医学界新聞

 

《連載》

感染症臨床教育の充実をめざして
-学生から専門医まで

〈監修〉青木 眞(サクラ精機顧問)

第4回
〈対談〉

日本で感染症専門教育プログラムを作る

岩田健太郎氏 (亀田総合病院感染症内科部長代理)
大曲貴夫氏 (静岡がんセンター感染症科)


2609号よりつづく

 2004年度,亀田総合病院(千葉県)と静岡がんセンター(静岡県)に新たに感染症科フェローシップ・プログラムが立ち上げられました。感染症の専門研修ができる施設がほとんどない状況の中で,このことはとても大きな出来事と言えるでしょう。

 今回は,これらのプログラムを立ち上げた2人の若手感染症科医にご登場いただき,プログラムを通じて何を教えるのか,また,どのような点を重視した教育を行うのかについて,話し合っていただきました。

(青木眞)


■フェローシップでめざすもの

各プログラムの特徴

岩田 亀田総合病院の感染症科フェローシップ・プログラムは2年間で,研修に入るには最低でも初期研修は終わっていることが条件です。プログラムの目標は,自分で感染症をマネジメントし,コンサルテーションを受けることができるということです。日本に合った感染症医を育てることが大切と考えていますので,コミュニケーションがきちんと取れることと,ティーチングができることを重視したいと思っています。

大曲 静岡がんセンターでも,根っこは一緒です。ただ,がんセンターであるということで,抗がん剤による治療を受けていたり,免疫不全を起こす基礎疾患があったり,大きな手術も多いということで,免疫不全の方が多いという特徴があります。ですから免疫不全者特有の感染症がすごく多いわけです。術前・術後の感染症も多いです。

 がんセンターは日本中に増えていますが,感染症科があるのは当院だけとうかがっています。がんセンターの中で起きている感染症はかなり複雑ですから,それなりのトレーニングを経ないと,マネジメントはなかなか難しい。ですから,一般感染症を診ることができるのはもちろんですが,主にがんセンター特有の少し込み入った感染症についてマネージできるような人を育てるというのが,当院のプログラムの特徴になると思います。

 臓器移植を行っている施設などでも,今後は感染症のマネジメントができる人材が必要になってくるだろうと思っています。

岩田 亀田は,一般医療がメインです。AIDSの患者さんも診ていますが,東京の病院のように多くはありません。マラリアなどの熱帯医学系の病気を診ることもありませんね。亀田のフェローシップでは,2年目のフェローを対象に3か月間のアウェイ・エレクティブを認めていまして,例えばアメリカ,南米,アフリカ,東南アジア,あるいは大曲先生のいらっしゃる静岡がんセンターなど,普段診ないものについても勉強できる工夫はしています。

 フェロー希望の方から,「この病院でマラリアを診ることができますか」「○○はどれぐらい来ますか」という質問を受けるんですが,私は,根本的にはそれはあまり重要なことではないと思っています。珍しい病気をたくさん診るなら,大学病院へ行くのがいちばんいいですし,熱帯病を診たければアフリカへ行くのがいちばんです。

 むしろ,基本的な感染症へのアプローチの仕方が重要だと思います。例えば,熱の原因はどこにあるのか,グラム染色をどう考えるのか,抗生物質がいま効いているのか,効いていないのか,いつ・どうやって・何に変えるか,こういったところの考え方は,一般病院であれ,開業医であれ,どの医師にもあてはまります。これをきちんと教えることが感染症教育では大切で,珍しい病気を診るのは二の次だと思うんです。

大曲 そのとおりですね。がんセンターでは,込み入ったものもたしかにありますが,実際は基礎的な感染症へのアプローチを地道にやっているだけの話です。それは,移植後でも,熱帯感染症でも,HIVでも,変わらないですね。そういう意味では,研修先はどこでもいいと言えるかもしれません。

コミュニケーション能力の重要性

――先ほど,コミュニケーションを重視するというお話がありましたが。

岩田 例えばアメリカの大きな病院ですと,1病院あたり平均で感染症の専門医が12人いるといわれていて,研究がメインの人,教育がメインの人,HIVがメインの人というようにさらに専門が細分化しています。外科の先生などが,患者さんに熱があったら気軽にID(Infection Diseases,感染症医のことを米国ではこう呼ぶ)に声をかけますので,感染症専門医がすぐに対応することができます。

 ところが日本の場合ですと,臨床感染症で最も進んでいるといわれている聖路加国際病院や沖縄県立中部病院でも,常勤のスタッフは1-2名という状況です。私のいる亀田総合病院や,大曲先生のいらっしゃる静岡がんセンターでも,スタッフは1人です。その人数で病院全体の感染症をマネージするということになりますから,アメリカとは環境がぜんぜん違うんです。

 ですから,感染症科医が各科の先生方にティーチング,あるいはアドバイスをすることで,各科で基本的な感染症はマネージできるようにすることが必要です。よほど難しいことがあった時にだけ感染症科医が出ていくというスタイルでなければ成り立たちません。これが,おそらく日本の感染症科医のあるべき姿ということになると思います。したがって,コミュニケーションと教育の能力,特に研修医,また自分より年上の先生方に対してのティーチング能力が求められます。

 微生物の知識とか,臨床の感染症をマネージする抗生物質の選び方と同時に,コミュニケーション能力,倫理的思考力や判断力を教育するというのが,亀田のめざしているフェローシップの特徴です。

大曲 フェローシップは少なくとも3-4年経ってから来ている医師が対象なので,行動パターンや思考パターンが固まっています。それをなかなか変えられないという問題もあります。それから,これはどこの病院でも一緒だと思うんですが,感染症の分野では臨床各科ごとのセクショナリズムが強いですね。それぞれの分野特異の感染症があって,そのマネージには慣れているという自負がありますので,やっぱりそこは変えたがらない。

岩田 そういったところは,押したり引いたり,譲歩したり,妥協したり,あるいは逆にこっちが教えていただいたりというかたちで進める必要がありますね。

 感染症科の場合は,病理,放射線,小児を含めて,おおよそ全科と一緒に仕事をしなければいけないので,これも1つの大事な能力なのです。やはり小手先の技術だけでは駄目で,人間全部でぶつからなければならないところもあるんですよね。

 例えば,先日亀田総合病院では,点滴の抗菌薬の皮内テストを廃止しました(本紙2608号参照)。これをやめるにあたっては,抵抗のあるところにいかに納得してもらうかがポイントでした。ただ無理やり押していっても,皆,嫌な顔をします。ただ正論を主張するのではなくて,皆がすんなり納得できるかたちをめざす。時間も必要ですし,技術と情熱の両方がいりますよね。

 担当医を呼んだり,ナースと話したりして,どうして行動パターンが変えられないのかというところまで踏み込んでいく必要もあります。このへんは,患者さんとの話でも一緒ですね。薬を飲めない患者さんへの対応では,患者さんとの丁々発止のコミュニケーションが必要です。

 このコミュニケーションというのは臨床医としていちばん大事な技術だと思います。それを,病院内の感染症コンサルテーションでも生かすわけです。アメリカでもそういうところはきちんと教えられていません。アメリカでは,感染症科医が認知されているので,ある意味,乱暴にやっても許されるところがあるんです。「お前,これをやれ」と言っただけでサッと帰ってしまっても,それは1つのやり方として認められます。

 われわれはまだ日本でまったく認められていません。むしろ,ほとんどの病院では,感染症科医などいなくてもよいと思われている。そうすると,日本の病院の皆さんが,「感染症科医がいてくれてよかった」と思ってくれるようなサービスをしないと生き残れません。「感染症科医が来ると,ああしろ,こうしろとうるさくてやってられない」と,迷惑がられるような存在では困る。

大曲 着任してから拝見する最初の1人目の患者さんから大事にしていって,本当に変えなければいけない問題点を選りすぐって,実際に患者さんをよくするということがいちばんの説得力になります。それを積み重ねていって,「ああ,先生が来てよくなったよ」と言われるようになれればいいですね。

■感染症診療の問題点と将来展望

抗菌薬の使用法が誤っている

大曲 アメリカにいる時は感染症科のトレーニングで習ったことをそのまま出していればよかったみたいなところがあるんです。しかし,日本で感染症科医として仕事をする時にそういったスタイルではどうなのかというと,すごく考えなければなりません。

岩田 検証が難しいですよね。アメリカは,玉石混淆ではありますが,教科書やマニュアル,あるいはガイドラインがあって,そのとおりにやっていれば誰からも文句は言われません。しかし,日本にはそういうものがないので,1つ1つ考えていかなければなりません。典型的なのは,抗菌薬の量ですよね。日本では,保険適用の抗菌薬の量が間違っています(本紙2525号参照)。このことは,感染症のプロなら全員が知っていることです。明らかに間違っていても,それが教科書に書いてある限り,研修医の皆さんを責める訳にもいかない。このことが非常に悩ましい。ただ,アメリカがやっているからサイエンスとして正しいかというと,そうとも限らない。

大曲 日本のほうが絶対的に変なところが多いんじゃないか,というのは感じますね。

岩田 半減期が1時間ぐらいしかない抗生物質なのに,1日2回しか使えないというものもありますね。そういう薬の使い方が非常に多いです。これは,われわれ現場の人間がどう頑張っても,なかなか変えられないところなんです。当院は,DPC(Diagnosis Procedure Combination)を採用しているので,こちらのサイドでどんどん抗菌薬の量を決めることができます。ただし,事故が起きた時には誰も守ってくれません。正しいことをやっているにもかかわらず,現場の人間がリスクを背負うことになるわけです。

大曲 本当に大きな問題ですよね。

岩田 これまでの日本の感染症界や厚生労働省が,青木眞先生のような臨床医を中心に動いてこなかったことが大きな原因だと思います。

 青木先生が書かれた『レジデントのための感染症診療マニュアル』(医学書院刊)は,非常によい教科書です。見学に来る研修医や学生は,必ず持っています。どこに正しい情報があるのか,現場の医師は理解しているんです。

卒前教育の欠落

岩田 もう1つの問題は,やはり卒前教育です。感染症に関して日本の卒前教育は,ほとんどゼロに近い状況です。私は,学生の皆さんや,研修医の皆さんに,「あなたの大学では,感染症はどうやって勉強していますか」と必ず聞くことにしているのですが,ほぼ100%が何も教わっていません。私はフェローだけでなくて,初期研修医も指導していますが,感染症の知識はゼロだという前提のもとに教えなければなりません。

 しかし,彼らは非常に優秀で,意欲も十分にあります。私が赴任して2か月しか経たないうちに,抗菌薬の使い方は完全に変わりました。毎週水曜日の夜に感染症のレクチャーをしてるんですが,毎週立ち見が出るんです。それぐらい,皆,感染症の勉強をしたいと思っています。何も教わっていないからこそでしょう。

大曲 僕も学生の時には習わなかったですね。聖路加へ行ってから古川恵一先生に習ったのが初めてでした。その後の積み上げを考えた時,日本で勉強したいと思って,日本で感染症の勉強ができるところを探したんですけど,なかったんです。それで,古川先生に相談したんですが,古川先生は「外を見て来い」ということをしきりに勧められました。そこで僕の場合はアメリカへ勉強の場を求めました。

 ただ,誰もにそれを勧めようとは思いません。やっぱり外国へ行くのは大変ですし,日本で勉強できればいちばんいいですよね。

ティーチング能力が必要

岩田 アメリカの場合は,医学生の時から感染症を勉強していますし,初期研修でもきちんと教えてもらえます。でも,われわれがフェローシップで後期研修医を教える時は,初期研修医とか実習の学生には感染症の知識はまったくゼロ,そこからのティーチングです。また,フェローにもそういうレベルから教育できるよう,育成する必要があります。教育能力の教育です。アメリカ以上に日本のフェローは,ティーチングをしっかりしなければなりません。

大曲 日本では大多数の方が感染症診療の方法を習っていないということを時々自分でも忘れてしまうんです。そこは自覚していなければいけませんね。時には失礼になることもありますけれども,基本の基本から,意識的に教えていく必要があると思います。

岩田 しかし,ティーチング能力の高いフェローが育つというのは,ただ感染症診療のうまいフェローよりも,むしろ1グレード上だと思います。そういう意味では,むしろよいことなのかもしれません。もちろん今の状況がよいと言っているわけではありませんが。

大曲 そうやってフェローを卒業していった人たちも,また新天地に行って一から感染症診療をはじめるわけですよね。感染症科が根付いていないところでやっていくには,そこへ入っていって,コミュニケーションをしていって,教えていく,そういった能力がものすごくいると思いますし,それがないと相当シンドイと思います。

日本の医師はやる気に満ちている!

岩田 でも,日本にはチャンスがあると思います。感染症診療がマニュアル化しているアメリカは,実は耐性菌大国です。ヨーロッパでは,今でも髄膜炎,肺炎にペニシリンを使わせますが,アメリカではそんなことはできません。MRSAも日本と同じぐらい多いですし,バンコマイシン耐性の腸球菌はおそらく日本よりも多いです。それから,アシネドバクターの耐性菌も多い。バンコマイシンが効かない黄色ブドウ球菌も出てきていますし,市中にもMRSAが出てきているということで,アメリカは耐性菌対策に関しては,実は負け戦なんです。

 その理由として,マニュアルの整備が裏目に出ているという部分があります。最小公倍数で,間違いのないことはやっているんだけれども,もう1つ努力が足りなくて,例えばグラム染色すらしていない。そういう手間のかかることは端折ってしまって,レベルの低いところでよしとしているところがあります。

 耐性菌対策を考えたら,アメリカの真似をしていては絶対にうまくいきません。一歩上をいく必要があります。そのためには基本を教えることが大切になります。これは,青木先生がよくおっしゃっていることですが,「CRP(C-creative protein)が高いということは感染症とは限らない。熱があるから感染症とは限らない。熱が次の日に下がらなくても,抗菌薬が効いていないとは限らない」。こういった基本的な考え方,コンセプトをしっかり教えることが大切です。マニュアルで,「肺炎のときはこの抗菌薬を出しなさい」と言うほうが楽なんです。でも,もうちょっと質の高いものをコツコツつくることが必要で,日本の研修医にはそれができると思います。

 日本の研修医は感染症について何も教えてもらっていないし,病棟での抗菌薬の使い方もなんとなく上の先生の指示に従っていました。でも,どうしてなのかがよくわからないとか,いつ止めたらいいのかがよくわからないとか,悩みを持っていたんです。聞きたくても,誰も聞く人がいなかったというだけで,皆,学びたいという意欲は強いんですね。

大曲 日本では5年目,6年目ぐらいの医師からでも,「実は先生,感染症の考え方をきちんと習いたいんです」と言われたりすることがけっこうあります。

縁の下の力持ちとして

岩田 私は,感染症科医はアメリカのようにたくさんいる必要はないと思っています。病院に1人か,2人いて,皆の下でサポートするのが仕事という感じでいいと思うんです。むしろプライマリ・ケア医が,例えば風邪には抗菌薬を出さないとか,中耳炎や副鼻腔炎でもいきなり抗菌薬は出さないといったノウハウを持つことのほうが大切だと思います。大曲先生もやってらっしゃいますが,私も開業医の先生に向けた講演を現場の雰囲気をこちらも学びながらやろうと思っています。コミュニティー全体の動きが大事です。

 開業医の先生方だけでなく,他の科の方や,病院外の方,保健所の方とも交流を持ちたいですね。

大曲 いろいろな人とお話しするということが,面白いですよね。

岩田 それが面白いと思えるようになるかどうかが,感染症科の行く末を占うものになってくると思うんです。

 亀田のフェロー採用の基準としては,性格,人柄が非常に重視されています。出身大学はもちろん,大学での成績もあまり関係ありません。感染症の知識も要求しません。知識はわれわれが教えればいいだけの話です。それから重要なのは,フレキシビリティですね。科学的思考ができるんだけれども,あまりサイエンス,サイエンスとごり押ししない,そのあたりのバランスがとれる人を中心に採用していこうかと思います。

大曲 頭がよくて,鑑別診断がうまくて,薬の処方がうまい。そういうことができても,感染症科医として行き詰まる穴はいくらでもあるんですよね。

岩田 そのとおりです。一方,フレキシビリティといっても,ただ“世渡り”が上手というだけではなく,自分の正義を貫くという部分も必要ですね。

※各施設のプログラムについては,以下のWEBページもご参照ください。
亀田総合病院(http://www.kameda-resident.jp/medical/internal_8.php
静岡がんセンター(http://www.scchr.jp/


岩田健太郎氏
1997年島根医大卒。米国内科感染症科専門医。沖縄県立中部病院研修医,ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院内科研修医,同市ベスイスラエルメディカルセンター感染症科フェロー,中国・北京インターナショナルSOSクリニックを経て,2004年7月より現職。

大曲貴夫氏
1997年佐賀医大卒。同年より2001年まで聖路加国際病院内科レジデント。会田記念病院での勤務を経て,2002年より2004年までテキサス大ヒューストン校医学部感染症科でクリニカルフェローとして感染症の臨床トレーニングを受ける。2004年2月に帰国し,2004年3月より現職。