医学界新聞

 

連載(20)

    新医学教育学入門

教育者中心から  
学習者中心へ
  

小規模の勉強会とカリキュラム開発

  
大西弘高 国際医学大学(マレーシア)・医学教育研究室上級講師


2554号よりつづく

 内野先生は青森医大病院の研修医1年目。人に教えようとすることにより学ぶことができる,という考えを持っており,半年も経たないうちに「輸液の選び方」「血液ガスの読み方」「食事と栄養療法」の勉強会を,研修医仲間を相手に実施してきました。今度は,内科研修の仕上げにと考え,「抗生剤の使い方」に関するセミナーを開こうと策を練っています。
 ところが,内科の指導医層の人たちは,内野先生のことを快く思っていません。まず,「まだ臨床経験が浅いのに教えるなんて10年早い」といった単純な反発。そして,「配布された資料を見ると,本の丸写しがほとんどで,ところどころ実際には即していない内容がある」など,教育する内容は完璧であるべきだと考える人たちの鋭い指摘があるようです。
 内科医局長の白川先生は,内野先生の将来に期待を寄せていますが,5-10年目で実際の指導に当たっている医師たちが快く思っていないこともよく知っています。ただ,ちょうど白川先生自身が全国レベルの指導医養成ワークショップに参加したばかりだったので,復習を兼ねて内野先生にカリキュラム開発の考え方を教えることにし,教育学的により洗練された方法論を身につけさせることで,指導医たちにもいい影響があればと考えました。そこで,白川先生は内野先生を医局に呼び,しばし話し合いをしました。

研修医による勉強会の計画

白川 内野先生,今度抗生剤の使い方のセミナーをやると聞いたんだけど,そうなの?
内野 あっ,はい。『熱病』*1を読んで勉強してるところです。
白川 なぜ,『熱病』を使おうと思ったのかな?
内野 5年の時,アメリカで感染症を専門的に学んできた人の講義を受け,その時に薦められていたからです。あの頃はよくわからず,研修をはじめた頃も持っているだけに近かったんですが,最近,臨床に役立つ内容が多いと実感できるようになってきました。
白川 何時間ぐらい,どのようにして教えようと思ってる?
内野 えっ,先生も「おまえにはまだ早い」と思っていらっしゃるのですか?
白川 いや,そうじゃなくて,この前,指導者養成ワークショップでカリキュラム開発というのを習ってきたから,ちょっとその考えを使って,その勉強会をよりよいものにできないかなと考えたんだけどね。
内野 より効果的な教育にするための方法論ということでしょうか。ぜひ教えてください。
白川 では,まずニーズ評価から始めようか。なぜ,この勉強会が必要だと思う?
内野 他の研修医を見ていると,なぜその抗生剤を使っているのかを説明できない人が多いように思います。例えば,腹部外科の術後に第3世代セフェム系を使っている研修医がいましたが,理由を尋ねても答えられませんでした。
白川 なるほど。慣習的なものもあるんだろうけど,理由を知っているかどうかは重要だろうね。
内野 菌交代のリスクを考えると患者に不利益がありそうですし,医療経済の視点からも高額の薬剤を使う必要はない場合もあると思います。
白川 よし。じゃあ,教育個別目標を考えてみよう。まず,タキソノミーは知識というか,認知領域の内容でいいだろうね。次に,「いつまでに,誰が,どの程度,何を,どうする」という5つの要素で,測定可能なアウトカムを明示してみてください。
内野 「勉強会終了時に,眠らずに参加できた研修医は,内科患者における抗生剤使用に関する知識を得る」というのはどうでしょうか。
白川 大枠はいいね。でも,どの程度というところを測定可能な形にしておけば,そのまま学習者の評価に反映させられるんだけどね。
内野 では,「勉強会終了1週間後に,眠らずに参加できた研修医の8割は,内科患者における抗生剤使用に関するMultiple choice questionに8割以上の得点を収める」ならどうでしょうか。
白川 うーん,もう評価の部分もばっちりだね。内野先生,手慣れてるね。
内野 いえ,週刊医学界新聞の「新医学教育学入門」を読んでるもんで。
白川 そんな記事があるの? また紹介してね。えっと,じゃあ次は教育方法だ。どのようにして教えるつもり?
内野 自分が救急外来で診た肺気腫+肺炎の患者さんの症例を挙げ,みんなでディスカッションしてみたいと思っています。
白川 なぜ,症例に関するディスカッションがいいと思うの?
内野 僕たちは4年の時にPBLテュートリアルを少しだけ経験し,ディスカッションすることで自分の理解しているところと理解していないところが明確になることを知っています。僕たちはまだ臨床経験が浅いので,何が正しいとクリアカットに説明することは無理です。しかし,症例を先に呈示し,各自がいろんなマニュアルや教科書,各種エビデンス情報源をあたることにより,どのようにそういった情報を読めばいいのか,何がより正しそうかについて,考え方が身につくと思います。
白川 うちの大学病院には感染症の専門家と言える人はいないかもしれないけど,誰かアドバイザーとして臨床経験が豊富な医師がいたほうがよくない?
内野 そうですね。でも,何度か指導医の先生に声をかけましたが,なかなかいい返事がもらえませんでした。一度来てくれた先生は,僕たちが自由にディスカッションしている時に1つひとつ「それは違う」と文句をつけ,研修医同士であまり馬鹿な考えをさらけ出すことができなくなってしまったんです。その後,指導医クラスの人に声をかけるのはやめました。ただ,最後に僕が講義の真似事をするんですが,これは誰か替わってもらえればと感じることが多いです。
白川 なるほど。症例に関して各自が理解し,それぞれの考えをぶつけ合うのは臨床現場での学習で一番大切なことだもんね。そのことが理解できない指導者が自分の考えを押しつけるのは逆効果だというのは,まったくその通りだね。じゃあ,例えば検査部にいる微生物担当の臨床検査技師の人に,うちの病院における細菌分離頻度や抗生剤感受性テストの見地からアドバイスしてもらうっていうのはどうかな?
内野 そのデータがあれば,うちの病院で抗生剤使用が最適化できますね。外来で診療されている肺気腫患者の1年間における細菌分離頻度は調べてみたい気がします。
白川 いやぁ,どんどん話が広がっていくね。やっぱり内野先生はよく勉強しているし,効果的な教育に関する考え方もすごくしっかりしていると感じたよ。最終的に1年,2年と経った時点で,どの程度,医師の診療行動が変容したかを確認できれば完璧だろうね。ぜひ,がんばってください。
内野 はい,ありがとうございました。

勉強会とカリキュラム開発

 上の例では,内野先生は白川先生に負けないぐらいカリキュラム開発の枠組みを理解しているようでした。単に内野先生自身が身につけた知識を披露して終わりというのではなく,研修医同士で学び合う雰囲気をつくることや,各自が自分の考え方を示すことでより理解が深まることなど,参加した研修医の学習にも配慮できているようです。指導医の中には「教える内容は完璧でなければ」という考えを持つ人もいましたが,これは教育者側の権威やパターナリズム,あるいは教育を教育者→学習者への一方通行と考える固定観念を反映しているだけかもしれません。
 第6回より長期にわたってカリキュラムに関する内容に触れてきましたが,その内容の多くは学生や研修医が自分たちの勉強会を計画するなどという小規模の学習/教育についての話題ではありませんでした。しかし,カリキュラム開発の考えを理解していれば,のように,小さな勉強会,講演,1コマ限りの授業,ワークショップのいずれに対しても同じ考え方が利用できます。
 さまざまな医学教育改革が進む中,お仕着せの教育行事が増えるだけであれば,学ぶ側はへとへとになってしまいます。組織全体が学習する雰囲気づくりには,学生や研修医が自主的に勉強会を開き,指導者がそれを温かく見守れるような学習風土(learning climate)の醸成が求められるでしょう。また,このことが学習者中心(learner-centeredness)の考え方を最も象徴しているのではないかと思われます。

表 抗生剤の勉強会に関するカリキュラム開発の6段階アプローチ

1)教育者,管理者,患者,社会のニーズ評価:抗生剤使用の適正化は患者ケアの最適化,費用対効果に優れた医療にとって不可欠
2)学習者のニーズ評価:症例に関して理解し自分の考えを述べる経験が必要
3)学習個別目標:勉強会終了1週間後に,眠らずに参加できた研修医の8割は,内科患者における抗生剤使用に関するMultiple choice questionに8割以上の得点を収める
4)教育方略:症例を用いたディスカッションと微生物担当検査技師による講義
5)実施に伴う問題点:指導医層との葛藤,講義内容の吟味.
6)評価:学習レベル-MCQで8割の研修医が8割以上得点する
行動変容レベル-医師がエビデンスに沿った治療を遵守する率が有意に改善する

*1:The Sanford Guide to Antimicrobial Therapyという感染症治療マニュアルのこと。米国では多くの研修医がポケットに入れている。