医学界新聞

 

【新連載】

英国の医学教育から見えるもの
オックスフォードからの便り

[第1回] 英国の新しい卒後臨床研修制度

錦織 宏(英国オックスフォード大学グリーンカレッジ・名古屋大学総合診療部)



 卒前教育における共用試験の導入や卒後臨床研修の必修化,また,医学教育を専門とする医学教育ユニットの全国的な設置など,近年,日本の医学教育は変革の時代を迎えている。また,臨床研修指導医養成講習会も数多く開催され,医学教育に興味を持つ人の数は増えてきているように思われる。

 さて,その興味の先には何があるのだろうか? 日本にはまだ医学教育を学問として学べる施設は少なく,試行錯誤を繰り返しながら模索しているという現実もしばしば聞く。まだあまり馴染みのないこの「医学教育学」,接してみると意外にもその深みにかなり惹きこまれる。

 筆者は今回,医学教育振興財団の実施する川崎学園・グリーンカレッジフェローシップの7期生として,英国の医学教育について調査研究する機会を得た。本連載ではその経験を踏まえながら英国の医学教育の現状を紹介し,そこから日本の医学教育の姿を見つめていく。


 日本で卒後初期臨床研修が必修化されて2年。昨今ではその評価のみならず,後期研修のあり方についても関心が高まってきています。英国でも2005年秋より卒後2年間の新しい初期臨床研修制度が施行されました。今回はその英国の新しい卒後臨床研修制度を紹介していきたいと思います。

 英国で新たに実施された卒後初期臨床研修制度“Foundation Programme”は2年間のスーパーローテート研修です。1年目は必修科である内科と外科を4か月ずつローテートし,その他にもう1科研修を行うことが多いようです。また2年目は3か月間のローテート研修を4科選択することが一般的で,選ぶことのできる科は60以上にも上ります。今回の新しい制度では,英国の医療の特徴の1つである“GP”(General Practice;家庭医療)(註1)が新たに選択できるようになり,またほとんどの研修医が実際に選ぶようになったことも大きな変化の1つといえるでしょう。日本の初期臨床研修でも「地域保健医療」が必修科になり,こういった医学教育の「病院から地域へ」の流れは今後も加速していきそうです。

 初期研修修了後の進路ですが,将来GPになるか,専門医(Consultant)をめざすかで,その後のカリキュラムは異なります。図に内科系専門医をめざした場合のキャリアパスを示します。

 内科系専門医をめざした場合のキャリアパス
CCTはCertificate of Completion of Trainingの略。英国では1年間の臨床研修を修了後,医師免許を取得(Registration)する。

 後期研修として,一般内科を4年間研修してから専門研修(循環器内科など)を行う点は,内科全般を診ることのできる医師を育てるうえではかなり重要です。また,外科系の場合も最低2年は一般外科研修を行うことになっており,今後日本でも,幅広い診療能力を身につけることを後期研修の目標とした場合には,1つの参考になるかもしれません。

 また,“Foundation Programme”の特徴の1つに,評価が十分に行われていることがあげられます。研修医は下記のような評価をもとに自分のオリジナルのポートフォリオ(註2)を作成し,指導医との振り返りも交えながら自らの学習(研修)を進めていきます。

1.Multi-Source Feedback(MSF):自分の職場にいる多職種(看護師・技師など)8人以上に評価をしてもらう。360度評価理論を実践したもの。
2.Direct Observation of Procedural Skills(DOPS):胸水穿刺などの手技を行った際,指導してもらった医師にコメントをもらう。
3.Mini-CEX:現場の診療の中で,患者と接する一場面を指導医に評価してもらう。主にコミュニケーションスキルや態度などについてのコメントをもらう。
4.Case-based Discussion(CbD):担当症例のプレゼンテーションを行って,主に診断能力の面から指導医に評価をもらう。

 ポートフォリオの長所として,受身の姿勢ではなく自ら作っていく評価であることや,従来の方法では評価し難かった部分を評価できること,また継続的に形成的評価が行えることなどがあげられます。「評価も自己責任」という姿勢も含め,今後の日本において研修医の評価を考える際にも1つの参考になるかと思いました。

 次回は英国の卒前医学教育についてお話しさせていただく予定です。

次回につづく

註1:英国では全国民がこの“GP”に登録しており,健康に関する問題はまずGPに相談する。専門医に直接かかることはできない。幅広い診療能力を持つGPは,予防医療や医療の効率化にも貢献している。
註2:1人の人間が学びのプロセスで生み出す「学習の成果」を一元的にファイルしたもの。もともとは「紙ばさみ」の意。日本でも最近,小・中学生の「総合的な学習」などで注目されている。


錦織宏氏
1998年名大医学部卒。市立舞鶴市民病院での初期研修中,「大リーガー医」に米国流の医学教育を学ぶ。2002年から勤めた愛知県厚生連海南病院での卒後臨床研修改革の試行錯誤の経験から,医学教育学を学ぶ必要性を認識。2004年より名大大学院医学系研究科総合診療医学博士課程。2005年夏に渡英し現在に至る。専門は医学教育。日本内科学会認定内科専門医。