医学界新聞

 

【連載】

英国の医学教育から見えるもの
オックスフォードからの便り

[第2回] 英国の卒前医学教育

錦織 宏(英国オックスフォード大学グリーンカレッジ・名古屋大学総合診療部)


前回よりつづく

 今回は英国の卒前医学教育について紹介します。

 現在,英国には32の医学部が存在し,毎年卒業して研修医になる医学生の数は約6000人にのぼります。1学年あたりの学生数は70-450人と大学ごとにかなり幅があることは日本との違いとしてあげられます。ただ医学部のカリキュラムが基本的には5年間で(Oxford大学とCambridge大学は6年間),高校卒業後の18歳で入学する点などは日本とよく似ているともいえます。また,近年学士入学制度(他分野の学士課程修了者を対象とした4年間のカリキュラム)を持つ医学部も増えてきています。

 医学部の入学選抜試験ですが,高校の時に選んだ科目(英国の高校では3教科くらいしか勉強しませんが,そのかわりに深く学びます。これをA levelと呼んでいます)で優秀な成績をとり,その後大学ごとの面接で入学が許可されることが一般的です。ただ近年,この優秀な成績をとる学生の数が増えてきており,選抜に十分な役割を果たしているかが疑問視されてきています。そのため学力試験を課している大学もいくつかあります。また医師患者関係などに代表される態度を評価できる選抜方法の必要性も議論に挙げられており,これらは今後の課題ともいえそうです。

 カリキュラムの内容は医学部ごとに異なりますが,低学年から臨床現場に接するIntegrated Curriculum(統合型カリキュラム)は,近年の英国の医学教育の大きな流れの1つです。このカリキュラムでは,基礎医学(自然・社会科学)やコミュニケーションスキル,臨床医学全般,プロフェッショナリズムなどを低学年から同時に学んでいきます。一方で英国においてもOxford大学やCambridge大学のように,3年間の基礎医学教育+3年間の臨床医学教育という伝統的なカリキュラムを守り続けている大学もあり,多様性を許容する英国の教育制度の一端を見る気もします。

 先日,Oxford大学医学部4年生の「臨床医学オリエンテーション」に参加する機会を得ました。臨床現場にはじめて出る学生が,医師患者間のコミュニケーションなどを病棟で,そして基本的臨床技能をスキルストレーニングセンターで学ぶのですが,そこでは6年生がテューターとして教えていました。6年生のカリキュラムの中に選択科目として「医学教育」があり,それを選択した学生はテューターとして教えることで単位が認定されます。医学教育という選択科目があるということ,そしてさらにそれが非常に人気のある科目で,希望する学生が多いため選抜になるということには驚きを覚えました。

スキルストレーニングセンターでの様子。白衣を着ていない6年生が,臨床現場に出たばかりの4年生に必要な臨床技能を教えている。

 医師免許取得に関してですが,英国には医師国家試験はありません。各医学部での卒業試験で外部の教官とともに評価され,それによって卒後研修参加資格が与えられます(医師免許は卒後1年の研修修了後に与えられます)。またベッドサイド教育を重視していた歴史のある英国では,数十年前より臨床技能試験が卒業試験に含まれており,これが現在はOSCE()となって各大学で施行されています。日本では今のところ医師免許取得に際しての臨床技能評価がないというと多くの英国人医師に大変驚かれ,改めて日本での国家試験OSCEの必要性を感じました。

 次回は英国の医療制度と医学教育についてお話しする予定です。

次回につづく

:Objective Structured Clinical Examinationの略。客観的臨床能力試験と訳されるこの評価法では,ステーションごとに課題をこなしていく学生の臨床能力を評価する。


錦織宏氏
1998年名大医学部卒。市立舞鶴市民病院での初期研修中,「大リーガー医」に米国流の医学教育を学ぶ。2002年から勤めた愛知県厚生連海南病院での卒後臨床研修改革の試行錯誤の経験から,医学教育学を学ぶ必要性を認識。2004年より名大大学院医学系研究科総合診療医学博士課程。2005年夏に渡英し現在に至る。専門は医学教育。日本内科学会認定内科専門医。