医学界新聞

 

短期集中連載 〔全4回〕

ボストンに見るアメリカの医学・
看護学・医療事情の現況〔2〕

日野原重明(聖路加国際病院理事長)


2576号よりつづく

【12月29日(月)】

 午前11時,私が宿泊しているエリオット・ホテルに,ボストン市にある「MGH(マサチューセッツ総合病院)Institute of Health Professions」という健康科学大学の看護学部のInge Corless教授とPatrace Nicholas准教授が来訪された。

「Nurse Practitioner」と「Physician Assistant」

 Corless教授はホスピス・ケアやAIDS患者ケアの専門家であり,両者について大変に造詣が深い。2003年2月には私が理事長をしている(財)ライフ・プランニング・センター(LPC)主催の「国際ホスピス・ケア」に講師としてお招きしたこともある。
 実はLPCの企画として,今(2004)年8月に,Nicholas准教授と同大学の看護学部長であるChisholm教授を東京にお招きすることになり,今回のボストン訪問の機会に,その交渉とスケジュールをご相談しようと思ったのである。Chisholm教授は「Nurse practitioner」養成の専門家でもある。
 あいにく,Chisholm看護部長は体調不良のため休暇を取っていたので,Nicholas准教授を中心に,アメリカのNurse practitionerの養成コースについて話を聞くことができた。
 周知のように,アメリカでは約30年ほど前にNurse practitionerが誕生した。また,「Physician Assistant」という,主として外科手術後に医師の診療業務を助ける専門職の養成が始まったのである。そして,それ以来アメリカでは,ナースにも医療にかかわる診療業務と,看護業務を併立して行なっている。また医師が開業する際には,Nurse practitionerと組んで診療を行なうことも長年なされており,カナダでも同じように,ナースの業務として公認されている。
 日本では「保助看法」が大改正されない限り,ナースをこのような業務につかせるのは難しいが,今や4年制大学が100以上になり,各大学に大学院も作られるとなると,ナースにもこのような業務につくことを許可すべきである。

「MGH Institute of the Health Professions」を訪問する

 MGH Institute of the Health Professionsは,4年制大学と大学院を持つ教育研究機関があるが,最初はMGHの附属付属の看護学校として1981年に開学したものである。この大学はMGHから離れた港湾地帯に作られており,「看護教育」「理学療法教育」「報道科学の教育」の3つの学部からなっている。
 ホテルでの打ち合わせ後,お2人の招待で近くのBoston Museumを訪れ,その2階にある見晴らしのよいレストランで,音楽や美術の話をしながら軽いランチをご馳走になった。そしてその後,お2人が勤務されている「MGH Institute of Health Professions」のキャンパスに向かった。
 大学で教育内容についての説明を受けたが,一般の大学を卒業したB.A.の学位を持つ人が,この大学の看護学部の大学院修士過程に入学して,1年半ほど学習するとR.N.(Registered Nurse),つまり臨床ナースの登録が得られるという。一般の教養大学を卒業後に,ナースになりたいと思う人に対しては,大学院の修士コースが開かれているのである。その点,アメリカの教育は非常にリベラルであって,修士学位を得つつ,ナースになるための看護技術が短期で得られるのである。
 わが国ではややもすれば,高校在学中は入学試験に重点が置かれ,一般教養についての学習はなおざりにされ,人間としての成長は遅い。しかし,アメリカでは一般教養を大切にし,かつまたこれを修めた者が医学や看護の道に出たいと願う時に,便利な大学機関が準備されている。

アメリカの「音楽療法」の実情

 午後3時にエリオット・ホテルに帰り,音楽療法士の酒井智華さんと,その友人で帝京大学医学部公衆衛生学教室の野村恭子医師にお会いした。
 酒井智華さんは,ボストン市にあるAnna Maria Collegeの「Music Therapy Program」を担当しているLisa Summer女史(『Guided Imagery and Music』の著者)に指導を受けており,お2人から2時間ほど,アメリカの音楽療法の大勢を聞くことができた。
 というのも,私は日本の音楽療法学会の理事長をしており,日本に音楽療法の身分法を作る準備をしているので,これを機会に,アメリカのこの方面の情報を得たいと思ったのである。
 アメリカの音楽療法は,1945年以来という,学問的にも実践的にも長い歴史がある。したがって,わが国に比べて格段に高いレベルにあり,国内32州72校の大学に「音楽療法学科」がある。最も多いのはペンシルベニア州の9校で,次いでニューヨーク州とテキサス州のそれぞれ5校である。
 そして,アメリカの音楽療法の教育・研究的レベルには次の3段階があるという。
 まず基本の治療レベルでは,学士レベルの「援助的(supportive)療法」,そしてより高いレベルとしては,修士レベルの「再教育的(re-educational)療法」,また高度なレベルとしては,「再構築(re-constructive)療法」で,博士レベルの知識と経験とが必要とされている。
 またアメリカでは,大学の音楽療法課程を修了した者の中から,資格認定をされた者(Music Therapist Board Certified)に,「アメリカ音楽療法連盟(American Music Therapy Association)」という国家のAgencyが「Certification Board for Music Therapist(CBMT)」という国家資格の認定を与えている。
 国家資格を得た人は,いくつかの保険請求可能な支払いカードを使うことができ,またこれとは別に自費の診療も行なわれている。

日本の「音楽療法」

 日本では,日本音楽療法連盟によって1996年に民間での資格認定がはじめられ,2000年には「日本音楽療法学会」として発展している。
 また先ほど述べたように,早ければ本年の次期国会において,議員立法として「音楽療法士」の身分法が上程される予定である。これは音楽大学レベルでの音楽療法課程を終了し,卒後1年間音楽療法指導者の下で,インターン実習を終えた者に,国家試験の受験資格が与えられるという仕組みになっている。
 ところで,最近では「Evidence Based Medicine」が音楽療法効果判定にもとり入れられつつあるが,音楽の領域の学問としては「Narrative Based Medicine」的なアプローチが,音楽療法の領域では有意義であると考える研究者も多い。
 アメリカの医学教育や看護教育は,日本と異なり,各大学においてそれぞれ特色を持った方法で行なわれているが,お2人の話を聴いて,それらと同様に,音楽療法の教育や研究についても,各大学の個別性が大きいという印象を持った。
 私はこの2人の音楽療法研究者に,日本の最近の情勢を伝えた。そして,彼らの勉学の参考資料を提供し,近くの若者の集まる店でお茶を飲み,会話を楽しむひと時を持つことができた。

Lee教授夫妻主催のディナーにて

 この夜,私はラブキン夫妻とともに,ハーバード大学医学部のLee教授(循環器学)の自宅のディナーに招待された。
 Lee教授はハーバード大学教授のほかにも,『New England Journal of Medicine』の副編集長である。そしてまた,ブリガム・婦人病院(Brigham Womenn's Hospital)とMGHの両病院ほかにも,3-4のハーバード大学教育病院連携グループの総主事の役をも兼ねる実力者であり,高い病院管理力を持つ方である。
 彼の父は中国出身の高名なハーバード大学経済学部の学者であるが,彼自身はジョンズ・ホプキンズ大学を卒業後,ハーバード大学の教官となったのである。
 Lee夫人はイランのご出身で,骨粗しょう症を専門とするハーバード大学の准教授である。また,優れた内科専門医であるとともに,素晴らしいピアノ演奏家で,食後,お子さん(長女)とともに数多くのピアノ曲を演奏してくださった。
 聖路加国際病院を中心として創設した「聖ルカ・ライフ・サイエンス研究所」と,ハーバード・メディカル・インターナショナル(ハーバード大学の教職が,臨床医のプライマリ・ケアの生涯教育のため,国内,国外の大学,病院,または医師会と協力して,センターを計画する母体)とが共催になって,2002年度から毎年,東京または京都で研修会を開催している。
 日本でのこの研修会は『New England Journal of Medicine』が後援しているが,このディナーには,日本での計画に参与されている医師も一緒に招かれていた。Lee教授及び夫人は非常に社交的で,実に楽しいパーティを楽しむことができた。