胆嚢炎や胆管結石や膵炎やミッリッツイなども鑑別診断に入れておきます。まずは,血液検査から始めて,特に,肝機能検査やAmylase,Lipaseもオーダーします。

試験官 Total bilirubin 8でdirectは6.5。GOT/GPTは正常。WBCはNormalだ。

受験者 画像診断としては,超音波から始めます。

試験官 超音波ではIntrahepatic duct dilatation。No stones。膵にマスはなし。

受験者 膵癌や胆管癌を疑い,3mm cutでdual phaseの腹部CTを撮ります。

試験官 膵に腫瘍はなく,総胆管は膵上縁からdilatedで膵管はややdilated。

受験者 ERCPあるいはMRCPおよびEUSを行います。

試験官 EUSでは膵にマスをみとめられなかった。

受験者 患者に心筋梗塞などの他のComorbidityがなければ,膵癌を疑い,手術を勧めます。

試験官 腫瘍は見つかってないのに手術するの?

受験者 はい,65歳で腹痛の伴わない黄疸で総胆管拡張を認めるのであれば,Until proven otherwise cancerです。膵頭十二指腸切除を勧めます。

試験官 その前に減黄術は?。

受験者 いいえ,膵頭十二指腸切除がタイムリーに行われ,胆管炎の症状がなければ,必要ではありません。

試験官 では,どのように膵頭十二指腸切除をやるのか教えてくれないか?

などとなる。このあとは,当然,合併症に対する対処法への質問となる。このような症例を短時間にこなしていかなければならない。制限時間30分であり,まごまごしているとたくさんの症例をこなせず,おそらくは不合格となる。であるから,病歴や身体所見を重視していると試験官に思わせながら,本題のDecision Makingにうまくもっていくのがこつである。これは口頭試問のレビューコース(約2000ドル)に行った同僚から教えてもらったテクニックであり,うまくいったように感じられる。

6.ボードイグザムの合格率

 毎年の試験の合格率はインターネット上で公開されている。2006年では,Qualifying Examの合格率が77%で,Certifying Examの合格率が84%であるから,両方を一度で合格する率は65%となる。妥当な数字ではないだろうか。毎年約1000人の一般外科専門医が誕生していることになる。1937年以来,5万3360人がCertifiedされていて,1万6790人がRecertifiedされている(専門医は10年に一度更新しなければならないが,その場合は筆記試験だけでよく,2006年の合格率は96%であった)。

7.日本での外科専門医の意義を高めるために

 米国でのボードの意味は大きい。ボードがないと雇ってくれない病院が大半である。Board-certified surgeonとは,少なくとも米国のスタンダードな外科治療を施すことができる外科医という意味合いを持つ。日本の外科専門医システムは変革期を迎えているのだろう。認定医を超えて外科専門医を新設したのは大きく評価するものの,日本の外科専門医の術者としての必要手術数は120例と低すぎるのではなかろうか。やはり,米国並みの500例にすべきである。そのために外科のレジデンシーが8年から10年かかってもよいのではないだろうか。

 また,個々のレジデントプログラムの特徴を残しながらも,均一化,標準化することが必要である。日本では,検査から何からすべて外科医ができるという特徴を残しながらも8年間くらいで,少なくとも日本のスタンダードな外科の治療ができ,自分でDecision Makingができる外科医を養成するプログラムが理想的なのではないだろうか。

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