医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


標準生理学
第6版

本郷 利憲,廣重 力,豊田 順一 監修
小澤 瀞司,福田 康一郎,本間 研一,大森 治紀,大橋 俊夫 編

《評 者》板東 武彦(新潟大理事,副学長,医歯学系教授・統合生理学)

臨床問題集も付いた欧米の教科書に比肩する良書

 本書は20年間で5版を重ねた名著であり,まさに標準的な生理学教科書としての地位を確保してきた。欧米の教科書にすぐれたものが多いなかで,わざわざ日本で教科書を作ることに意味があるのかと思う反面,やはり自分の国で作られた優れた教科書があるということは誇らしいことである。

 1人の著者が書いた教科書は全体の統一性に優れるが,やはり得意分野とそれ以外で内容に差が出てしまう。本書は分担執筆であり,各々の分野で,一流の著者が分担することにより,広い範囲で濃い中味を持つことができた。一方で,分担執筆の本の統一性を保つことは非常にむずかしい。著者の努力もさることながら,編者の優秀さと努力を高く評価したい。

 読みやすさは編者の腕の振るいどころであるが,本書はその点でも成功している。分担執筆の常として分量が多くなると,読む側にとっては,負担が大きくなる。本書では,専門的な内容はadvanced studiesとして分け,多くの図を入れることにより読みやすさを確保している。また章のおわりに「学習のためのチェックポイント」を置いている点,別冊付録の臨床問題を参照させている点など,欧米の優れた教科書と同様の工夫がなされていることも評価したい。

 本書は詳しすぎると言われることがあるが,このことは編者もよく承知しており,序になぜそうなのかを説明している。生理学は医学の中では珍しく,「考える」ことを基本とする学問である。そうは言っても,物理学とは異なり,医学や生物学では,考える材料がどうしても必要である。記述が簡単すぎて,考えようがない教科書もたくさんあり,丸暗記にはよいかもしれないが,それでは知識が身につかない。この程度の分量はやむを得ないと思われる。多少,読むのに時間がかかるかもしれないが,この方が記憶に残るという点で,コストパフォーマンスはよい。

 内科は「ベッドを持った生理学」といわれるように,生理学の知識が身についていると,臨床での勉学に有利である。先に述べたように,読みやすくする工夫が随所に施されているので,分量の割には読みやすい。多分,重大な欠点は,値段であろう。最近カラー印刷もコストが安くなり,数千円の教科書が珍しくない。もう少し価格を下げられないかと思う。学生が買いやすいというのも大切な要素であろう。

 本書の新しい特色は,別冊付録としての臨床問題集である。欧米の教科書では珍しくないが,日本のコアカリキュラム,CBTを念頭においた問題であり,学習に便利であろう。問題の質にはばらつきがあるが,この種の問題を作ることはきわめてむずかしい。その中で,比較的良問をそろえ,本文との参照にも工夫がみられる。

 全体として,本書は新しい進歩も取り入れ,日本の標準的な生理学教科書としての地位を今後も維持していくことが確実な良書である。

B5・頁1176 定価12,600円(税5%込)医学書院


高齢者のための和漢診療学

寺澤 捷年 編

《評 者》大島 伸一(国立長寿医療センター総長)

今後の医療のあり方について手応えの感じられる1つの答え

 泌尿器科医で腎移植を専門にしてきた私がどういうわけか,今は国立長寿医療センターに奉職しているが,受けた教育も,やってきたことも,科学,科学の西洋医学である。その方法は,極論すれば異常な臓器や部位を数値と画像を駆使して特定し,臨床科学的に有効と判断された技術を介入させて,よりよい効果を得るというやり方である。近代科学の原理は,例外を認めない普遍性,首尾一貫した筋の通った論理性,主観の介入を許さない客観性で成り立っている。

 人が人に医療や介護を行う過程に,科学の原理をそのままあてはめることができるか,無理である。現場の医療がいかに不確実なものか,さまざまな要因を挙げるまでもなく,人が人に行う行為に普遍性,論理性,客観性が完全に成立するなんてことがありうる訳がない。こう解っていても,科学の世界では,これを口に出すことはタブーなのである。

 私は長寿医療センターに移ってから,高齢者医療とは何か,センターとしてどう取り組めばよいのかを考え続けてきたが,それまでの自分がやってきた医療とはまったく違うために,一体どうすればよいのか悩み抜いていた。そんな時に思い出したのは寺澤先生である。

 「西洋医学の手法で高齢者を診るのは無理ですヨネー」「当然です」寺澤先生は満足そうに頷く。

 「本当は高齢者だけでなく,どんな医療にも科学主義の限界はありますヨネー」「もち論です」

 「漢方や和漢療法で言われる気とか血とか陽とか陰とかは,話や本では理解できたような気になっても,実感としてはピンとこないんですが」「解らなくてあたりまえです。科学じゃないんですから」

 そして言う。「人を機械論的に考え,細胞から遺伝子まで分解して,その成果をいくら積み上げたって人の総体は解りません。まず,人をまるごととらえ,診る。それが医療じゃないですか。手をとって顔を見て五感をとぎすませて,きちんと話を聞く。そこに科学で得られた分析的手法や診断治療技術を組み合わせてゆく。医療とは,人間をまるごと診ないと成り立たないものなのです」

 私には漢方の知識も経験も何もないので,漢方医療の価値がまるで解らない。そのうえ医療における科学の限界は解っていても,それを言い出すと今まで自分のやってきたことを否定するような恐怖感がある。だから直視するのを避けてきたようである。だが,長寿医療センターに移って,高齢者医療とは何か,その答えを得るには,今までの医療は何だったのか正面から向き合い,はっきりさせなければ前へ進めない。

 私はこれからの医療は科学主義の限界と呪縛をどう乗り越えるのかという意味での大きなパラダイムの転換に向かうだろうと考えているが,「高齢者のための和漢診療学」には私の悩みに答えるかのように,これからの医療のあり方について示されている。この方法論が本当によいかどうかは,今後さらに検証されてゆくことになるだろうが,手応えの感じられる1つの答えであることは間違いがない。

A5・頁384 定価4,725円(税5%込)医学書院


新 ことばの科学入門

廣瀬 肇 訳

《評 者》澤島 政行(東大名誉教授/横浜船員保険病院名誉院長)

米国学生のレベルを示す音声言語医学の教科書

 本書の原本は初版が1980年に出版され,1984年には第2版の日本語訳が,今回と同じ訳者で出版されている。今回の日本語訳は2003年の第4版である。初版以来,この本は米国の大学学部生を対象として書かれた音声科学の入門書で,基礎的な音響学と生理学の知識から,音声の生成および知覚に関する学説やモデルについての基本的概念までを平易に解説してある。音声言語障害には触れていないが,この領域をめざす学生が対象であるという。

 本書の構成は初版以来変わっておらず,7章から成る。各章の見出しを順に示すと,「1.ことば,言語,思考」「2.ことばの科学の先駆者達」「3.音響学の基礎」「4.ことばの生成:生理学的基盤」「5.ことばの生成:構音とことば音の性質」「6.ことばの知覚」「7.ことばの科学の研究機器について」となる。

 初版から20余年を経て,第4版では,旧版の著者,G. J. Borden, K. S. Harrisのほかに,若手のL. J. Raphaelが加わり改訂を行った。基本的な内容に変更はないが,記述をより理解しやすく,明確にする工夫により新しい姿となった。特に1章と6章の記述内容が整理されたようである。第7章の研究機器は時代の進歩に伴って大幅に変更された。

 さらに,補章として,耳で聞く資料集「音のサンプル」を出版社のウェブサイトに設置し,世界各地からアクセスできるようにした。日本語版の読者にも,サンプル音の聴取が可能である。

 ことばの生成や知覚に関する学説やモデルの紹介では,第4版でも大部分が1970年代までの業績に止まっている。それ以後の研究には,基本概念として参照すべき成果が見られないという著者たちの判断であろう。評者はこの領域の専門外であるが,彼らの判断はそれなりに当たっているのではないかと思う。

 著者たちは,米国ハスキンス研究所所属の音声科学者であるとともに大学教官として,学生や大学院生の教育,指導にも優れた実績を持っている。研究者としての音声科学への愛着と,教官として,学生にこの領域を理解し興味を持たせたいという熱意が,初版以来20余年を経過した第4版に到達したと思われる。

 本書は日本においても音声言語医学を学ぶ学生の教科書として有用であるとともに,指導者にも,現在の米国学生のレベルを示す資料として好適である。

 訳者の廣瀬氏は,日本における音声言語医学の第一人者としてよく知られている。また,氏は1970年から73年の間,ハスキンス研究所で著者たちと研究をともにしており,旧知の仲間の著書の翻訳には最適の人材である。

 最後に私事であるが,評者も廣瀬氏の前任者として1969年から70年まで,東京大学医学部音声言語医学研究施設からハスキンスに派遣された。廣瀬氏とは長年の同僚であるし,著者たちも旧知の同窓生である。私にとってこの本は,ハスキンスの旧友からの懐かしい便りのように思われる。

B5・頁280 定価6,510円(税5%込)医学書院


《標準理学療法学・作業療法学専門基礎分野》
整形外科学
第2版

奈良 勲,鎌倉 矩子 シリーズ監修
立野 勝彦 執筆

《評 者》齋藤 宏(東京医療学院学院長)

簡潔・平易で漏れがない理想的な教科書

 臨床医学を医療技術の専門職に講義する時,どれほどの範囲を解説したらよいのか,誰しも頭を悩ませるところである。詳細に過ぎては時間数が不足となり,かといって漏れがあっては国家試験に合格しない。執筆者の立野勝彦先生は整形外科学を修められた後,金沢大学医学部保健学科教授に就任され,理学療法士や作業療法士の教育にも長く携わっておられる。このような立場で著された本書は,運動器障害を扱う両療法士にとって知っていなければならない項目について,膨大な量の整形外科学の中からminimal essentialのみをバランスよく抽出して記載されている。

 2000年に初版を刊行されてから5年目に第2版の上梓となった。章立ての構成や豊富な図表が組み込まれているのはほぼ初版と同様である。大腿骨頭すべり症が壊死性疾患から代謝・内分泌性疾患の項目に置き換えられている。成書によっては外傷性疾患に分類されているものもあり,病態・原因・症状のいずれの立場によるかに依存する事柄である。知識の整理に有用な〈Advanced Studies〉や〈NOTE〉は,骨の発生と成長のホルモンとビタミン,神経学的評価の感覚検査と反射,関節リウマチの関節拘縮と変形,骨粗鬆症などについて新たに加えられたものや内容を充実したものもある。図表については,皮膚髄節支配の図がわかりやすく書き換えられ,大腿骨頭すべり症,側彎症のCobb法による計測法の図が新たに加えられている。表では脊髄損傷のASIA機能障害分類が新たに記載されている。巻末の〈セルフアセスメント〉は問題数が増加され,より充実したものとなっている。

 スポーツ傷害と切断および離断の2つの章は独立し,それらの占める比率が全編のうちでも相対的に大きいものとなっている。最近,スポーツの世界でトレーナーやセラピストとして活躍することを希望する理学療法士が増加している。スポーツ傷害の予防法,応急処置法や能力向上などが簡潔に記されており,さらにスポーツの種類と疾患の種類と部位,慢性的な負荷で引き起こされる障害についての記載は,この方向を志すものにとって大いに役に立つ。

 四肢の切断と義肢についての知識は理学療法士,作業療法士にとって必修の領域である。最新の知見を含めて主要な項目が記載されている。

 ちなみに2005年度の理学療法士・作業療法士国家試験の共通問題のうち,整形外科学に関する問題を本書のみによって解答を導き出したところ,全問を正解することができた。簡潔,平易でしかも漏れがない内容の本書は教科書として,また自己学習の参考書として最適のものと考え広く推薦したい。

B5・頁196 定価3,360円(税5%込)医学書院