医学界新聞

 

レジデントサバイバル 愛される研修医になるために

CHAPTER 10
患者理解の第一歩(後編)

本田宜久(麻生飯塚病院呼吸器内科)


前回からのつづき】

 前回に引き続き,患者対医師のコミュニケーションを取り上げたい。学びの多い文献や書物がたくさんあり,筆者のような未熟者が述べるのは傲慢かもしれないが,ここでのテーマはあくまで患者理解の“第一歩”。筆者が医師となり3年くらいで強く実感したことを,体験として紹介したい。この章での研修医はすべて筆者である。

 今回紹介した内容全体を眺めてみると,「自らの感情を制御する」という課題が医師患者関係確立の第一歩であるように思える。気の合う仲間と仲良くして過ごせば済むことが多かった学生時代。相性が悪い時の対処法は大学では習わない。新たなプレッシャーが新社会人である研修医に立ち向かってくる。

自らが心を開く

 70代女性A。高血圧で通院中。他に特に合併症はない。

 内科外来でいつも待たされて不満を言う状態が続いている。不満からはじまるので,診察が正直憂鬱である。

研修医「○○さん,診察室にお入りください」

研修医「お待たせしました」(と言うが,言葉にあんまり気持ちがこもっていない)

女性A「待ち長ぁい!! 待ちすぎて血圧が上がった」

研修医「すみませんね。別の病院に行ってもらっていいんですよ」

 と言い返し,終わった後はいつも嫌な気分。外来で彼女の名前がでるたびに憂鬱な気分。後日の外来。研修医は決意した。

決意:ええぃ,もうあきらめた!
この人をとことん引き受けよう!!

研修医「○○さん,診察室にお入りください」

 彼女の名前をマイクで読んだ後,研修医は立ち上がり,両手を広げ,歓迎のポーズをとった。彼女が入室するや否や,「○○さん,お待ちしておりました。どうぞおかけください!」と声をかけた。

 彼女は,一瞬戸惑ったように見えた。しかし,苦虫を噛み潰したようではあるが,それでも彼女なりの笑顔を見せ,一言も文句を言わずに椅子に腰掛けた。

 研修医は,Aさんの笑顔に好印象を持った。そして,そんな自分に驚いた。ついさっきまでは,「なんで来るんだよぉ!」と不快感しか存在しなかった。この日,研修医とAさんと初めて向き合ったと言ってよい。すると,「どうしてこんなにうちの外来に来たがるのだろう?」と,素直に思えた。その後の外来では,

女性A「ごめんね先生,私せっかちだから血圧が上がるんでしょうね」

研修医「こちらこそ,すみませんね。いつもお待たせしてしまって」

 と言葉をかけるまで,関係は回復した。

コメント

 『90秒で“相手の心をつかむ!”技術』という本がある。その中で一番,筆者の印象に残っている言葉が,「自分が心を開かなければ,相手の心は開かない」である。著者は元カメラマンとのこと。カメラマンがそう言うのだから間違いないだろうと,本を読んで納得し,実践したらその通りだった。

CAUTION

心を開くといっても,何でも話すということではない。住所,年齢,未婚か既婚か,恋人はいるか,など医療者の個人的情報を知りたがる方もいる。自分の心が不快,不安に感じる私的な情報は話す必要はない。

怒らない決心が,アイデアを生む

 40代男性A。救命センターでバックボードに縛り付けられ,「(ネックカラーを)はずせ!」と叫ぶ。調査に来た警察官に「何しに来たっ!」と怒鳴り,警察が「おとなしくしろ!」と言うほど,暴れだす。ナースのやさしく丁寧な説得でなんとか頸部,胸部X線は撮影でき,胸腹部エコーにて異常のないことを確認できた。しかし,高エネルギー事故で,頸部より上部に外傷があること,事故の状況の記憶がないことから,頭部CTを撮りたいが,納得されない。

男性A「大丈夫だ。どうもないことは自分でわかる」

研修医「でも,明日の朝,あなたが死んでたら,悲しむ人がいるでしょう」

男性A「べつにいい。死んだら『やったぁ』って喜ぶ奴のほうが多いっ!!」

 研修医は「あぁ,めんどくさい。酔っ払いはこれだから困る」と嫌になったが,思い直した。「いやいや,ここが正念場だ。怒りは禁物!」とまず,決意した。

自分はけっして逆上しない
この人を心配しよう!

研修医「でもね,死んでしまって,『やったぁ』と思われてもしゃくでしょう」

男性A「まぁそうだなぁ。ハハッ,冗談きついぜ。痛いんだから,笑わせないでくれ」

女性看護師「CT撮ってもいい?」

男性A「あぁ,いいよ」

コメント

 怒りにまかせて,カルテに「頭部CTを何度もすすめたが強く拒否」と書くのは簡単であるが,医師患者ともお互いにhappyな結末ではない。

 上記の「逆上しない」という決心によって心に余裕が生まれ,相手の緊張をほぐすよい言葉が生まれたのである。そして,場の緊張がほぐれて,患者が少し心を許した絶妙のタイミングで,「CT撮ってもいい?」とかわいくささやく看護師の技も超一流である。これも,チーム医療の一場面であった。

感情を読み,流れを変える

 50代独身男性B。左胸水貯留で入院。母がつねに病室によりそっている。穿刺すると血性胸水で悪性腫瘍が疑われた。細胞診を提出するにあたり,研修医が告知希望を尋ねた。

研修医「Bさん。今日は胸の水をひきましたので,これから調べたいと思います」

男性B「え,ええ……」(下を向き,シーツをいじりながら落ち着かない様子)

研修医「検査の前に,みなさんにお聞きしているのですが,検査結果はご自分で知りたいですか?」

男性B「え,まあね……」(シーツをずっと人差し指でひっかいている)

研修医「自分で知りたいという方もいますし,知りたくないという方もいるので,必ずお聞きするようにしているのです。どうしましょうか?」

男性B「ええ,まあねえ」

 Bさんの様子をみて,指導医が介入した。

指導医「ああ,Bさん。すみませんね。いきなりこんなお話でお困りになったと思います。われわれもまだ病気の見当がついていないので,しばらくこちらでも調べていきたいと思います」

 退室後,指導医は研修医に「Bさんは,まだ心の整理がついていないみたいだけど,おそらくがんも含めた重大な病気を心配されていると思うよ。これ以上,告知希望について問い詰めるのもかえって本人に心配を与えそうだから,様子をみよう。お母さんとも対応の仕方を相談しよう」と述べた。

コメント

 この場合,患者の自己決定権を前提とするあまりに,まだ事実を受け止められない心境の患者に対して,告知についてどう考えているかどんどん聞いてしまった。

 ほかにも患者が説明に納得していなかったり,会話が成立していなかったりする場合,参考になるサインはあちこちに散見される。たとえば,外来で席を立つのを躊躇する,そわそわしている,眉間に皺がよる,眼を合わさないなどがあげられるが,そのサインの感度や特異度が高いとは言えない。

 一番大事なのは,どうしても抽象的になってしまうが,「その場の空気,雰囲気」である。滔々と説明し自己陶酔するのも,わかっているはずと省略した説明で舌足らずになるのも問題。一方向な会話とならないように,その場の空気を常に意識することを習慣としたい。

イラスト/小玉高弘(看護師)
感情を読み,流れを変える
滔々と説明して自己陶酔するのも,「わかってるつもり」と説明不足になるのも問題。一方向な会話とならないように,その場の空気を常に意識しよう。

迷った時には早めにホウ・レン・ソウ〈報告・連絡・相談〉

 最後はやはりホウ・レン・ソウ〈報告・連絡・相談〉で締めくくりたい。ちなみに『ICUブック』(MEDSi)には「挿管を考えていること自体が,その適応である」とある。相談もまた然り,「相談を考えていること自体が相談の適応」である。

 当院研修中に「内角球に腰を引いては打てないが,デッドボールは逃げなければいけない」という,名言を遺した研修医がいた。勇気と蛮勇の違いを見事に表現していると思う。患者ともめた時,挑戦すべき自らの課題なのか,早急に指導医や部門長に報告すべき問題かを速やかに判断するのは困難である。だからこそ,「迷った時が相談時」を原則としておきたい。もちろん,相談した時には,今後自分だけで対応するとしたらどのようにすべきか,教訓を引き出そうとする姿勢が大切だ。


参考および推奨文献
1)箕輪良行,佐藤純一:医療現場のコミュニケーション,医学書院,1999.
2)飯島克己,佐々木將人監訳:メディカルインタビュー 第2版,メディカル・サイエンス・インターナショナル,2003.
3)飯島克己:外来でのコミュニケーション技法,日本醫事新報社,1997.
4)今月の主題 動きながら考える内科エマージェンシー,medicina,38(5)
5)ニコラス・ブースマン著,伊東明訳:90秒で“相手の心をつかむ!”技術,三笠書房,2001.


本田宜久
1973年生まれ。長崎大卒。麻生飯塚病院での研修医時代より院内でのコミュニケーションに興味を持ち,以来事例を集めている。