医学界新聞

 

連載

    新医学教育学入門 番外編

 
  

―マレーシア国際医学大学視察報告記―
前編

  
寺嶋吉保 (徳島大学医学部・医学教育統合支援センター主任,消化器外科)


(前回2555号

 本誌連載「新医学教育学入門」を執筆中の大西弘高氏が在籍するマレーシアのクアラルンプールにある国際医学大学では,きわめて先進的でユニークな医学教育が行なわれているという。同大学を視察した寺嶋吉保氏に,連載の「番外編」として2回にわたり,その概要をレポートしていただく。

(「週刊医学界新聞」編集室)


 大西先生を頼って,日本の常識では考えられないようなユニークな医学教育を行なっている国際医学大学(International Medical University;以下IMU)を視察させていただいたので,2回に分けてご紹介します。

マレーシアという国

 インドネシアの爆弾テロのイメージで尻込みしていた私も,以下の大西先生の話を聞いて意を決した次第です。
 「マレーシアへは空路約7時間,時差マイナス1時間。ASEAN諸国の中では工業生産がしっかりしていて,経済的にもシンガポールに次いでGDPが高い比較的豊かな国です。98年にタイを皮切りにはじまったアジア経済危機の時はいろいろな問題が生じたようですが,今は景気も上向き,クアラルンプール近郊はかなり近代的な雰囲気の街が多いです。国内政治も安定しているので,治安も比較的よいそうです」
 「マレー系7割弱,中国系3割弱,インド系数パーセントという多文化の雰囲気は他のアジア諸国ではなかなか味わうことのできないものです。国教はイスラム教ですが,基本的にマレー系以外の国民がイスラムやマレー語といった特有の文化に属しないということで差別を受けない理由は,中華系の人々が経済力を握っていることにあるでしょう」
 「言語として英語が通じない人があまりいないということも,比較的われわれにとって受容しやすい雰囲気を形作っている一因かもしれません。また,マハティール首相がルックイースト政策と言って,日本など東アジア諸国に学ぶ必要があると主張してきたため,日本企業の進出も多く,第二次世界大戦時に日本の統治下にあったにもかかわらず,そんなに悪い感情を持っている人はいないように見えます」
 確かにタクシーで高速道路を走っていても工事中の現場が多数見られました。

病院もクリニックもない医学校

 事前に大西先生からIMUの特色を以下のように説明されました。
 「半年ごとに学生が入学するスケジュールで,毎期150名ほどの学生数がいます。高校を出てすぐに入学した学生たちは2年半をメインキャンパスで過ごすと,その後はさらに2-3年を1時間ほど車で行ったところにある臨床分校で学ぶか,あるいは英国,オーストラリア,カナダを中心とした海外提携校(24校)に移籍します。よって,このキャンパスには大学病院やクリニックはありません。臨床教育については,毎期50人前後の臨床分校で垣間見ることは可能です。臨床前教育はPBLが中心となり,学生中心のポリシーが前面に押し出されています。また,臓器系統別に進むカリキュラムのそれぞれに身体診察や医療面接のセッションが組み込まれており,学生たちはそれらに触れる機会が非常に多くなっています」
 非常におもしろそうですが,実際の様子を想像もできなかったため,視察をお願いした訳です。

マレーシアの医療制度

 私が理解した範囲での紹介です。マレーシアは以前英国の植民地であったため英国の制度に準じ,医師養成は高校卒業後5年制医大に入学し,卒業資格で医師となり,国家試験はありません。マレーシアでは僻地の医師不足のため,国内で医師として働くためには国が指定する病院診療所での卒後3年間の勤務が義務付けられています。
 国立病院や診療所では外来受診1回RM 1.3,病室入院1日RM3と,基本的な医療は国家が安価に提供しています。(RM:リンギットと発音します。RM1=約30円,昼食1回分≒アルバイトの時給≒約RM 5)私立の開業医を受診した場合はかなり高くなるようですが,詳細は不明です。

IMUの歴史

 1992年にマレーシア初の私立医大として創立され,当初,カリキュラム後半の臨床教育はすべて海外の提携医学校で実施されていました。1999年,薬学部と看護学部を併設してUniversityとなると共に,高速道路で1時間のSeremban国立病院と提携して国内での臨床教育も開始しました。また,今年9月にBatu Pahatに新たな臨床分校が設立されたところです(Batu Pahatでは,まだ本格的な臨床教育は行なわれていないようです)。

IMUの教育の特徴として

1)郊外の小さめのショッピングモールを買い取り,改装して校舎としている。
2)教育のための空間と人(医師以外のスタッフ)が豊富。
3)本校/臨床分校ともスキルラボ(CSU:Clinical Skill Unit)が充実している。
4)有償模擬患者(身体診察+面接)の多用
5) 1年目後半から臓器系統別に講義,PBL,医療面接を含む臨床技能教育,e-learningによる自己主導型学習を平行実施。
6)独自のVMU(Virtual Medical University)を来年完成を構築中(佐賀の医学教育学会で紹介された国際協力で構築中のIVIMEDSよりも早い完成を目指している)
7)有料貸し出し制の図書館。
8)医学博物館(Medical Museum):解剖実習の代わりに模型を充実。
9)教官組織もユニーク(教授などの「肩書き」と責任や権限が分離しており,教授会はなく,教官会議で進級判定も行なわれる)。
10)教育は,すべて英語で行なわれる。入試面接も英語。
11)少ない教官で多数の学生を効率的に教育している。学生10名に教官1名以上というマレーシア教育認証協議会による基準ギリギリの割合。
12)国から補助はまったくない。
 中高の公的教育はマレー語で行なわれるので,大学入学のためには英語を意識して勉強する必要がある。講義やPBLでのディスカッション,医療面接も英語で行なわれるが,臨床分校での患者やSPとの医療面接はマレー語になるため,最初は戸惑うことがあるようです。

カリキュラムの紹介

Phase 1臨床前教育(semester 1-5)2年半
 半期ごとに150名前後が入学,約800名弱が本校に在籍している。
Phase 2臨床実習(semester 6-10)2年半
 IMU Clinical Schoolと提携している海外24校で実施。海外に移った学生の卒業認定は海外提携校で行なう。
 IMU Clinical Schoolは,本校から高速道路で1時間の距離にある800床の国立病院と保健センター(外来診療やデイケア)と提携して,国内臨床実習を実施,学生の2-3割が国内で卒業する。
 5年間の前半の2年半(Phase 1,臨床実習前教育)と後半の2年半(Phase 2:臨床実習)に分かれる。半期毎に入学してくるので,教官は同じカリキュラムを年2回こなす。
 2つのPhaseとも半年単位の5つのsemesterで構成される。
semester1:医学入門1コース(17週),進級試験1
semester2:選択コース1(3週),医学入門2コース(12週),心血管系(5週),開業医実習1(1週)
semester3:呼吸器(4週),血液(4週),消化器(6週),進級試験2
semester4:腎泌尿器(4週),生殖器(5週),内分泌(4週),選択コース2(3週),開業医実習2(1週)
semester5:神経系(6週),地域保健(3週),筋骨格系(4週),選択,進級試験3
(臓器系統別コースはPBLと講義とclinical skill,e-learning等で構成されます)
 PhaseII(臨床分校でのプログラムのsemester6-10)や私が参加させていただいた本校のPBLやCSUのプログラム,図書館,医学博物館,VMU(Virtual Medical University)については次回にご報告します。