医学界新聞

 

NURSING LIBRARY 書評特集


基礎から学ぶ
楽しい疫学
第2版

中村 好一 著

《評 者》柳川 洋(埼玉県立大学長)

社会情勢も盛り込んだ疫学入門書

 中村好一教授は大変忙しい先生である。国際疫学会,日本疫学会,日本公衆衛生学会,日本医事法学会,日本循環器管理研究協議会と5つの学会の理事を引き受けている。そのうえ日本疫学会が刊行する『Journal of Epidemiology』の編集委員長,日本公衆衛生学会が刊行する『日本公衆衛生雑誌』の編集担当理事と,2つの雑誌の編集に携わっている。また,大学内では,疫学倫理審査委員長や,低学年の学生指導の責任者なども担当していると伺っている。

 このような多忙の中で2002年に彼が刊行した『基礎から学ぶ楽しい疫学』の改訂版が発行された。疫学の入門書なので基本的な内容が古くなることはあまりないが,いくつかの重要な加筆修正が加えられている。例えば倫理問題については,個人情報保護法の施行や,国や日本疫学会の疫学倫理指針の公表など,初版刊行後に社会の情勢が大きく変化しており,この点については最新の情報が盛り込まれている。

 彼は「入門書は少数の執筆者(できれば単著)で作成するべきである」という思想を持っている。大人数で執筆すると,項目間の濃淡が出るから」というのがその理由の1つである。本書は確かに濃淡がない。疫学の入門書として必要かつ十分な記載がなされている一方で,著者の個性がこれほど出ている入門書も珍しい。

 第2版の前書きで,高校生まで読者層を拡大するという野心を表明しているが,確かに医学の知識がなくても読める本である。ちなみに彼は,雑誌連載中の元の文章が某大学の入学試験に採用されたことを,密かに誇りにしている。大学入試で採用されるということは,それなりの論理性が貫かれていることの証左といっても差し支えないだろう。

 初版の前書きにあるように,本書程度の理解があれば学部学生の疫学の講義において単位を与えてもいい,ということにも賛成である。わが国を代表する疫学者が執筆した入門書として,医学・保健・医療関係の学生はもとより,臨床医,保健行政関係者,さらには疫学をもう少し理解したい一般の人など,すべての人にお勧めしたい良書である。

A5・頁248 定価3,150円(税5%込)医学書院


高次脳機能障害のリハビリテーション
実践的アプローチ

本田 哲三 編

《評 者》藤田 郁代(国際医療福祉大教授・言語聴覚学)

日常生活の視点から社会復帰実践アプローチ

 高次脳機能障害は「目に見えない」障害であり,この障害をもつ人々に対する社会の対応や支援体制の整備は,運動障害のようなわかりやすい障害に比べ大幅に遅れた。特に,交通事故等の脳外傷によって生ずる高次脳機能障害への専門的対応はわが国ではなかなか進まなかった。しかし,近年になってようやく高次脳機能障害への認識が社会に広まり,支援体制の整備が進んできた。その1つは,平成13年から厚労省が取り組んできた「高次脳機能障害支援モデル事業」であるが,編者の本田先生はそれ以前から東京都をフィールドとして高次脳機能障害の支援プログラムの開発に取り組み,多くの実績をあげてきた。本書は高次脳機能障害について豊富な臨床経験と研究業績をもつリハビリテーション専門医らによって著されたものであり,「高次脳機能障害」というタイトルのつく他の専門書とは一味違っている。

 本書は以下の2点において際立っている。

 第一は,高次脳機能障害を徹底して患者の“日常生活”の視点から把握し,その支援方法について生活機能の向上に主眼を置いて解説している点である。難解な専門用語を用いた病態の記述は最小限に留め,高次脳機能障害によって日常生活にどのような問題が生じ,専門職および家族はそれにどのように対応すべきかをわかりやすく解説している。例えば,「高次脳機能障害者の暮らしぶり」という章においては,患者の日常生活の状況,社会的・文化的活動,職業,経済状態を実態調査のデータを基に説明し,その問題点が浮き彫りにされている。また,「高次脳機能障害を疑うとき」という章では,障害を見出す方法を平易な表現で的確に説明しており,専門職だけでなく家族が障害を理解する際にも大いに役立つと思われる。

 第二は,高次脳機能障害患者に対する支援方法が著者の先生方の実践経験に基づいて具体的に解説されている点である。編者らは高次脳機能障害患者の就労支援の問題に早くから取り組み,この分野の先駆的研究を行ってきた。本書ではその研究の経緯や就労支援の実践例が紹介されており,就労における問題点や支援を進めるうえでの理論的根拠や臨床的示唆を得ることができる。

 以上のほかに,記憶障害,注意障害,遂行機能障害など各種障害に対するリハビリテーションの方法が平易に説明され,家庭でできる訓練方法が例示されているのも本書の特色の1つである。編者は本書において,高次脳機能障害にかかわる全員が家族と力を合わせて社会復帰に向けてのアプローチができるように配慮したと述べている。その言葉どおり,本書は高次脳機能障害のリハビリテーションに携わる専門職のみならず,社会復帰に向けて努力している患者と家族にとっても有用な書である。

B5・頁216 定価3,990円(税5%込)医学書院


言語コミュニケーション障害の新しい視点と介入理論

笹沼 澄子 編
辰巳 格 編集協力

《評 者》御領 謙(千葉大文学部教授・心理学)

理論と実践のバランスがとれた本

 人間を人間たらしめている言語コミュニケーション機能に,不幸にも障害が生じた場合の不利益は計り知れない。この障害の評価法や,回復の支援に必要な方法の一層の整備は,高齢社会を迎えた今,緊急の課題の1つと言えよう。そのためには臨床場面のみならず,関係諸科学の基礎的研究をも含めた超領域的研究が必要であり,幅広い視点と知識が要求される。本書は読者をこの広領域にわたる研究と実践の最前線に導いてくれる。

 本書の特徴を2,3あげておきたい。第一は理論と実践のバランスを重視する姿勢である。これは編者笹沼澄子氏の編集方針であったのだろうが,どの著者もその要望に十分にこたえている。つまり本書は単なる事実や理論の羅列でなく,事実(神経心理学的事実,心理学,心理言語学的事実,脳神経画像的事実など)と,理論(認知機能モデル,言語理論,脳機能モデルなど)と,介入技法との間の有機的な関連付けを明確に意図している。それが現時点でどの程度成功しているかは,問題領域ごとの研究の進展具合などもあり,一概に判断はできない。しかし本書のこのような方向付けに,評者は深く賛同したい。

 特徴の第二は,学際的研究の進展ぶりがよくみえる点である。「人間の言語機能を解明し,言語治療に役立てる」ことが本書の究極の目的であろうが,それには脳科学から工学,人文科学にわたる超領域的研究が必要であることは自明のことである。本書は,その自明のことが現実にここまで進んできたかという感慨を与えると同時に,まだまだこれからだという限界,よく言えば将来性にも気づかせてくれる。もう一点,これまで研究の遅れていた意味の問題,すなわち意味処理過程の解明や意味理解の障害に関する最近の研究動向が随所に紹介され,この領域の熱気を伝えている。これも本書の貴重な特徴の1つであろう。

 本書が伝える研究と実践の現状を眺めつつ,評者は以下のような感慨と疑問をいだく。……例えば20年前を考えてほしい。このような本が編めたであろうか。否。明らかに研究は大きく進歩した。だからといって現状に満足できるであろうか。できない。では次になにをなすべきか……。本書を精読することにより,熱心な読者には本書の著者らと議論を戦わせたい点がきっと山ほど出てくるであろうし,次になすべき研究,次に試みるべき介入方法などがふつふつと思い浮かんでくるに違いない。このように本書はきわめて刺激的な本であり,決してマニュアル本ではない。言語はもちろん認知機能全般に関係する研究者,臨床家,学生諸君等々,多くの方々に推薦したい本である。

B5・頁348 定価6,300円(税5%込)医学書院