医学界新聞

 

《連載全5回》

アメリカ代替医療見聞録

患者と医師とCAMの接点

鶴岡優子・鶴岡浩樹
(ケース・ウェスタン・リザーブ大学家庭医療学/自治医科大学地域医療学)


最終回 進む道と歩き方

第2571号より続く

ルーシー

 クリーブランドのダウンタウンから東へ5マイル,ユニバーシティ・サークルと呼ばれる地域がある。ケース・ウェスタン・リザーブ大学を中心に,美術館,博物館,オーケストラのホールなどが密集している。私たちのお気に入りは,なんといってもクリーブランド自然史博物館。家族会員になって毎週のように通った。

 そこには,「ルーシー」と名づけられたアファール猿人の骨格標本がある。1974年,エチオピアで発見された化石である。命名の由来は,ビートルズの「Lucy in the sky with diamonds」という曲だ。発見の喜びに沸いた夜,キャンプで流れていたという。

 本物の化石はエチオピアに戻ったので,博物館にあるのは複製だ。背丈は1mくらいで,5歳の息子より低く,2歳の娘より高い。骨盤の形から,メスというか,女性というか,とにかく女である。年齢は臼歯の減り具合から25歳から30歳と推定されている。このルーシー,かつては「最古の人類」として有名だった。320万年前に直立2足歩行していたというのだ。解剖学的にバランスをとるのが難しいらしく,ゆっくりノッシノッシと歩いていたにちがいない。

アイゼンバーグとNIH

 1990年代に,ハーバード大学のアイゼンバーグが実施した「CAM(代替医療)利用の全米調査」は,実にセンセーショナルだった。CAMの利用者が多く,年々増加しているという結果は,アメリカのみならず世界のCAM研究の起爆剤となった。

 2002年春,ボストンで開催された相補・代替・統合医学国際研究会議に参加した。アイゼンバーグの会頭講演では,米国立衛生研究所(NIH)がCAM研究に莫大な資金をつぎ込んでいることが強調された。

 CAM研究の出発点はPopular demand,すなわち消費者のニーズで,まずCAM利用率調査を行ない,続いて臨床試験,基礎研究と続き,最終的には新しい「健康政策」や「ヘルスシステム」をめざすという戦略が紹介された1)

 2003年春,そのアイゼンバーグがクリーブランドに来るという。クリーブランド・クリニックで開かれた講演会に,100人以上の臨床医が集まった。講演は風刺マンガで始まった。サプリメントの箱を手にして,「このプラセボ,いくら?」というセリフ。会場もどっと沸いた。

 彼の研究戦略は,ボストンの時と変わりはなかった。しかし,声のトーンは少し下がっていたように思う。興味深かったのは,CAMの臨床試験が急増したことで,副作用が見つかりはじめた2),と注意を促した点である。CAMを科学的な手法で厳しく評価する姿勢が改めて確認された。

ホワイトハウス委員会

 2000年クリントン前大統領の指示で,ホワイトハウスCAM政策委員会が設立された。2002年春,活動の終了と共に声明が出され,その一部が先のボストンの会議でも紹介された。「CAM領域のエビデンスは不足しており,さらなる研究が必要である。ゆえに研究費の予算を引き上げるべき」と。

 しかし,同委員会に対して厳しい見方もある。英国医学会雑誌(BMJ)は「より厳粛な研究を実施することが望ましい」の部分を取り上げた。Lancet誌は「利用者が多いこととエビデンスの有無は区別して考えるべき」と報じ,「委員会は価値ある研究が何なのか見分けることができなかった。馬鹿げた活動である」という意見を紹介した。

 思えば,CAMのブームのきっかけは,Popular demanndと言いつつ,「高騰する医療費の削減」だった。そして,その戦略が「莫大な研究費の投入」である。やっぱりお金なんだろうか。NIH率いる研究者も,医療従事者も経済界も,わき目も振らず走っているように見える。

患者と医師とCAMの接点

 CAMプラクティショナーへのインタビューがきっかけとなり,フォーカス・グループ・インタビューをすることになった。司会はロング教授,合計7人のグループだ。医師は2名,薬剤師が2名,そして全員が患者としてCAMを利用した経験があった。副題のとおり,患者と医師とCAMの接点である。

 一番印象に残ったのは,ある男性の意見である。彼の真っ白のシャツには,ピシッとアイロンがかかっていた。大学で数学の講師をしているという。「きわめて西洋医学に懐疑的な人物」と自己紹介していた。CAMの中でも,瞑想療法,アロマセラピー,Reikiに興味を持っているらしい。

 「西洋医学なんて,プロブレムAには,ソルーションA,プロブレムBには,ソルーションB。ただそれだけじゃないか。CAMには,それぞれの症状の組み合わせではなく,ひとりの人間を関係性の中で考えていける可能性があるんだ」

 自分たちの書いていたカルテを思いだす。プロブレム・リストを作り,プロブレムAにはプランA。確かにその通りだった。しかしプライマリケアの分野で,いや医療界全体で,「臓器ではなく人間を診る」,「文脈の中の患者さんを診る」,「包括的医療の重要性」などは,言いつくされ,さまざまな努力がなされている。

 では,なぜ患者がCAMに魅かれるのか? これまでCAMの利用理由としてさまざまなものが紹介されている。

 「西洋医学への不満」,「自己コントロールできるから」,「家族や知人の勧め」などが代表的である。特に「西洋医学への不満」はマスコミを中心に取り上げられてきたが,1998年の全米調査では,西洋医学に不満があってCAMを利用している患者は5%に満たなかったのである3)

ナチュラルは安全か

 CAMの利用理由として,「ナチュラルだから」,「副作用がないから」をあげる人も多い。確かに,「ナチュラル」は魅力的な響きである。

 しかし天然のものだから,安全であるとはいえない。例えば,ハーブである。アメリカではサプリメントとして規制されているはずなのに,ラベルに書かれているものと,ボトルに入っているものが違う可能性があるという。そのほか,毒性や汚染,抗がん剤やエイズ治療薬との相互作用の報告もある2)

 患者と臨床医は,常にCAMの有効性と安全性のバランスに悩んでいる。例えば,漠然とした疾病予防のためなら,安全性を重視するだろう。しかし,末期がんの苦しいCAMの選択であれば,多少のリスクを背負っても有効性の高いものに目を向けるかもしれない。

統合医療という方向性

 2001年1月20日号の「BMJ」は統合医療特集だった。「Orthodox meets Alternative」というサブタイトルがつけられ,表紙は2羽のフラミンゴが首を絡ませている写真だった。これはフラミンゴの求愛行動だろうか? するとこの2羽は,OrthodoxとAlternativeで,相思相愛なのか?

 フラミンゴといえば,雛が生まれると,親鳥が真っ赤なフラミンゴミルクを分泌し口移しで与えるらしい。そして親は次第に鮮やかな羽色を失い,色あせていくそうだ。なんだか親近感を抱いてしまう鳥である。

 この号の巻頭言を書いたアンドリュー・ワイルは,アリゾナ大学の統合医療プログラムの部長である。1997年には「タイム」誌の「もっとも影響力をもつ25人のアメリカ人」に選ばれている。

 今後CAMの進む方向は「統合医療」であると言われているが,その示す意味合いは,提唱する人により多少異なると思う。

 数多のCAM を理論的に融合させるという抽象的な議論より,私たち臨床医の興味は「ひとりの患者のために,どのような基準で統合するか」というところにある。

進む道と歩き方

 クリーブランドでのアイゼンバーグの講演のタイトルは,「Complementary and Intergrative Medical Therapies」となっていた。1年前のボストンの時にはあった,「Alternative」が消えていた。

 言葉や名称だけでなく,「医療」そのものが猛スピードで変わっていく。昨日のCAMは今日のOrthodoxであり,今日のOrthodoxは明日の禁忌かもしれない。

 これまで5回にわたり,留学中のフィールド・ノートを振り返りながら,私たちの苦悩の過程を書いてきた。見聞録ということで始まった連載だが,「見聞き」の弱い部分は嗅覚に頼ったので,勘違いの可能性もある。しかし,アメリカのさまざまな価値観の中に身を置き,CAMについて考えることができたのは,とても有意義だった。

 アメリカがCAM先進国であるとは断言できない。普及率などでいえば日本や韓国のほうが高いし,WHOはもっと昔からCAMに取り組んできた。しかし,NIHがCAM研究をリードしているのは事実であるし,アメリカの医師たちがCAMに期待感や問題意識を持って注目している点は評価できる。アメリカ医学界でCAMはメインなトピックではないが,コモンなトピックなのである。

 CAMはもともと,西洋医学以外の医療の総称という残余カテゴリーである。つまり政府が主導する医療体系がある限り,いつの世もCAMは存在することになる。

 空前のCAMブームといわれるこの時代に,臨床に還元できるCAM研究が発展することを願ってやまない。そして日本の医学界においても,CAMがコモンなトピックとして議論されるとうれしい。

 2004年春,日本。私たちの進む道は,どっちだろうか? まずはCAMに先入観を持たず,目の前の患者さんに誠実に対応することで,ひとつひとつ勉強していきたい。調べるツールや,ネットワークを模索しながら。「Do no harmを肝に銘じて」。

 ルーシーのように立ち上がり,わき見をしながらゆっくりと歩いていこう。これから,私たちの本当のフィールド・ワークがはじまる。

 最後になりましたが,ロング教授をはじめ,私たちの苦悩にお付き合いいただいたすべての方に深謝いたします。

 また筆者(メス)が不覚にもフラミンゴの如く色あせてしまい,不定期な連載になりましたことを,この場を借りてお詫び申し上げます。


文献
1)鶴岡浩樹,鶴岡優子.相補代替医療(CAM)とプライマリケア(4):知の統合.日本医事新報4127: 27-32, 2003.
2)De Smet PA. Herbal remedies. N Engl J Med 347: 2047-56, 2002.
3)Astin JA. Why patients use alternative medicine: Results of a national study. JAMA 279: 1548-53, 1998.